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【1】合縁奇縁~おかえりなさい、君を待ってた

春あした

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 幾久が目覚めると、居間には昨日と同じ様に先輩達が幾久を真ん中に、ぐうぐうと眠っていた。
 本当なら幾久の寮の部屋をどこにするか決めるはずだったのだが、麗子さんが出かけていて、その場合は夕食も自分達で用意する事もあるそうで、夕食の仕度を手伝わされて結局部屋も決まらず荷物もそのまま。

 明日の日曜日は入学式だけだし、幾久以外は休みだから手伝うし、翌日の月曜日は休みだし、別に急がなくていいじゃん、の栄人の言葉でスケジュールは決定、結局昨日のように居間で全員で眠ったのだった。

(……あ―――――)

 幾久は眼鏡をかけ、スマホを手に取る。
 音は消してあるが、バイブ機能はそのままなのでスマホはめざまし機能でぶるぶると震えている。
 朝の六時半。
 寮の起床時間とかは決まってない、と言われたのでいつも起きる時間そのままにセットしておいたものだ。
 幾久はボタンを押し、起き上がる。
「はよ、いっくん」
 いつの間にかおきていた栄人が声をかけた。
「……はよ、ございます」
「皆寝てるから、静かに起きよっか」
 栄人は小声でそう言うと立ち上がる。
「布団はそのままでいいから」
「はいっす」
 栄人と幾久は二人で洗面所へ向かった。

 顔を洗い、簡単に身支度を整える。
 居間はまだ先輩達が眠っているので、幾久と栄人はキッチンへ移動した。
 キッチンはダイニングと兼用で広く、大きなテーブルがあり、椅子へ幾久は座らせられた。
「パンでいい?」
 栄人の問いに幾久は頷く。
「じゃ、そこ座ってて。準備すっからね」
 本来なら後輩の自分がなにかしなければならないのだろうけど、何も判らない状態なので、幾久は大人しくしておく。
 栄人は手際よく、コーヒーを入れ、バターやジャムを冷蔵庫から取り出す。
 いつのまにか、サラダまで準備してあった。
「学校まで道が判らんっしょ?おれが一緒についてくから」
 栄人が言う。今日は幾久の入学式だ。
「スミマセン」
「いーよ。おれが意地悪したから、別の道通ったんだしね!」
「あれ、やっぱり意地悪だったんすか」
 げんなりと幾久が言う。
 一昨日、入寮式で初めて栄人に会い、この御門寮まで案内されたものの、栄人はわざと遠回りの、しかも山登りコースを選んで幾久を歩かせたのだ。
「だっていっくんまじテンション低かったじゃん」
 そりゃそうだ。
 選んだとはいえ、もともとの希望とは違う学校だったし、ここしか選択肢がなかったのだから。
「そりゃさ、転校するまでの腰掛けーとか、東京から見たらど田舎の知らない学校って感じだろうけど」
 ちーん、という音がした。
 パンが焼けたらしく、栄人がトースターからさっとそれを取り出す。
 皿の上に丸いパンを置かれた。バスケットには次々に焼いたパンが入れられる。
「そっちのがよかったら、それ食ってもいいから」
 ホテルみたいにいろんな種類のパンがバスケットに入っていたが、幾久は栄人が用意してくれたパンを選んだ。
「いただきます」
「はい、めしあがれー」
 栄人は楽しそうだ。同じように自分の朝食の仕度もすませ、幾久の隣に座って食事を始めた。
 パンをかじりながら栄人が言う。
「おれはさ、この学校、好きなんよね。ずっと来たかったし、来てよかったって思ってる。だからさ、正直へこんだ訳よ」
「そっすか?んな風にみえなかったっす」
 この根っから明るそうな栄人がへこむところなんか想像ができない、と幾久は思う。
「そりゃ見せなかったけどさ。いっくん、失敗した、って顔してたじゃん」
「そっすか」
「そうだよ」
 確かにそうかもしれない。
 少し期待はあったけれど寮は思った寮じゃなかったし、おまけに新入生は自分ひとりで、寮生は問題児ばかりと聞かされては。
「おれはさ、楽しみだったんだよね、一年生。なのにしょっぱから、あー失敗したっていう顔だったり、なんか暗かったらやっぱさ、気分良くないじゃん」
 そこまで露骨に出していたつもりはないが、やはり栄人にはしっかり見えていたのだろう。
 気づかないうちの無礼を幾久は謝った。
「すみません」
「や、いっくんにはいっくんの事情があるんだからさ。それは別にいーんだけど。すごい麗子さんも、楽しみにしてたから」
 それはなんとなく判る。
 たった一人の入寮生の為にすごい歓迎会だった。
「ハルは特に嬉しそうっていうか、それ通り越して親みたいにはらはらしてて」
「ハル、先輩が?」
 どうもまだ言い慣れなくて、ハル先輩、と言うのに少し照れのような違和感がある。
 本当なら高杉先輩、と呼べばいいのだけれど、本人直々にそう呼べといわれては逆らえない。
「あいつさー、すごい癖がありそうじゃん。まあ実際癖あんだけど」
 素直に頷いていいものかどうか、幾久は戸惑った。そんな幾久に栄人は笑う。
「いいって、あいつも自分で判ってんだからさ。で、基本面倒は嫌がるけど、気に入ったのにはすごい面倒見良い訳。いっくんのことはすっげ気に入ってる」
「そっすか」
 なんと答えていいかわからない。
「ま、でもおれにとっちゃ驚きなのは、瑞祥までいっくん気に入ってそうってとこかな」
 その名前に幾久は思わず食べていたパンを喉につまらせ、慌ててコーヒーを飲んだ。
(……やっべー、あのガチホモ、じゃなくて、バイな久坂先輩もいたんだった)
 気に入ってるってどういう意味で、と思ったが勿論そんなことを聞けるはずがない。
 栄人は幾久の様子には気付かずに話を続ける。
「正直さあ、おれ、瑞祥がいっちゃんやべーって思ってたんだよな。あいつが一番好き嫌いあるし」
「そうは見えないっすけどね」
 久坂が高杉にキスしたのを、たまたま幾久が見てしまったから久坂も本音を見せたっぽいが、表立ってはそつのないタイプに見える。
「それよりオレ、山縣先輩の方が心配っす」
 この寮で一番問題としたら山縣に違いない。なんたってずっとゲームから離れないし、目を合わせないどころか顔も見ない。
 おまけにしょっぱなから幾久と喧嘩までしたのだから。
 だが栄人は首を横に振り、笑って答えた。
「あー、あいつは問題ない!もう終わったことだからケロッとしてるよ」
「でも、オタクなんでしょ?」
 幾久はあまりオタクという人種に関わりがない。
 中等部の頃はそういったジャンルに趣味がある人もいたが幾久のグループとはほぼ関わりがなかった。
 なんとなく根暗とか粘着質、といったイメージしかないが。
「他のオタクがどうかは知らないけど、あいつはそうじゃないから。ま、心配しなさんな!」
 心配するな、と口で言われても実際は喧嘩までしてしまったのだから無理な話だ。
 確かに一応、仲直りはしているのだろうけど。
 黙る幾久に栄人が言う。
「本当にむかついてたら、あいつは止めても全部言うからなんもないって事は、あいつの中ではもう終わってるって事。あ、それといっくんもなんかあったらちゃんと言葉に出して言うんだよ?察しろとか判れとか、無理だから」
「言葉に出してって……」
 そんなの全部言葉に出してたらまた喧嘩になるんじゃないのかな。
 そう思う幾久に栄人が続けた。
「お互い知らないもの同士じゃん?おまけに生活もいきなり一緒とかになったら、我慢してたら爆発すっからさあ。実際それで出て行った奴もいるし」
「いるんすか?退学とか?」
 幾久の問いに栄人はいんや、と首を横に振る。
「うちの学校はそういうのゆるいっていうか。合わないなら他の寮に行けばいいっていう感じなんだ。そりゃ理由もなく簡単にはあちこちに行かせてはくんないけど」
「へぇー」
「だからいっくんも、報国寮がいいなら多分希望出せば移れるかもよ。空きが出れば、だけど」
「空きって出るもんなんすか?」
「うーん、前期、一学期の終わりくらいには。一年生が辞めたりするし」
 そうなると空きができて、入れる事もあるという。
「ただやっぱ、二年、三年の希望が優先されるからねー」
「でしょーね……」
「ま、希望出すだけなら出来るわけだし。行きたいところに行くのが一番だと思うよ?」
「考えときます」
 正直、こんな少人数の寮は居辛い。
 他に一年生が居ればそれなりに話とか、そういったことも出来ただろうに、この二日間、幾久は先輩達に振り回されて終わった。
(寮の部屋も決まってないとか、絶対にオレだけだろうなあ)
 基本生徒しかいない為か、この寮というか寮生はフリーダムにも程がある。
 食事時間も、睡眠の時間も、適当で自由だ。
 平日であれば寮母の麗子さんがいるのだが、その麗子さんも夕食の後は自宅に戻ってしまうので本当に大人の目が全くない状態だ。
(問題児をほったらかしって、ヤバイんじゃないの)
 そう思っても、幾久がそれを確かめるすべはない。
 もしゃもしゃとパンを食べ、飲み込んだ。
「パン。俺も食べる」
 突然声が聞こえてぎょっとする。
 振り向くとそこには山縣が居た。
「……はよう、ございます」
「おー」
 相変わらずの不機嫌そうな声だ。そしてやっぱり携帯ゲームを持っている。
「山縣、それなおせ」
 栄人の言葉に山縣は不機嫌そうに睨むが。
「じゃないとマジ汚す。わりとマジで」
 ちっと舌打ちし、ジャージのポケットに携帯ゲームを仕舞いこむ。
「あの」
「なんだよ一年」
「なに、いっくん」
 同時に尋ねられ、幾久はびくっと肩を揺らす。
「あの、携帯ゲーム、壊れてるんすか?」
「は?」
「え?」
 栄人と山縣が同時に顔を見合わせた。
「だって、なおせって」
 さっき栄人は山縣に携帯ゲームを「なおせ」と言った。
 修理でもしろって意味なのかな、と単純に思ったのだが。
「それ方言じゃぞ。なおせって長州では、片付けろって意味じゃ」
 高杉の声がした。
「はよ、ございます」
 慌てて幾久が挨拶をする。
「おう、早いの、……って入学式か」
「そうゆう事。おれがいっくんを学校に連れてくからさ」
「ほぉか」
 高杉が席に着くと、栄人がごそごそと戸棚を探る。
 どうやら栄人が全員の朝食の仕度をするらしい。
「オレ、なんかお手伝いしましょうか」
 食事も済ませたし、一年生が黙って座っているのは心地が悪い。
「あ、そお?じゃ、その御椀出して」
「はい」
 栄人に言われたとおりに御椀を出し、差し出す。
 栄人は手際よく御椀にレトルトのお粥をうつし、レンジに入れた。
「瑞祥は?」
 栄人が尋ねると高杉が言う。
「まだ寝ちょる」
「やっぱね。ずっと寝かしとく?」
「や、ぼちぼち起こす。ちょっと出てくるけぇ」
「あそ。じゃ、飯は」
「置いちょけ。勝手にするじゃろ」
「了解」
 そう話しているうちにレンジが出来上がりの音を鳴らした。
 栄人がミトンを使い、暖められた御椀を高杉の前に置いた。
「なんすか、それ」
 一見するとお粥のようだが。
「お粥。健康に超いい、五穀米入り」
 栄人が答える。
「ハル先輩、お粥、好きなんすか?」
 朝から渋いな、と思っていると栄人が苦笑した。
「年寄りみたいだろ」
「うるさい」
 ぶすっと高杉が言う。
「ほんと、朝って何食べてもいいんすね」
 本当にここは寮らしくない。
「そうそう。だからいっくんも食べたいものがあったらリクエストしていいよ」
 個人で持ってくるのは勿論いいし、基本的に寮費で賄えるものは買ってくれるのだそうだ。
「いや、特にそんな……なんでもいいっす」
「いっくんは楽でいいねー」
「最初だけだろ。そのうち尻尾出してあれが嫌だとかこれが嫌だとか言い出す」
 つんと山縣が言う。本当にこれで幾久の事をなんとも思ってないとは思えない。
「山縣は最初から尻尾丸出しだったけどね」
「うるせえ」
 からかう栄人にやはり山縣は不機嫌そうだった。
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