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【15】相思相愛~僕たちには希望しかない

Sweet lovin’

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 舞台が始まる時間が近づいた。
「みんな、そろそろ移動して」
 玉木の呼びかけに、はーい、と返事をする。
 支度を終えた御堀が、幾久の傍に来て尋ねた。
「幾、衣装は?」
 一番重要な衣装を着ていないことに、御堀が尋ねた。
「……最初の登場はベールだけのほうが効果あると思って」
 そう言って誤魔化すも、やはり御堀は納得しなかった。
 幾久をじっと見て、小さくため息をつき自分で腕を組む。
「で、状況は?」
 幾久にそう尋ねた。

 幾久と御堀は舞台の隅に移動した。先輩達に聞こえないよう内緒で話すためだ。
「衣装は、仮面舞踏会までに間に合わせるように頼んでる」
「まだ届いてなかったの?」
「大丈夫。ガタ先輩に聞いて、昨日の舞台の時間経過をわこ先輩とまっつん先輩に渡してる。絶対に間に合わせるって返事はあった」
「ってことは、間に合うか判らないてことか」
 御堀はため息をつき、言った。
「どうして僕に言わなかったの」
「もし言ったら、誉、自分でどうにかしちゃうだろ」
「どういう事?」
 御堀が眉をひそめたので、幾久ははっとして首を横に振った。
(タマの時に、やらかしたの繰り返しちゃ駄目だ!)
 言い方一つで互いにすれ違って、そんなつもりはないのに傷つけてしまう。
 児玉が恭王寮の鷹と揉めたとき、幾久はそれで失敗した。
 御堀とも同じ失敗をするわけにはいかない。
 幾久はゆっくり、考えて、御堀に伝えた。
「まず、衣装の事についてだけど、まっつん先輩が間に合わせる、と言ったのに出来てないってことは、何かトラブルがあったんだよ」
「そうだね」
「でも、さすがになんとかしようとすると思うんだ。まっつん先輩なら」
「うん」
「だから、本当の、本当にギリッギリの時間を伝えて、間に合いそうになかったら、まっつん先輩なら、無理だって言ってくると思う。誰より衣装に思い入れあるし」
「そうだね」
「オレ、考えたんだけど登場シーンってオレの名前呼ぶじゃん。ジュリエットって。そうしたらあの衣装なくてもオレがジュリエットだって認識はされると思うんだよ。で、次が仮面舞踏会だろ?じゃあ、衣装を着てても、シーンが変わったからかな、舞踏会だからお洒落したんだ、と思ってくれるんじゃないかって」
 幾久なりに考えて出た答えがそれだ。
「そうしたら少しだけでも時間は稼げる。ベールをかぶっておけば、そういうものかな、とも思われる、と思って」
「幾の考えたことは判った。その答えも正しいと思う。僕もそれでいいと思う」
 御堀の答えに幾久はほっとした。
「けど、どうして僕にそれを言わなかったの?」
 御堀にしてみたら、それを最初から言ってくれれば良かった。
 そうすればそれでいいとも思えたし、幾久の考えを否定する気もなかったからだ。
「内緒にされたみたいで、なんか頼りにされなかったような気分なんだけど」
 幾久は首を横に振った。
「違うよ。誉を信用してるから、言いたくなかったんだよ」
「?」
「だって誉、もしオレがこの事言ったらさ、最悪の場合を想定していろいろ考えて、それ指示出して、おまけにオレの不安までフォローしちゃうだろ?」
「……」
「誉はずっと忙しくてさ、やっとギリギリに準備に入れたのに、メイクとかの間もオレの衣装の事考えて指示出すとか、疲れるじゃん。そりゃ誉なら出来るだろうけど、オレに出来ることは、オレがどうにかしたかった。手伝いたかっただけなんだ。駄目だったかな」
 幾久がそう伝えると、御堀は目を丸くして、組んでいた腕をほどくと、はぁーっとため息をついた。
「そういう言い方されたら、叱れない」
「やっぱダメだったかな」
 幾久がしょんぼりすると、御堀は幾久をぎゅっと抱きしめた。
 え?と幾久がびっくりすると、御堀は言った。
「ありがとう」
 そして離れ、ぽん、と幾久の腕を軽く叩いた。
「準備の間、本当に何も気づかなかった。幾にはやられたな」
「そ、そう?」
「でもおかげで充分休めた。幾が決めて信じたなら、僕も信じる」
 御堀の言葉に、なにかわからないけれど、幾久にはこみあげてくるものがあった。
「そうだ。じゃあむしろ、僕もコレ、脱いで出るよ」
 御堀は一番上に着ている、派手なジャケットを持って言った。
「え?」
「うん、それがいい。ジャケットを脱いで登場して、お互い仮面舞踏会の時に上を着よう」
 確かに御堀の衣装は、ジャケットを脱いでも派手なジレを着ているので、脱いでも十分衣装としては通用する。
「その方がバランスが取れるだろ?シーンも派手になるし」
「確かにそうかも」
 ロミオとジュリエットの二人の衣装は突出して派手だ。
 だからこそ、主人公と判るのだが、登場シーンでは二人とも名前を呼ばれるので、そこまでしなくても理解されるだろう。
「まっつん先輩が間に合うと言ったなら間に合う。うん、僕もそう思う」
 御堀は微笑んで幾久に言った。
「僕達は衣装が届くのを、信じて待とう」
「―――――うん!」
 二人は互いに頷きあった。

 すでに円陣を組む準備を始めていた舞台の中央へ二人は向かった。
 今日の号令は誰がかけるのだろう。そう思っていると、手が上がった。
 三年の周布だ。
「号令かけていい?ってか、かけさせて?」
「ワシは構わんが」
 高杉が言うと、全員頷く。
「じゃあ、お言葉に甘えて。おかげさまで三年間、いろんな舞台装置作らせてもらいました!安全対策はばっちりです!伝統建築科、一同、地球部に協力出来て楽しかった!来年もよろしく!今日はやるぞ!」
「おー!」
 全員が拍手をしながら円陣を解く。
(よし!やるぞ!)
 二回まわしの一回目。お客さんは満員、評判も上々。
 ただし衣装はちょっとなし。
 だけど御堀と一緒なら、なんでも大丈夫な気がした。


 さて、こちらは報国院にほど近い、テーラー松浦。
 まるで軍事工場かと思うほど、ミシンをだかだか言わせながら、松浦がジュリエットの衣装の仕上げにかかっていた。
「ねえ、まっつん、まだ?!いっくんから開演のお知らせがきたよ?!」
 慌てる杷子に、松浦は決してミシンの針と衣装から目をそらさずに答えた。
「落ち着け!ジュリエットの登場までまだ時間がある。もうすぐ、もうすぐ終わるんだ!」
 そう言って物凄いスピードでミシンを走らせる。
 ずだだだだだだだだ、と縫われていくリボン、すさまじい速さで松浦は仕上げていく。
「オレならできる、オレならできる、俺様は間に合わせることが出来る!俺様に不可能は、なぁああああああい!」
 そうして最後の糸止めが終わった。
「で、出来た」
「やった―――――!!!!!」
 杷子と松浦は顔を見合わせた。
「おじいちゃんっ!!!!ごめん!もうこのまま届けてくる!!!!!」
 松浦の祖父が「はいよ」と言い終る前に、間違えて祖父のサンダルを引っ掻けた松浦と杷子は、全速力で報国院の講堂へ走って行った。


 御堀と幾久の衣装がいつもと違う事に気づいたのは高杉だった。
「御堀、衣装どねえした」
「仮面舞踏会までは、互いにジャケットを着ない状態で出ることにしました」
「……判った」
 高杉はそれだけ言うと、頷き、いつも通りの配置につく。
「衣装、どうしたって?」
 久坂が尋ねた。
「さあのう。じゃが、話はついちょるようじゃし、仮面舞踏会で着る、とゆうちょるんじゃ。ほっといてもえかろう」
「そう。ハルがそう言うならいいけど」
 松浦がジュリエットの衣装を持ち帰っているのは高杉も知っていたが、多分まだ間に合っていないのだろう。
 御堀と幾久の落ち着き具合を見るに、信じ切っているのか勝算があるのか。
 どっちにしても、もう責任を取ると決めてしまった顔になっている二人に、なにか尋ねるのは無粋と言うものだ。
「自分らでどうにかできる、と決めたんなら、ワシらが口出すことじゃねえの」
 どうすればいいか、とか助けてくれ、と言われたならともかく、自分たちで出来ると信じていることを手助けするのはただの甘やかしだし、信頼していない事になる。
「例え失敗するにしても、どうにかするじゃろうし、その時はワシらがフォローすりゃエエだけの話じゃろう」
「そうなると面倒だなあ」
「信じてやれ」
「適当にね」
 そう二人は言うと、笑いあった。
「―――――なんでだろ。面倒なのは嫌だなって思うのに、ちょっとわくわくするんだ」
 瑞祥の言葉に高杉も頷いた。
「ワシもじゃ」
 面倒はまっぴらごめん、邪魔されるのも嫌で仕方がない。
 ミスを起こすようなことはするな。
 そんな考えの方が賢いのに、賢いはずの自分たちが、わざわざ慌てなければならないほうを楽しいと思ってしまっている。
「衣装が心配って雰囲気じゃないよね、あの二人」
 いつも通り、むしろいつもよりよっぽど落ち着いているので誰も衣装について不安になっていない。
「逆に、いつもと違う状態でどんな風に見えるのか、楽しみにすらなってきたよ」
「そうじゃのう。仮面舞踏会で着るのなら、一気に華やかに見えるじゃろうし」
 一年生のイレギュラーな行動が、舞台にどう生きるのか。
 失敗や間違いになるかもしれない事より、そっちのほうが楽しみだ。
 本ベルが鳴り、口上が始まった。
「さ、いくぞ」
「はいはいっと」
 もうすぐ幕が開く。
 舞台の上をスタッフ役の生徒や、移動する役者がばたばたと移動を始めた。


 幕が開き、ロミオとジュリエットの舞台が始まった。

 最初はモンタギューとキャピュレットの争いから両家の関係の説明、そしてロミオの登場となる。
 原作では、本来ロミオはある女性に恋をしていて、その女性が敵であるキャピュレット家の晩餐会に参加するという噂を聞いて出かけ、そこでジュリエットに出会い、互いに恋に落ちるというシナリオだ。
 が、そこは変更されており、ロミオは退屈な青年で、賑やかな友人に、美女が居るとそそのかされ、仕方なく付き合って向かった、ということになっている。
 ロミオが昨日と違う衣装であったことに、一瞬驚く人もいたが、変更があったのかな、位にしか思われていない。
 ジュリエットの出番が近づくが、いつもと違い一番派手な衣装を着ておらず、幾久は頭からベールをかぶって登場することにしている。
(とにかく、堂々としていれば誤魔化せる)
 間に合わせると言った、あの二人の言葉を信じよう。
 幾久の、最初の登場シーンが近づいた。
「乳母や、ジュリエットを呼んでくれ」
 山田のセリフに幾久は息を飲む。
 次は瀧川のセリフだ。
「さっき確かにお呼びしたのですが―――――ジュリエットさま、ジュリエットさま!」
 幾久は唇を引き結ぶと、舞台へ出た。
「なにかご用です?誰かお呼びになったのでしょうか」
 そうして出たジュリエットの幾久に、昨日舞台を見たらしい人から、あれ?という雰囲気が伝わってきたが、さっきの御堀の衣装の様子から、すぐ変更があったのかな、と察したらしかった。
 舞台に出ればいつも通りのセリフを言えばいいので、幾久はいつもと同じように間違えないようセリフを言う。
 ジュリエットの母役の山田と乳母役の瀧川が、ジュリエットにそろそろ結婚を考えたらどうだ、と伝え、ジュリエットは自分にはまだ判らないと笑い飛ばす。
 ここも原作では戸惑いながら、母親に頷くシーンだが、ジュリエットが男性なので、恋に全く興味がない、しかし両親の主催する晩餐会に仕方なく顔を出す、といったふうに描かれている。

 ジュリエットの登場シーンが終わり、幕が変わる。
 ここからはロミオが友人たちと、晩餐会に向かう。
 恋人が出来たらいいな、美人が楽しみだ、とはしゃぐ友人と対照的に、全く興味がないロミオ、となっている。
 このシーンが終わると、とうとう仮面舞踏会の始まる幕に変わってしまう。
(まだか)
 御堀は演じながらも、さすがに少し焦ってきていた。
 しかし、演技をしていると、袖幕から幾久が御堀に見えるよう衣装を見せた。
(来た!)
 頷く幾久に、御堀も頷く。
 これで安心して演技に集中できる。御堀はほっとしたのだった。
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