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【10】虎視眈々~タマ、寮出する

見ようとすれば見えたはず

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 寮の風呂には丁度良く、元鷹は居なかった。
「なんであいつらいねーの?」
 児玉の問いに、弥太郎はさあ、と首をかしげた。
「最近、なんかもめてるっぽいし。でもおれら関係ねーじゃん」
 そだな、と笑っていると、一緒に風呂に入っていた一年生が児玉と弥太郎に声をかけてきた。
「あのさ児玉、こんなトコでなんだけど、これまでごめんな」
「いいよ別に。そっちもつきあいとかあんだろ」
 ははっと笑うが、一年生は首を横に振った。
「そうじゃなくて、俺ら、お前を誤解してたんだよ」
「誤解?」
 児玉が少し驚くと、他に一緒に居た一年生も頷く。
「夏休みにさあ、俺ら、あいつらに誘われて遊んだじゃん」
「ああ、」
 あいつら、とは元鷹の連中だ。
「そん時に、児玉が実は裏でいじめやってるって聞いて」
「は?」
「え?」
 児玉と弥太郎が同時に声を上げる。
 全く身に覚えのないことに、児玉は心底驚いた。
「……なんで?」
「俺らもわかんねーけど、いろいろそういうの聞いて。いじめやってて、万引きとかしてて、だからお前ら、物とかなくなってねえ?とかって。実際、なくなってたし」
「は?」
「え?マジで?」
 児玉と弥太郎は思い切り驚く。
 一年生たちは頷いた。
「俺、知らない」
 児玉は驚いたままに言うが、他の一年生は言った。
「あいつらが、なんかお前が盗んだの見たっぽいこと言ってるから、てっきりそうなのかって思って」
「はぁ?」
 児玉は益々意味が判らない。
 一年生は続けて言った。
「俺さあ、グラスエッジのファンなんだよ」
「え?マジで?」
 児玉は驚き、喜んだ顔になる。まさか、同じバンドを好きな仲間が寮にいるとは思わなかったからだ。
「でも児玉、お前さ、五月のフェス行ってないだろ?」
 児玉は頷く。グラスエッジは報国院の卒業生がやっているバンドで、五月にフェスがあったのだが、児玉は用事があってそれに行く事ができなかった。
「でさ、お前、最近よくグラスエッジのTシャツ着てるだろ?」
 児玉は頷く。あれは夏、久坂の家に厄介になったとき、高杉に貰ったものだ。
「あれって五月のフェス限定で、通販もなくて会場でしか売ってなかったんだよ。で、俺は行ったから、持ってたんだけどそれがなくなってて。でもお前、フェス行ってないって言ってたろ?なのに持ってるっておかしいじゃんって話になって」
 児玉は慌てて話を止めた。
「ちょい待てよ。俺、あれ二年の高杉先輩に貰ったんだけど」
 えっと一年生は驚いた。
「グラスエッジってメンバーが御門出身だから、フェスの時に遊びに来て、お土産っていろいろ貰ったんだって。高杉先輩はグラスエッジに興味ないからって、俺がファンだって言ったら譲ってくれたんだけど」
「……マジで?」
「マジだよ。実際、キーホルダーとかラバーバンドとか、他のグッズも貰ったし」
「……マジかよ?!」
 一年生は急に顔色を変えた。
 突然、話を聞いていたほかの一年生たちはシャワーを浴び始めた。
「児玉、桂、おまえらも上がれ」
「え?」
「いいから早く!あいつらまだ帰ってきてないはずだから!」
 急に怒り始めた一年に、児玉はあっけにとられつつ、そこにいた全員、すぐにシャワーを浴びて風呂から出た。


 児玉は今日もお気に入りのグラスエッジのTシャツを着ると、急に怒り始めた一年生の後をついていった。
 怒っている一年は、まだ帰ってきて居ない元鷹のふたりの部屋のドアを開けたのだが。
「おい、」
 勝手に引き出しを開け始めた連中に、児玉が止める。
「さすがにそれはやめとけよ」
「いや、もし違ってたら俺がいじめられてもかまわない。けど、もし俺の思うとおりだったら、俺、あいつら絶対に許せないわ」
「でも」
 児玉はそれでも止めようとしたが、弥太郎が言った。
「な?自分はあれだけやられても、駄目なこと絶対にしないだろタマは。こんな奴が、物盗んだり、陰でいじめやったりするか?」
 弥太郎の辛らつな言葉に、一年生たちの動きが一瞬止まる。
「児玉、本当にごめん」
「いや、それはいいけど、マジでおまえらやめとけって。もしお前らが盗みの犯人にされたらどうすんだよ」
 児玉の言葉に、一年生たちが益々言葉を濁らせた。
 ここにきてやっと、元鷹の言い分を聞くのではなく、児玉に最初に確認すべきだったと気づいたからだ。
「それでもいい。俺、恭王寮追い出されるより、グラスエッジの方が大事だかんな」
 ガチのファンらしく、Tシャツを探している一年は手を止めない。
「あ……った!!!」
 元鷹の引き出しの奥から、グラスエッジのTシャツが見つかった。
「それ、本当に間違いないのか?」
 もしかして自分のように、誰かから貰った可能性は、と児玉は思うが、一年は首を横に振った。
「これ見ろよ!」
 見えにくいが、Tシャツの内側のラベル部分に、小さな落書きのような顔が書いてあった。
 それは、グラスエッジのヴォーカルが、ファンに対してたまにするサービスで、サインではなくそうやって似顔絵を入れてくれることがある。
「俺が、報国院の後輩ですって言ったら、集(あつむ)さんが書いてくれたんだよ!俺の為に!」
 集(あつむ)とはグラスエッジのヴォーカルの名前だ。児玉もファンだから、そういうのはちゃんと知っている。
 児玉は自分のTシャツをめくった。当然、ラベルには何も書いていない。
「間違いない。あいつらが隠したんだ」
 一年生は怒りのあまり震えているが、児玉にもその気持ちは判る。自分でもこれは許せないだろうと思う。
「もー許せねー。絶対にあいつら、文句言ってやる!」
 一年生たちが怒りまくっているそのタイミングだった。
 玄関が賑やかになり、そしてその元鷹達が、帰ってきたところだった。
 元鷹と鳩はどこかで遊んできたのか、二人で喋りながら玄関に入った所だった。
 ただいまー、と声を上げたその時、二人の前に一年が数人並ぶ。
「なんだよお前ら、わざわざお出迎えか?」
 ふざけて元鷹は言うが、一年の後ろに弥太郎と児玉がおり、しかも児玉と一年が同じTシャツを着ているのを見て、歪な笑顔を見せた。
「―――――なんだ、児玉に返してもらったのか?良かったな」
 自分の悪事がばれても全く気にせず、しゃあしゃあと言う元鷹に、Tシャツを隠されていた一年が手を上げそうになったのを、児玉が後ろから手首を握り、止めた。
「止めんな児玉!こいつだけはぜってぇ許せねえ!」
 振りかぶって逃げようとするが、児玉から逃げられるはずもない。
「やめろって、俺だってお前と同じ気持ちだよ」
 児玉の言葉に、激高していた一年は手を降ろす。
 そりゃそうだろう、ついさっきまで泥棒だと思われていたのだから。おまけに、児玉はただの被害者だ。
 児玉の言葉に、元鷹はふんと鼻を鳴らした。
「あいかわらずええかっこしいだなお前。ヒーロー気取ってかっこいいと思ってんの?」
「そんなこと思ってねえよ」
「へー!いっつもいい子ぶって、雪ちゃん先輩雪ちゃん先輩って、媚売りまくってるクセによぉ!」
「タマは本当にいい奴なだけだ。いい子ぶってるわけじゃねーよ、お前とは違う」
 弥太郎が言うと、元鷹が弥太郎を殴ろうとした。それを当然、児玉が止める。
「さわんな!」
「じゃあ殴ろうとするな」
 こういう事では児玉に圧倒的に有利だ。それが判っているからこそ、元鷹もそれを逆に利用しようとする。
「そうやっていっつも誇示しやがって!ウゼーんだよ!」
「俺がいつ」
「いっつも睨みつけて不機嫌そーに威嚇してんじゃねーかよ!気づいてねーと思ってんじゃねーぞ!」
 そう元鷹は言うが、児玉には全く覚えがない。
「わりーけど、マジでそんなんした覚えない」
 児玉の言葉に他の一年生がざわつきはじめた。
「え?じゃあアイツって単なる自意識過剰?」
「児玉にいじめられてるって言ってたじゃん」
「お前ら、嘘ついてたのかよ」
 ざわざわしはじめる一年生に、元鷹は逆切れした。
「嘘なんか言ってねーし、いじめられてるなんて言った覚えもねーよ!お前らが勝手に勘違いしたんだろ!」
 児玉と弥太郎には簡単に想像がついた。
 多分、元鷹の連中は、自分が手を汚すのを嫌って匂わせるような事を言って唆したに違いない。
「なんだよそれ」
 ざわつき、怒り始めた一年生たちは今にも元鷹に飛び掛りそうな勢いだが、児玉がそれを両腕で止めた。
「だからお前らやめろ。挑発に乗るな。そうやって、お前らに殴られて、苛められたことにするんだよ。判るだろ」
 児玉の言葉に、全員の手が止まる。そうだ、判りすぎるほど判る。なぜなら、自分たちがついさっきまで、使われた手と同じだからだ。
「でも、児玉」
「だからやめろって。どうせもうすぐ雪ちゃん先輩が帰って来る。判断を仰ごう」
 児玉が言うと、元鷹が高笑いした。
「ホラな!結局なんかあっても桂提督に責任取ってもらう気満々じゃねーかよ!なにがいい奴だ!無責任なだけじゃねーか」
「好きに言え」
「そうやって余裕かましても、所詮一人じゃできねえから、仲間集めていじめかよ!」
 鳩の言葉に、一年生が後ろから応戦した。
「それってお前の自己紹介じゃん」
「は?一緒になって児玉いたぶって喜んでたやつがなーに今更言ってんだよ。てめーが言った児玉の悪口全部ここで言ってみろよ!」
 鳩に煽られ、一年生は言葉を詰まらせる。悪口を言ったのは事実なのだろう。
 一年生の騒ぎに、二年、三年が顔を覗かせて出てきた。しかし、恭王寮はトラブルに首を突っ込まない。
 そういう寮だ。そしてもうすぐ雪充が帰って来るのを知っている。当然見ているだけだ。
 なにも出来ないのを知っているからこそ、元鷹の一年は横柄になる。
「どいつもこいつも、なに児玉にビビッてんだよ!最初からおめーらだっていい顔してなかった癖に!だから乗っかったんだろうが!」
 流石に、こうも露骨に言われると児玉だって傷つかないわけじゃない。
(俺、んな無愛想だったのか)
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