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【15】相思相愛~僕たちには希望しかない

まじ先輩ウ〇コすぎワロタ(ワロえない)

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 さて、早速、二日目の桜柳祭が始まった。
 昨日より早い時間から開演となり、決められた通りにプログラムが進む。
 幾久ら地球部の舞台はラストになっているので、その間舞台裏である控室周辺はずっと忙しそうだ。
 地球部は控室も一番広い場所をあてがわれているし、差し入れもあって退屈することもなく、出番までの時間を落ち着いて支度することが出来た。
「遅くなりました!」
 舞台開始の三十分前に、やっと桜柳会から高杉、久坂、そして御堀の三人が抜けて控室に入ってきた。
「誉、お疲れ」
「あ、幾、衣装だけど」
「聞いてる。まっつん先輩が持ってくるんだろ?」
 御堀は慌てて制服を脱ぎ、衣装を着替えながら尋ねた。
「まだ到着してない?」
「うん。でもまだ三十分あるし」
 まっつん先輩の事だから、何とかして間に合わせはするだろう。
 しかし御堀はやや心配げだ。
「なんとか間に合うようにはするって言ってたけど、まだなのか」
「なんか心配?」
 幾久が尋ねると御堀は頷いた。
「朝連絡したら、間に合いそうだし三十分前には届けられると思う、とは言ってたんだけど」
 三十分前ならぼちぼちだ。
「だったら、ちょっと連絡してみようか。まっつん先輩じゃなくて、わこ先輩に」
 杷子は今日の舞台、両方とも見ると言っていたし、ウィステリアの演劇部は先に指定席を入手しているはずだ。
 もしかしたら松浦は作業中かもしれないので杷子ならなにか判るかもしれない。
 幾久が言うと御堀が頷いた。
「頼むよ、幾」
「うん」
 幾久はスマホを取り出し、杷子に連絡を取ってみた。
 運よく、杷子はすでに会場に入っており、幾久からのメッセージをすぐ確認することが出来た。
『まっつん、会場にもまだ来てないから、いまからあたしが確認してくるよ!』
 そう快く幾久の頼みを引き受けてくれ、テーラー松浦に向かってくれることになった。
「誉、いまわこ先輩がまっつん先輩のとこに行ってくれてるから、すぐ判ると思うよ。だから着替えと支度に集中して」
「うん、ありがとう」
 御堀は忙しそうに支度をし、三吉にサポートされてメイクを始めた。
(誉、やっぱ忙しいんだな)
 自分に出来るのはこのくらいしかないけど、他になにかないかな、と、うろうろしていると、玉木がはさみでバラを切っている最中だった。
「玉木先生、それお手伝いいりませんか?」
 幾久の問いに、玉木はにっこりほほ笑んだ。
「ありがとう小鳥ちゃん。でもあなたはいいのよ。そこに座っておいて」
「でもなんか、こう、手持無沙汰で」
 皆が忙しそうにしているのに、自分はただスマホを持って連絡待ちなんて、なんだか落ち着かない。
 すると玉木は笑って言った。
「あなたは今日の主役だもの、怪我したりしたら大変。折角お客様があなたを見に来ているのよ?大人しくしておいて」
「そう、っすけど」
 玉木は言った。
「落ち着かないのは判るけど、いまのあなたのお仕事は、舞台に集中すること。怪我も無理もダメ。我慢するのも、役目の一つよ」
「……はい」
 玉木のいう事はもっともだ。玉木は白い一輪のバラを差し出すと、幾久の鼻に近づけた。
「深く、吸ってごらんなさい」
 言われた通り、すうっと香りをかぐと、いい香りがした。
「このバラはね、普通のバラとは違う香りの成分が含まれているの」
 言われてよく嗅いでみると、確かにいかにもバラ!といった香水みたいに強い香りではなく、もっとふわりとした香りがする。
「今日届けられたお花を見たけど、どれもセクシーだったわ。あの量にはびっくりしたけど、香りも色も、花言葉も、全部気を使ってあるの。ただ、賑やかしに送られたわけじゃないの」
「……?」
「送りたいという気持ちの上に、送る相手のこともちゃんと考えて送られてきているのよ。だからあなたも応えなくちゃ。期待されてるんだもの」
 首を傾げる幾久に、玉木は笑顔のまま告げた。
「要するに、あなたのお仕事は、どーんとふんぞりかえってなさいって事。主役なんだから」
「うーん、苦手かも」
「そうねえ、でも頑張って。ジュリエットはあなたしかいないんだから」

 面倒はあたしたちがするからいいのよ、と玉木はバラの枝を切り、花だけのものをたくさん作っている。
 幾久は仕方なく、おとなしく椅子に座っておくことにした。
 暫く大人しくしていると、スマホが振動した。
 杷子から連絡だ。
『いっくん、もうちょっと待って!必ず間に合わせるから!ギリギリでも絶対に持って行くから!』
 焦っているスタンプが、いくつも押してあるところを見ると、かなり追い詰められているように見える。
 どうしよう、誉。
 そう言いかけて、はたと気づく。
(オレ、不安を誉に押し付けようとしてるだけじゃん)
 どうしよう、と言えばきっと御堀は幾久をフォローしたり、いろんな用意を考えたりするだろう。
(でも、そんなん駄目だ)
 玉木はさっき何と言った?
 幾久に、自分のお仕事はふんぞり返っていることだ、と告げた。
(だったら、慌てたら駄目だ)
 幾久は切り替えをすることにした。
 いまふんぞり返る為にすること、出来ることは何なのか。
 少し考えると、杷子にメッセージの返信をうち、御堀に告げた。
「誉、杷子先輩から連絡入ったよ」
「なんて?」
 三吉にメイクをされているので、動かずに御堀が尋ねたので、幾久は答えた。
「やっぱり心配ないみたい。ただ、ちょっとギリギリにはなるみたいだけど、大丈夫だってさ」
「そっか」
「オレの出番までに間に合えばいいからって、送っといたから、こっちは心配しなくてオッケー」
 幾久の言葉に誉はほっとして頷いた。
「じゃあ、もう心配いらないね」
「そうそう、それよりどんな改造してるのか、オレちょっと楽しみかも」
「幾、余裕だなあ」
「そうかも」
 そう笑って話しながら、幾久は杷子に返信をしていた。
(最初のシーンだけなら、衣装はなくても行ける。ベールがあるから、あれをかぶれば登場シーンは誤魔化せるし、時間も短い。ジュリエットの名前を呼ばれるから、キャラクターを間違えられることも考えにくい)
 ずっとスマホを持っていれば、ギリギリの時間まで連絡はなんとかなる。
 杷子に細かい時間を伝えるから、開演時間ではなく、本当に絶対必要なシーンの寸前までならどうにかなる。
 そう伝えると、杷子から泣き顔のキャラクターの返信が来た。
『実はかなりヤバいが、まっつんが徹夜の超特急で頑張ってる。なんとかこの衣装を使わせたい』
 やはり時間的には厳しいものがあるらしい。
 だが、幾久は杷子に返した。
『まっつん先輩を信じてるし、判断は杷子先輩に任せます。どうにか誤魔化せる限りは誤魔化しますんで、ギリギリまで頑張ってください。これはオレ一人の判断なんで、なにかあってもオレが全部、泥かぶります』
 そう返すと、すぐ返信が来た。
 答えは『ラジャ―』の一言だけ。
(これは、かなり厳しいな)
 舞台が開演されてもジュリエットが出るまでは少し時間はあるし、最初の登場はわずかなので、その後の出番までに間に合えばなんとかなる。
(一時間、あるかないか、か?)
 とにかく幾久は、杷子からの連絡を黙って待つしかない。
(本当に?)
 本当に黙って待つことしかできないのだろうか。
 御堀が桜柳寮からいなくなった、と聞いたとき、幾久の頭は一気に回転して勝手に答えをたたき出した。
(あんなふうにできなくちゃダメなんだよ!)
 トラブルは起こる。
 それは仕方のない事だ。
 でもそのトラブルを最小のトラブルで抑え込まないと、賢いとは言えない。
(今の問題は、衣装の出来だけど、まっつん先輩の事だからそれは心配ない)
 幾久に出来ることは何だ?と必死に考える。
(えーと、時間。今日は二回まわしだから時間の余裕は取れない。だから伸ばすのは無理)
 時間を延ばせないなら、せめて本当にギリギリの時間くらいは判らないか。
 幾久は必死で考え、ぴんと来た。
(そーだ!ガタ先輩だ!)
 早速スマホを取り、山縣にメッセージを送った。
『山縣先輩なんでもチケット、使用お願いします』
 返事はすぐ来た。
『とうおるるるるるるるるるるるるるるるるるるるん、とぉるるる…ぶつッ!! もしもし、はいヤマガタです』
 全力でスマホを床にたたきつけたい衝動を我慢したのを、幾久は自分でも偉いな、と思った。

 幾久はすぐにメッセージを打った。
『事情は後から説明します。結果としてハル先輩の手助けにもなります。ちょっぱやで、舞台スタートから、ジュリエットの最初の登場までのタイムと、仮面舞踏会までのタイム、教えてください!昨日のやつでいいんで!』
 山縣は映像研究部に出ずっぱりで、今日も舞台の録画や背景の効果の関係で部活にいるはずだ。
 舞台の録画をしているので、だったら幾久達の舞台のデータも持っているはずで、なんとかできるかもしれない。
 せめてはっきりとした時間が判れば
『あなた…『覚悟して来てる人』…………ですよね』
 ああもう忙しいときに!
 またネタかよ!
 しかし忙しければ忙しいほど、遊んでいるのが山縣だ。幾久は仕方なく山縣の好きそうなセリフを打ち込む。
『覚悟はいいか?オレは出来てる』
 幾久がそう返すと山縣から返信が来た。
『ディ・モールト、ディ・モールト良いぞッ! 良く学習してるぞッ!』
 そして、あっという間に幾久の言った通り、舞台開始の時間と仮面舞踏会の始まる時間のデータを送ってきた。
 さすが山縣、ふざけている時ほど仕事が早い。
『ありがとうございます!』
 そう素直にお礼を伝えると、山縣から返信があった。
『なんか知らねーけどトラブルがあんならさっさと高杉に相談しろよ』
「えっ」
 まともな返信に思わず声が出てしまった。
「いっくんどうしたの?」
 三吉に尋ねられ、慌てて首を横に振った。
「いや、なんでもない。ガタ先輩がふざけてるだけなんで」
 あはは、と笑って誤魔化すが、山縣がふざけていないからこそ声が出てしまった。
(うーん、ガタ先輩、やっぱ油断ならねーわ)
 確かにこういう場合、高杉に指示を仰ぐのが一番いい。
 でも、それは考えた結果、そう思ったのか?
 答えは『否』だ。
(まっつん先輩は間に合わせると言った。とにかくロミオと会う仮面舞踏会までに届けばなんとかなる)
 よし、と幾久は山縣に返信をした。

『誰だってそーする おれもそーする』

 高杉に相談しろ、という言葉に山縣の大好きな漫画のネタで返すと山縣から返信が来た。

『おまえの命がけの行動ッ! ぼくは敬意を表するッ!』

 いや、命なんかかけてないけど。
 まあいいか、と幾久は思った。

 落ち着いて幾久は杷子にメッセージを送る。
 舞台の開始時間に間に合わなくとも、最初の出番は幾久がどうにかすること。
 そして、できれば仮面舞踏会までには間に合わせてほしい事、昨日の舞台ではどのくらいの時間を使ったかの報告。
 杷子は何度もオッケーのスタンプで返してきた。
(あとオレに出来るのは、慌てず落ち着いて待つことだけだ)
 この事を知っているのは幾久だけで、もし御堀や高杉に言えば対処を考え始めるだろう。
 だけどそれじゃ駄目だ。
 幾久が松浦と杷子を信じると決めて、絶対に大丈夫だと思ったのなら、それを信じる必要があった。
(大丈夫。杷子先輩と、まっつん先輩を信じよう)
 あの無駄なエネルギーと勢いさえあれば、きっとなんとかしてくれる気がする。
 そう信じるしかなかった。
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