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【7】貴耳賎目~なんだかちょっと引っかかる

みんな違う顔を見ている

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「で、なんであんな態度なんすか、時山先輩」

 土曜日の真夜中といえば、時山が山縣のところに来ると相場は決まっている。
 山縣は用事があるとかで部屋にひきこもっている最中なので、暇を持て余した時山がちゃっかり御門の居間にいるのもいつものことだ。
 皆がそろそろ寝ようか、という時間に時山はしれっと御門にやってきて、山縣が引きこもり中の間、居間でのんびりしていることが多い。
「なんでって?」
 時山は昼間の態度とは全く違う、幾久のよく知っている『トッキー』な時山の態度で首をかしげた。
「や、だってあんまり態度違いすぎじゃないっすか。前々から聞こうと思ってたんすけど、なんで学校のキャラとここでのキャラ違うんすか」
「だっておいら、きょーちんと仲いいじゃん?」
「ガタ先輩は否定してますけど」
 友達なんかオフラインには存在しないとかよく判らないことを山縣は言っているが面倒なのでそのあたりを詳しく突っ込んだことはない。
「とにかく仲いいのよおいら達。そこは理解して」
「しました。だったらなんで学校ではガタ先輩とお互いまるっと無視しあってるんすか?」
 元同じ寮だというなら、山縣とも一緒だったろうに、どうしてあえて無視する必要があるのだろうか。
 そこが幾久には判らない。
「だって、おいらきょーちんと仲いいけど、赤根とも親友なんだもんね。そして赤根ときょーちんは犬猿の仲なんだよね」
「へ?」
「つまり、赤根と学校で『親友』やるならさ、きょーちんと『仲良く』はできないワケ」
「えぇー、そんな、子供でもないのに」
 いくら友人の友人が気に入らないからと言って、『あいつとは付き合うな』って、それはないんじゃないかと幾久は呆れた。
「やー、おいらもそう思うよ?でもさ、気にする奴なのよ赤根ってのは」
「そんな風に見えなさそうなのに」
 確かにちょっと面倒くさそうな、運動部的な気配は持っているけれどさわやかで後輩を気にかける、ちょっとお節介なお兄さんという雰囲気なのに。
「そんなねちっこいんすか?」
「ねちっこいねえ」
 時山が笑うので、幾久は不思議に思った。
「じゃあなんで、時山先輩は赤根先輩と親友なんですか?」
 山縣と時山が仲がいい、というのは一目で判る。
 互いに息の合ったダンスを見ていれば、その関係性が悪いものでなく、それどころか互いを信頼していないと決してできないだろうことが多いと判る。
 山縣が映像を処理している間も、時山だけは山縣の部屋で遊んでいても怒られない。
 山縣の部屋なんかほぼ個室状態で、部屋の中はフィギュアが乱立していて漫画も山ほどあって、勝手に触ろうものなら絶対に怒られるのに、そのくせ部屋の中で見ることは許されないという、とても面倒な人なのに、時山だけは何も気にせず本を勝手に読むし、フィギュアに触っても怒られない。
 そしてそれを山縣は我慢している様子がない。
 高杉がそういうことを(しないけれど)もしした場合、山縣は許すのではなく、ひたすら我慢するのだろうというのはわかる。
 だけど時山にはそれがない。
 そういう所だけでも、あの山縣がずいぶん時山には心を許しているんだなと思っていたのだが。
 その山縣を学校では無視して、赤根と親友というのが理解できない。
「決まってんじゃん。赤根がそう思ってるからだよ」
「へ?」
「確かに赤根とは付き合い長いし、昔から幼馴染的な感じだし、あいつのことも判るし、親友だよなって言われたらまあそうだろうな、って思うくらいには」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。だったら赤根先輩は親友って思ってても、時山先輩はそう思ってないってことですか?」
「さあ?赤根がそう思ってるならそうなんじゃないの?おいら親友とか言うポジションよく判らんし」
「……えぇえ?」
「それに赤根の言う親友ってのも、正直そこまで重いポジションとは思えないんだよね。親しい友人の中に入りますよってくらいで」
「や、それを世間では親友っていうんじゃ」
 幼馴染という存在が幾久には存在しない。
 こんな風に、保育園、幼稚園、小学校、中学校がべったり地元でみんな一緒、という環境ではなかったからだ。
 だから久坂と高杉の関係とかを見ているとまるで兄弟そのもののようなので、そんなものなのかな、と思っていたのに。
「まー、そのうちいっくんも判るよ。あいつ、マトモすぎておかしいから。世間では良い奴には違いないよ。そこはもう間違いなく」
「無駄に爽やかでしたもんね」
 外見もそんなに悪くないし、少々軽い雰囲気はあったけれどモテそうなかんじだし、後輩からの信頼もありそうには見える。
「良くも悪くも、普通ってやつなんだよな、赤根」
 普通に良いも悪いもあるのだろうか。
 なにごとも普通がいいと思っている幾久は、時山の言葉に少し引っかかるものを感じたのだった。


 翌日の日曜日も幾久は祭りの手伝いに借り出された。
 さすがにに日曜ともなると参加する人はそれなりに多く、親子連れが沢山参加していた。
 単純な手伝いでも絶対数が増えれば手間も増す。
 幾久は昨日と同じ内容の仕事を、量だけは沢山こなす事になった。
 外から見ていると判ったが、時山は子供のあしらいが上手い。まるで保父さんのごとく、上手に子供を先導する。
 赤根は面倒見はいいけれど、子供の扱いはそこまでではなかった。
 身長がかなりあるので威圧感があり、子供が怖がっているというのもあるし、どちらかといえば女の子人気のほうが高かった。
 外部の女子高ではファンクラブらしきものもあると聞いて納得するレベルの外見ではある。
「乃木、それこっちに運んで」
「あ、はいっす」
 赤根に呼ばれ、幾久はあわてて言われた荷物を運ぶ。
 祭りで使う竹はやたら数が多く、竹の先につける布地やなんかもいろいろあり、けっこう雑事が忙しい。
 祭りに参加している人に熱中症にならないよう呼びかけてスポーツドリンクを出したりと、まるでマネージャーのような仕事をこなす。
 自分も熱中症にならないよう、頻繁に水分はとっているけれどさすがに疲れてきた。
 休憩していると、赤根が声をかけてきた。
「こら乃木、サボりか?」
「すんません。ちょっと休憩を」
「冗談だよ。俺も休もう」
 そう言って赤根は幾久の隣に腰を下ろした。
「あのさ乃木。御門で困ったことがあるなら、なんでも言えよ?」
 またそれか、と幾久は少しウンザリした。
「別に困っていることなんかないです」
「でも、御門の奴等って、あんまりいい奴じゃないだろ?」
 どうしてか、幾久は自分がかちんときてしまったのが判った。確かにあの先輩達は良い人とは言いがたい。だけど、赤根に言われるとなぜかちょっとむかついた。
「……いい先輩じゃないかもしれないっすけど、でもそこまで悪い人でもないっす」
「乃木は優しいんだな」
「そうでもないっす」
 幾久にしてみれば、素直に自分の意見を言っているだけなのに、どうして赤根は幾久を被害者であるというふうに決め付けているのだろうか。
「赤根、なにさぼってんだ」
 時山がやってきて、赤根に尋ねた。幾久は少しほっとする。
「休憩、休憩。お前も休めよ」
「そのつもり。……乃木君となに喋ってんだ?」
 時山は赤根の隣に腰を下ろす。
「乃木の奴、御門の連中に気を使ってんだよ」
「へえ?どんな?」
「御門はいい先輩ばっかりってさ」
 赤根はそう言って肩をすくめるが、時山は笑って赤根に言った。
「でも案外さ、乃木君にはいい先輩かもしんないし。乃木君、素直でよく働くし」
「そこが利用されてるって俺は思うんだけど」
 赤根の言葉を時山がまあまあ、と宥めた。
「乃木君にとっていい先輩ならそれでいいじゃん。もう外部の俺らがなんか言うのもおかしいしさ」
「でも山縣とか、絶対になんかしてるだろ」
 ああそれは否定できないなぁと幾久は思う。
「な、乃木。山縣って嫌な奴だろ?」
 決め付けて言う赤根だが、そこは幾久は素直に答えた。
「はい、そこは間違いなくそうっす」
 時山は一瞬こらえていたが、確実に噴出す寸前だった。
「だろ?やっぱり、アイツはそういう奴だ」
「でも、ガタ先輩はあれでいいんす」
 きっぱりと幾久は言った。
「ガタ先輩、確かにマイペースすぎるし、嫌なところもあるけど、オレだってそういうとこあるし。誰にでも好かれて良好な関係って、無理だと思う」
「それは努力が足りないだけだ」
 赤根はきっぱりとそう告げた。
「どんな人間関係もさ、分かり合う努力って絶対に必要だろ。アイツ……山縣にはそれがない。協調性ってものが無いんだよ」
 そうかなあ、と幾久は思う。山縣は確かに自分勝手だが、寮のルールはちゃんと守ってるし、夜中に起きていることも多いが、うるさくして誰かを起こしてしまうこともない。だから時山が来ていることも幾久はちっとも気付かなかったのだし。
「協調性は無いかもだけど、マナーは守ってます」
 幾久の反論に、赤根は驚いたようだった。
「マナー?あいつが?」
「はい。そこは確実に、はいっす」
 正直、幾久は少しイラつき始めていた。
 この赤根、という人は一体どうして、山縣の悪口を言うのだろうか。
 山縣だって確かに悪口は言う。
 だけどこんな風に、本人の居ない場所でなんてやらない(多分)。
「ガタ先輩がいい先輩かっていうと、別にいい先輩ではないっすけど、悪いかっていうとそこまででもないっす。心配されるほどのこともないっすし」
「それは乃木が、本当の山縣を知らないからそんな風に思うんだよ」
 赤根が言うと、幾久は黙るしかない。
 実際、幾久は三ヶ月しかまだここにいないのだから、何を知っているのだといわれても、そんなになにも知らない気もする。
「気をつけろよ。なんかあったら言うんだぞ」
 再び赤根は幾久の肩を叩いて立ち上がる。
 一体どうしてあの人はあんな風なんだろう、と幾久はなにか引っかかるものを感じながら、それが『何』なのかは判らなかった。
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