上 下
3 / 26
神様と行く、うどんの旅とその切っ掛け

しおりを挟む



 その頃の雪乃は職場のストレスが凄まじかった。日々更新されていくのだ。過去最高と言われた昨日を超えるストレス、とどこぞの宣伝文句並の限界値の更新。限界なんだから更新しなくてよくない? さっさと限界迎えて職場休もうよ! などと己に言い聞かせるが、悲しいかな頑丈な精神はそうそう病む事はなく、ただただ苛々を募らせるだけだった。
 そういった日々を過ごしていたものだから、ようやく纏まった休みが取れた時に雪乃は暴走した。これまでは出掛けるにしても九州内、どれだけ遠くても山口までしか出掛けた事は無かった。友人を助手席に乗せて出る時に広島の宮島まではなんとか。それでもそこが雪乃の出掛ける限界だった。

 だが、この時雪乃は己の射程距離までも限界値を超えたのだ。

 特に行きたい場所があったわけではない。なんなら元々の目的地でもなかった。とりあえず高速道路に乗り、一路北を目指す。とりあえず九州から出て、見知らぬ土地を走りたいという思いしか無かった。後部座席には厚手のロングコートと毛布を二枚積んでいる。秋から冬にかけてのこの季節、これだけで車内泊は大丈夫だろうかと不安もある。もし寒さに耐えきれない時は大人しく高速を降りてネカフェにでも泊まればいいかと、そのくらいの気軽さだった。
 そうして走り続けていればあっと言う間に関門海峡を通過し、山口県に入る。高速に乗ったのは二十三時過ぎ。

 もう少し早く乗れていれば、海峡を挟んでの福岡と山口の夜景を愉しめたかもしれないのに……あのクソ上司ぃぃぃぃぃx!!

 そんな怒りが雪乃の脳内を埋め尽くすが、雪乃は深呼吸を繰り返してどうにか気を落ち着かせる。苛々とした状態での長距離運転など事故の元でしかない。安心安全快適に、が雪乃の遠出の時のモットーだ。あげくにこのクソ上司を忘れたくてこんな夜中に高速道路に乗っているのだから、ここで思い出しては元も子もない。
 そうやってさらに走り続ければ美東のサービスエリアに到着した。ここは山口にあるサービスエリアの中でも一番大きく、そして山陽自動車道と中国自動車道の分岐の手前でもある。このまま山陽道を走るのならまだしも、中国道を走る場合ここで休憩、そして給油をしておかなければそこから先五〇〇キロ程給油できるポイントは無い。雪乃はまだこの時点で最終目的地を決めていなかったので、山陽道と中国道のどちらを走るかも未定だった。ただ、時間も時間なので、山陽道でもガソリンスタンド併設のサービスエリアが営業時間外の所もある。もし万が一ガス欠にでもなろうものなら大事故の元だ。なので雪乃はここで給油をする事にした。
 休みの前の日だからか、思いのほか自家用車のスペースは埋まっている。それでも端の方に空きスペースを見つけたのでそこに車を停め、雪乃は一旦車外に降りた。
 トイレに行って、あとはお腹が空いた時様におやつとお茶、と考えながら足を動かす。つつがなく目的を完遂し、眠気覚ましと脹ら脛のストレッチも兼ねてぐるぐるとお土産コーナーをうろついていれば、ふと窓に貼られたポスターに目を奪われた。

 青く澄んだ水上に立つ真っ赤な鳥居。宮島の観光ポスターかと思ったが、よく見ればどことなく違う感じがする。

「白鬚神社?」

 ポスターに書かれた文字がするりと口から零れる。初めて目にする場所だ。けれどどうしても惹かれてしまう。場所を確認しようとポスターへ近付けば、下の方に小さな文字で所在地が書いてある。

「滋賀……滋賀? って、どこだっけ?」

 仕事柄だいたいの場所は分かるけれども、それでも中国エリアなのか近畿エリアなのか、という大雑把な把握しかできてはいない。雪乃はポケットから携帯を取りだすと、地図アプリにその神社の名前を入力する。

「琵琶湖! すごい、この鳥居琵琶湖に立ってるんだ!」

 水の中に立つ鳥居といえば安芸の宮島が有名すぎて雪乃はそこしか知らなかった。まさか他にもそんな場所があろうとは。

「滋賀ってここからどれくらいなんだっけ……」

 アプリの検索画面からそのままルート表示を出せば、だいたい五〇〇キロ。

「てことは、時速一〇〇キロで走れば五時間で着くってことか」

 決してそうではない、というのは雪乃だって知っている。けれどもいつでも雪乃はこの感覚で走っており、さらには止めてくれるような助手席の相手はこの時誰もいなかった。

「よし、じゃあ滋賀に行こう!」

 即断即決即実行で雪乃は行き先を決める。
 思い返せば、この時すでに運命は決まっていたのかもしれない。しかし、広島より上に行った事のない雪乃は初めて向かう関西方面というのに浮かれすぎており、何一つ己の中に沸く違和感に気付く事ができなかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

付喪神、子どもを拾う。

真鳥カノ
キャラ文芸
旧題:あやかし父さんのおいしい日和 3/13 書籍1巻刊行しました! 8/18 書籍2巻刊行しました!  【第4回キャラ文芸大賞 奨励賞】頂きました!皆様のおかげです!ありがとうございます! おいしいは、嬉しい。 おいしいは、温かい。 おいしいは、いとおしい。 料理人であり”あやかし”の「剣」は、ある日痩せこけて瀕死の人間の少女を拾う。 少女にとって、剣の作るご飯はすべてが宝物のようだった。 剣は、そんな少女にもっとご飯を作ってあげたいと思うようになる。 人間に「おいしい」を届けたいと思うあやかし。 あやかしに「おいしい」を教わる人間。 これは、そんな二人が織りなす、心温まるふれあいの物語。 ※この作品はエブリスタにも掲載しております。

視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―

島崎 紗都子
キャラ文芸
父の手伝いで薬を売るかたわら 生まれ持った霊能力で占いをしながら日々の生活費を稼ぐ蓮花。ある日 突然襲ってきた賊に両親を殺され 自分も命を狙われそうになったところを 景安国の将軍 一颯に助けられ成り行きで後宮の女官に! 持ち前の明るさと霊能力で 後宮の事件を解決していくうちに 蓮花は母の秘密を知ることに――。

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

【完結】月華麗君とりかへばや物語~偽りの宦官が記す後宮事件帳~

葵一樹
キャラ文芸
【性別逆転・ツンデレラブ(?)バディミステリ】 病弱な帝姫の宮。姫の寝台の上では小柄な宦官が下着姿の姫君に追い詰められていた。 とある事情から自分に成りすませと迫る姫君に対し、必死に抵抗する宦官の少年へ女官たちの魔の手が伸びる。 ★ ★ ★ ★ ★ 「ちょっと待て! 俺は女装なんかしねえぞ!」 「いい加減観念しろ。なんでもやると言っただろう」 「そうはいったが女装は嫌だ!」 「女装女装って、お前、本当は女じゃないか」 「うるせえ、この腹黒女装皇子!」 ★ ★ ★ ★ ★ 宦官のはだけた胸元にはさらしに巻かれたささやかな胸。 姫君の下着の下には滑らかな胸板。 性別を偽って生きる二人の互いの利害が一致するとき後宮に渦巻く陰謀が牙を剥く。 腹黒「姫」に翻弄されながら、姫の命を狙う陰謀に巻きこまれていく白狼。 後宮に巣くう敵を二人は一掃できるのか――。

処理中です...