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【3.5】益者三友~どちゃくそ煩いOB達

先輩は後輩が大好き

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 掃除を終え、お風呂にお湯を張りだしたので三人は居間へ戻った。
 幾久がお茶を入れ、先輩たちにふるまう。
「ありがとう、いっくん」
「サンキュー」
「いえ」
 お茶を入れるくらいはどうってことはない。
 先輩たちはちゃぶ台に置いてあるお菓子をつまみながらお茶を飲む。
「今日の祭りどうだった?盛り上がった?プロレス」
 青木の問いに幾久はうなづいた。
「めっちゃ盛り上がって楽しかったっす。みんな楽しそうでした」
 観客も盛り上がっていたが、参加しているレスラーたちも楽しそうなのが印象に残った。
「最初は祭りとかめんどくさいって思ってたけど、参加すると案外楽しいっす」
「良かったね」
 青木が笑うので幾久も頷く。
「ふぐ汁めっちゃうまかったっすし」
「あー、そうだよ、ふぐ汁うまいんだよね」
「あと、くじら初めて食いました」
 あー、と青木と福原は笑う。
「まだ学食で食べてないんだ?」
 福原が尋ねる。
「え?」
 驚く幾久に、青木が言った。
「たまに学食で、鯨のメニューあったよ。僕らの時はね」
 揚げ物だったっけ?と青木が言うと、福原があったねーと頷く。
「なんか学食の飯、食いたくなってきた!」
 福原が言うと青木も頷く。
「わかる。食いたくなる時あるんだよね」
「ふーん」
 幾久は、今思い出しても昔の給食が食べたいかな?と思ってもそうでもない。
 でも、報国院の学食はおいしいので、ひょっとしたら、食べられなくなったらいつかそう思うのかもしれない。
(そっか。転校したら、学食も違うんだよな)
 もし転校しても、学食のご飯がおいしくなかったらそれは嫌だなあ、と考えて、しかし進路を食べ物で決めるのもどうよ、と自分で自分にツッコミを入れた。
「そういや蔵に、まだ楽器置いてあんのかな?」
 福原が幾久に尋ねたが、幾久は首を横に振った。
 御門寮の敷地内には蔵があるが、そこまで調べてはいない。
「そもそも、蔵に楽器なんかあるんすか?」
 幾久が言うと、福原が答えた。
「あるよ。楽器やりたいやつ、蔵で練習してたから」
「えー?」
 青木も言う。
「いっくんの世代は知らないかな?ピーターアートっていうバンドがこの寮出身でね、それ以来、けっこう音楽するヤツ、この寮から出るの」
 はあ、と幾久は驚く。
「なんでそんなに、御門寮で音楽関係、出るんすか?」
 報国院に音楽科があるならともかく、という幾久に青木が答えた。
「簡単だよ。楽器の練習できるでしょ」
「あ」
 確かに御門寮の敷地内はやたら広いので、寮や蔵でなにかしても、周りには響かないだろう。
「うちの学校は、成績さえクリアしてて、なんか才能あったらめっちゃサポートするから。音楽科がなくても、外部から先生呼んだりもするよ」
「へー!」
「そういうのが集まるから、ま、ちょっと変わってる寮とは思われてたね、僕らの時も」
「それでアオ先輩、音楽関係なんすね」
「そういう事」
 なるほど、と幾久は納得した。
「いまの先輩達で、そういうのやってる人とかいないんで、全然知りませんでした」
 高杉も久坂も、特別音楽を聴くほうでもないし、栄人はバイト三昧だし、山縣はアニメの曲ばかり聞いているので偏っている。
「でも興味のない事やっても仕方ないし」
 青木が言うと福原も頷く。
「そーそー。明日、ちょっとでもいい曲見つけて興味持つかもしれないし」
 そういえば、と幾久は福原に尋ねた。
「明日ってアオ先輩はお仕事っすよね?福原先輩もバイトかなにかあるんすか?」
 青木がぶふっと吹き出して言った。
「そうそう、こいつバンドの前座でお笑いコントやるんだよ!」
「だから青木君嘘つくなって!あーもう!なんでいっくん信じた顔してんの!」
「違うんスか?」
「違わないよー?」
「違うって!」
 もー!と福原と青木が喧嘩を始めたところで、玄関から声がした。
「ただいまー!」
「ただいま帰ってきたぞぉ!」
 どうやらにぎやかな面々が帰ってきたようだ。
「あ、マスターだ」
 幾久は玄関へ迎えにでた。
「おー、ただいまいっくん!」
「お帰りなさいッス。お風呂、準備できてるっすよ」
 はっはっは、とマスターが笑う。
「まるで新妻だな!」
「やめてくださいそーういうの」
「冗談だ!ところでいっくん、魚が大量にあるぞ!」
「えっ」
 幾久の目が輝いた。
 後ろに宇佐美の姿がある。ほかの面々も、白いプラケースをたくさん抱えていた。
「今晩は、市場直送のおさかな三昧だよ!市場の人たちが用意してくれてたんだ!」
 どんどんケースをキッチンへ運び入れていく宇佐美の後に幾久は思わずついて行った。
「さかな、なにがあるんすか?」
「なんでもあるよ。刺身はここでするけど、アラ炊きとか鯛めしとか市場の人が作ってくれててね。それと鍋もできるよ!」
 刺身に鯛めしに鍋、アラ炊きという言葉に幾久の胸は高鳴った。
「いますぐ食べたいっす!」
「はは、おなかすいたんだね、がってんしょーち!今すぐ刺身にするから、お膳立て、お願いしていいかな」
「はいっす!」
 幾久はすぐに居間へ向かい、お膳立てを始めた。


 プロレス組が入浴している間に、幾久と青木、福原と宇佐美で夕食の支度は整い、昨日のから揚げ祭りとうってかわって今日は魚祭りとなった。
 幾久は思う存分魚を食べた。
(ほんっとうっめえ!)
 もりもり食べても、いくらでも魚が出てくる。
 おなかいっぱい満足するほど食べてやっと落ち着くと、大人たちは雑談に入った。
 さすがに昨日は全く知らない人がほとんどで困ったけれど、今日はそうでもない。
 マスターが入れてくれたコーヒーを飲んでいると、幾久はふと思い出し、荷物を持ってきた。
「ナムさん」
 マスターと同じく、入浴後もぴっちりマスクをつけているナムに幾久は声をかけた。
 いまは寮の中だからだろうか、Tシャツ姿で、刺青が見えている。
 色をみて、やっぱり似合いそうだと幾久はほっとした。
「あのっすね、今日祭り行ったら、ミサンガ見つけたんです。ナムさんに似合いそうだなって思って。きれいな青だったから」
 袋から取り出してミサンガを見せると、ナムは驚いて固まっていて、幾久はひょっとして気に入らないのかな、と慌てた。
「あっ、ミサンガ嫌いっした?すんません」
 するとナムは慌てて首を横に振って、幾久からミサンガを受け取った。
「……サンキュー」
 さっそく腕に結び付けようとしたので、幾久が持った。
「オレ、結びますよ!なんか願い事とか、あります?」
 幾久が尋ねると、ナムは首を横に振った。
「じゃあ、ナムさんが怪我しませんよーに」
 言いながら幾久がミサンガを結ぶ。
 練習生なら、なにがしの怪我をすることもあるだろう。それに、マスターみたいに、医療事故とかあってしまったら大変だ。
 ナムはじっと結ばれたミサンガを見つめて、もう一度幾久に「サンキュー」と言う。
 幾久は首を横に振った。
「あっ、二本で五百円なんで、めっちゃお得だったんす!オレ、自分のも買ったし」
「おいおいー、俺はジャージあげたのになんもなし?」
 様子を見ていたのだろう、福原がぶーぶー言い出したので幾久はやっぱな、と思って袋を投げた。
「ジャージのお礼がミサンガでいいんすか?」
「えっ?マジであんの?」
 福原は話を聞いていないのか、幾久の投げた袋を開いた。
「うっそまじであんじゃん!ありがとう後輩!ありがとういっくん!心の友よ!」
「おいマジでそれよこせ」
 青木がつかむが福原が「ちゃんと青木君のぶんもあるよ」と言って袋をひっくり返した。
「え?本当に?いっくんいいの?」
 福原の胸ぐらをつかんでいるというとてもデンジャラスなスタイルで青木が尋ねた。
「好きな色とかわかんなかったんで、適当ッスよ」
「よっしゃ!」
 言うと青木と福原がミサンガを並べて色を悩んでいた。
「いっくん、残り四つあるんだけど、誰の?」
 青木が尋ねたので幾久は答えた。
「二本で五百円だったんで、ついでに買っちゃいました。いる人いたらどうぞ」
 すると青木が「じゃあ、これは来原に、もうひとつは僕に」と言っていて、結局青木が二本とることになった。

 青木にせがまれたので、幾久は青木と福原と、来原のミサンガを結んだ。
 こんな安いものでいいのかな?と思ったが、全員嬉しそうだったので別にいいらしい。
 福原が玉木に結んだミサンガを見せた。
「見て見て!いっくんがくれて、結んでくれたの!」
「あら、とってもセクシーじゃないの。良かったわね。これで明日のお笑いライブも安心ね」
「おい、たまきんまで……」
 さっきのテンションはどこへやら、がっくり肩を落とす福原に、青木がげらげらと笑っていた。
(やっぱお笑い芸人なのか)
 お笑いステージっていつあるんだろ、興味ないけど、と幾久は思っていたのだった。
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