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【7】貴耳賎目~なんだかちょっと引っかかる

先輩の謎理論

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 鯨王寮を一気に飛び出して、そのまま二人は走り続けた。
 恭王寮の前でやっと立ち止まって、ぜえぜえと荒い息を吐く。
「び、び、びっくりしたー、びびったぁあ!」
 はあ、と息を吐く幾久に児玉も「……俺も」と胸を押さえた。
「やっぱ三年こえーわ、迫力あるしさあ」
 そう言って児玉は恭王寮の前を通り過ぎようとする。
「あれ?タマ、寮ここだよ?」
「わかってっけど、なんか歩きたい気分なんだよ。幾久の寮まで一緒に行くよ」
 それに、と児玉は言う。
「久坂先輩に報告しなきゃだしなー」
「久坂先輩に?何を?」
 え?と首を傾げる幾久に、児玉は歩きながら笑顔で言った。
「それよか喉渇かねえ?なんか飲み物買ってから歩こうぜ」
 児玉は小走りで自販機のある場所へ向かい、幾久も慌ててその後を追いかけた。


 二人とも冷たいお茶を買って、御門寮への道を話しながら歩いた。
「でもマジほんとびびったわー、俺、絶対に久坂先輩に入れ知恵されてなかったら負けてた自信あんね!」
「そんなの自慢にならないよ。寮出るとき、なんか話してたのって、この事だったんだ」
 うん、と児玉は頷く。
「よくわかんないけど、まず時山先輩と赤根先輩の二人を呼び出せって。で、その後赤根先輩は絶対に『責任がどうこう』とか御門の先輩等の悪口言って幾久を怒らせるから、そうなったら雪ちゃん先輩がこう言ってた、って言えって。一回しか聞いて無いのにばっちり全部覚えてた、俺まじ偉い!久坂先輩って預言者かなんか?スゲーよ!」
 俺、記憶力自信あんだよな、と浮かれ調子の児玉だが、本当にそれはちょっと凄い。久坂も、児玉も。
「久坂先輩、オレが怒るの判ってたんだ」
 児玉は頷く。
「けっこう幾久喧嘩っぱやいもんな。さっき見てたら拳握ってたから、あ、これやべって思ってさ」
「……そんな喧嘩っぱやくもないと」
「またまた。学食で鷹に喧嘩売ったの、どこの誰だよ」
 うかれて児玉が幾久に肩を組む。以前、学食で幾久と児玉に喧嘩をふっかけてきた鷹の奴に、逆に幾久がふっかけ返した挙句、勝ったときのことを言っているのだ。
「いやあれはだって」
「俺の事もあるんだろ。だから幾久怒ったんだもんな」
「でもタマだけのせいじゃないよ」
 学食で喧嘩を売ってきた鷹に喧嘩を売り返したのは、ちゃんと幾久にも喧嘩を売られていたし、ものすごく腹が立ったからだ。
「サンキューな幾久」
「え?」
「なんかさ、ちゃんとお礼言ってなかったじゃん。幾久が鷹になってさ、結果アイツ落ちて鳩になってさ。幾久だけが原因じゃねえし、俺も鷹に落ちちゃったけど」
 でも、と児玉は笑う。
「俺、ぶっちゃけ一人だけ鷹だったらさあ、あーなんであんな頑張ったのに鷹落ちしちゃったんだろーとか、鷹なんかクソだ、とか絶対に思ったと思うんだよな」
 さんざんな言い方だが、ずっと鳳だけを目指して、実際鳳に入って、ずっと勉強をしていた児玉がそう思ってしまうのは仕方の無い事だと思えた。
「でもさ、幾久は鳩から宣言どおり鷹に上がって、しかもぶっちぎりで下手したら鳳まで食い込みそうなとこだったじゃん。なんかすげえって思ってさ。自分の事、ちょっと飛んだ」
 報国院では成績は全て張り出され、誰がどこなのかもしっかり判るようになっている。
 実際、幾久の成績は良かった。もっと本気で頑張っていたら、鳳にも食い込めたかもしれない。
「……オレは鷹で良かったって思ってる。タマいるし。もしいなかったら、知らない奴ばっかだし」
 地元出身でもなく、鳩クラスでの友人しかいない上に、鳩の友人の伊藤と桂は二人とも中期は鳩クラスだ。
「幾久、じゃあ報国院に残ること決めたんだ?」
 児玉が嬉しそうに言うので幾久ははっと気付いて慌てて首を横に振った。
「いや、まだなんか決まってないっていうか、決めてないっていうか」
「なんだ、残るの決めたんじゃなかったのか」
 がっかりする児玉に幾久は罪悪感を感じて「ごめん」と謝った。
「いいよ。いろいろあんだもんな」
 そう言いながらも、児玉は少し寂しそうだ。
「でもさあ、マジ雪ちゃん先輩の効果スゲーよな!」
 空気を換えようと児玉がそう言っているのが判ったので、幾久もうん、と頷く。
「凄い凄い。雪ちゃん先輩最強じゃん」
「久坂先輩もなんかスゲーよ。なんであんなに効果でるんだろ」
「久坂先輩の考えてることは判んないよ」
 ただ、とんでもなく意地の悪い方法だったんだろうということは幾久には理解できる。ちょっとだけ赤根には同情を覚えたけれど。
(でもやっぱ、先輩の悪口は許せない)
 身内びいきといわれればそれまでだけど、やっぱり嫌なものは嫌だ。むかつくし、腹立たしい。いくら赤根が三年生でもそこだけは絶対に譲れない。
「俺、久坂先輩ちょっと尊敬しちゃうな」
 児玉の言葉に幾久は「え?」と耳を疑った。
「なんで?」
「だってなんかさ、ザ・鳳って感じするじゃん。雪ちゃん先輩とはタイプ違うけど似てるっていうか」
「あー……それは確かに、そんなイメージあるかもだけど」
「だよな?」
 鳳大好き、優等生大好きな児玉はああいったタイプに弱いのだろうか。
 雪充も久坂も、鳳の独特な雰囲気を持っていて、確かに鳳クラスのなにものでもない、という空気がある。
「あの空気感があれば、俺鳳に戻れるのかなあ」
 なにを馬鹿な、と一瞬思ったが、実際そうかも、と幾久も思ってしまった。
 実際、鳳クラスの人には独特の空気というか、クラスのカラーといったものがある。
 イメージでそう見えるだけかもしれないけれど。
「じゃあ、なんかこう全身からオーラ出してみたらどうかな?」
 幾久の言葉に児玉はうーん、と考えて「こんな?」とヴィジュアル系のような、変なポーズをとってみせた。
「なにそれ、鳳じゃないし!」
「じゃあ、こうかな」
 顎に手を乗せてそっぽを向くが、まるで昭和のポスターのようだ。
「なんか古いよ」
「じゃあ、こう」
 背中をびしっと両親指で指してみせる。
「それラウール!」
「知らないけど」
「知らないのかよ!」
 なぜかなにをしてもおかしくて、ふたりでげらげら笑いながら、御門寮までの道を歩いたのだった。



 寮に戻っている途中で、幾久の携帯に連絡が入ってきた。
 吉田からのメッセージで、寮の前についたら連絡、とあったので幾久は「もうすぐ着きます」と打っておいた。
 そのせいだろう、門の前には腕を組んだ久坂がでんっと構えてまっていた。
「おかえり」
 にこにこと微笑んでいる久坂に妙な雰囲気を感じながら「ただいまッス」と言うと児玉が久坂に近づいた。
「久坂先輩、お疲れっす」
「うん、お疲れ」
「俺、ちゃんと全部、久坂先輩の言葉、一言一句、間違えずに答えました!」
「そう、上出来」
 なんだこの空気は、と幾久は思ったが、児玉は嬉しそうだし、久坂もなんか受け入れているのであえてつっこまずにスルーした。
「赤根先輩はどうだった?」
「苦虫つぶしたみたいなつうか、スッゲーいやな顔、してました」
「そう。教えたかいがあったなあ」
 楽しそうに笑っている久坂の腹の中は、絶対によどんでいるに違いない。
(久坂先輩、赤根先輩の事嫌いなんだな、きっと)
 聞かなくてもこの様子を見ればいやと言うほど判る。
「あ、でも、久坂先輩」
「なんだい、児玉後輩」
 あ、久坂先輩めちゃめちゃ機嫌いいわ、と幾久は児玉を見つめた。
 ひょっとして、児玉と久坂は案外相性がいいのだろうか。
「雪ちゃん先輩とよく連絡取れましたね。いま留学中なのに」
「え?雪ちゃん先輩本当に留学中なの?」
 幾久が尋ねると、児玉は頷く。
「ああ。おとといくらいから出て、八月の半ばまでずっと。イギリス行ってる」
「そうなんだよね。だから連絡取れなくってさ。時差もあるから悪いし」
 久坂の言葉に児玉と幾久が「え?」と言うと久坂が「なに?」と微笑んだ。
「え?だって雪ちゃん先輩が言ってたんすよね?赤根先輩に『責任取る』とかのくだり」
「言って無いよ?連絡とってないし」
 久坂の言葉に、幾久と児玉が「ええ―――――ッ!」と叫んだのは同時だった。


 気にすることないし、大丈夫だって、これからちゃんと説明するから、という久坂の言葉に、本当っすね、信じますよ?マジっすよね?と疑う児玉をなんとか宥め、児玉を恭王寮へと返し、幾久は御門寮へと戻った。

「でもホント大丈夫なんすか?雪ちゃん先輩のこと」
 何の連絡も取ってないうえに、何も話していないのに、勝手に赤根に雪充が言った風に伝えるなんて。
 だが久坂はけろっとしている。
「大丈夫だよ。連絡取ろうが取るまいが同じだって。雪ちゃんなら間違いなくああ言うし」
「でも」
「もし違ってても、責任は取ってくれるから」
「なんすかその超横暴理論」
「正直に言ってるだけだって。平気平気」
 鼻歌すら歌う勢いで久坂はとてもご機嫌だ。こんなにも浮かれている久坂は珍しい。
 高杉と勝負して賭けをして、勝った挙句に(高杉にとっての)羞恥プレイに励んでいるときくらいしか見られない光景だ。

(本当に大丈夫なのかな)
 幾久は心配になるが、久坂は全く気にしている様子がないので、もう知らない、と考えるのをやめた。
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