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【3】右往左往~幾久、迷子になる
やっ(ちまっ)たぜ
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そこはよくある複合施設でけっこうな大きさだった。
ひょっとしたらさっき行ったデパートと張るんじゃないかと思う。
バス停を降りて店に入るとすぐ店内の案内板があったので目的の店を探す。
「……ったあ!」
食料品を扱っているスーパーの近くに、その覚えていた明太子屋の名前がしっかり存在している。
(やったオレの記憶力!)
これでやっと買って帰れる。
山縣には文句を思い切り言わせて貰おう。
複合施設は出来て間もないのか、やたら明るくて賑やかで、さっきのデパートより人も多い。
店も新しいせいかお洒落な所が多い気がする。
ちょっと店内を見てみたい気持ちになったが、時間をみるともう夕方だ。
知らない場所には違いないし、また今度にしようと思いながら明太子屋へ向かう。
明太子屋は通路のすぐそばで、しかも見覚えのあるパッケージのもの、つまり目的のものがちゃんとあった。昆布入り辛子明太子。
しかも小さな丸い桶に入っているご贈答用の品物。
「すみません、これお願いします」
店員さんに言うと、はいはい、とにこやかに対応された。
「三千七百八十円になります」
「はい……」
財布の中を開け、そして幾久の全身から血の気がざあっと引く。
(え?)
出掛けに確かに、山縣に五千円を貰った。
だけどその五千円札が見つからない。
(えええええ?あ、そうか!)
その場で思い出したのは、山縣から受け取った五千円と店の名前を書いたメモ、商品名、それを忘れないように自分のスマホの傍に置いて、その時トイレに行ってしまった。
その一式をバッグに入れるのを忘れて出かけてしまったのだがら、当然お金もない。
(うわああ、どうしよう!)
焦る幾久に店員が「あの?」と尋ねてきた。
「あ、すいません!」
慌ててありったけのお金を探すと、財布の中に千円札が三枚ある。
慌てて小銭入れを探ると、なんとか小銭が見えたので、かき集めて支払いをすませた。
「す、すみませんでした」
「いえ、大丈夫ですよ」
さて、受け取ってほっとして、幾久は気付く。
(……やべえ。帰る為の金がない)
明太子は絶対に持って帰らなければならないが、肝心の持って買える足代が足りるかどうかの瀬戸際だ。
財布の中には三百円ちょっとしかお金が残ってない。
ふらふらになりつつ、駅まではバスが出ているし、帰りはJRで一駅だから大丈夫だろうと自分を慰めた。
イズミシティからバスに乗り、十分もしないうちに元来た新赤間ヶ関駅に到着した。
そして幾久は慌てて駅の表示板を見る。
さっきバス賃を払って百八十円のマイナスだ。
(大丈夫!長州駅まで一駅なら初乗り運賃で百二十円くらいだろうし、だったらギリギリなんとか乗って帰れる、はず!)
この新赤間ヶ関駅から、寮や学校に最寄のはずの長州駅までは一駅しかない。
絶対に大丈夫!と思って表示を見たのだが。
「百……八十……円……」
ばっと思わず幾久は、さっきお茶を買ってしまった売店を見てしまう。
(さっき買わなければ帰れたのに!オレの馬鹿!まじで馬鹿!スマホ忘れてんだから、そこにあった金も忘れてるに決まってるじゃん!でもそのこと自体忘れてたし!ああもう!)
さっきお茶さえ買わなければ、余裕で電車に乗れたのに。
(くっそ……どうするよ)
予定ではとっくに戻っているはずなのに、時間はもう十七時を過ぎている。
こりゃもう歩くしかないかな。
そう思って駅員さんに聞いてみたのだが。
「ここから長州駅?そうだなあ、直線だったらそんなにないけどまあ八キロくらいかな。十キロないくらいじゃないか?」
「十キロ?!」
なんだそれ、と幾久はがっくりする。
歩くのは無理だ。
いや歩けないこともないかもしれないけど。
いやまて、確か長州駅は学校からけっこう距離があったはずだ。
ひょっとすると、この駅から寮は案外近いかもしれない。
中間地点程度なら三キロ、長くて五キロ、いけないことはない気がする!
そう幾久は思い込んで、駅員さんに尋ねた。
「あの」
報国院高校はどこですか。
そう尋ねようとしてはたと気付いた。
もし、迷子になったことがばれたら絶対に笑われる!そんなの絶対に嫌だ、と思った幾久は、ばれないように言葉を選んでゆっくりと喋った。
「あの、えと、お尋ねしたいんですけど」
「はい?」
「このあたりだと思うんですけど、学校が近くにある神社とか、あります、か?」
学校が近くにある神社なんかそうそうあるわけないだろ。
そう思って幾久が尋ねると、駅員さんが言う。
「あるよ?え?観光に来たの?」
やった!と思いながら幾久はうんうんと頷く。
「そ、そう!そうなんです!どうしても行きたくって!」
「あー、だったらこっちより向こうのホームから出たほうが近いよ。駅ならすぐ渡れるけど、下、川があるからねえ。ホームの中ですらけっこう遠いから、駅の中通ったほうがいい」
「通れるんですか?」
どう見ても駅の中だが。
そう覗き込んだ幾久に駅員が言った。
「入場券。百四十円ね!」
たっけぇ。いらない、歩きます。
なんて言えるわけもなく、幾久は入場券の代金を支払った。
幾久の残り財産、十二円。
さっき通った駅の長いホームを逆に渡る。
さっき幾久が降りた、イズミシティ行きのバス停があるのは新幹線口で、いま向かっているのは在来線口、となっているらしい。
駅の構造上、新幹線の端から端までの道があるのだけど、新幹線の車両分長さがあるので当然その通路も長い。途中の看板を見たら、全部で二百メートル以上もあった。
(なげーはずだわ。つかなんで半分動く歩道で、半分は歩くんだよ。全部動く歩道にしろよ。つか金がねーのか)
勝手な事を考えているうちにやっと在来線のホーム出口に到着した。
こちらは普通に、こじんまりした小さな駅だ。
これだけの距離に百四十円、とか高いとは思ったが、知らないということは金がかかるものだ。
スマホがあったら、すぐに調べられたのに。
また迷うのも嫌なので、一応、こっちの窓口の駅員にも尋ねてみた。
「ああ、学校のある神社?はいはい、一ノ宮さんね。こっから出たら、すぐに信号渡って、渡ったら右に進んで。そしたら県道……大きな道路に出るから、あとはまっすぐ。歩いて十分くらいだよ」
やった!やっぱり大当たりじゃん!
なんだー、オレ、ほんと頭いい!
「ありがとうございました!」
「気をつけてね」
にこやかな駅員さんに手を振って、意気揚々と駅を出た。
県道沿いはそこそこ賑やかで、車通りも多い。
この道ってどこに出るのかな、知ってる場所が見えるのかな、まあ十分歩く程度ならたいしたことないか、学校から寮まで歩いて三十分かからないくらいだし、まあでもいいかとか考えながら歩いていたが。
「……?」
おかしい、とやっと幾久は気付き始めていた。
確かに十分程度歩いているが、見覚えのある場所が全くないし、雰囲気も全然違う。
いやでも学校のある神社って言ってたし、と幾久は神社を目指すが。
『一ノ宮さんね』
「―――――アレ?」
確か、幾久が以前聞いたのが正しいとすると、幾久の通っている報国院高校がある神社は『二ノ宮』って言ってなかったっけ?
ざあっと今日何度目かの血が引いた音がした。
不安なまま歩き続けるうち、疑惑は確信へ変わっていった。
(やばいやばいやばいやばい!っていうか、オレ)
神社に到着した。
目の前にどーんとかまえる、石造りの大きな鳥居。
そして知らない神社の名前。
さすがにここまで来るといくらなんでも自分でも判る。
報国院高校とは全く違う、別の神社だ。
「は、はは……うわぁ……」
(ばっちり、おもいっきり、迷子じゃん!)
もう肩を落して笑うしかなかった。
ひょっとしたらさっき行ったデパートと張るんじゃないかと思う。
バス停を降りて店に入るとすぐ店内の案内板があったので目的の店を探す。
「……ったあ!」
食料品を扱っているスーパーの近くに、その覚えていた明太子屋の名前がしっかり存在している。
(やったオレの記憶力!)
これでやっと買って帰れる。
山縣には文句を思い切り言わせて貰おう。
複合施設は出来て間もないのか、やたら明るくて賑やかで、さっきのデパートより人も多い。
店も新しいせいかお洒落な所が多い気がする。
ちょっと店内を見てみたい気持ちになったが、時間をみるともう夕方だ。
知らない場所には違いないし、また今度にしようと思いながら明太子屋へ向かう。
明太子屋は通路のすぐそばで、しかも見覚えのあるパッケージのもの、つまり目的のものがちゃんとあった。昆布入り辛子明太子。
しかも小さな丸い桶に入っているご贈答用の品物。
「すみません、これお願いします」
店員さんに言うと、はいはい、とにこやかに対応された。
「三千七百八十円になります」
「はい……」
財布の中を開け、そして幾久の全身から血の気がざあっと引く。
(え?)
出掛けに確かに、山縣に五千円を貰った。
だけどその五千円札が見つからない。
(えええええ?あ、そうか!)
その場で思い出したのは、山縣から受け取った五千円と店の名前を書いたメモ、商品名、それを忘れないように自分のスマホの傍に置いて、その時トイレに行ってしまった。
その一式をバッグに入れるのを忘れて出かけてしまったのだがら、当然お金もない。
(うわああ、どうしよう!)
焦る幾久に店員が「あの?」と尋ねてきた。
「あ、すいません!」
慌ててありったけのお金を探すと、財布の中に千円札が三枚ある。
慌てて小銭入れを探ると、なんとか小銭が見えたので、かき集めて支払いをすませた。
「す、すみませんでした」
「いえ、大丈夫ですよ」
さて、受け取ってほっとして、幾久は気付く。
(……やべえ。帰る為の金がない)
明太子は絶対に持って帰らなければならないが、肝心の持って買える足代が足りるかどうかの瀬戸際だ。
財布の中には三百円ちょっとしかお金が残ってない。
ふらふらになりつつ、駅まではバスが出ているし、帰りはJRで一駅だから大丈夫だろうと自分を慰めた。
イズミシティからバスに乗り、十分もしないうちに元来た新赤間ヶ関駅に到着した。
そして幾久は慌てて駅の表示板を見る。
さっきバス賃を払って百八十円のマイナスだ。
(大丈夫!長州駅まで一駅なら初乗り運賃で百二十円くらいだろうし、だったらギリギリなんとか乗って帰れる、はず!)
この新赤間ヶ関駅から、寮や学校に最寄のはずの長州駅までは一駅しかない。
絶対に大丈夫!と思って表示を見たのだが。
「百……八十……円……」
ばっと思わず幾久は、さっきお茶を買ってしまった売店を見てしまう。
(さっき買わなければ帰れたのに!オレの馬鹿!まじで馬鹿!スマホ忘れてんだから、そこにあった金も忘れてるに決まってるじゃん!でもそのこと自体忘れてたし!ああもう!)
さっきお茶さえ買わなければ、余裕で電車に乗れたのに。
(くっそ……どうするよ)
予定ではとっくに戻っているはずなのに、時間はもう十七時を過ぎている。
こりゃもう歩くしかないかな。
そう思って駅員さんに聞いてみたのだが。
「ここから長州駅?そうだなあ、直線だったらそんなにないけどまあ八キロくらいかな。十キロないくらいじゃないか?」
「十キロ?!」
なんだそれ、と幾久はがっくりする。
歩くのは無理だ。
いや歩けないこともないかもしれないけど。
いやまて、確か長州駅は学校からけっこう距離があったはずだ。
ひょっとすると、この駅から寮は案外近いかもしれない。
中間地点程度なら三キロ、長くて五キロ、いけないことはない気がする!
そう幾久は思い込んで、駅員さんに尋ねた。
「あの」
報国院高校はどこですか。
そう尋ねようとしてはたと気付いた。
もし、迷子になったことがばれたら絶対に笑われる!そんなの絶対に嫌だ、と思った幾久は、ばれないように言葉を選んでゆっくりと喋った。
「あの、えと、お尋ねしたいんですけど」
「はい?」
「このあたりだと思うんですけど、学校が近くにある神社とか、あります、か?」
学校が近くにある神社なんかそうそうあるわけないだろ。
そう思って幾久が尋ねると、駅員さんが言う。
「あるよ?え?観光に来たの?」
やった!と思いながら幾久はうんうんと頷く。
「そ、そう!そうなんです!どうしても行きたくって!」
「あー、だったらこっちより向こうのホームから出たほうが近いよ。駅ならすぐ渡れるけど、下、川があるからねえ。ホームの中ですらけっこう遠いから、駅の中通ったほうがいい」
「通れるんですか?」
どう見ても駅の中だが。
そう覗き込んだ幾久に駅員が言った。
「入場券。百四十円ね!」
たっけぇ。いらない、歩きます。
なんて言えるわけもなく、幾久は入場券の代金を支払った。
幾久の残り財産、十二円。
さっき通った駅の長いホームを逆に渡る。
さっき幾久が降りた、イズミシティ行きのバス停があるのは新幹線口で、いま向かっているのは在来線口、となっているらしい。
駅の構造上、新幹線の端から端までの道があるのだけど、新幹線の車両分長さがあるので当然その通路も長い。途中の看板を見たら、全部で二百メートル以上もあった。
(なげーはずだわ。つかなんで半分動く歩道で、半分は歩くんだよ。全部動く歩道にしろよ。つか金がねーのか)
勝手な事を考えているうちにやっと在来線のホーム出口に到着した。
こちらは普通に、こじんまりした小さな駅だ。
これだけの距離に百四十円、とか高いとは思ったが、知らないということは金がかかるものだ。
スマホがあったら、すぐに調べられたのに。
また迷うのも嫌なので、一応、こっちの窓口の駅員にも尋ねてみた。
「ああ、学校のある神社?はいはい、一ノ宮さんね。こっから出たら、すぐに信号渡って、渡ったら右に進んで。そしたら県道……大きな道路に出るから、あとはまっすぐ。歩いて十分くらいだよ」
やった!やっぱり大当たりじゃん!
なんだー、オレ、ほんと頭いい!
「ありがとうございました!」
「気をつけてね」
にこやかな駅員さんに手を振って、意気揚々と駅を出た。
県道沿いはそこそこ賑やかで、車通りも多い。
この道ってどこに出るのかな、知ってる場所が見えるのかな、まあ十分歩く程度ならたいしたことないか、学校から寮まで歩いて三十分かからないくらいだし、まあでもいいかとか考えながら歩いていたが。
「……?」
おかしい、とやっと幾久は気付き始めていた。
確かに十分程度歩いているが、見覚えのある場所が全くないし、雰囲気も全然違う。
いやでも学校のある神社って言ってたし、と幾久は神社を目指すが。
『一ノ宮さんね』
「―――――アレ?」
確か、幾久が以前聞いたのが正しいとすると、幾久の通っている報国院高校がある神社は『二ノ宮』って言ってなかったっけ?
ざあっと今日何度目かの血が引いた音がした。
不安なまま歩き続けるうち、疑惑は確信へ変わっていった。
(やばいやばいやばいやばい!っていうか、オレ)
神社に到着した。
目の前にどーんとかまえる、石造りの大きな鳥居。
そして知らない神社の名前。
さすがにここまで来るといくらなんでも自分でも判る。
報国院高校とは全く違う、別の神社だ。
「は、はは……うわぁ……」
(ばっちり、おもいっきり、迷子じゃん!)
もう肩を落して笑うしかなかった。
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