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【12】四海兄弟~愛しているから間違えるんだ

普通の寮は、こんなもの

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 動揺する幾久に、児玉は先に風呂に入れと告げた。
 幾久は頷き、一人で風呂に入り、あがると児玉が待ってくれていた。
「なんか飲むか?」
 尋ねられ、頷いた。
 児玉がお茶を入れてくれ、居間のテーブルの上に置く。
「……落ち着いたか?」
 児玉の問いに、幾久は頷いた。
「ちょっとはね。まだほっぺ痛いけど」
 はは、と笑いながら頬を触ると、叩かれた場所がちくちくと痛んだ。
「なにがあったのか、聞かせてくれるか?」
 児玉の言葉に幾久は頷く。
「タマが風呂に入っている間に、誉と話してて」
「うん」
 そうして幾久は御堀と話した内容と、その流れから、高杉に何を話したのか、児玉に説明を始めた。



 一方、部屋に戻った久坂は、すでに布団に横になっていた高杉の隣に腰を下ろした。
 高杉の短い髪を、生え際とは逆に手でざーっと触ると、高杉が抗議の声を上げた。
「なんじゃ!」
「いっくん叱っといた」
 久坂の言葉に、高杉は思わず起き上がった。
「……なにした」
「べつに。ちょっと両頬をべちんと」
「叩いたんか」
「あんなの叩くうちにはいんないよ。ねーちゃんがよくやってたろ」
 子供の頃にしょっちゅう六花にやられた事を思い出し、高杉は思わず自分の両頬を手で包んだ。
「案外、痛いし音がでかくてびっくりするんじゃぞ、あれ」
「知ってるよ。僕だってしょっちゅうやられたんだし」
 いたずらをしたり、悪い事をしたり、嘘をついたりすると、六花は容赦なく二人をひっぱたいた。
 小さいころはおしりをたたかれ、そこそこ大きくなったらほっぺたをばちんとやられた。
 六花は音が大きくて、そこまで痛くない方法をよく知っていた。
 幼いころは叩かれた瞬間に音で痛い、と思い込んでいたが、いま考えればそこまででもなかったな、と思い出せる。
「幾久、びっくりしちょったろうが」
「まーね、音はデカいからね。でもタマ後輩がいたから、なにがしのフォローはするでしょ」
 児玉も幾久もバカではない。
 きちんと考えればそのうち何が駄目なのか判り始めるだろう。
 幾久のフォローは自分の仕事ではない。
 いまの自分がやるべき仕事は、高杉のフォローだ。
 ごろんと横になったままの高杉が、傷ついているのだと親友の久坂にはよく判る。
(ったく、いっくんのバカ)
 御堀に無理させているのを判っていながら、自分も忙しいせいでタイミングを見誤り、御堀を行方不明にさせてしまった責任を、高杉は感じている。
 だからこそ、御門寮に御堀を泊まらせたし、あれ以降、できるだけ御堀に負担がかからないように動いている。
 ただ、だからといって忙しさが代わるわけでもないので、単純に御堀の背負ったものが高杉に肩代わりされてしまっただけで、要するに無理をしているのが御堀から高杉に変わっただけだった。
「無理してるからだ、ばか」
 久坂の言葉に、高杉は「そうじゃなあ」と頷く。
「ちょっと格好つけすぎたかの」
 力なく笑う高杉の頭を、今度は流れにそって撫でる。
「桜柳祭も近いし、先輩としてカッコええとこ見せんにゃな、とは思っちょったが」
「それに自分が飲まれてたんじゃ、ただの無理と無駄だろ」
「そうじゃのう」
 ごろんと高杉が転がる。久坂は高杉の頭を撫で続ける。幼いころ、六花がよくそうしてくれたように。
「お前、あんまり幾久に強くあたるなよ」
「さあね。それはいっくん次第じゃないの。態度が悪けりゃそのようにするよ」
「キツイのう」
「言っとくけど、一番キツイのはいっくんじゃないの。先輩だからってチート扱いされるなんてたまったもんじゃないよ」
「ハハハ」
「笑い事じゃないだろハル」
 いつも常に一緒にいるから、互いがどんな努力をしているのかは互いが知っている。
 逃げていることも、やっていることも、悩みも、考えていることも、どうしたいのかも。
「僕は許さないからね」
 久坂が怒った声色で言う。
 そうだろう、久坂は身内には甘いが、その身内にもカテゴリーがある。
 一番深いカテゴリーが杉松と祖父、そして六花と呼春だ。
 どんなに誰と親しくなったとしても、久坂が優先するのは真っ先にその人たちで、今この世界に存在しているのは二人だけ。
 高杉はごろんと転がって久坂にすり寄った。
「なあ、瑞祥。もし幾久が来たら」
「許さないって言ったろ。甘やかすな」
「こわいのう」
「そうだよ。知ってるだろ」
「そうじゃったな」
 久坂がこういう時、決して許さず、受け入れないのを高杉は一番よく知っている。
「僕にとっちゃ、ハルが全てだって言ったろ」
「そうじゃった」
 楽しくて忘れていた。
 こんな事も、誤解されることがあることも。
 御門寮が楽しくて、ずっと騒がしかったから、つい忘れてしまっていた。
 きちんと関わらないと、皆自分の思いたいように思って、そうじゃなかった場合にだんだんずれが生じていくことを、皆、忘れかけていた。
 久坂がごろんと仰向けになった。
「あーあ、もう、甘やかしすぎたかなあ」
 ちっと舌打ちする久坂に、高杉は笑った。
「幾久は兄弟がおらんし、児玉が御門に来たじゃろう?あれで気が緩んじょるんじゃ。先輩になったしの」
「タマ後輩のほうがよっぽど大人だろ」
「そりゃアイツは兄貴じゃけの」
 児玉は三人兄弟の一番上で、下に弟と妹がいる。
 道場に長く通っていたので、年齢に開きがあるつきあいも慣れているし、他人との関わりもそこまで下手じゃない。
 ただ、そういった関係に慣れ過ぎたせいで、他人に対するハードルが低いがゆえに、気遣いというものが細かくなく、結果恭王寮でのトラブルのようなことを呼んだのだが、基本人づきあいはそう悪くない。
「御堀君と急に仲良くなっただろ。元々出来がいい子だけど、いっくんと気があったせいで、いっくんが妙にかばうのがね」
「御堀は雪と同じで、確か姉がおるんじゃったの」
 姉がいる弟の御堀は、雪充と同じでファーストコンタクトは悪くない。
 だが、やっぱり下は下で、誰かに甘えるのを悪い事だと思わない。
 雪充もああ見えて、問答無用に高杉に用事をぶっこんできたりする。
「御堀こそ随分とがんばっちょったけえの。雪もワシも、互いに使いすぎじゃとは思っちょったが、どうにもできんうちに限界がきたけ、悪いとは思っちょるが」
「だからってハルを傷つけて良い理由にはならないだろ」
 慰めるように高杉の髪を撫でる久坂に、高杉はそのまま許している。
 実際、傷ついているのかもしれないと高杉は自分でも思う。
「……判ってくれちょるもんじゃとばかり、思っちょった」
 高杉の言葉は、幾久に対する期待だ。
 御堀が一生懸命頑張っているのを知って、手助けしているのを見るのは楽しかった。
 自分たちが言外に教えていることが伝わっていると思っていたからだ。
「判ってはいると思うよ。ただ、その中に僕らが入ってないだけでね」
 久坂の言葉に高杉は苦笑した。
「そうじゃのう」
 格好つけていた自覚はある。
 思いがけず呼び込んでしまった一年生に対する態度とか、舐められないようにしたりとか、こちらを敬うようにしつけた自覚はある。
 だけど、当たり前になんでもできる、違う人間だと教えこむつもりはなかった。
「やりすぎたか」
 高杉の言葉に久坂が「そうだね」と言う。
 やっぱりこういうところが、自分たちもまだ未熟だなと思う。
「できる先輩に思われるのはいいんだけど、だからって何もせずにそうなっていると思われるのは心外だよ」
 努力していない訳じゃない。
 きちんと久坂も高杉も、勉強はしているし、考えてもいる。
 ただ、ふたりきりで動くことが多いので、それが見えなければ、自動的にできる先輩は勝手にできる存在なのだと幾久は誤解してしまったのかもしれない。
「判らないほど馬鹿な子だとは思わないけどね」
 御堀の辛さを理解したなら、ちょっと見る所を変えさえすれば、高杉の苦労も簡単に見えるようになるのだろう。
 ただ、同じ寮であるとか、ずっと一緒に居るから、見えないことがないと勘違いしてしまっただけだ。
「ただまあ、甘やかした自覚はある。そこは、反省じゃの」
 高杉の言葉に久坂も「そうだねえ」と相槌を打つ。
 春、まだ報国院に入学すると決めておらず、三か月だけどうするか悩む幾久を、この学校を選ばせるためにありとあらゆる遊びに誘った。
 その最たるものがゴールデンウィークにある、長州市の鯨祭りだった。
 そして、プロレスにフェス。
 大抵の男の子は祭りが好きだ。
 幾久もやっぱりその通りで、最初は嫌々だったけれど、あっという間に溶け込んだ。
「五月にさ、みんな来たじゃん」
「ああ」
「わざといっくん一人にしたろ」
 ごろんと横になり、高杉の方を見る久坂に高杉は笑って答えた。
「まあな。あの連中なら、幾久を見ればなにか思う事はあるじゃろうし、騒がしいが面白い事ばっかりしとるのは確かじゃ。ワシらが幾久とおったら遠慮するじゃろう、奴ら」
「まーね」
 青木も福原も来原も、久坂と高杉にとっては良く知った連中だ。
 杉松や毛利、宇佐美によしひろの一学年後輩で、なにかとトラブルメイカーの青木や福原を懐かせた杉松は、幼い久坂と高杉も連れて青木達のバンド活動を応援していた。

「懐かしいな。朝早くから場所取りやってたっけ」
「そうじゃの」

 長州市には、日曜日にいろんなバンドが自主発生的に集まって、インディーズのイベントのようなものが開かれている。
 観光地になっている海辺で行われていたが、誰かが仕切っているわけでもなく、自主発生的におこったものなので、いかに目立つかが勝負で、場所取りが最初の勝負になっていた。
 重たいキーボードを風呂敷に包み、福原と青木がバスに乗って朝一番でバンドの場所取りに行っていた頃を思い出す。
 あの頃自分たちは本当に小さな子供で、皆よく可愛がってくれた。
 高杉や久坂のカスタネットやリコーダーを使って器用に音楽をつくってみせ、ピアニカなんかは随分と役に立ったらしく、いまだにそれで遊んでいるらしい。
 まさかあんなに大きなバンドになるとは思ってもおらず、あまりに規模が大きくなりすぎて、昔馴染みということは、全員黙っているのだが。
「ずっとふざけてばっかだったね」
「そうじゃの」
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