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【7】貴耳賎目~なんだかちょっと引っかかる

噂の乃木くん、逃亡す

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 休憩な、と大人の号令がかかり、はーい、と子供達も動きを止める。
「みなさーん、休憩してくださーい、これ飲んでくださーい」
 幾久が声をかけると、はぁい、と声が上がる。
「幾久おつかれー」
「俺もなんか飲む!スポドリあるー?」
 児玉と伊藤が近づいてきたので、幾久は冷えたスポーツドリンクを渡した。
「はい」
「サンキューな、幾久」
 ペットボトルの蓋をあけ、伊藤も児玉もごくごくと飲みほす。
「あー、生き返る」
「マジでうめー」
「大変だな、祭りって。こんなに前々から準備するって知らなかった」
 幾久が感心していると、児玉がまあな、と答えた。
「やっぱ危険があると準備とかは必要だしな」
「だよね」
 こんなにも重そうなものを抱えて、しかも祭りは数日続けてあるというので祭りになると毎日大変そうだ。
「幾久もやればいいのに」
 伊藤の言葉に幾久はあわてて首を横に振った。
「えっ、無理無理無理!こんなん絶対に骨が折れる!」
 幾久が首を横に振っていると、近くに居た大人が笑って声をかけてきた。
「大丈夫だよ、だから練習するんだし。君、報国の一年生?地元の子じゃないの?」
 どこの子?と聞かれたので素直に出身地を答えた。
「あ、はい。東京からです」
「東京!へえー!そりゃ遠くから凄いねえ。東京からだったらこんな田舎辛いでしょー、なんもないし」
「でも行くのって学校と寮だけだし。魚めちゃくちゃうまいし」
 そこはもう、幾久はこの地域の魚が大のお気に入りだった。毎日本当においしいものが食べられるのは嬉しい。
「だよな、逆にそれしかないっちゃないけど。福岡とか近いからさあ、行ったらいいよ!折角こっちいるんだから」
「福岡……博多、っすね」
 東京からだと遠い観光地という感じがするが、確かにここからならものすごく遠い、という印象は無い。
「でもつまんないでしょ、田舎」
 自虐ギャグなのか、大人はそう言うが幾久は首を横に振る。
「都会より便利じゃないかもしれないけど、つまんなくはないです。楽しいし、この町、綺麗だし」
 幾久の言葉に大人はなぜか顔を赤くして、そしてにこにこすると頭を突然ぐしゃぐしゃと撫でた。
「うん、君めっちゃ良い子!お兄さん気にいったよ!」
「おい今なんかお兄さんって聞こえなかったか?図々しいぞオッサン」
 近くから突込みが入るが「あぁ?おれまだ三十台前半だし!お兄さんだし!」と幾久の頭を撫でた大人が言った。
「なんだよ可愛いなあ。きみ一年何?鳳?賢そうだもんね」
 さらさらとクラスのランクが出るあたり、報国院の卒業生なのかもしれない。
「あ、前期鳩で、次は鷹、っす」
「うぉー下克上!やるじゃん」
 なぜか大人は大喜びだ。
 やっぱり下から上に上がるっていうのはテンションが上がるものなのだろうか。
「名前聞いていい?」
 大人が言うので、頷いて幾久は答えた。
「乃木です。乃木幾久」
 とたん、あたりの空気がざわっとしたのに、幾久は気付いた。

「……え?乃木?」
「さっき東京から、って言ってなかった?」
「マジで?乃木って、あの帰ってきた乃木君?」
 なんだよ帰ってきた乃木君って。と思ったが大人にそんな口はきけない。
 しかし、大人たちはざわざわとしはじめて、「え?本当に?」と賑やかになりはじめる。
 なんだ?と思っていると親達の中で「おーい!乃木君だって!あの乃木君ってこの子だって!」「えぇええっ!」と途端賑やかになった。
「な、なんなのコレ」
 幾久が驚いていると、近くに居た少し児玉が苦々しい表情になっている。どうしたんだろう、と思っていたが、親達はなぜか幾久の周りで賑やかに喋り始めた。
「やあ、本当に?東京からお戻りになられた乃木君って君か!」
「乃木さん、帰ってこられたとは聞いてたんだけど、君がそうとはね」
「君が乃木君なのか、おかえり!」
 幾久の体を叩いたり、ぎゅっと握手をしてきたり、肩を抱かれたり、なんだかサッカーでゴールを決めた後の選手みたいになっている。
「え、えーと?」
 なんでこんなことに?と動揺している幾久の腕を児玉が引っ張った。
「すんません!こいつ、実はもう帰らないといけないんすよ!なぁ伊藤!」
 児玉の言葉に伊藤がうんうんと頷く。
 さっとかがんで児玉が伊藤につげた。
「幾久のバッグ」
「りょ」
 そしてもう一度、幾久の腕を引いて言った。
「お疲れさまっした!今日は俺ら引きます!じゃ、行くぞ幾久」
「え?ちょっとタマ、その格好で?」
「いいから来いって。じゃ、お先っした!」
 児玉が頭を下げたので、幾久も慌てて頭を下げる。
 伊藤がバッグをほうりなげてきたのを児玉がキャッチして、伊藤に「あとたのむな」と怒鳴ってから、児玉は幾久の腕を引っ張ったまま、二人は神社を後にしたのだった。


 神社を抜けて、幾久と児玉は恭王寮への道を歩いた。
「タマ、どうしたんだよ急に」
 少し怒っているような雰囲気の児玉は黙ったままだ。
「タマ。タマってば!なに怒ってんだよ!」
 腕を引っ張ったままの児玉に怒鳴ると、児玉は立ち止まり、「ゴメン」と言ってようやく幾久の腕を離した。
「幾久に怒ってるわけじゃないんだ」
「じゃ、どーしたんだよ」
 急におかしいぞ、と言う幾久に、児玉は道路傍の、段差のある石垣に腰を下ろした。川の傍の木陰なのでかなり涼しい。幾久も児玉の隣に腰を下ろした。
「伊藤だよ。あいつ、だからお前を呼んだんだ」
「え?」
「おかしいなとはちょっと思ってたんだよ。だって別に手伝いとかそんないらないし、でも、ひょっとしたら、幾久を地元と関わらせたいのかなとか思ってたんだけど」
「ちょっと、タマ、なに言ってんだよ」
「伊藤、もしかしたらお前が『乃木』だから、呼んだのかもしれない」
「え?」
 どういう意味?と幾久は首を傾げる。
「言ったろ。『乃木さん』はこの地域じゃ特別だって」
「ああ、そういやそんな事、なんか聞いたけど」
 あまりいいようには言われていないと思っていた乃木希典だが、この地域ではとても人気がある存在で、だから幾久が報国院に来ているということも地元では知られている、というのは聞いた事が会った。
 だけどこの学校は幾久どころじゃないメジャーな志士の子孫オンパレードで、学校と寮の往復で完全に世界がシャットアウトしている状態なので特に気にしたことはなかった。
「あいつがんな事考えつくようには思えねーけど、なんかこういうの引っかかるんだよ」
「えと、どういうこと?」
 いまいち幾久には児玉の言っている意味が理解できない。別に幾久が『乃木』なのは事実そうなので、別に言われてもなんとも思いはしないけれど。
「つまりさ。乃木さんって存在はこの地域じゃけっこう深いわけ。お前を見たいってやつも少なからず居るんだよ。さっきので判るだろ」
「あ、うん」
 知らない大人たちがこぞって『お帰り』とか言ってきたことに幾久は少し驚いた。
 それになんとなくだが、今回ここに『乃木』が居るというのを知っているっぽい人も居た。
 でも『お帰り』なら、入学式の後で先輩達にも言われたのでそこまでおかしなことだとは思わないのだが。
「別にさ、偶然とかたまたまとか、あえて幾久がそういう所って判って行くんなら、俺だってなんとも思わねえけど今回ってあえての伊藤のお誘いじゃん」
 人数が少ないからと言われていたから来たけど、正直幾久の存在は必要かどうか、といえばそこまで必要だったとも思えない。だからこうして児玉がさっさと一抜けしてきたわけで。
「伊藤の奴、わざわざ幾久を呼び出したのって、幾久をお披露目する為だったんかよ」
 はぁーっとため息をつく児玉に、幾久は少し不思議に思った。
「オレ、別にかまわないけど」
「そうじゃねえ。幾久の気持ちがいいとか悪いとかっていう問題じゃないだろ」
「え?」
 意味が判らずに幾久は首を傾げたが、児玉は言う。
「結局お前を勝手に見世物にしてるだけじゃん。幾久、怒ってもいいところなんだけど」
「見世物……」
 その考え方はなかった、と幾久は驚く。なんだかいやな言葉だなと思った。
「最初からさあ、地元のおっさん連中が見たがってる、っていうのをさ、幾久に言って、幾久が『いいよ』って言ってきたなら別に問題ねえじゃん。でも今回のは違う。こんなのだまし討ちだ」
「……」
 そうなのかな、と少し幾久は悲しくなる。
 別にトシにそういう風に言われたら、ちょっと面倒だけどいいよって答えただろうに。
「ただ、なんか俺もひっかかるっちゃ、ひっかかるんだけど、ぶっちゃけ、伊藤そんな頭よかねーんだよ」
「え」
「そんな策略巡らすようなタイプでもねえから、なんかなあ。でも偶然っていうのもおかしいし」
「そうなの?」
「だって考えても見ろよ。学校行事の一環ではあっても学校行事じゃねーんだから。トシが声かけりゃ、一人二人なんてこともねえのに、わざわざ幾久に声かけてるんだし」
 だからてっきり、幾久と祭りに参加したいのだろうと児玉は勝手に思っていたらしい。
「けどなんか違うっつうか」
 おかしいよな、と児玉は言うのだが、幾久はなにがどうおかしいとは思わない。
 だけど確かに、児玉が嘘をつくはずもないし、もし利用されたというのならそれはあまり良い気持ちのものじゃないな、とは思った。
「今日もなんか人数多いなって思ってたんだよ。いっつもせいぜい来ても祭りのギリ寸前ってかんじなのに」
「そうなの?」
「おお。それでおかしいなってちょっと思ってたんだよ。人数が多すぎるって」
 毎年参加していれば、パターンも見えるし色々判ってくる。その児玉に言わせれば、今年は妙に参加者が多いし、今日はとくにそうだったらしい。
「考えたくねーけど、幾久を餌にしたんじゃないのかとか」
「……考えすぎ、じゃないの?」
「でも幾久はそういう感覚判んないだろ?俺は自慢じゃないけどそういうのすぐわかるから」
 ふんす!とまるで得意げな犬みたいに鼻を鳴らす児玉にそうなのかなあ、と思ったがここは児玉の意見を尊重することにした。
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