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【11】歳月不待~ぼくら運命の出会い

御門寮の変な生き物(その1)

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 ふたりは立ち上がり、御堀はジャージをはたいた。
 幾久のジャージを着ているのにねっころがったことを思い出し、ごめん、と謝ったが幾久は笑っていいよと答えた。
「ちょっとオレには大きいから、誉にはぴったりと思った。気が付いた?それザンクトパウリのジャージ」
 幾久の言葉に御堀が驚いてジャージを脱ぎ、背中を見た。
「本当だ!なんで?凄い!行ったの?」
 サッカー好きな御堀にはやはりその価値が判ったらしい。
「ううん、先輩がくれたんだ」
 かっこいいよね、という幾久に御堀もうん、と頷く。
「気が付かなかった。暗いし」
 もう少し借りるね、と御堀がジャージに袖を通す。
「いいよ、そのつもりで持ってきたんだし」
 帰るつもりになった御堀に幾久はほっとして、一瞬、海を見た。
「あ、すごい。月が綺麗だよ、誉」
 幾久の言葉に御堀も海の上に浮かぶ月に、はじめて気づいたような顔をして見つめた後、ぽつりと笑って幾久に言った。
「僕、くどかれたのかな?」
「え?」
 幾久はきょとんとしていて、御堀はつい笑ってしまった。


 真っ暗な中、幾久の案内で二人は歩き始めた。
 街燈はあまりに薄く、ぼんやりとした明かりは空に浮いているだけで、暗い足元を照らすにはあまりにも心許なかった。
「誉、スマホないんだっけ」
「そう」
「今回もわざと?」
「わざと」
 もー、と幾久が文句を言い、自分のスマホを取り出した。
「ほんっと、オレが来なかったらどーするつもりだったんだよ。ここ暗いし、道もろくに見えないだろ」
 もう、と言いながら幾久が立ち止り、そして御堀にぼそりと告げた。
「あのさ、悪いんだけど、手、繋いでくれる?」
 幾久の言葉に御堀が噴き出した。
「幾、暗いところ怖いんだ」
「ちがうって!ハル先輩が、そうしろって」
「どうして?」
「さあ?わかんないけど、ハル先輩には逆らえないだろ」
 幾久が言うと御堀が肩をすくめ笑った。
「確かにね」
「それに誉、まだこの場所しっかり覚えてないだろ?オレが先に歩くよ」
「うん」
 道は覚えていても、暗い中では感覚が鈍る。
 幾久が伸ばした手を御堀が繋ぎ、二人は歩き始め、先を歩く幾久の足元を、すこじ後ろから御堀が照らした。
 しっかり手を繋いで歩いていると、不安が消えてしまった気がする。
 御堀の手からあたたかさを感じて、そういえば子供の頃はこんな風に誰とも手を繋いでいたのに、いつから繋がなくなったのだろうと気づく。
「そういやさ、手って繋がないよね」
「そうだね」
「子供の時って繋ぐのにさ、いつから繋なくなるんだろ。誉、覚えてる?」
「さあ……よくわかんないなあ」
 暗い中、手を繋いで二人で歩くのは不安定な気がしていたのに、実際はそんなことはなく、ゆっくり歩くときにぎゅっと手を握っていると、安定してきちんと歩けた。
(なんか、便利じゃないか?)
 手を繋ぐのは恥ずかしい気がすたけれど、こんな夜中に誰も見ていないし、そもそも歩くのに邪魔にもならない。
 むしろ体制が崩れそうになったら、相手がすぐ気づいて助けてくれる。
(ハル先輩って、これ知ってて言ったのかな)
 たったひとつ年上なのに、大人びて博識な先輩を思い出して、やっぱよくわかんないなうちの先輩は、と幾久は思ったのだった。


 スマホの光は暗いなかで大きく輝いて、帰り道をはっきりと照らす。
 坂道を歩いてテニスコートの駐車場に出ると、さっき幾久がお茶を買った自販機がぴかぴかと光っていた。
 そしてもうひとつ、人影と、明かり。
「タマ?」
 カンテラを持ち上げて笑っている児玉に、幾久は驚いて声をあげた。
「よう」
 御堀と幾久にそう笑う。
 幾久は驚いて尋ねた。
「偶然?」
「ぐーぜん、ぐーぜん」
 児玉は笑って言うが、幾久はあきれて言った。
「ウソだろ?」
「まーな」
 児玉がいるのでどうしよう、と御堀の手を握ったまま思っていると、児玉がもう片方の幾久の手を取った。
「帰るぞ。先輩らも待ってる」
「うん」
 児玉の行動に、幾久も御堀も、顔を見合わせて笑った。
 なんだかおかしくなってしまって、三人はずっと昔から仲良しの子供みたいに手を繋いで歩いた。
 手を繋いで歩いていると、意味もなく、楽しくなってしまう。
 児玉が言った。
「御堀は今夜、うちに泊まれってさ。ハル先輩がもう許可取ってる」
「はっや!さすがハル先輩」
「御堀のぶんの飯も用意してあるから心配すんなって」
「そういやお腹すいたなあ。あ、うちのご飯、めっちゃおいしいよ!誉、びっくりするかも!」
 幾久の言葉に児玉が言った。
「御堀、あんま信用すんなよ。幾久、魚ならなんでもうまういまいって食うから」
「実際麗子さんの飯うまいじゃん。あ、麗子さんって、うちの寮母さん。麗子さんって呼ばないと怒るから」
 御堀は判った、と頷く。
「幾って魚、好きなんだ?」
「めっちゃ好き!つか、好きになった!こっち来て。もうなんでも美味いじゃん。刺身とか最高だし」
「確かに美味しいよね。でもうちは刺身なんかでないよ。っていうか、出る寮ってめずらしいんじゃない?」
「え?そうなんだ?うちけっこうあるよ」
 な、タマ、というと児玉も頷く。
「でも確かに恭王寮の時って刺身出たことねえなあ」
「そーなの?」
 驚く幾久に、御堀が答えた。
「寮だからじゃないかな。刺身って衛生状態にかなり気を使うから」
「えー!そうなんだ。うちの寮ってわりとあるから、気にしたことなかった」
「冷凍じゃないんだろ?」
 御堀の問いに児玉が頷いた。
「そうそう、OBの先輩が港に努めててさ、ひんぱんに仕入れて持ってくるから、麗子さんとかその先輩とかがさばいてる」
「寮でさばくの?すごいな御門」
「うん、メッチャうまいから!」
「幾久そればっかだな」
 呆れる児玉に幾久はいいじゃんか!と頬を膨らませる。
「ほんと美味いから。保障するから」
「わかった、わかった」
 そういって御堀が笑う。
 三人は手を繋いだまま月が輝く秋の夜、御門寮の門を超えた。



「ただいまぁ!ハル先輩!」
 そう幾久が玄関を入って怒鳴った。
「ハール先輩、ハル先輩、ハル先輩」
「なんじゃやかましい」
 出てきた高杉に、幾久は繋いでいる御堀の手を差し出した。
「ちゃんと繋いで帰ってきました」
「おう。ちゃんと寮に入れちゃろう。お帰り」
「ただいまっす」
 そういって幾久が靴を脱ぎ始める。
 御堀は目の前の高杉に、何を言えばいいのかと困ってみていると、高杉が言った。
「早く三人とも、手ェ洗って来い。あと御堀、幾久、二人とも上、洗濯場に持っていけ。泥まみれじゃ」
 高杉に言われ、よく見ると確かに海岸で寝転がったり腰を下ろしていたせいで、上着が汚れていた。
「わ、すご」
 ぱんぱんとはたきはじめた幾久に高杉が怒鳴る。
「じゃけ、風呂場に出せゆうたじゃろうが!埃がたつ!」
「はーい」
 幾久が上着を脱いでくるっとくるんで玄関を上がる。
「誉、風呂場こっち」
「あ、うん、」
 勢いで玄関に上がり、高杉とすれ違う。
「先輩、」
 なにか言わなければ。
 そう思う御堀に、高杉が言った。
「エエから先に飯を食え。麗子さん……寮母さんが楽しみに待っちょるぞ」
 御堀はぺこりと頭を下げて、幾久の後をついて風呂場へ向かった。



 麗子さんは御堀というお客に大喜びだった。
 んまあ可愛い、イケメンねえ、いま朝ドラに出ているナントカ君に似てるわ、と喜んでいた。
「食事、ほんとうにおいしい」
 御堀が驚くと、幾久が胸を張った。
「だろ?マジで麗子さんのご飯はすごいおいしいもん。誉、おかわりは?」
「貰おうかな」
 いそいそと給仕する幾久に、児玉が笑う。
「幾久、俺のもおかわり」
「はいはい、お茶碗かして」
 そうしておかわりを入れていると、キッチンに変な物体が現れた。
 頭からオレンジと黒の模様が入った布をかぶって、ずず、ずず、と歩いてくる。
 御堀が驚いていると、その変な物体はキッチンの椅子に腰を下ろす。
「おい、飲み物」
「もー、ガタ先輩、いまオレ食事中だし。それよりなんすか、また変なグッズ買ったんすか」
「変なグッズとはなんだ。限定で発売されたボルケーノちゃんグッズだぞ。かぶると火山に変身できる毛布だ!どうだまいったか!」
「はいはい、参りました参りました。いちごの奴でいいっすね」
「おう」
 そういって山縣がじっと御堀を見て、メガネをかけ、もう一度御堀を見て幾久に言った。
「おい、なんだこれは。どこで拾ってきた」
「海岸っす」
「もといた所に捨てて来い」
「明日までうちで預かってるんすよ。野良じゃないんす。血統書つきっす」
「お前はなんでこー、何でも拾ってくるんだよ。散歩中の犬か」
「はいはい判ったんで。飲み物ここに置いとくんで、ガタ先輩はハウス!ハウス!」
 しっし、と幾久が手をやると、山縣は舌打ちし、あたたかい甘い飲み物が入ったマグカップを抱えてキッチンを出ていった。

 幾久と山縣のやりとりを見て、御堀はあっけにとられていた。
 御堀は児玉に尋ねる。
「いまのって、三年生?だよね?」
「そう。山縣先輩。ちょっと変わってんだろ?」
「変わってる、のは判るけど」
 御堀があっけにとられたのは、山縣の恰好はともかく幾久の態度だ。
 いくら同じ寮だからといって、三年生にあんな態度を取るとは。
「まさか、実の兄弟とか?」
 御堀が尋ねると、児玉が噴き出し、幾久が嫌そうに答えた。
「もー冗談きついよ誉!あんなんと一緒にしないで欲しい」
「でもさ、判るだろ?どう見ても兄弟だよな?」
 笑う児玉に御堀は頷くが、幾久は冗談じゃないとぷりぷり文句を言っている。
「ガタ先輩と兄弟なんて冗談じゃないよ。オレまであんな変なオタクと思われたらたまんないよ。オタクに偏見はないけどさ、ガタ先輩は抜きんでてるもん、悪い意味で」
 そうではなくて。
 三年に対してあんな風に文句を言って、三年も何もおかしいと思わず、普通に家族のように過ごしているのが御堀には驚きだったのだ。
「驚いただろ?俺も最初スッゲ驚いたけど、でも御門ってこうなんだ」
 児玉の言葉に御堀は顔を上げた。
「ホント、みんな家族みたいで。最初は驚くけど、気が楽になる」
 そういって児玉は食事を続ける。
 腰を下ろして食事を再開した幾久を、御堀はじっと観察した。
 そうこうしていると、キッチンに吉田が入ってきた。
「みほりん、お疲れ。今日は大変だったね」
「吉田先輩」
 吉田は御堀と同じく、部活の経済研究部に所属しているから面識はある。
「すみません、急に押しかけて」
「いーっていーって。桜柳寮にも話はついてるから、今日はゆっくり休みな。遠慮しなくていいからね」
「はい」
「どうせ明日は日曜日でしょ?好きな時間まで居ていいから。なんなら明日の晩飯も食ってっていいし」
「いや、そこまでお邪魔は」
「そう?どうせだからうちの鷹二人に勉強つけて貰おうかと思ったのに」
 吉田の言葉に幾久と児玉が「あー」と肩を落とす。
「せっかく忘れてたのに」
「思い出したじゃないっすか」
 がっかりと肩を落とす二人に、御堀は笑い、言った。
「そうですね。じゃあお礼に、二人の家庭教師でもしていきます」
「たっすかるー!一年首席のみほりんだったら、うちの子たちも今度こそ鳳間違いなしだね!」
「いやいや、誉の邪魔になるっすよ?ねー?誉?」
「別にかまわないよ。どうせ勉強は終わってるし」
「うわ。聞いたかよ幾久。これが鳳の首席様の言葉だぞ」
「余裕すぎ。なんで鳳ってこうなんだろ」
 ねー、なあ、と顔を見合わせる幾久と児玉に、御堀はにっこり笑って答えた。
「じゃあ、食事終わったら早速やろうか」

「……誉、なんか瑞祥先輩みたい」
「あー、確かになんか似てるかも」
「そう?」

 三人はそういって、食事を終えて、箸を置いた。
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