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 そう突っ込みそうになるのをわりと必死に堪える。この二年間、ポンポンと言い合う生活が続いたせいですっかり突っ込み癖がついてしまった。ここで「どこに」と言わなかったのは、目の前の青年への不信感が強すぎるからだ。あの会話のやり取りは、気心が知れた相手としかできない。
 それともう一つ。初対面の相手にいきなり不憫がられた。それがどうにもセレスには我慢ならなかった。

「……特に、そう、言われる様なことはありませんけど」

 喧嘩腰になりそうなのもセレスはどうにか耐える。しかし少し間が空いての返事に、どうやら相手はセレスが思い詰めているのだと勘違いをしたのか、途端に得意気に語り出す。

「孤児であるからといいように教会に扱われ、あまつさえ聖女として祭り上げられている貴女! 一人の人間、女性として生きる道を閉ざされ、便利な道具として扱われる貴女を思うと胸が張り裂けそうなのです!!」

 うわあ、とセレスは顔を顰める。ついでに声も漏れたかもしれない。それ程までに呆れてしまう。

「私は貴女に一人の人間としての尊厳と、そして一人の女性としての幸せを掴んで欲しいんです。そして、私はそれを与える事ができる……だから、どうか、私の手を取っていただけませんかセレス……!」
「いえ、結構ですお断りします」

 え、と青年は右手を差し出したまま固まる。セレスとしても「え?」となるしかない。どうして彼は、今のこの流れで自分がその手を取ると思うのだろうか。

「遠慮は」
「してないですね」
「どうして!?」
「現状に何一つ不満が無いからです」

 完全に彼の思い込みでの話だ。教会でいいように扱われた事など一度も無い。孤児だからこそ、せめて読み書きはできなければ一人で生活ができないと教育された。それ以外にも簡単な針仕事や料理、才能が見出されれば貴族の屋敷で働けるだけの知識も得られる。セレスが育った教会は、そういった理念を掲げた所だ。食事だって、財源は決して豊かではないのに孤児全員に与えてくれた。セレスがあまり栄養のある物を食べられなかったのは教会に保護されるまでで、それ以降は三食きちんと食べられる生活。寝床だってきちんとあるしで、セレスは教会に恩こそあれ恨みは欠片も無い。

 聖女としての力が認められた時など、これで教会に恩返しができると喜びさえしたのだ。
そんなわけで、勝手な思い込みというか偏見で教会を悪し様に言い、そしてセレスを不憫な人間であると言い切る目の前の男の手など叩き落としたいくらいだ。


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