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【1】合縁奇縁~おかえりなさい、君を待ってた

もののめ

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「よう、乃木幾久。入学オメデトー」

 にかっと笑って見せた、その人こそ。

「た、かすぎ、さん?」

 幾久が入試の時に蹴っ飛ばして、境内で話をした『高杉』その人だった。
 確かに、この学校の生徒で次は二年と言っていたけど、まさか同じ寮になるなんて。
 驚いている幾久に知っていたのか、高杉は楽しそうだ。
「おう。わしの事はハル先輩でええぞ」
「え、なんでハル?」
 幾久が尋ねると、隣から声が掛かった。
「よぶはる。そいつ。高杉(たかすぎ)呼春(よぶはる)っていうんだ」
 うわああああ!めっちゃええ声!思わず二度見すると、ええ声の男はにっこり笑った。
「イケメン……」
 思わず声に出たほど、凄いイケメンだ。
 イケメンはイケメンと呼ばれたことに特に反応もせず、肩をすくめて微笑んでいる。
 身長は高そうだし、スポーツをしているような体つきだ。
 鼻が高く、目は二重で、右目の傍に泣きぼくろがある。
 髪は茶色っぽく、うっとおしく見える長めの髪をたらしているのに、それすらも漫画みたいにかっこいい。
 雰囲気もすごく良くて、絶対にこの人すごいモテるんだろうなと幾久は思う。
 ただ、上品そうな顔と雰囲気にそぐわないのが、右の耳のピアスだ。
 三つもついている。
(右って、確か、)
 まじまじと見つめる幾久に、イケメンが笑顔で言った。
「こっちもついてるよ」
 髪をすくって見せたのは左の耳だ。ひとつピアスがついている。
「男が好きな訳じゃないから、安心して」
「あ、そ、っすか……」
 ただのピアス好きな人か。それでもなんて答えていいか判らずに困ると、イケメンが言う。
「僕は久坂。久坂(くさか)瑞祥(ずいしょう)。よろしくね」
「はぁ」
 変わった名前だなあ、と思いつつ、まじまじと顔を見てしまう。
「で、そいつが山縣じゃ」
 ぽこんと高杉が男の頭を叩いた。
「おいガタ、挨拶せぇ」
 携帯ゲーム機に顔を埋めんばかりに近づいてプレイしていた男が顔を上げた。
 ものすごく不機嫌そうな顔だ。
「三年。山縣(やまがた)矜次(きょうじ)」
 それだけ言うと再び携帯ゲームをじっと見つめてゲームを再開する。
 なんか、癖のありそうな人だなあ、と幾久は思う。
 栄人が言う。
「山縣は三年、それ以外は全員二年。わかんないことがあったら、全部おれに聞いてね!他の奴らはあてになんないから!」
「るせーよ栄人」と、高杉が言うと
「でもまあ、あたってる」と久坂。
「俺をあてにすんなよ」と山縣はやはり不機嫌そうだ。栄人が言った。
「で、紹介おわり!御門寮は、これが全員。たまーに増えたり減ったりすることもあるけど、気にしなさんな!」
「増えたり減ったり?」
「出るんだよ。ここ」
 楽しげに高杉が言うと、幾久の頬が引きつる。
「出るって」
「城下町ったら、古戦場だの処刑場だの、てんこもりだろ。フツーに出るから」
 高杉の言葉に栄人が乗る。
「そうそう、夜は一人にならないほうがいいよ、ご贔屓神社のお守り持ってる?持ってなかったら買っといたほうがいいよ」
「ご贔屓神社って……」
 ひく、と幾久の表情がさらに引きつる。
 持ってるわけ無いそんなもの。
 受験の時にはそういうお守りを母から貰った気がするが。
「普通、そんなもの持ってないでしょ」
 そう幾久が言うと、高杉が可愛い巾着形のお守りを見せた。
 久坂も同じように布製の勾玉形のお守りを見せる。
 栄人も楽しげにお守りを出して、山縣も携帯ゲームをひょい、と持ち上げて見せた。
「これ、お守り」
 小さな鈴がついた、折鶴のストラップだが、確かにそれっぽい。
「みんな持ってるんですか」
 話に信憑性が増して幾久は急に不安になる。
「大丈夫!この寮の中はおれらがいるし、お札も貼ってあるしね!神棚もあるから!」
 と栄人が言う。
「あーでもうかつに夜に外には出ないほうがいいよね。なにか怖いものを見るかも。ね、山縣」
「……おー」
 山縣が一層不機嫌そうに言って目をゲームに戻す。
(なんだよここ。問題児が集まる上に幽霊まで出るのかよ、マジかよ)
「通学するのも山登りで、幽霊までいるとか」
 思わず露骨にがっかりすると、高杉が首を傾げた。
「山登りじゃと?」
「だってそうでしょ、なんかすごい山登って、下って、ここに到着しましたよ。毎日あんなことやって通うとか、マジでない」
「はぁ?」
 高杉がさらに首をかしげる。
「おい栄人、お前、山回ってきたんか?」
「うん!」
「うわ。ひっどいなあ。乃木君、慣れてないなら大変だったでしょ?」
 久坂の言葉に幾久は、え、と顔を上げた。
「だって……あの山、毎日通うって」
 思わず栄人の顔を見る。
 すると栄人が物凄く可愛い、というより可愛こぶった笑顔で言った。
「えー、だっていっくん、なんかテンション低かったしぃ、もしあの道を毎日通うとか勘違いしたら面白いかなーって思って!ごめんねいっくん!ちょっとした冗談だったの!」
 舌を出してそう笑う栄人に幾久はむかっと腹が立つ。
「なんでそんな馬鹿なことするんですか!」
 しんどかった!マジでここ数年ないくらいしんどかったというのに!
「いやーだってさあ、なんか鬱々としてたじゃん。ここに問題児が入るとか聞いてショック受けてたしさ。そんなことないよって言っても信じないし。いや、たしかに問題児いるけど」
「どっちなんすか」
 思わず低い声で聞いてしまう。
「まあまあ、気にしない気にしない。いいじゃん他に一年生いないから気楽だし、問題起こしても、うちの寮ならあーね、で済むし」
「フォローになってねぇ……」
 最早敬語すら消えて、幾久はがっくりと肩を落とす。
 やっぱり問題児だから押し付けられたんだ。
 やっぱりこんな学校間違ってた。
 ちくしょう、絶対に転校だ編入だ!もう絶対に辞めてやるこんな田舎のクソ学校!
「栄人、ちょっと冗談過ぎるからの」
「ちょっと所じゃねえし」
 いらついて思わず言う。
 しまった、この人乱暴者だったんだ。
 はっと顔を上げたが、高杉は怒るどころか楽しげに幾久を見ている。
「都会っ子にはきつかったか。心配すんな。実際のルートは平坦で坂もないし二十分もありゃ学校には着く。入学式の時にはわかる」
 高杉の言葉に、はぁ、と答えたが幾久の心はすでに転校に傾いている。あー折角制服とか教科書とか、もったいないなあ。でもしょうがない。
(授業料は奨学金を使って、制服とか……暫くこの学校のでいいか。父さんにも真剣に話せば判ってくれるだろうし)
 そんな事をあれこれ考えていると、がらっと襖が開いた。
「あら、にぎやかねえ」
 そこに立っていたのは、フリルのついた可愛いらしい割烹着を着た上品そうなおばさんだった。
 幾久の母よりずっと年上だろうから、六十の手前くらいだろう。
 にこにこと年齢のわりに可愛いらしい笑顔だ。
「御門寮、寮母の吉田麗子です。麗子さんって呼んでね」
 ―――――あれ。なんか雰囲気似てないか?
 苗字も吉田ということは。
 思わず栄人を見ると、栄人が頷く。
「麗子さんはおれの親戚なの!すごい料理上手だよー」
「乃木幾久です、よろしくお願いします」
 ぺこりと頭を下げるとあらあら、と麗子さんはにっこりと微笑んで言う。
「よろしくね、いっくん」
「おー、さっすが麗子さん!おれ、もうそのあだ名つけてたよ!」
「あらあ、やっぱり似るのかしらねえ」
 きゃっきゃと楽しそうに話しているが、ということはこの人もやっぱり栄人のように冗談がきついタイプなのだろうか。
「あ、いっくん大丈夫!麗子さんはお嬢様だからおれみたいに意地悪じゃないよ!」
 うわ。顔に出てたか。そう思ったが栄人は気にしないらしい。
「ま、えーくん、意地悪したの?駄目でしょう」
「ごめんなさい、麗子さん」
 栄人は麗子には素直に頭を下げた。
「ああ、それとね、今日なんだけど、いっくんの歓迎会をするんだけど」
「え、そんなのいいっすよ」
 どうせ辞めるつもりなのに歓迎なんかされたらめんどい。そう思ったがまさか口に出すわけにはいかない。
「ううん、こういうのはちゃんとするのが大事なの!でね、いっくんはお魚、何が好きかしら?」
「は?魚……」
 幾久は肉派だ。というか魚はあまり好きじゃない。
「よく、わかんないっす」
 魚より肉の方がいいんだけど。まさかそんな事を図々しく言えるはずもない。
 ああ、一層テンション下がる。
「あらー、そうなの。適当に用意するしかないわねえ。いいお魚はあるんだけど」
「魚なにがあんの?」
 栄人がわくわくしながら尋ねる。
「いいお魚を持ってくるって。うさちゃんに頼んであるの」
 うさちゃん?一体なんだそれは。まだ新しい奴いんのかよ。
 そう思っていると麗子が言った。
「この寮の卒業生でね、宇佐美君。今は魚市場で働いてて、いつもいいお魚持ってきてくれるの。いっくんが今日来るから、ってはりきって色々持ってくるって言ってたわよ」
 あ、それと、と麗子が言う。
「いっくん、お魚は苦手でも、おさしみがいいとか、お吸い物がいいとか、そういうのも判らない?」
「あー……オレんち基本魚ないんで」
 そりゃウニとかイクラとかエビとかマグロなら食うけど、そんなもの食えるわけもないし。
「メタボんじゃねえの」
 高杉の言葉に麗子が違うわよ、と言う。
「東京はね、お肉のほうがおいしいのよ。こっちは豚とか、鳥も多いでしょ?でも東京のほうは牛肉とかがいいのよね。あと鴨肉もメジャーよね」
「ええ、鴨なんて普通にあんの?」
 驚く栄人に麗子がそうよぉ、と言う。
「お魚が好きじゃなくても、折角三年ここにいるんだから、ひとつくらい好きなお魚が見つかると良いわね。港町なんだし」
 おいしいわよ、ここのお魚、と麗子は言うが、幾久は別にどうでも良かった。
(食い物も期待できそうにないのか……)
 ま、どうせ辞めるんだから関係ないや。
 辞めるまでは問題を起こさないように、関わらないようにすればいいか。
 そう思っていると、玄関からがたがたっと音がした。
「うす!麗子さん、来ましたよ!」
 調子のいい声が聞こえた。魚屋なのか、と思っていると、どかどかと威勢よくなにか下ろしている。
「ボックス台所に持ってったらええよねー俺、さばくの手伝おっか?」
「お願いできるかしら?うさちゃんが居たら早くていいわ。あと食べて帰る?」
「食べる食べる。麗子さんの飯食う、それよりさ」
 にゅっと顔を覗かせてくる。またでかい男が現れたが、柔らかそうな雰囲気なので、マッチョな感じではない。
「おっす!新入生どこ!」
 幾久を目の前に、男はぎょろっとした目でじっと見つめてくる。
 色が浅黒く、体が厚い。年齢は二十台の半ば位っぽい。
 ぼすん、と幾久の頭に両手をのせるとぐしゃぐしゃにかき混ぜる。
「かわいいなぁ新入生!名前は?名前!ちゅーしてやろっか?」
「やめちゃれ、うさ兄。乃木幾久っての、そいつ」
 高杉の言葉に宇佐美が言う。
「へぇー!いっくん、よろしくね!」
 なんでどいつもこいつも反応が一緒なんだよ。この辺りの奴らはみんなノリが同じなのかよ。
 ぐしゃぐしゃの髪を元に戻しながら、幾久はむっとする。
「ま、うまい魚持ってきたから、機嫌直してくれよいっくん」
「はぁ」
 最早不機嫌を隠す気もなくなって、幾久ははぁ、とため息をついて肩を落とした。
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