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【15】相思相愛~僕たちには希望しかない

先生もノリノリである

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「いやーハル先輩、やっぱかっけえわ」
 そう感心するのは山田だ。
「確かに迫力あるよね。さすが」
 三吉はうんうんと頷く。
「あれがアドリブなんてさー、誰が気づくよ」
 なー、と一年生連中が頷きあう。
 幾久が言う。
「オレもうアドリブいらないから。タッキーよろ」
「いいとも、ボクだって面倒はごめんだもの」
 次の幕は、ジュリエットとジュリエットの乳母である瀧川のシーンだ。
 ティボルトの死をロミオの死と勘違いし、それが勘違いだと判ると、身内の死より、ロミオが生きていて良かった事に安堵する。
 だが、ロミオは追放されると知り、再びジュリエットは悲しむ。
 最後の夜に忍んできてほしい。ロミオにそう伝えてくれと、ジュリエットは乳母に頼む。
 予定通り、瀧川と幾久のシーンはいつもどおりのアドリブなしで終わった。
 次は、ロミオとロレンス神父のシーンだ。
 本来なら死刑であるはずのロミオは、領主であるエスカラスの慈悲で追放に変わる。
 だが、ジュリエットと引き裂かれるほうがつらいとロミオは呻く。
「追放が慈悲であるものか!あの人と離れる方が僕には辛い。ネズミでも猫でも犬でも、ジュリエットと同じ世界に居られるというのに、夫であるこの僕だけは許されない!」
 そう叫んでロミオはジュリエットへの感情を吐き出す。
「ジュリエット。あの美しい白い手、柔らかく美しい唇、純潔でありながら震える唇で僕に愛を訴える、その手を握ることが許されないなんて。死刑でないだけ良かった、追放ならば良い?ジュリエットに触れることが出来ないなら、どちらも僕には同じ事だ!」
「痴れ者が!」
 久坂が叫んだ。怒鳴り声もきれいに響いて、観客はその声にうっとり耳を傾ける。
 聴きなれていると忘れそうになるが、久坂の声はびっくりするくらいにいい声だ。
「愚かな言葉を紡ぐのではない。追放されたとしても、お前には教養が手助けになるだろう」
 ロレンス神父にロミオが返す。
「教養?そんなものが何の役に立つのです。僕に必要なのはジュリエット、ただ一人でしかありません。ジュリエットとこの町と、僕たちを結びつけるものが必要なのに、教養なんてもので、どうやってそれが手に入るのです」
「聴く耳を持たない、ということか」
「あなたは恋を知らない。僕がどんなにジュリエットを愛し、求め、必要としているのか判らない。結婚してたった数時間で僕はあの人と別れなければならない、こんな悲しみがどこにあるというのです。おまけに僕は、あの人の身内を殺してしまったのですよ!かわいそうに、きっとあの人は、僕と身内への愛でがんじがらめだ。僕のせいで」
 ドアをドンドン、と叩く音が響く。
 ロレンスは慌てる。ロミオをかくまっているからだ。
「さあ隠れろロミオ!見つかってしまっては、お前を恨むものから殺されてしまうかもしれない」
「それのどこがおかしいのです。僕は見つかろうとかまいやしない」
 自暴自棄になるロミオに、ロレンスは舌打ちする。
「いいからさっさと僕の書斎に隠れておけ!」
 命令するロレンスに、ロミオは仕方なく従う。
 幕の袖から覗いていた三吉が言った。
「ねー、久坂先輩、さっきからアドリブの言葉、乱暴じゃね?」
 一応神父役なのだから、セリフの言葉は丁寧なはずだが、アドリブのせいもあってか、かなり演技と言葉が雑だ。
「あれ、普段の瑞祥先輩そのものだよ」
 幾久が言うと山田が驚く。
「え?マジで?おっかねー」
「言ったじゃん、亭主関白みたいだって」
 幾久の言葉に三吉も驚き頷く。
「あの命令口調、あの外見でやられたら確かに怖い」
「オレも最初はビビってたよ。もう慣れたけど」
 身長は高い、体格はいいし声は良くて無駄にイケメン、そしてピアスに長髪だ。
 神父の衣装も良く似合っている。
 舞台ではジュリエットの乳母が来たところだった。
 ロミオの居場所を探しにやってきた乳母はロレンス神父に尋ねる。
「神父様、ロミオは、ジュリエットさまの夫はどちらに?」
「そこに居る。追放という立場に泣いているよ」
 そうしてロミオはジュリエットの様子を聞き、絶望しつつも自分が嫌われていない事、そして寝室に来るよう求められていることに歓喜する。
「さあ、行きなさい。新床で待つジュリエットを慰めてやるのだ。追放ならまだ命がある、いつかお前の追放が解けたその時こそ、ジュリエットとともに暮らせる日も来るだろう」
「ロミオ様、これを」
 乳母がロミオにジュリエットの指輪を渡す。
「どうか早く。ずいぶんと時間がたってしまいました。きっとジュリエットさまは胸を痛めておいでになる」
 ロレンス神父がロミオに叫んだ。
「いいか、夜明けを待って見つからぬように逃げ出すのだ。マンチュアへ迎え。必ず手紙を送らせよう。そしてお前にとって幸運がおこれば、すぐにここへ帰るように手配しよう」
「神父様」
「さあ、ジュリエットを待たせるな」
「わかりました」
 そう言ってロミオが舞台の上の教会を去る。

 本来ならここで、ジュリエットの父と、ジュリエットとの結婚を勧められたパリスの話になるのだが、今回の舞台の脚本はそうではない演出があった。
 ロミオとジュリエットの、逢瀬だ。

 ジュリエットの望みどおり、忍んできたロミオとジュリエットは互いの再開に喜ぶ。
 幾久と御堀の、舞台で一番盛り上がるシーンだ。
(誉がアドリブしませんよーに)
 そう祈りつつ、幾久は舞台に出た。
「ロミオ!」
「ジュリエット!」
 舞台に出た二人は互いにしっかり抱きしめあう。
 そしてまるで観客からはキスしているかのように見せる。
 練習でも舞台でも、もう何度もやっているので慣れたもの、幾久は御堀にべったり頬をくっつけると、きゃーっという叫び声が観客席から上がる。
「ねえジュリエット、あなたの身にどれほど恐ろしい事が起こってしまったのか、僕が言わなくてもあなたはきっと知っているだろうけれど」
 見つめあった状態で、御堀は幾久の頬に思い切りキスをした。
(うわっ!)
 観客から見える状態でしたものだから、見ていた人からは動揺の声が上がる。
(誉の奴、調子のりすぎてんなもー!うけりゃなんでもいいと思ってんだろ!)
 文句を言いたくても舞台の上では、そんな事を言えるはずもない。
 幾久は無理矢理笑顔をつくり、首を横に振った。
「今はどうか、そんなことは忘れてくれ。夜は短い。そしてオレ達に残された時間はわずかしかない」
 そう言って御堀にしがみつく。
 いつもならロミオはジュリエットの一番上の衣装を脱がせ、短いセリフの後、幾久をお姫様抱っこして舞台袖に引っ込むシーンなのだが、御堀は幾久の両頬を掴み、じっとみつめ言った。
「君を、こうしてゆっくり見つめれらるのも、いま、この時しかないんだね」
(ままま、またアドリブ―――――ッ!)
 面倒くさいアドリブを突っ込んできた御堀に幾久は内心焦るも、必死でセリフを無理矢理作った。
 御堀の手の上に自分の手を乗せ、頬をすりつけて言う久は言った。
「どうして?今夜、オレはお前のものになるのだろう?ずっとオレを見ていれば良い」
 ぎゃああああああ!と女子から声が上がる。
(あれ?なんか適当に言ったのに)
 ドラマや漫画の中から適当に選んだだけなのだが、うまくハマってくれたらしい。
 御堀はふっと笑い、幾久の肩に腕をまわし、するりと服を落とし、腰のリボンをゆっくりと引き、はらりとそれを床に落とした。
 再びキャーッと言う声が上がる。
「本当にずっと僕を見ていてくれるかい?白バラのような君を、一晩中見つめ続けていいなんて」
 ここで強引に終わらせておかないと、絶対に無駄に長セリフを続けると思った幾久は無理矢理セリフを終わらせた。
「そんなことより、早く。夜はもうすでに来ているのだから」
 幾久が言うと、御堀は苦笑して、お姫様抱っこで抱え上げ、舞台袖に引っ込んだ。

 袖に引っ込むと御堀はやれやれ、と幾久を降ろす。
「なんだあ、もうちょっと付き合ってくれてもいいのに」
「ヤダよ。アドリブ無理、つーか疲れる。ほかの人とやってよ」
「幾とのが楽しいのに」
「オレが慌てるのが楽しいんだろ。オレで遊ぶのやめてマジで。ついてくの必死」
 暗い舞台の上では、次のシーンの為にスタッフ役の人が動いている。
 次のシーンは、ロミオとジュリエットのベッドシーンになる。

「ああ、そうそう、小鳥ちゃん達。次のシーンはちょっと細工するわよ」
「え?」
「へ?」
 玉木の言葉に御堀と幾久は首を傾げるも、玉木はにっこり微笑んで言った。
 そしてうふっと玉木が笑って、舞台を指さす。
 そうして皆、舞台の上に釘付けになった。

 ただ積み木のように板で作った箱の上に、白い大きな布を乗せただけのもの、つまり簡略化されたジュリエットのベッドだ。
 その上に二人が腰かけているだけで、観客は何があったのかを察する。

 のだが、そのベッドの布の上に、白いバラの花がちりばめられている。
「新婚さんの初夜のベッドだもの、花がないと。折角いいお花をいただいたんだし?」
 ジュリエットのベッドの上は、真っ白いバラの花がたくさん置いてある。
 御堀も幾久も思わず「うわあ……」と声を上げた。
「……やっぱたまきんって、地球部の顧問だ」
「誉会はどう思うんだろ」
 おもわず呟く御堀に、三吉が言った。
「そりゃ勿論、大喜びじゃない?」
「だよなあ」
 山田ものぞきこんで言う。
「まあいいじゃん、幾、どうせラストだ。盛りあげていけ」
「他人ごとだと思って」
 山田の言い分に文句を言うも、ここまで来たら思いっきり悪ふざけしてやろう、と幾久もちょっと思った。


 白いバラがちりばめられたベッドの上で、いつもならロミオはベッドに腰掛けてセリフに入る。
 ジュリエットだけがベッドに横になり、出て行く支度をするロミオにすがるシーンだが、今日は違う。
 二人ともベッドに入ったまま、起き上がってセリフを言う。
「もう行ってしまうのか?まだ夜は明けないのに」
 そう言ってジュリエットが横に並ぶロミオにしがみつくと、きゃーっとお約束のように声が上がる。
「あの声はひばりではないよ、夜鶯なんだ、だから、まだ」
「ひばりだよ」
 ロミオはそう答え、ジュリエットの肩を抱き、頭をこつんとくっつけた。
 身体を抱き寄せて、ジュリエットに言う。
「あの東のほうを見てごらん、僕らをわかつ、あの嫉妬深い光の筋が雲を切り裂いて光らせている。夜の明かりはみな消えて朝がもうやってくるんだ。生きなければ、ここに留まっても殺されてしまう」
「……どうしても行ってしまうのか」
「ジュリエット。もし君が僕に死刑になれというのなら、居たってかまわない。僕の命は君のものだ」
 そう言ってジュリエットにキスをするふりをする。
 またもやキャーッと声が上がる。
「君を一晩中といわず、ずっと見つめていたいよ」
「ロミオ……」
 やめろ、もうアドリブやめろ、と幾久は冷や汗をだらだらかいてしまう。
 幾久はベッドから起き上がり、ロミオの服を掴むと、その胸に押し付けた。
「行くんだロミオ。嘘をついてごめん、あれは間違いなくひばりの声、朝はもう近づいてきている。お前を失いたくない、留めていたい、ひばりなんか鳴かなければいいのに」
 ジュリエットをロミオは再び抱きしめる。
「別れがたいのは僕だって同じだ。もう一度、キスしてもいいかい?」
「一度なんて、何度だって」
(タッキー早く来い!早く!でないと誉がアドリブぶっこんでくるぅうう!)
 幾久が焦っていると、瀧川がやってきた。
「ジュリエットさま!お母様がお急ぎでこちらへ向かっております!早く!」
 二人は慌ててベッドから飛び起き、ロミオは身支度を整える。
 ジュリエットは立ち上がり、ロミオへ訴えた。
「どうかロミオ、もう一度」
 手を伸ばすジュリエットの幾久を、ロミオの御堀が抱きしめる。
 いつもは何度もキスを繰り返すシーンになるのだが、御堀は幾久を抱きしめたまま動かない。
 幾久はセリフを続けた。
「胸騒ぎがするんだ。まるでお前の白い顔が、墓の下の亡者のように見えてしまって」
「僕にも君が青白く見えるよ。きっと別れが悲しすぎるせいだね。さあ、お別れだけど、必ず僕たちはまた会えるのだから―――――」
 そう言って強く抱きしめあうと、乳母の瀧川が怒鳴った。
「ジュリエットさま!お母様が!」
 しびれを切らした乳母がそうせかす。
「ロミオ!」
 幾久が叫ぶと、御堀が立ち止った。
「どうか、どうか無事で」
 ジュリエットをベールごと抱きしめる.
「無事でいると誓うよ、ただ、君の為に」
 ロミオは頬にキスをして、ベッドの花をひとつ拾い、ジュリエットの髪に挿す。

 去っていくロミオの姿をジュリエットが見送ると、観客席から、拍手が起きた。
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