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旅立ちの前に

偽りのほこら⑧~一緒に行こう~

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「大丈夫,お前が心配しているようなことは起こりはしないよ」

 柔らかい声に包まれる。ジャンの表情からは,あの触ったら凍ってしまいそうな冷徹な表情は消えていた。この身体に起きたことに最初から驚きもしておらず,こうなることが分かっていたかのように落ち着き払っている。ジャンは本当の兄弟でもないのにいつもこちらの気持ちを汲み取ってくれる。兄弟がいたらこんな感じなのかな? って嬉しい気持ちが半分,ジャンが本当の兄弟だったらいいのにっていう気持ちが半分。でも,一緒にいれるならそれでいい。
 それでもジャンにそんなことは言えない。気の置けない距離感なのに,大切なことはいつも照れくさくて言えないんだ。いつか言えたらいいな。兄弟のように大切な存在だって。
 だけど,口をついたのは本音とは全く違う言葉だった。思っていることをそのまま表現するのはいつも難しい。

「そんなこと言ったってさ。血がつながっているわけでもないし,ましてや未来から来たわけでも何のになんでそんなことが分かるんだよ。この世に絶対なんて絶対にないんだぞ」
「絶対なんて,絶対に無いのか。ソラ,言ってることめちゃくちゃだぞ。それにおれは未来から来てるから何でも分かるんだよ」

けらけら笑いながらジャンは言った。ほんといつもつまらない冗談を最高なギャグをかましてやったかのようにおもしろそうに笑う。でも,ジャンが目尻にしわを作って笑っているのを見ると何だか嬉しくなってくる。これからの旅も,強くなりたい。そして,笑っているジャンといつまでも一緒にいたい。まだ始まってもないのに,これからが本当に楽しみだ。
 「さ,行こう」と言った後に,ふとバオウとさっきまで戦っていたことを思い出した。バオウを見ると,ジャンとのやりとりを羨ましそうに見ていたようだった。
 そうか,バオウの周りにはいつも誰かがいた。男女問わずに話しかけられ,何かをするたびに拍手喝采を浴び,何かを言えば反対するものは誰もいなかった。だけどそれは,誰が見てもこびへつらうような従者のような存在で,好きで一緒にいるようには決して見えなかった。それはバオウ本人にも感じるところがあったに違いない。今まで,きっとそうした人間関係しか築いてこなかったのだろう。バオウはもしかして寂しかったのかも知れない。その寂しさを紛らわすために強さを求めていたのだとしたら,なんだか悲しい気がした。

「バオウ,一緒に行こう。本気で剣を交えたんだ。そうして今こうして向かい合っている。もう仲間じゃないか!」

気付いたら口に出していた。ジャンが驚いた顔でこちらを見ている。そうしてしばらくした後,その表情を崩して締りのある笑顔をバオウに向けた。
 いつものバオウに戻った。しかし,ほんの刹那にバオウの表情が一瞬ゆるんだかのを見逃さなかった。張っていた糸がぷつんと切れるように,そうして次の瞬間には堰を切ったように涙がとめどなくあふれ出てきそうな気がした。そんな瞬間はこなかったけど,バオウがつながりを求めていると思ったのは見当違いだっただろうか。
 口元をきゅっと締めたかと思うと,嫌味のない,そして威厳のある声で言った。

「なんだその言い分は。今日に関してはおれの負けだ。それは認めよう。だが,おれは誰の下にもつかない。一匹狼としてこれからもあり続ける。すぐにお前を超えて,追いついてこれないようにしてやる。そうしたらジャンさん,あんたにも相手をしてもらうからな。・・・・・・背中には注意しておけよ。油断したら最後だと思え。おれはお前をいつでも狙っている」

そう言うとくるりと背を向けて,歩いて行った。「待ってよ」と言いかけたところをジャンに制止された。

「あいつが選んだ道だ。それに,ソラ,お前はあいつを打ち負かしたんだ。勝者が敗者に情けの言葉をかけることほど惨めなことはない。またいつか会えるだろう。今は放っておいてやれ。それは決闘したものの間にあるマナーのようなものだろ」

ジャンの言葉に頷いた。またいつか会えるかな。そうだといいな。バオウの最後の言葉からは敵意に満ちた負の感情は感じられなかった。それよりも,寂しそうに歩いていく姿を見ていて胸が痛んだ。
 今度会う時には,自分の力を操れるようになって誠心誠意本気でぶつかれるようになりたい。そう胸に誓って,バオウとは違う方向に向かって歩き出した。
 日は高く昇ってこれから行く道を明るく照らしている。静かに流れている川,そこを生活用水として生活している家々,自然に任せてエネルギーを生み出す水車・・・・・・。この季節がたまらなく好きだ。今度この景色を見に来るときは,今よりも一回りも二回りも成長しているはずだ。同級生や母さんを驚かしてやろう。じいちゃんも一緒に帰ってきてくれるかな。

「なーに一人で感傷に浸ってるんだよ。ボーっとしてると置いていくぞ」

ジャンの背中を追いかける。青空から手を振っているかのようにとんびがくるくると旋回していた。
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