咲く君のそばで、もう一度

詩門

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第四章

101.世界の創生④

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 手が届く場所にいるのに、このままではまたその手を掴み損ねてしまう。
 俺に力があればカイトは、今も生きていたかもしれないと何度も思った。
 己の無力さへの後悔も、憤りも、懺悔ももうたくさんだ。
 今度は守り切る。
 リナリアに落胆され拒まれようとも、俺にも譲れないものがある。
 それに俺はもうどう足掻いても悪魔ならば、今更力を解放したところで何も変わりはしない。なのにリナリアは何故これほど嫌がるんだ。それに。

「彼女だって約束を破っているじゃないか。傷つくなと言うが、俺だって同じだ。リナリア一人で、無茶してほしくない。自分だけが傷付けば丸く治るように思っているようだが、そんなの納得できるわけないだろっ」
「責任を感じておられるのだ。リナリア様は己の選択が、周囲に危害を及ぼす結果になってしまったと。だからこれが責務だと」
「だったら尚更俺たちにだって責任があるだろ! 彼女に選ばせたのは俺だ! なのに、何故、その責任を俺には果たさせてくれない」
「――っ貴様のことも巻き込んだとお考えなのだ! もういい加減諦めろ」
「そばにいれば、盾になることができる! お前はずっと、そばでリナリアを守ってきたじゃないか。なのにこれでいいのか!? よく考えてくれっ!」

 なによりもリナリアのことが大切なはずなのに、どうして一人で悪魔と戦わせることを許せるんだ、納得できる!?
 そもそもこんな大事な話こいつからではなく、リナリアの口から直接聞きたかった。この場にいれば引き止めることができたのに、勝手に決めてこんな事後報告ずるいじゃないか。
 結んでいた口を静かに開き、憂いた目をミツカゲは静かに伏せる。

「貴様は……負けると思っているのか」
「なにっ!?」
「マリャという不純物があろうとも、リナリア様は神の長ルゥレリア様の半身なのだ。必ずカルディアを討ち取れる」
「必ずって、そんなの分からないだろ」
「私は、信じている。今までもそして、これからも。悪魔なんぞに負けはしない」
「話にならない。お前たちはどうかしてる」

 どうしてそこまで言い切れる?
 俺だってリナリアのことを信じているが、それとこれとは別なんだ。
 危機に陥ったとき、誰が彼女を守る?
 誰もそばにいなかったがために、彼女を助けられなかったら?
 絶望。
 それは、自分が堕ちると聞いたときよりも恐ろしい。
 確かに俺は彼女より弱いが、それでもそばにいて守りたい。
 これは我儘なのか?
 これも弱さなのか?
 もういい、なんでもいい。
 どう理由付けしたところで、一人で行かせられないことに変わりない。
 俺がリナリアを説得し絶対に考えを改めてもらう。

「我々にもやるべきことはあるのだ」
「なにもないだろ」
「人間があちらの世界に迷い込まぬよう誘導しなければならない」
「それだけじゃないかっ!」
「それだけではない。悪魔は今もこの世界に侵入しようとしている。リナリア様が、あちらの世界へ行かれている間に結界が破られる可能性、不測の事態が起こるかもしれぬ。リナリア様が守りたいものを守ることができなければ、あの方からお守りすることもできなくなるのだ」

 リナリアが生きたいと思う気持ちが大切だと、それが迎えにくるであろうルゥレリアを拒絶すると言っていたな。

「拒絶の話か」

 分かってる。
 それが本当なら彼女が後ろ向きになるようなことは避けるべきだ。
 一人で戦うと言う彼女は、自分のせいで関係ない人を巻き込んでしまったらきっと……だからって。
 
「その話をするためにトワではなく、わざわざ私が来たのだ」
「そういえば、リナリアに話せないと言っていたな」
「今はというだけだ。リナリア様の心が揺さぶられる不安要素を作りたくないからな……この戦いが終わればお話しするつもりだ」
「不安? 生きたいと思っていれば神を拒絶できるんだろ。それは、別にリナリアが知っていても不都合はない、むしろ知っていたほうがいいと俺は思うが」
「知ればリナリア様は、お気づきになる」
「なにを」

 風が吹いた。
 それは、生暖かな不穏な風。
 穏やかであった風は勢いを増し、ミツカゲが羽織るローブのはためく。
 それに得体のしれない不安が湧き上がる。

 何か来る。

 路地を吹き抜ける風は、警告。
 壁際に散乱していたゴミたちが一斉に吹き上げ、そして舞い散る。

「その話、お兄さんにして大丈夫なのですか」

 この声は……。
 脳裏に過ったのは、奴の顔。
 振り返りグリップに手をかける。
 脆弱になった風の中に足音は聞こえない。
 だが闇の奥から近づく気配。

「この状況では危険、だと僕は思いますがね」

 凍てつく空気が、この場を一気に支配する。
 跳ね出す鼓動。
 上がる呼吸。
 瞬き一つもできない。
 風に吹かれる紙くずが、吸い込まれるような路地の奥へと消えたと同時に一歩、そして一歩。
 現れたのはオレンジの衣服を纏った子供。

 ――フォニっ!

 フードを深くかぶっていて顔がよく見えないが、この威圧感間違いないフォニだ。
 貴様っ、とミツカゲの怒りに満ちた声と共に、剣を抜く音が背後から聞こえた。
 抜かないと。
 剣を抜き切先を向けるとフォニは足を止め、灯火を揺らすようなか細く吹き続けていた風も止んだ。

「それに知らない方が幸せかもしれません。知ったところで結局、お兄さんが掴めるものは変わらないのですから」

 フォニは裾を摘みオレンジ色のフードを上げる。
 息を飲む。
 フードの奥、こちらを見据える黒の瞳は確かに奴なのだが……。

 なんだ、この違和感は?
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