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神様と行く、うどんの旅とその切っ掛け
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しおりを挟むその頃の雪乃は職場のストレスが凄まじかった。日々更新されていくのだ。過去最高と言われた昨日を超えるストレス、とどこぞの宣伝文句並の限界値の更新。限界なんだから更新しなくてよくない? さっさと限界迎えて職場休もうよ! などと己に言い聞かせるが、悲しいかな頑丈な精神はそうそう病む事はなく、ただただ苛々を募らせるだけだった。
そういった日々を過ごしていたものだから、ようやく纏まった休みが取れた時に雪乃は暴走した。これまでは出掛けるにしても九州内、どれだけ遠くても山口までしか出掛けた事は無かった。友人を助手席に乗せて出る時に広島の宮島まではなんとか。それでもそこが雪乃の出掛ける限界だった。
だが、この時雪乃は己の射程距離までも限界値を超えたのだ。
特に行きたい場所があったわけではない。なんなら元々の目的地でもなかった。とりあえず高速道路に乗り、一路北を目指す。とりあえず九州から出て、見知らぬ土地を走りたいという思いしか無かった。後部座席には厚手のロングコートと毛布を二枚積んでいる。秋から冬にかけてのこの季節、これだけで車内泊は大丈夫だろうかと不安もある。もし寒さに耐えきれない時は大人しく高速を降りてネカフェにでも泊まればいいかと、そのくらいの気軽さだった。
そうして走り続けていればあっと言う間に関門海峡を通過し、山口県に入る。高速に乗ったのは二十三時過ぎ。
もう少し早く乗れていれば、海峡を挟んでの福岡と山口の夜景を愉しめたかもしれないのに……あのクソ上司ぃぃぃぃぃx!!
そんな怒りが雪乃の脳内を埋め尽くすが、雪乃は深呼吸を繰り返してどうにか気を落ち着かせる。苛々とした状態での長距離運転など事故の元でしかない。安心安全快適に、が雪乃の遠出の時のモットーだ。あげくにこのクソ上司を忘れたくてこんな夜中に高速道路に乗っているのだから、ここで思い出しては元も子もない。
そうやってさらに走り続ければ美東のサービスエリアに到着した。ここは山口にあるサービスエリアの中でも一番大きく、そして山陽自動車道と中国自動車道の分岐の手前でもある。このまま山陽道を走るのならまだしも、中国道を走る場合ここで休憩、そして給油をしておかなければそこから先五〇〇キロ程給油できるポイントは無い。雪乃はまだこの時点で最終目的地を決めていなかったので、山陽道と中国道のどちらを走るかも未定だった。ただ、時間も時間なので、山陽道でもガソリンスタンド併設のサービスエリアが営業時間外の所もある。もし万が一ガス欠にでもなろうものなら大事故の元だ。なので雪乃はここで給油をする事にした。
休みの前の日だからか、思いのほか自家用車のスペースは埋まっている。それでも端の方に空きスペースを見つけたのでそこに車を停め、雪乃は一旦車外に降りた。
トイレに行って、あとはお腹が空いた時様におやつとお茶、と考えながら足を動かす。つつがなく目的を完遂し、眠気覚ましと脹ら脛のストレッチも兼ねてぐるぐるとお土産コーナーをうろついていれば、ふと窓に貼られたポスターに目を奪われた。
青く澄んだ水上に立つ真っ赤な鳥居。宮島の観光ポスターかと思ったが、よく見ればどことなく違う感じがする。
「白鬚神社?」
ポスターに書かれた文字がするりと口から零れる。初めて目にする場所だ。けれどどうしても惹かれてしまう。場所を確認しようとポスターへ近付けば、下の方に小さな文字で所在地が書いてある。
「滋賀……滋賀? って、どこだっけ?」
仕事柄だいたいの場所は分かるけれども、それでも中国エリアなのか近畿エリアなのか、という大雑把な把握しかできてはいない。雪乃はポケットから携帯を取りだすと、地図アプリにその神社の名前を入力する。
「琵琶湖! すごい、この鳥居琵琶湖に立ってるんだ!」
水の中に立つ鳥居といえば安芸の宮島が有名すぎて雪乃はそこしか知らなかった。まさか他にもそんな場所があろうとは。
「滋賀ってここからどれくらいなんだっけ……」
アプリの検索画面からそのままルート表示を出せば、だいたい五〇〇キロ。
「てことは、時速一〇〇キロで走れば五時間で着くってことか」
決してそうではない、というのは雪乃だって知っている。けれどもいつでも雪乃はこの感覚で走っており、さらには止めてくれるような助手席の相手はこの時誰もいなかった。
「よし、じゃあ滋賀に行こう!」
即断即決即実行で雪乃は行き先を決める。
思い返せば、この時すでに運命は決まっていたのかもしれない。しかし、広島より上に行った事のない雪乃は初めて向かう関西方面というのに浮かれすぎており、何一つ己の中に沸く違和感に気付く事ができなかった。
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