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【6】夏虫疑氷~モテ男は女子から逃げる
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「久坂先輩が女子にキツかったってのは、しょうがない。だって幾久巻き込んでんだもんな。怒るよ」
児玉の言葉に驚いていると、雪充も頷く。
「そうだよね。それはまずかったよ。せめていっくんのいない場所ならともかく、巻き込むなんて一番やっちゃいけないことだし」
「ひょっとして、久坂先輩と高杉先輩があんな酷かったのって、オレのせいっすか?」
幾久はそう尋ねるが、雪充は「違う」ときっぱりと答えた。
「正直、いっくんの見てるあいつらの方が、僕からしたらイレギュラーなんだよね。あいつらは、むしろその告白した女子に対する態度みたいなのが『普通』なんだよ」
「―――――え?」
「あいつらは昔からキツイし、最近でこそそんなに揉め事も起こさないけど、けっこう酷いのがデフォルトなんだよ。さっきいっくんさ、『女子が組んで仕返し』してきたら面倒って言ってたけど、むしろ他校でも、あいつらがああなのは有名だよ」
だから逆に、女子がわめいたとしても「ああ、あいつらああだよな、有名じゃん」で終わるだろうと雪充は言う。
「幼馴染の僕からしても、いっくんに対する態度は時々驚いてるよ。あいつら、あんな面倒見いい所あったのかって」
「いいっすよ」
先輩達の名誉の為に、幾久は説明する。
「栄人先輩はいいお母さんみたいに、なにかと世話してくれるし、ハル先輩はなんかあったらすぐに気付くし、聞き出してくるけど解決策も教えてくれるし、服とかくれるし。久坂先輩は意地悪なとこあるけど、勉強も付き合ってくれるし、ガタ先輩威嚇してくれるし」
「それが僕としては信じられないだよね。だからいっくんが今更、そのくらいで瑞祥やハルの態度に驚いてるのが、ええって感じかな」
「……」
「仕方ねえんじゃん?だって幾久は身内なんだろ?だったら特別なの当然なんじゃね?」
児玉が言い、雪充がそうだね、と頷く。
「身内?」
「だろ?だから優しいんじゃねえの?先輩達」
確かに以前、高杉に『他人じゃない』と言われたことはあるが、まだたった三ヶ月しかいないのに、そこまで関わりが深くなるものだろうか。
「そうだろうね。あいつらがそう思ってるなら、いっくんの言ってることはおかしくないね。家族を巻き込んだら、そりゃ瑞祥は本気で怒るよ。あいつは人一倍、身内意識が強いから」
幾久には、雪充の言っていることの方が判らない。
久坂が身内意識が強いのはわかる。入寮当時、あんなにもはっきりと高杉を失いたくないというくらいなのだから。そんな幾久にとっての先輩達は当然、幾久の目を通してみた先輩達でしかない。
だから、そうじゃない部分を見て驚いてしまった。
だけど、幼馴染の雪充が言うように、もしあの昨日みたいな久坂の態度が幾久以外にとっては『普通の久坂』だというのなら。
「先輩達って、本当はあんなキツイ人たちなんすね。オレの前ではああじゃないのに」
「誰だって、好きな家族には一番やさしい部分が出るよ。君はあいつらの家族だろ。だから当然といえば当然なんだよね」
雪充はなぜか嬉しそうだ。
「雪ちゃん先輩、嬉しそう」
雪充の大ファンの児玉が言うと、雪充は「まあね」と笑った。
「あいつらがいっくんにキツくないっていうなら、きっとあいつらにとって、いっくんはいい存在なんだなって思ってさ」
本当は心配だったんだ、と雪充が言う。
「御門寮を僕が出て、一年生が一人も入らなくて。それでもあいつらなら、適当にうまくやったとは思うよ。嫌いな奴なら追い出すだろうし」
「そんなんマジでするんすか」
「するする。でも追い出されるほうにも原因があるよ。一方的に気に入らないから、で追い出すような真似はしないし、僕がさせないよ」
そのあたりはやはり先輩なのか、雪充はきっぱりと言う。そこがなんだか、先輩っぽくてかっこいいなと幾久は思う。
「納得した?」
雪充が言うと、幾久は頷く。
「判りました。ちょっとびっくりしただけでした、オレ」
「そっか。じゃあ、良かった」
久坂の態度が女子に対して酷いとは思ったが、女子にもそれは言われても仕方がないことがあったのか、と判れば幾久だって一方的に久坂が酷いとは思わない。
「いっくんからしてみたらさ、あいつらって凄い賢く見えると思うんだけどさ」
「はい。それはもう、滅茶苦茶思います」
来年、自分がああまでなれるのかと言われたら絶対に無理と返せるくらいには自信がある。
学年とか学校とか、そういうレベルじゃない、違うなにかがあの人たちにはある気がしている。
「けどさ、忘れないで欲しいんだけど、所詮あいつらも、いっくんよりひとつ年上なだけで、同じ高校生なんだよ。賢くても、大人びてても、そこだけは忘れないでいてやって欲しいな」
「?―――――ウス、」
よく判らないが、とりあえず頷いておいた。そんな幾久の考えも雪充はわかっているようで、ありがとう、とだけ言って笑っていた。
夕方に近づいている時間でも、この地方は全く日が落ちる様子がない。
まだ明るいので児玉はコンビニに行きたいといい、雪充に外出許可を貰い出かけることになった。
恭王寮からコンビニはけっこう遠い。
御門寮に近いほうにあるコンビニへ児玉は向かうことになり、途中まで幾久と一緒に御門寮への道を歩いた。
流石に昼間ほどではないが、それでも汗が出るくらいには暑い。
「良かったな幾久」
「ん?」
「悩み。解決したじゃん」
「まぁね」
悩み、というほどの事でもなかったが、それでも気になっていた事が消化されるのは悪くない。
「ごめんなタマ」
「ん?」
「心配かけて」
「別にいいよ。幾久がそんなだと、雪ちゃん先輩も気にするし」
はは、と幾久が笑う。
「なんか雪ちゃん先輩、いい人すぎ」
他寮の一年生なのに、ここまで気にかけるなんて、普通ではありえない。児玉と弥太郎の友人だから気を使ってるのかもしれないけど。
「それさ、ちょっと違うんじゃねえ?」
「違うって?」
「多分だけどさ。雪ちゃん先輩にとっては、多分、所属寮はいま恭王寮でも、御門寮の家族のつもりなんじゃね?だから、きっと幾久の事も普通に自分の、寮の後輩みたいに思ってるんじゃないのかな」
「……そうかな」
「俺もよく判らないけどさ。でもそれが一番しっくりくる。やっぱ雪ちゃん先輩、御門寮に帰りたいんだろうし」
雪充は御門寮をまとめていた手腕を買われて、恭王寮へ面倒役を頼まれて、今年の春から恭王寮に移動になった。
二年べったりて、しかも幼馴染ばかりで、あんな濃い寮だったら本当に家族みたいだったろうことは想像がつく。
「御門の先輩らもさ、ちょっとアレな感じだけど、幾久を守ったんだろ。いい先輩だと思う。やりかたはマズイかもしんないけど、雪ちゃん先輩の受け売りで言うならまだ高二なわけで、完璧じゃないし」
「そうかもだけど、もうちょっと先輩達なら上手にしそうなのに」
そう言う幾久に児玉が噴出す。
「なんかすげえのな、幾久。先輩らを滅茶苦茶、かってんのな」
「そりゃ、まあ、鳳だし、先輩だし」
「そういうんじゃなくてさ―――――なんか、雛みてえ」
「ヒナ?」
それって鳥の、あの子供のやつだろうか。
「ひょっとしてタマ、オレの事ちょっと馬鹿にしてる?」
「や、馬鹿にはしてない。面白れえとは思うけど」
そう言うが絶対にちょっとは馬鹿にしてるよな、と幾久は面白くない。
だけど先輩達にすっかり頼りきっている生活だと今回の事で気づいたから、そう判断されても仕方ないとも思った。
「頼りっきりもまずいって。オレ、来期もここにいるかどうか判んないのに」
まだ進路ははっきり決めていない。父もそのことを理解しているのか、詳しくは尋ねてこない。
幾久の心はずっと揺れっぱなしだった。
東京に戻るのか、ここに居るのか。
だけど、児玉は幾久の言葉になぜか笑う。
「―――――あのさ幾久。お前、居ろよここに」
分かれ道の橋の上で、幾久と児玉は向かい合う。
やっと空の遠くがオレンジ色に染まり始めている。
これから徐々に、日が落ちてゆく。
幾久は黙ったままだ。
なにかを答えなければいけないのかもしれないけど、幾久は何をどう答えればいいか判らない。
進路の事も、ここに居ることも。
決定打がなにもないからだ。
そんな幾久に、児玉ははっきりと告げた。
「俺も、なんでって言えねえけど。でもお前はここが似合ってると思う」
似合ってる、という言われ方に幾久は目を見開く。
ここに居るのが得だとか、将来の為とか、どっちがいいのか、そんなことばかり考えていたので、似合うといわれて面食らう。
幾久の戸惑いが判ったのか、児玉も少し困ったふうで、でも笑顔で幾久に告げた。
「きっとお前、必要なんだ」
じゃな、と児玉が手を振りコンビニへ向かった。
幾久はその背を見送りながら、児玉の言葉の意味を何度も何度もかみ締めながら、御門寮へ一人歩いて帰って行くのだった。
児玉の言葉に驚いていると、雪充も頷く。
「そうだよね。それはまずかったよ。せめていっくんのいない場所ならともかく、巻き込むなんて一番やっちゃいけないことだし」
「ひょっとして、久坂先輩と高杉先輩があんな酷かったのって、オレのせいっすか?」
幾久はそう尋ねるが、雪充は「違う」ときっぱりと答えた。
「正直、いっくんの見てるあいつらの方が、僕からしたらイレギュラーなんだよね。あいつらは、むしろその告白した女子に対する態度みたいなのが『普通』なんだよ」
「―――――え?」
「あいつらは昔からキツイし、最近でこそそんなに揉め事も起こさないけど、けっこう酷いのがデフォルトなんだよ。さっきいっくんさ、『女子が組んで仕返し』してきたら面倒って言ってたけど、むしろ他校でも、あいつらがああなのは有名だよ」
だから逆に、女子がわめいたとしても「ああ、あいつらああだよな、有名じゃん」で終わるだろうと雪充は言う。
「幼馴染の僕からしても、いっくんに対する態度は時々驚いてるよ。あいつら、あんな面倒見いい所あったのかって」
「いいっすよ」
先輩達の名誉の為に、幾久は説明する。
「栄人先輩はいいお母さんみたいに、なにかと世話してくれるし、ハル先輩はなんかあったらすぐに気付くし、聞き出してくるけど解決策も教えてくれるし、服とかくれるし。久坂先輩は意地悪なとこあるけど、勉強も付き合ってくれるし、ガタ先輩威嚇してくれるし」
「それが僕としては信じられないだよね。だからいっくんが今更、そのくらいで瑞祥やハルの態度に驚いてるのが、ええって感じかな」
「……」
「仕方ねえんじゃん?だって幾久は身内なんだろ?だったら特別なの当然なんじゃね?」
児玉が言い、雪充がそうだね、と頷く。
「身内?」
「だろ?だから優しいんじゃねえの?先輩達」
確かに以前、高杉に『他人じゃない』と言われたことはあるが、まだたった三ヶ月しかいないのに、そこまで関わりが深くなるものだろうか。
「そうだろうね。あいつらがそう思ってるなら、いっくんの言ってることはおかしくないね。家族を巻き込んだら、そりゃ瑞祥は本気で怒るよ。あいつは人一倍、身内意識が強いから」
幾久には、雪充の言っていることの方が判らない。
久坂が身内意識が強いのはわかる。入寮当時、あんなにもはっきりと高杉を失いたくないというくらいなのだから。そんな幾久にとっての先輩達は当然、幾久の目を通してみた先輩達でしかない。
だから、そうじゃない部分を見て驚いてしまった。
だけど、幼馴染の雪充が言うように、もしあの昨日みたいな久坂の態度が幾久以外にとっては『普通の久坂』だというのなら。
「先輩達って、本当はあんなキツイ人たちなんすね。オレの前ではああじゃないのに」
「誰だって、好きな家族には一番やさしい部分が出るよ。君はあいつらの家族だろ。だから当然といえば当然なんだよね」
雪充はなぜか嬉しそうだ。
「雪ちゃん先輩、嬉しそう」
雪充の大ファンの児玉が言うと、雪充は「まあね」と笑った。
「あいつらがいっくんにキツくないっていうなら、きっとあいつらにとって、いっくんはいい存在なんだなって思ってさ」
本当は心配だったんだ、と雪充が言う。
「御門寮を僕が出て、一年生が一人も入らなくて。それでもあいつらなら、適当にうまくやったとは思うよ。嫌いな奴なら追い出すだろうし」
「そんなんマジでするんすか」
「するする。でも追い出されるほうにも原因があるよ。一方的に気に入らないから、で追い出すような真似はしないし、僕がさせないよ」
そのあたりはやはり先輩なのか、雪充はきっぱりと言う。そこがなんだか、先輩っぽくてかっこいいなと幾久は思う。
「納得した?」
雪充が言うと、幾久は頷く。
「判りました。ちょっとびっくりしただけでした、オレ」
「そっか。じゃあ、良かった」
久坂の態度が女子に対して酷いとは思ったが、女子にもそれは言われても仕方がないことがあったのか、と判れば幾久だって一方的に久坂が酷いとは思わない。
「いっくんからしてみたらさ、あいつらって凄い賢く見えると思うんだけどさ」
「はい。それはもう、滅茶苦茶思います」
来年、自分がああまでなれるのかと言われたら絶対に無理と返せるくらいには自信がある。
学年とか学校とか、そういうレベルじゃない、違うなにかがあの人たちにはある気がしている。
「けどさ、忘れないで欲しいんだけど、所詮あいつらも、いっくんよりひとつ年上なだけで、同じ高校生なんだよ。賢くても、大人びてても、そこだけは忘れないでいてやって欲しいな」
「?―――――ウス、」
よく判らないが、とりあえず頷いておいた。そんな幾久の考えも雪充はわかっているようで、ありがとう、とだけ言って笑っていた。
夕方に近づいている時間でも、この地方は全く日が落ちる様子がない。
まだ明るいので児玉はコンビニに行きたいといい、雪充に外出許可を貰い出かけることになった。
恭王寮からコンビニはけっこう遠い。
御門寮に近いほうにあるコンビニへ児玉は向かうことになり、途中まで幾久と一緒に御門寮への道を歩いた。
流石に昼間ほどではないが、それでも汗が出るくらいには暑い。
「良かったな幾久」
「ん?」
「悩み。解決したじゃん」
「まぁね」
悩み、というほどの事でもなかったが、それでも気になっていた事が消化されるのは悪くない。
「ごめんなタマ」
「ん?」
「心配かけて」
「別にいいよ。幾久がそんなだと、雪ちゃん先輩も気にするし」
はは、と幾久が笑う。
「なんか雪ちゃん先輩、いい人すぎ」
他寮の一年生なのに、ここまで気にかけるなんて、普通ではありえない。児玉と弥太郎の友人だから気を使ってるのかもしれないけど。
「それさ、ちょっと違うんじゃねえ?」
「違うって?」
「多分だけどさ。雪ちゃん先輩にとっては、多分、所属寮はいま恭王寮でも、御門寮の家族のつもりなんじゃね?だから、きっと幾久の事も普通に自分の、寮の後輩みたいに思ってるんじゃないのかな」
「……そうかな」
「俺もよく判らないけどさ。でもそれが一番しっくりくる。やっぱ雪ちゃん先輩、御門寮に帰りたいんだろうし」
雪充は御門寮をまとめていた手腕を買われて、恭王寮へ面倒役を頼まれて、今年の春から恭王寮に移動になった。
二年べったりて、しかも幼馴染ばかりで、あんな濃い寮だったら本当に家族みたいだったろうことは想像がつく。
「御門の先輩らもさ、ちょっとアレな感じだけど、幾久を守ったんだろ。いい先輩だと思う。やりかたはマズイかもしんないけど、雪ちゃん先輩の受け売りで言うならまだ高二なわけで、完璧じゃないし」
「そうかもだけど、もうちょっと先輩達なら上手にしそうなのに」
そう言う幾久に児玉が噴出す。
「なんかすげえのな、幾久。先輩らを滅茶苦茶、かってんのな」
「そりゃ、まあ、鳳だし、先輩だし」
「そういうんじゃなくてさ―――――なんか、雛みてえ」
「ヒナ?」
それって鳥の、あの子供のやつだろうか。
「ひょっとしてタマ、オレの事ちょっと馬鹿にしてる?」
「や、馬鹿にはしてない。面白れえとは思うけど」
そう言うが絶対にちょっとは馬鹿にしてるよな、と幾久は面白くない。
だけど先輩達にすっかり頼りきっている生活だと今回の事で気づいたから、そう判断されても仕方ないとも思った。
「頼りっきりもまずいって。オレ、来期もここにいるかどうか判んないのに」
まだ進路ははっきり決めていない。父もそのことを理解しているのか、詳しくは尋ねてこない。
幾久の心はずっと揺れっぱなしだった。
東京に戻るのか、ここに居るのか。
だけど、児玉は幾久の言葉になぜか笑う。
「―――――あのさ幾久。お前、居ろよここに」
分かれ道の橋の上で、幾久と児玉は向かい合う。
やっと空の遠くがオレンジ色に染まり始めている。
これから徐々に、日が落ちてゆく。
幾久は黙ったままだ。
なにかを答えなければいけないのかもしれないけど、幾久は何をどう答えればいいか判らない。
進路の事も、ここに居ることも。
決定打がなにもないからだ。
そんな幾久に、児玉ははっきりと告げた。
「俺も、なんでって言えねえけど。でもお前はここが似合ってると思う」
似合ってる、という言われ方に幾久は目を見開く。
ここに居るのが得だとか、将来の為とか、どっちがいいのか、そんなことばかり考えていたので、似合うといわれて面食らう。
幾久の戸惑いが判ったのか、児玉も少し困ったふうで、でも笑顔で幾久に告げた。
「きっとお前、必要なんだ」
じゃな、と児玉が手を振りコンビニへ向かった。
幾久はその背を見送りながら、児玉の言葉の意味を何度も何度もかみ締めながら、御門寮へ一人歩いて帰って行くのだった。
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