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「陛下とお姉様、それにディーがいるのに、わたくしにそんなことを言う畏れ知らずがいるはずがありません」

 そう、ティーアに対して少しでも悪し様に言えば、即座にリサがその倍とも言える勢いで舌鋒で黙らせにくる。その背後では護衛の騎士が今にも抜刀しそうな殺気を放ちながら立ち、最終的に国王が出てくるのだ。誰がそんな凶悪な面子を相手に喧嘩を売るものか。

「わたくしだって、少しはそういった応酬に対応できるように色々と勉強したのに……陛下とお姉様とディーが全部片付けてしまうんだもの……」

 過保護、と言われてしまえばその通り、と返すしかない自覚はある。だが、そうは言ってもステンにとっては大切な妻であり、お互いの国民を護る為の同士であり、そして庇護すべき子どもなのだから仕方がない。

「ですから、陛下が心配なさるようなことはありません。わたくしが、陛下との子が欲しいと思っているんです!」

 言葉だけならかなりの誘い文句である。そう、言葉だけなら。

「天からの授かり物ですもの、欲しい欲しいと思っていてもすぐに子を宿せるわけではないのは知っていますからね?」

 ちゃんとその辺りも学んでいますもの、とティーアは自信満々だ。たしかにティーアの閨教育には細心の注意を払って指導者を用意した。人柄的にも、子育ての経験にしてもこの人ならば安心して任せられると、満場一致でコンチトール侯爵家のマチルダ夫人に白羽の矢が立った。
 何事においても王妃様は勉強熱心で素晴らしいです、と夫人は教育の成果を報告してきた。ステンもそれはよかったと安心した。が、しかし、ステンはこの時失念していたのだ。知識と経験は全くの別物であるという事を。

「陛下の元へ嫁いで来た時ならいざしらず、今はきちんと知識を得ました。身体だって、もう子どもを宿すこともできます」

 じ、とティーアはステンを見つめる。その視線が「あとは陛下のお心次第です」と訴えており、ステンは何と返したものかと言葉に詰まった。

「……それとも陛下は、わたくしと子を成すのはお嫌」
「それはない」

 ティーアの言葉を遮る様にステンは言葉を重ねる。たしかにステンのこの態度ではティーアがそう勘違いをしてしまうのも無理はない。だからこそステンは強くはっきりと否定をする必要がある。本当に、彼女と子を成すのが嫌だというわけではないのだから。

「俺が子を産んで欲しいと思うのは貴女だけだ、王妃。和平の為という政略結婚ではあったけれど、一人の人間として貴女の事を愛している」

 真っ直ぐに瞳を見つめてそう伝えれば、ティーアは少しばかり頬を朱に染めて、そして心の底から嬉しそうに笑みを浮かべる。

「わたくしも、陛下のことが大好きです。初恋は実らないと聞きましたけど、わたくしはきちんと叶いました」
「俺は貴女の初恋の相手になれただろうか?」
「陛下があまりにも素敵すぎましたもの、よそ見をする暇すらありませんでした」
「それは良かった。貴女に好いていてもらえるように必死で努力した甲斐があったというものだ」

 ステンが口元を緩めればますますティーアの笑みも深くなる。

「さて……そろそろ寝ようか。今日は色々とあったから貴女も疲れただろう?」

 頃合いだろうとステンはそう切り出した。実際、視察に出た先で襲撃に遭い、そこからのあの騒ぎだ。精神的疲労はかなりのもので、じわりじわりと睡魔がステンににじり寄ってくる。ティーアからも同意が返ってくるとステンは思っていた。いや、それしか考えが無かった。けれども彼女はそれを裏切ってくる。


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