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【7】貴耳賎目~なんだかちょっと引っかかる

それはあの子の問題なので

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「それなんす」
 夏休みの予定をあれこれ入れてしまうのは流れ上仕方がないとはいえ、本当にぼちぼち決めておかないとマズい。
 父親とは連絡を取って、どうしていいのか判らないと心情を素直に伝えてはいるのだけど、『自分でよく考えて決めなさい』と毎回お決まりの事しか言われない。
「いーじゃんいーじゃん、もうココに決めちゃえって。なんなら今から、おれいっくんパパに言ってもいいけど」
 ノリノリで言う栄人に、久坂が苦笑して言った。
「栄人はいっくんのお父さんと話したいだけだろ」
「実はそう!」
 栄人は幾久の父に憧れを持っていて、何かと関わろうとする。そこは別にいいのだけど。
「そういや、先輩らってなんで報国院に来たんすか?」
「なになに、いっくん悩み相談?」
「進路を考えすぎてワケわかんなくなっちゃって」
 高校は大学進学を見据える上で絶対に真剣に考えることが必要だと、幾久はそう信じさせられていた。
 だけどいざ、家を離れ東京から遠く離れた本州の端っこに来てふと考えると、幾久自身の考えというのが幾久本人にも判らなくなっていた。
 エスカレーター式の私立に居たから仕方がないのかもしれないけれど、クラスメイトは最低でも自分のいま居る学校の高等部、いけるなら上のレベルを目指しているのが『普通』で『当たり前』だった。
 高等部以外の進路を選べば当然そこは今までの学校よりレベルが高いから、行かない選択肢は無いし、もしそこが駄目でも高等部に進学して、それから大学へ進む。
 大学も勿論簡単にとはいかないがエスカレーターだし、そうでなければもっと高いレベルになる。
「オレ、進路ってエスカレーターで昇るか、そうでないなら上のレベル、って考えしかなかったんす」
「意識高すぎだよいっくん。そうでないってほうも東京の私立なんでしょ?」
「でも、よくよく考えたらそれってオレの考えじゃないっていうか」
 母親が進路をうるさく言うし、同じクラスの母親も似たようなものだと話では聞いていたので、そんなものかと思っていた。
 だけどここへ来て、個性的すぎるとはいえ、自分で考えて行動する先輩達を見ていると、幾久は自分の考えと言うものをしっかり持っていない自分に気づいた。
 同じ一年生の伊藤も弥太郎も児玉も、大学がどこ、という考えは持ってはいないけれど、全員が目的を持って報国院に来たことだけははっきりしている。
 流されてきた幾久とは大違いだ。
「先輩達ってなんかスゲーしっかりしてますよね。このままじゃ来年、オレ先輩達みたいになれるとは全然思えない」
「そんなことはない」
 きっぱりとそう告げたのは高杉だ。
「ワシ等だって、そんな大層な目標があったわけじゃない」
「そうそう。ハルと僕なんて、兄がここだからっていう理由で選んだわけだし」
 兄、とは亡くなったという久坂の兄、杉松のことだ。
「あ、おれは金かかんないから選んだからね!貧乏だし!」
 自他共に認める貧乏人である(らしい)栄人はそう言う。
「けど、それだって鳳前提っすよね。なんつうか、スゲエっすよ」
 いくら家庭の経済状態が悪いからといって、学費を無料にする為に市内のトップ20に所属するなんて、頑張った、という一言で済ませることじゃない。
「あー、でもおれのはガタ曰くチート状態ってやつ?ハルと瑞祥がいたからそれかなり有利だし」
 経済的には恵まれている部類に入るという高杉と久坂は塾に通ったり家庭教師も居たというから、成績が良いのも頷ける。そんな二人に、栄人は勉強を教えて貰っていたのだという。
「チートの意味がちょっと違うと思うっす」
「でもありがたいよ。おかげで勉強さえできれば、おれみたいなのでも高校行けたわけだし。でなかったら問答無用で中卒だよ」
 栄人の言葉は大げさに聞こえるけれど、家庭の事情が入ると一気に信用度が増す。高杉と久坂が一切茶化さないからだ。
「ね、参考にならないでしょ?」
 久坂がふっと微笑みながら全力のイケメンイケボでそう言うが、実際その通りだった。
 全く参考にならない。
「なんていうか、先輩等の答えにしちゃ普通っていうか」
「ちょっといっくん、おれらを一体何だと思ってんの?」
 むっとわざとらしく栄人が頬を膨らませるが、その頬を久坂がむぎゅっと手でつぶす。
 ぶぅ、と口から空気が出た音がして、久坂が「豚じゃない?ねえ豚?」と楽しそうに言っている。
 それを横で高杉が呆れながらため息をつく。
「いいかげんにせえ」
 そこまでが大体の一連の流れだ。
「あー、じゃあ豚は水浴びでもしてきまーす!」
 逆切れで栄人がそう言うので、幾久も「オレも入ります」と言い風呂へ向かった。


 急に静かになった居間で、高杉は見ていた祭りのDVDをデッキから取り出した。きちんとファイルへ戻し、ファイルももとあった場所へ戻す。
 扉を閉めたところで、久坂が思い出したかのように漏らした。
「祭示部なら、赤根がいるね」
 びくんと高杉の肩が揺れた。やはり、と久坂は高杉の心の内を察知した。
「言っとくけど、いっくんに妙な情報」
「言わん」
 即答だったが、久坂はきっと相手が高杉でなければ口には出さなかっただろう事を言う。
「どうだか」
 その言葉に高杉がむっとして久坂に言い返した。
「言わん、ちゅうたら、言わん」
「あそ。だったら良いけど」
「なんじゃ。疑っちょるんか」
「割と」
「なんじゃと」
 久坂につっかかりそうになった高杉に、久坂は冷たい目で高杉を一瞥し、告げた。
「しっかりしろよ、ハル。いっくんは」
「わかっちょぉ!」

 ―――――判っている。
 高杉は拳をつくり、握り締めた。

 判っているとも。
 幾久が杉松ではないことも、自分がやりたいことも幾久にとっては余計なお節介だという事も。
 だけど気をつけていても気にはなるし、無意識に考えている部分はあるのかもしれない。
 だから久坂が、こうして苦言を言うのだろう。
「甘やかすといっくんの為にならないし、判断力を奪ってちゃ、いっくんのお母さんとやってることが一緒に」
「だから、わかっちょぉゆうちょろうがっ!」
 苛立ちを隠さずに高杉が言うと、久坂も心底呆れた顔で言い返す。
「だったらなんで、そんなにお節介やいてるんだよ」
「まだなんもゆうちょらん」
「いいそう」
「じゃけ言わん」
「じゃ、良いけど」
 ふーん、と高杉を見てくる久坂に、高杉は最初はそっぽを向いていたものの、誰も居ない居間に気が緩み、ため息をつきながらちゃぶ台に肘をついて、顎をのせた。
「わし、そんなに過保護か」
「わりとそうなりそうな所はあるね」
「そんなつもりはないんじゃけどの」
 いいながらバリバリと後頭部をかくのは、高杉が照れたときにしてしまう癖だ。
「―――――こまったの」
 心底参った、という風に高杉ががっかりとしている。こんな風になるのは久坂の前でだけだ。
「仕方がないってのは判るけどさ。我慢しなきゃ」
 赤根、というのは久坂も高杉もよく知っている。報国院の三年生、つまり先輩にあたるのだが、この赤根というのは少々曲者だった。
 去年の事だが、赤根はこの御門寮に所属していたことがある。だが、山縣と大喧嘩して、結果山縣は御門に残り、赤根は別の寮へ移った。
 赤根は正しい。
 正しすぎるほどいつも正しい。
 だから、そのせいで軋轢が生まれてしまうことに気付かない。
 まっすぐな世界なら、赤根は何の問題もおこさなかっただろう。だけどこの寮はそうじゃない。
 普通の世界が辛いと思っている連中ばかりだった。
 間違っているのはこっちだったけれど、だけど間違っているこっちがこの寮での正しさを持っていたから、赤根はこの寮に居られなかった。
「幾久、大丈夫かの」
「大丈夫なんじゃないの?ああ見えて自分の意見はしっかり持ってるし」
 本人も気付いていないが、幾久はけっこう喧嘩っ早いし負けん気も強い。だから少々のことではへこたれないという確信が久坂にはある。
「僕等だっていっくんにばっかりかまってられないんだよ。部活の事忘れてない?」
 久坂に言われ、高杉は「そうじゃった……」とすっかり忘れていたという風に顔を手で覆う。
「あー、面倒じゃ!なんでこんな面倒くさいんじゃ!」
 久坂も高杉も、そして名ばかりとはいえ幾久も演劇部に所属している。
 演劇部の部活は十一月にある報国院の文化祭、桜柳祭(おうりゅうさい)に向けて行われるので、それに向けた準備をしなければならない。
 大抵、8月までに演目を決め、早ければ台本読みに入り、夏休みの間に衣装や舞台装置の準備や製作、こまごました仕事をいくつもこなさなければならないのだ。
「仕方ないよね。年に一度の本気を選んだんだし」
「こんなことなら適当に武術系やっとったほうがえかったんじゃろうか……」
 めずらしく弱音を吐く高杉に、久坂が馬鹿にしたように鼻で笑った。
「そしたら夏休みの間、顧問がさぼっている間僕等がずーっと後輩の指導になってるよ」
「じゃよなぁああ……」
 結局面倒からは逃げられず、そんな面倒を最大限避けた結果が今なのだから、今以上の楽なことなんて存在するはずもなかったのだ。
「じゃあさ、いっそのこと、去年の演目もっかいやる?台詞覚えてるだろ?なぁ、『暢夫(ちょうふ)?』」
 久坂がまるで囁くように、露骨にイケボを駆使して言うと、高杉は心底嫌そうな表情になって、「その呼び方やめんか」と久坂の頭をはたいたのだった。
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