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【3.5】益者三友~どちゃくそ煩いOB達

賑やかなOB

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「いっくん、ねえねえ、ご飯食べない?お菓子好き?」
 ぐいぐいテンション高く近づいてきたのは、さっきお尻を蹴られて撃沈していたお笑い芸人みたいな人だ。
 ウエービーヘアに、蝶ネクタイ。
 ブレイシーズに膝上のズボン。

(どこからどう見ても、やっぱお笑い芸人っぽいなあ)

「あ、俺は福原だよー、福原先輩!」
「お笑い芸人の?」
「だから違うって!」
 幾久のツッコミに、福原はさっきと同じくテンション高く答えるが、今度はピアニカで『デデーン』という音がした。途端、福原が慌てだした。
「ちょちょちょ、ちょい!俺笑ってない!笑ってないって!」
「福原、アウト―」
 そういって出てきたのは、さっき幾久にべたべたしてきた美人の青木だ。ピアニカを持っているが、ということはさっきのは青木が吹いたのだろうか。と、またマスクをかぶった刺青だらけの人が出てきて、福原の尻にキックを入れた。
 どぱん!とまたいい音がして、福原は沈み込む。
「お尻、大丈夫っすか?」
「ちっとも、全っ然、大丈夫じゃない……」
 幾久の前にマスクマンが立ち止った。
 全身の刺青についびびってしまう。
 こんなに近くで、こんな刺青を入れた人を幾久は見たことがなかった。
 といっても、刺青はすばらしく綺麗なものだった。
 ヤクザ映画で見るような、和風の絵ではなく、洋風で山縣がするゲームの中のキャラクターのようにかっこいいものもあった。
 特に印象的なのが、腕に入っている青い炎のような形の刺青だ。
「それ、炎っすか?」
 幾久が尋ねると青木が答えた。
「波だよ。コイツ、海育ちだから、波入れてんの。ほかの刺青も、海モチーフ多いよ」
「へえ、そうなんすか」
 刺青男は両手を合わせる。幾久も思わず手を合わせた。
「ロブロム、ロードナム」
「?えと、何語っすか?」
 青木はなぜか吹き出しながら、ぽつりと「タイ語」と答えた。
「タイの方なんすか」
 幾久の言葉に青木は再び吹き出し、「そいつ、ナムっての」と答えた。
「ナムさん、ですか」
 幾久の言葉に福原も吹き出す。
「なんすか」
「だってナムさんって……」
「呼び捨てにはできないじゃないすか」
「そうかもだけど」
「いやー面白い後輩だね、ナム」
 ナムはこくんとうなづく。どうやら日本語は判るらしい。
「ナムさんも御門寮なんすか?」
 幾久の問いに福原と青木が同時に「そうだよ」と答えた。
「俺らのいっこ下でな。まあでもコイツ、基本無口なんで、しゃべらなくても気にしないで」
「あ、わかりました」
 なるほど、聞き取る事は出来てもしゃべるのはできないのか、と幾久は勝手に納得した。
 マスクをかぶっているということは、よしひろの弟子なのかもしれない。
「ナムさんは、マスターのお弟子さんかなんかっすか?」
 幾久の問いに、ナムがうなづいた。
(やっぱそうなのか)
 ボクシンググローブをつけているし、やたら鍛えた体をしているので格闘家なのかもしれない。
「じゃあ、福原先輩とアオ先輩は、なにされてる人なんすか?」
 プロレス関係でないのなら、どういった関係なのか気になって尋ねた。
「僕は……まあ、ファッションとか、たまに音楽関係かな?」
 青木がキメ顔で言う。
「えっ、かっこいい」
 幾久が言うと、青木の顔がぱあっと明るくなった。
「え?そう?」
「なんか判るっす。お洒落っすもん」
 確かに青木は行動は変だが、幾久から見ても雑誌のモデルみたいにカッコいいファッションをしていた。
 一瞬女性かと見間違えそうになったのは、ショールをかけていたせいだと今見れば判る。
「じゃ、俺も音楽関係だからかっこいいよね?」
 福原が言うと、幾久は答えた。
「蝶ネクタイが七五三っぽいっす」
 幾久の言葉に青木が噴き出す。
「ちょっと後輩ひどーい!ファレル・ウィリアムスみたいでかっこいいでしょ?!」
「アメリカのコメディアンですか?」
「違うって!」

 青木がさっとピアニカを取り出すと再び「デデーン」というメロディを吹き、ナムのキックが福原の尻に落とされたのだった。


 先輩たちは幾久にあれこれ質問した。
 東京から来たことや、父親が卒業生だということ、あとはこの長州市の印象、そして学校生活。
 何が面白いのかはわからないけれど、幾久にいろいろ尋ねては満足そうに笑って居るので、大人からしたら面白いのかも、と幾久は思う。
「おーい、誰かバスタオル、くれーっ」
 玄関から大きな声が聞こえ、幾久は驚く。福原が言った。
「あ、来原君だ。修行終わったのかな」
「バスタオルっすか?」
 よく判らないが必要らしい。
 寮生でないと判らないだろうと幾久は立ち上がり、風呂場へ向かいバスタオルを取ってきた。
 玄関に行くとそこにはよしひろと、よしひろ程ではないがやはりそれなりにムキムキのタンクトップ男が立っていた。
「マスター、来たんすか」
「来てたんだ!コイツと修行しててな」
 はっはっは、と笑いながら二人でずぶぬれで肩を組んでいる。
「なんでずぶぬれなんすか?」
 雨が降った様子もないのに、まさか池に落ちたとか泳いだとか、そんなことはないだろうと思うが。
「修行してたんだよ!ここ滝あんだろ?あそこでな!なあ、来原?」
「はいっす!久しぶりに御門寮の滝、いただいちゃいました!」
 確かに御門寮の庭には小さな滝があって、三メートルくらいの高さから常に山水が流れ出ているが、あそこで滝に打たれるなんてこの人も変な人なんだ、と幾久はよしひろにバスタオルを渡した。
「そんなずぶぬれじゃ一枚じゃ足りないっすから、持ってきます」
 あのまま上がりでもしたら廊下にシミがついて絶対に栄人や麗子さんが怒ってしまう。
「おう!いっくんは気がきくな!さすが鳩!」
 なにがさすが鳩なのかはわからなかったが、幾久はもう一度風呂場へ向かい、バスタオルを抱えてくるのだった。

 ずぶぬれのよしひろとタンクトップ男、もとい来原はバスタオルで体を拭いた後、風呂に入っていた。
 来原がどうやら四人来るという客人の、最後の一人らしい。
「来(くる)はねー、よしひろ先輩の弟子なんだよ。だからムキムキマッチョなの」
「はぁ。確かにすごい筋肉してましたもんね」
 ナムはどちらかといえば細マッチョ、という感じだが、来原はよしひろのように力強い筋肉をしている。
「明日の試合にも、練習生として手伝いに行くんだよ」
「そうなんすか。オレも手伝いには行くっすけど」
「え?まさかいっくん、その細腕でプロレスするの?」
 青木が尋ねるが、幾久は首を横に振った。
「しないっすよ。毛利先生にリング作るの手伝えって言われて。パイプ椅子とか運べって」
「なーるほど」
 なにをするのかは判らないが、用事もないしまあいいか、と幾久は思っている。
「アオ先輩は、明日祭りに行くんすか?」
「僕?僕は行かないよ。地元をぶらっとしてくる。会いたい人に会いにね」
「俺は家に帰るんだ!」
 福原が言うと青木が言った。
「なんなら今から帰れば?」
「青木君ひどーい。こんな夜中に?ねえ、ひどいよね、いっくん」
「まあ、確かに。もう日も暮れたし」
「いやいや、いっくん、コイツの実家、ここから歩いて一分だよ?」
「え?まじっすか?」
「マジマジ」
 幾久が驚くと、青木も福原もうなづいた。
「この寮の向かいの道路の、並んでる一軒家の中のひとつ」
 そのあたりなら幾久も、時々通るので判る。あの並びの中のひとつが福原の実家なのだという。
「なんで実家に帰らないんすか?」
「だから、明日帰るって」
 あれ、と幾久は気づく。
「だったら福原先輩って、実家こんなに近いのに御門寮だったんすか?」
「そーだよ?報国院は全寮制って決まってるからね!」
「……なんか無駄っぽい」
 報国院の考え方は、よっぽどの問題がない限り、寮に入るように決まっている。
 だけどこんなにも寮と家が近いと、寮の意味はあるのかな?と思ってしまう。
「もっと学校に近い寮なら意味あんのに」
 幾久が言うと福原が笑って首を横に振った。
「全然意味あるよー、家と御門じゃ大違いだし。そりゃ家は家で気楽だけど、寮はね、なんか違う」
「いっくんはそう思わないの?」
 青木にも尋ねられ、幾久は考えた。
「よくわかんないっす。オレ、報国院もつい最近まで存在すら知らなかったし、寮に入ってまだやっと一か月くらいだし」
 そもそも、自宅以外に住んだことなんて当然ないし、他人と暮らすのも初めてだ。
「それに、ここ、オレ含めて五人しかいないっすから、寮っていう雰囲気じゃないし」
 幾久の言葉に、福原と青木がへえ、と驚いた。
「五人て。そりゃ確かに少ない」
「俺らん時はもうちょい居たけど」
 な、と二人でうなづく。
「先輩らん時って、何人くらいだったんすか?」
「だいたい、一学年に三、四人くらいだから、まあ十人くらいだよな」
 今その人数を確保しているのは二年生だけだ。
 三年は山縣一人しかいないし、一年は幾久一人だけだ。
「ま、そのうち増えるんじゃね?総督の裁量でどうにでもなんだろ」
「ま、御門はちょっと特殊だからね。変な奴入れるくらいなら、入れないほうが正解だし」
 と、まるで一般人っぽくない先輩二人が言ってもちっとも説得力がないなあ、と幾久は思ったのだが黙っておいた。



「たっだいまーって、なんだお前ら、まだ飯食ってなかったのか?」
 毛利が帰ってきたらしい。
「まだっすよ。いっくんと話してたんで」
 福原が言うと毛利が呆れて言った。
「ちゃんと飯食わせねーと駄目じゃねーか。お子さんに飯くわせんの、大人の義務なんですけどぉ」
 福原が答えた。
「じゃ、飯の支度しますか。テーブルは?出したほうがいいっすよね?」
「そーだな。人数いるし、居間に支度すっか」
 毛利が言うと、青木と福原は立ち上がり、勝手に寮の中からテーブルを出してきた。
 どこに何があるのか、幾久よりも知っているようだ。
「いっくん、テーブルふくから、ふきん持ってきて」
「あ、はい、わかりました」
 幾久はきれいなふきんを持って、大人が並べるテーブルを次々にふいていった。

 風呂をすませたよしひろと来原、そして毛利に青木、福原が支度するとあっという間に夕食の準備が整った。
「はいみんな、からあげがあるわよー、毛利先生のおごりよ?」
 自分でそう言いながら山積みのから揚げを運んできた。
「わーいからあげだからあげだ!」
 来原が喜んでいる。やはりマッチョなので肉は好きなのだろうか。
 テーブルの上は所狭しと毛利と宇佐美、幾久で買い出ししてきた料理が並んでいる。
 ほっとしたのは、魚も並んでいたことだ。から揚げはさっきつまんで食べていたので、夕食も同じだと胃がもたれてしまう。
 雰囲気を見ながら手伝っていると、元寮生の先輩たちは手慣れた様子でいろいろ運んできた。
「そういや、宇佐美先輩はどうしたんすか?」
「あいつは仕事が残ってるから、遅くなるってよ」
 幾久は驚く。
「さっき買い物に行ってたのに」
 毛利が答えた。
「時間があいてたから、抜けて来たんだよ。終わったら直にこっちくるって言ってたぞ」
「じゃ、先に食ってもいいっすね」
 福原が言うと、毛利が「おーよ」と答えた。
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