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【14】星羅雲布~わたしの星の王子様
美形姉弟の姉、現る
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写真撮影は大盛況で終わった。
撮影場所の教室から、幾久達は衣装を着替える為に講堂の控室へ向かった。
「つっかれたー」
お客さんの姿が見えなくなってやっと、幾久はほっとそう呟く。
「ほんと、大変だったね」
御堀も苦笑して言う。
撮影を希望するのはロミオとジュリエットの二人と、というのが一番多かったのだが、二年の久坂と高杉のコンビも人気だった。
最初はロミオとジュリエットと写真を撮って、次に追加チケットを購入して高杉達と撮ると言う人もかなり居た。
おかげでブロマイドやポスターの売り上げも上々、梅屋はずっとごきげんらしい。
ただ、何時間もずっとにこにこして写真を撮り続けるのはけっこう大変だった。
幾久は痛くなった頬を手で揉みながら言った。
「もう顔筋肉痛になってる。いたーい」
「僕もちょっと痛いなあ」
さすがに御堀も頬を押さえている。
「芸能人ってすげーな。こんなんしたら顔の筋肉鍛えられそう」
ずっと笑顔でにこにこしているのも大変なんだなあと幾久は頬を撫でながら思う。
「楽な商売はないってことだね」
御堀はなぜか嬉しそうだ。
「誉、ご機嫌だね」
「疲れたけど楽しいからね。あと儲かったし」
「そこかよ」
さすが経済研究部、頭の中ではしっかり数を叩いているらしい。
「勿論。あと幾にはサインもお願いしなくちゃだしね」
「誉会かあ。なんか迫力あるおばさん達だったね」
「……僕の前ではいいけど、本人にはおばさんじゃなくて、奥様って言ってあげて」
「オクサマか。わかった」
御堀の立場もあるので、そこは気を付けておこうと幾久は頷く。
着替えていると山田に声をかけられた。
「幾、お前この後どうすんの?すぐ帰る?店回る?」
「うーん、別になにも考えてなかった」
今日は多留人が来るのでそっちにばかり気がいって、舞台の後どうこうなんて考えていなかった。
撮影会には杷子が遊びに来て、時山が多留人をバス停まで送ってくれたことは聞いていたし、杷子も気にしなくていいよ、夏の恩返しと言っていたので特に挨拶も必要ない。
「先輩らは桜柳会っすか?」
高杉と久坂に尋ねると、高杉がはっとして言った。
「そうじゃった、忘れちょった。幾久、お前着替えたら雪に連絡せえ」
「雪ちゃん先輩に、っすか?」
「用事があるとか言っちょったぞ。着替えたら連絡してやってくれ」
「ウス」
「御堀は桜柳会にちょっと顔出してくれ。雪が抜ける間、代わりをせんと」
「判りました」
「なんだー、雪ちゃん先輩からお誘いだったら絶対に幾、そっちじゃん」
山田ががっかりしたように言うので幾久も頷いた。
「絶対に雪ちゃん先輩」
「だよなー」
しかし、忙しい雪充がわざわざ幾久を呼ぶのなら大切な用事なのだろう。
(一体、何だろ?)
首を傾げていると、玉木が言った。
「はぁい小鳥ちゃん達、お喋りしてると時間がいくらあっても足りないわよ」
はぁーい、と生徒たちが返事をする。
「明日は二回まわしなんだから、今日はゆっくり休むのよ?」
「わかってまーす」
そう言いながらも、今から遊ぶつもり満々なのは見てとれた。
「ほんと、小鳥ちゃん達は元気ねえ」
しかし玉木は注意するでもなく、にこにことほほ笑んで言った。
「明日は遅刻せずに来るのよ?」
「はーい」
みな返事だけはちゃんとしているのだった。
さて、着替えを済ませた幾久は雪充に呼ばれ、校舎の外へ向かっていた。
暗くなっていても境内の中はまだ営業時間で、どこも祭りのように賑やかだ。
雪充と待ち合わせたのは神社の境内にある、マスターの担当するコーヒー屋台の前だった。
「雪ちゃん先輩!」
コーヒー屋台の前に雪充を見つけ、近寄る。
「ごめんね、忙しいのに呼び出して」
「そんなん全然いいっす!」
ぶんぶんと首を横に振ると、屋台にいたマスターが声をかけてきた。
「よっ、いっくん!舞台よかったぞ!」
「あざっす」
「いやー、見事なジュリエットぶりでほれぼれしたよ俺は!あと衣装も凄かったな!」
「うす」
確かに衣装は自慢できるくらい凄かったので頷く。
「あんなに赤い衣装が似合うのはいっくんか中邑真輔くらいのもんだろうな!」
「すみません、わかりません」
すーんと答えると、隣から声がした。
「おめーsiriかよ」
「毛利先生。三吉先生も」
なぜか店の陰に毛利も三吉も居た。六花もだ。
「六花さん!」
「はぁい少年。ジュリエットめちゃくちゃ可愛いかったわぁ」
うふふ、と楽しそうに笑っている六花さんは相変わらずの存在感だ。
「脚本が良かったッス」
幾久が言うと六花はにやっと笑って「その通りだけど」と得意げだ。
「いやー狙ったところでどっかんどっかん来るのはものすごい楽しかったわあ」
「おかげですげー評判いっす。それより先生たちは休憩っすか?」
「コーヒーしか飲むものがなくて」
三吉がため息交じりで言うと毛利が言った。
「いやお前、いま学校の行事中よ?酒はやめろ酒は。コーラにしときなさい!お母さんのいう事聞いて?」
「誰がお母さんですか」
言いながら三吉は毛利の耳を引っ張る。
「いででで!やめろって!」
なるほど、見回りが面倒だか飽きただかでサボってるんだなと幾久は納得した。
「それより雪ちゃん先輩、用事って」
「うん、実は僕、姉がいるんだけど」
「はい」
雪充に姉がいるというのは聞いたことがある。
高杉と久坂が言うには、ものすごい美人だが性格も凄く、毎日が修羅場とか怖い事を言っていた。
「実はうちの姉がね、いっくんを見たいと」
「へ?」
「杉松さんに似てるって聞いてさ、どうしても見てみたいと聞かなくて。我儘で申し訳ないんだけど」
「あ、そういう事っすか。別にいっすけど」
どこかな、と見渡すと雪充が笑った。
「いま違う場所にいるんだ。杉松さんに似てるから見たい、なんて失礼だから、いっくんがOK出さないと見ないって」
「律儀な人っすね」
そんなの別にいいのに、と幾久は言うが雪充は微笑んだ。
「いっくんならそういってくれると思ったよ。じゃあ、姉を呼んでいいね?」
「うす」
幾久が頷くと、雪充はスマホを手に取った。
「あ、姉さん?いっくんだけどOKだって」
雪充が言うと同時に、苦笑する。
「返事もないから、すぐこっちに向かってると思うよ」
「う、うす」
そこまで期待されても、そうでもなかったら困るかもと幾久は思う。
(似てなかったら困るな、なんて思ったのは初めてだなあ)
いつも似ていると言われて、杉松本人の写真も見たけれど、自分ではそうかなあ、という印象しかない。
それより雪充の姉は相当な美人だと聞いているので、そっちのほうがワクワクする。
「あ、来た」
雪充が言うので、そっちを見ると、女性が走ってこちらへやってきて、足を止めた。
「!」
幾久は驚く。
そこには、筆舌に尽くしがたいというほどの、すさまじく美しく気が強そうなお姉さんが立っていた。
エンジ色のショールにバッグ、黒のジャケットにグレーの細身のパンツに高いヒール。
きらきらしたアクセサリーも目を引くが、なにより凄いのは本当に華やかな、派手なその雰囲気だった。
白い肌、黒く長い髪はくるんとうねり、きりっとした眉、目はぱっちりとして薄茶色の瞳が雪充によく似ている。
雪充もイケメンだがお姉さんも相当だ。
びっくりするくらいの美人で、これはすれ違ったら思わず女優さんかと思って振り返ってしまう。
じっと黙って幾久を見つめる雪充の姉に、幾久はつい言ってしまった。
「すっごい、びじん」
心底感嘆して出た言葉に、雪充の姉はじっと幾久を見つめて言った。
「雪充」
「はい」
「おめーじゃねえよ」
隣に居る雪充に女性は言うと、幾久の両肩に手を置いた。
「雪充」
「へ?」
「君は今日から私の弟だ」
「へ?は?」
幾久は驚き、お姉さんと雪充を交互に見つめるも、雪充は苦笑いするばかりだ。
「さ、一緒に帰ろうね、雪充」
にこにことほほ笑んで言うお姉さんに雪充が言った。
「姉さん、いっくんは寮に帰るんだよ」
「お前は誰だ。私の雪充はこの子だ」
まるでコントみたいな事をはじめて、お姉さんは幾久の肩に手を置いてずっと雪充と喋っている。
外見はこんなにすばらしく美しいのに、面白い人なんだな、と幾久は思う。
じっとお姉さんを見ていると、雪充の姉は微笑んで尋ねた。
「どうしたの?雪充」
そういって幾久の頭を撫でるお姉さんに、ひょっとしてこのノリ、ウィステリアじゃないのかと思う。
(いや、間違いなくそうだな、絶対にそうだ)
そう確信すると、知った人のように思えて幾久は言った。
「あの、」
「なあに雪」
お姉さんは幾久を弟の名前で呼ぶのをやめない。
「オレ、雪ちゃん先輩も兄弟のほうがいいっす」
うん?とお姉さんは首を傾げた。
「雪ちゃん先輩の弟になりたいっす」
すると雪充の姉は、ふっと笑って雪充に言った。
「雪、喜べ。弟が出来たぞ」
「いっくんなら別にかまいませんが」
「やったー!オレ雪ちゃん先輩の弟だー!」
そう素直に喜ぶと、お姉さんはがっと幾久を抱き寄せた。
「なんなのこれ!めちゃくちゃ可愛いじゃないの!」
「だからそう言ったでしょ」
苦笑いしながらそう言ったのは六花だ。
雪充の姉は頬を膨らませながら六花に言った。
「六花先輩ずるい!いっくん本当に可愛いじゃないですかぁ!くださいよ!」
「いや、私のじゃないからね」
「可愛い可愛い、ほんっと可愛い!」
そういって雪充の姉は幾久の頭を何度も何度も撫でている。
「杉松に似てるだろ?」
六花が笑って言うと、急に静かになり、ぼそりと呟いた。
「……凄く似てます」
撮影場所の教室から、幾久達は衣装を着替える為に講堂の控室へ向かった。
「つっかれたー」
お客さんの姿が見えなくなってやっと、幾久はほっとそう呟く。
「ほんと、大変だったね」
御堀も苦笑して言う。
撮影を希望するのはロミオとジュリエットの二人と、というのが一番多かったのだが、二年の久坂と高杉のコンビも人気だった。
最初はロミオとジュリエットと写真を撮って、次に追加チケットを購入して高杉達と撮ると言う人もかなり居た。
おかげでブロマイドやポスターの売り上げも上々、梅屋はずっとごきげんらしい。
ただ、何時間もずっとにこにこして写真を撮り続けるのはけっこう大変だった。
幾久は痛くなった頬を手で揉みながら言った。
「もう顔筋肉痛になってる。いたーい」
「僕もちょっと痛いなあ」
さすがに御堀も頬を押さえている。
「芸能人ってすげーな。こんなんしたら顔の筋肉鍛えられそう」
ずっと笑顔でにこにこしているのも大変なんだなあと幾久は頬を撫でながら思う。
「楽な商売はないってことだね」
御堀はなぜか嬉しそうだ。
「誉、ご機嫌だね」
「疲れたけど楽しいからね。あと儲かったし」
「そこかよ」
さすが経済研究部、頭の中ではしっかり数を叩いているらしい。
「勿論。あと幾にはサインもお願いしなくちゃだしね」
「誉会かあ。なんか迫力あるおばさん達だったね」
「……僕の前ではいいけど、本人にはおばさんじゃなくて、奥様って言ってあげて」
「オクサマか。わかった」
御堀の立場もあるので、そこは気を付けておこうと幾久は頷く。
着替えていると山田に声をかけられた。
「幾、お前この後どうすんの?すぐ帰る?店回る?」
「うーん、別になにも考えてなかった」
今日は多留人が来るのでそっちにばかり気がいって、舞台の後どうこうなんて考えていなかった。
撮影会には杷子が遊びに来て、時山が多留人をバス停まで送ってくれたことは聞いていたし、杷子も気にしなくていいよ、夏の恩返しと言っていたので特に挨拶も必要ない。
「先輩らは桜柳会っすか?」
高杉と久坂に尋ねると、高杉がはっとして言った。
「そうじゃった、忘れちょった。幾久、お前着替えたら雪に連絡せえ」
「雪ちゃん先輩に、っすか?」
「用事があるとか言っちょったぞ。着替えたら連絡してやってくれ」
「ウス」
「御堀は桜柳会にちょっと顔出してくれ。雪が抜ける間、代わりをせんと」
「判りました」
「なんだー、雪ちゃん先輩からお誘いだったら絶対に幾、そっちじゃん」
山田ががっかりしたように言うので幾久も頷いた。
「絶対に雪ちゃん先輩」
「だよなー」
しかし、忙しい雪充がわざわざ幾久を呼ぶのなら大切な用事なのだろう。
(一体、何だろ?)
首を傾げていると、玉木が言った。
「はぁい小鳥ちゃん達、お喋りしてると時間がいくらあっても足りないわよ」
はぁーい、と生徒たちが返事をする。
「明日は二回まわしなんだから、今日はゆっくり休むのよ?」
「わかってまーす」
そう言いながらも、今から遊ぶつもり満々なのは見てとれた。
「ほんと、小鳥ちゃん達は元気ねえ」
しかし玉木は注意するでもなく、にこにことほほ笑んで言った。
「明日は遅刻せずに来るのよ?」
「はーい」
みな返事だけはちゃんとしているのだった。
さて、着替えを済ませた幾久は雪充に呼ばれ、校舎の外へ向かっていた。
暗くなっていても境内の中はまだ営業時間で、どこも祭りのように賑やかだ。
雪充と待ち合わせたのは神社の境内にある、マスターの担当するコーヒー屋台の前だった。
「雪ちゃん先輩!」
コーヒー屋台の前に雪充を見つけ、近寄る。
「ごめんね、忙しいのに呼び出して」
「そんなん全然いいっす!」
ぶんぶんと首を横に振ると、屋台にいたマスターが声をかけてきた。
「よっ、いっくん!舞台よかったぞ!」
「あざっす」
「いやー、見事なジュリエットぶりでほれぼれしたよ俺は!あと衣装も凄かったな!」
「うす」
確かに衣装は自慢できるくらい凄かったので頷く。
「あんなに赤い衣装が似合うのはいっくんか中邑真輔くらいのもんだろうな!」
「すみません、わかりません」
すーんと答えると、隣から声がした。
「おめーsiriかよ」
「毛利先生。三吉先生も」
なぜか店の陰に毛利も三吉も居た。六花もだ。
「六花さん!」
「はぁい少年。ジュリエットめちゃくちゃ可愛いかったわぁ」
うふふ、と楽しそうに笑っている六花さんは相変わらずの存在感だ。
「脚本が良かったッス」
幾久が言うと六花はにやっと笑って「その通りだけど」と得意げだ。
「いやー狙ったところでどっかんどっかん来るのはものすごい楽しかったわあ」
「おかげですげー評判いっす。それより先生たちは休憩っすか?」
「コーヒーしか飲むものがなくて」
三吉がため息交じりで言うと毛利が言った。
「いやお前、いま学校の行事中よ?酒はやめろ酒は。コーラにしときなさい!お母さんのいう事聞いて?」
「誰がお母さんですか」
言いながら三吉は毛利の耳を引っ張る。
「いででで!やめろって!」
なるほど、見回りが面倒だか飽きただかでサボってるんだなと幾久は納得した。
「それより雪ちゃん先輩、用事って」
「うん、実は僕、姉がいるんだけど」
「はい」
雪充に姉がいるというのは聞いたことがある。
高杉と久坂が言うには、ものすごい美人だが性格も凄く、毎日が修羅場とか怖い事を言っていた。
「実はうちの姉がね、いっくんを見たいと」
「へ?」
「杉松さんに似てるって聞いてさ、どうしても見てみたいと聞かなくて。我儘で申し訳ないんだけど」
「あ、そういう事っすか。別にいっすけど」
どこかな、と見渡すと雪充が笑った。
「いま違う場所にいるんだ。杉松さんに似てるから見たい、なんて失礼だから、いっくんがOK出さないと見ないって」
「律儀な人っすね」
そんなの別にいいのに、と幾久は言うが雪充は微笑んだ。
「いっくんならそういってくれると思ったよ。じゃあ、姉を呼んでいいね?」
「うす」
幾久が頷くと、雪充はスマホを手に取った。
「あ、姉さん?いっくんだけどOKだって」
雪充が言うと同時に、苦笑する。
「返事もないから、すぐこっちに向かってると思うよ」
「う、うす」
そこまで期待されても、そうでもなかったら困るかもと幾久は思う。
(似てなかったら困るな、なんて思ったのは初めてだなあ)
いつも似ていると言われて、杉松本人の写真も見たけれど、自分ではそうかなあ、という印象しかない。
それより雪充の姉は相当な美人だと聞いているので、そっちのほうがワクワクする。
「あ、来た」
雪充が言うので、そっちを見ると、女性が走ってこちらへやってきて、足を止めた。
「!」
幾久は驚く。
そこには、筆舌に尽くしがたいというほどの、すさまじく美しく気が強そうなお姉さんが立っていた。
エンジ色のショールにバッグ、黒のジャケットにグレーの細身のパンツに高いヒール。
きらきらしたアクセサリーも目を引くが、なにより凄いのは本当に華やかな、派手なその雰囲気だった。
白い肌、黒く長い髪はくるんとうねり、きりっとした眉、目はぱっちりとして薄茶色の瞳が雪充によく似ている。
雪充もイケメンだがお姉さんも相当だ。
びっくりするくらいの美人で、これはすれ違ったら思わず女優さんかと思って振り返ってしまう。
じっと黙って幾久を見つめる雪充の姉に、幾久はつい言ってしまった。
「すっごい、びじん」
心底感嘆して出た言葉に、雪充の姉はじっと幾久を見つめて言った。
「雪充」
「はい」
「おめーじゃねえよ」
隣に居る雪充に女性は言うと、幾久の両肩に手を置いた。
「雪充」
「へ?」
「君は今日から私の弟だ」
「へ?は?」
幾久は驚き、お姉さんと雪充を交互に見つめるも、雪充は苦笑いするばかりだ。
「さ、一緒に帰ろうね、雪充」
にこにことほほ笑んで言うお姉さんに雪充が言った。
「姉さん、いっくんは寮に帰るんだよ」
「お前は誰だ。私の雪充はこの子だ」
まるでコントみたいな事をはじめて、お姉さんは幾久の肩に手を置いてずっと雪充と喋っている。
外見はこんなにすばらしく美しいのに、面白い人なんだな、と幾久は思う。
じっとお姉さんを見ていると、雪充の姉は微笑んで尋ねた。
「どうしたの?雪充」
そういって幾久の頭を撫でるお姉さんに、ひょっとしてこのノリ、ウィステリアじゃないのかと思う。
(いや、間違いなくそうだな、絶対にそうだ)
そう確信すると、知った人のように思えて幾久は言った。
「あの、」
「なあに雪」
お姉さんは幾久を弟の名前で呼ぶのをやめない。
「オレ、雪ちゃん先輩も兄弟のほうがいいっす」
うん?とお姉さんは首を傾げた。
「雪ちゃん先輩の弟になりたいっす」
すると雪充の姉は、ふっと笑って雪充に言った。
「雪、喜べ。弟が出来たぞ」
「いっくんなら別にかまいませんが」
「やったー!オレ雪ちゃん先輩の弟だー!」
そう素直に喜ぶと、お姉さんはがっと幾久を抱き寄せた。
「なんなのこれ!めちゃくちゃ可愛いじゃないの!」
「だからそう言ったでしょ」
苦笑いしながらそう言ったのは六花だ。
雪充の姉は頬を膨らませながら六花に言った。
「六花先輩ずるい!いっくん本当に可愛いじゃないですかぁ!くださいよ!」
「いや、私のじゃないからね」
「可愛い可愛い、ほんっと可愛い!」
そういって雪充の姉は幾久の頭を何度も何度も撫でている。
「杉松に似てるだろ?」
六花が笑って言うと、急に静かになり、ぼそりと呟いた。
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