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しおりを挟む「……改めて振り返るとさ、奥様の持ちネタ凄すぎじゃね?」
どこぞの小説かと突っ込みたくなる勢いの濃さである。そしてこれが本当に小説になってしまったのだから堪らない。あげく国内でも屈指の人気作となり、今や時の人扱いだ。
「それで、親友が大人気作のモデルになったからって、その影響で自分もって?」
記憶喪失になった夫人は、夫の献身的な愛により見事に記憶を取り戻した――らしい。真相は分からない。しかし記憶が戻ったのは事実であり、それにより夫婦の間にあった距離も一気に消滅し、なんとも仲睦まじい姿を周囲に見せつけている。
「正直身近な人のああいう姿は見ていて辛いんだけど」
「私だって同じよ……!」
辛いと言うか、まあ、いたたまれない。こちらが恥ずかしくて身悶えてしまう。
「でもやっぱり羨ましいなって思ったりもするのよね」
「だったらお嬢さんが憧れるのは記憶喪失になりたい、じゃねえの?」
「馬鹿ね、記憶喪失なんてそう簡単になれるものじゃないでしょう?」
「……婚約破棄だってそう簡単に起きるもんじゃねえだろ……」
「婚約破棄を発端に真実の愛を見つける小説がいくつかあるの! だからそれを目指すわ!」
「真実の愛ねえ……」
頬杖をついて呆れともなんともつかない表情を浮かべ、ルークはミッシェルに問いかける。
「なあお嬢さん、それはどういう結末になるんだ? 婚約破棄をしたヤツとは違う相手を見つけて末永くお幸せに? それとも元サヤ?」
ひたすら馬鹿にされ続けるだけだと思っていたのでミッシェルは驚いた。自分が友人夫婦にあてられたおかげでひどく恋愛に惹かれている様に、彼も同じなのかもしれない。あらあら、とついにやけそうになるが、途端ルークの眉間に皺が寄るので軽く咳払いをして誤魔化した。
「そうね、別の方と幸せになる話が主流と言えばそうだけど、失って初めて分かる愛しい存在、って事でもう一度やり直す話も人気ではあるわ」
「じゃあ俺が相手をしてやるよ」
「なんの?」
「お嬢さんの、婚約破棄の相手」
「――えっ!?」
「おう」
「いや、おう、じゃなくて」
「うん」
「うん、でもないわ! 遊ばないでよ! これでも私は本気なんだから!」
「俺だってそうだよ」
「なにが?」
「お嬢さんと婚約して、それを破棄して、からの真実の愛とやらの相手」
ルークは頬杖こそ止めたが今だ肘はテーブルについたままだ。マナーが悪い、と思いつついやそうじゃないとミッシェルは明後日の方向へ飛びかけた思考を引き戻す。
「あなたが私と婚約して、それで、破棄してくれるの?」
「お嬢さんがそれをお望みなんだろ? だったらとんだ茶番だけど付き合ってやるよ」
一々腹の立つ物言いをする人ね、とまたしてもミッシェルの思考は飛ぶ。だから違うのよそうじゃなくって今考えるべき事は――
「真実の愛の相手が、あなたって事になるけれど?」
「お嬢さんは俺がその相手だと嫌か?」
「……いや……では、ない、わね?」
ルークとの付き合いは三年間だ。長いとも、短いとも言えない。まだ彼の全てを知っているわけではないし、自分の事だって知られているか分からない。彼との間にあったのは常に友人夫婦への相談事だ。
しかし、それでも彼のふとした態度や言葉に、嫌悪を感じた事は一度たりとも無い。口が悪いせいで腹を立てる事はあるが、それはまあお互い様だろう。
従って、結論は「ない」だ。
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