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第三章
87.それでも貴方に会いたかった②(リナリア視点)
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「私ね、これからは一緒に見られない」
「……どういうこと」
ざぁと、木々の葉を揺らした風は、ジュンちゃんの声を霞ませるけど、この場に沈み出す重苦しさまでは追い払ってくれない。
「あのね」
もう一度お守りに触れた後、大きく息を吸いか細く吐く。
記憶を辿り確かめるように、言葉を並べる。
私が今まで隠してきた事、隠されていた事。
他の世界の存在、悪魔の存在、神の存在。
そして、私の存在全て。
自分が消えてしまうということ、今からそれをしにいくということを伝えた時は、二人の顔を見ることができなかった。
「何、言ってるの」
ヴァンがマリャの子供ということは勿論秘密で、それ以外はなるべく丁寧に説明したつもりだった。疑問を持たれないくらいに。声だって震えてしまいそうなのを懸命に押し殺して、汚い笑顔で話したよ。
だけど、ジュンちゃんは理解できないと言った顔で、私に尋ねてくる。
「ごめんね。急に聞かされてもって思うけど、でもこれは本当のことなの。信じてくれる?」
「いや……信じたくない」
そっか。ジュンちゃんが涙を流してしまうのは、信じてくれたからなんだよね。いつも適当にあしらうダイヤが、唖然としているのも。
ごめんね、ごめんね。
昨日から何度謝ったかな。でもこれを繰り返すことしか、私にはできない。
それを怒っているかのように、急にダイヤがずがすがと私に向かってくる。あまりの剣幕に、思わず背を向けて逃げそうになった。
「お前が行かなくても、悪魔の心臓って奴を倒せばいいだろっ!」
ダ、ダイヤ……。
「そう、そうだよっ! 心臓を倒せば、悪魔も消えるんでしょ? 迎えに来る神様にも、お願いしたらきっと」
駆け寄ってきたジュンちゃんも、必死に説得しようとしてくれるけど、その思いに応えることができないから、このやりとりが早く済むように私も二人に説得を試みる。
「それはできないと思う。ルゥレリアにはそんな余裕ないし、カルディアはヴァンの近くにいるってフォニは言ってだけど、誰かまでは」
「えっ!?」
「はっ!?」
二人が喫驚した声に胸が跳ね、何をそんなにも驚かせたのかと急いで振り返った自分の言葉に愕然とした。慌てて口元を抑えるけど、もう手遅れだって分かりきってる。
分かってもらいたさに、つい口を滑らせた。
カルディアのことは、ミツカゲとトワにも言っていなかったのに。
「お願い。今のことは、ミツカゲとトワには言わないで」
「なら、あの野郎の近くにいる奴を片っ端から斬ってけば」
「ダイヤ! そんなのダメに決まってるでしょっ!」
「どうして、ミツカゲ様とトワ様に言わないの」
「私が還れば、済むことだから。これ以上みんなを、ヴァンを危険に巻き込みたくないし、悲しい思いもさせたくない」
近くって、どう言う意味か分からない。
でもそれがもし、ヴァンの知ってる人だったら。
魂を食べられたその人は、もう死んでいる。
悪魔が神様と戦うことになればフォニと同じように、心臓も悪魔にきっと還る。それは、カルディアとなってしまった人も、いなくなってしまうということ。言わないのは、傷ついた彼を私がもう見たくないだけなのかもしれない。
「……それでも、伝えたほうがいいよ。ヴァンさんは全部知ってるんでしょ」
「そうだけど、それは嫌なの」
「リナ……なら、私が言ってくるっ! 絶対力になってくれるって!」
「えっ!? ちょっ待って、ジュンちゃんっ!」
走り出そうとするジュンちゃんを止めようと、慌てて腕を掴もうとしたけど、反応が一歩遅れ掴めなかった。
もうっ!
いつもならできるのに、体の動きが鈍い!
来た道を走るジュンちゃんを、本気で走ればすぐに追いつけるはずなのに、どうしてっもっと頑張って走ってよっ!
徐々に距離を詰め、森から出る前やっと立ちはだかることができた。
対峙し、視線を逸らさずお互い肩を跳ねさせる。
ちょっと走っただけで、こんなに息が上がって……それよりよかった、町には行きたくない。ヴァンと鉢合わせてしまうかもしれない、ってそうだ!
ジュンちゃんとヴァンが会ったら、さっきの話しをされてしまうかも。
どうしよう、どうしたらいいのかな。
とにかく内緒にしてって、お願いするしかない。
「リナ」
荒い呼吸をしながら、まるで私を敵でも見るような目でジュンちゃんは見てくる。
ちょっと遅れて来たダイヤも、やっぱり真紅の瞳を釣り上げていた。そう……悲しませる以外でも、怒らせてしまうんだね。やっぱり私は、浅はかだった。
「そこを、退いてよ」
「ダメ、ダメだよっ」
「どうして!?」
「……ヴァンがね、ここに来くるの」
「え!?」
「なっ、どういうことだっ!?」
「分からない。だけど迎えに来た使いの人と一緒にいるから、もしかしたら私のこと知られているかもしれない」
「なら、尚更話さないとっ!」
「私は話さないし、会わない」
「どうして、会わないの」
ごめんね、二人にも何でも話したい。
だけど、ヴァンとの思い出だけは秘密にさせて欲しいから、話せる気持ちだけ伝える。
「でももしまだ知られてないなら、そのまま何も知らないでいて欲しいの。だから、何を話せばいいのか分からない。ヴァンには嘘をつきたくない」
「なら、嘘をつかなきゃいいでしょ」
「バレないように、話せばいいってこと? そんな上手く私は話せないよ」
そんな器用なこと、私にできるわけないと苦笑する。だけどジュンちゃんの顔は、真剣そのものであったから私の顔からすっと笑みは消える。
「とにかく一度会おうよ」
「……会いたくない」
「リナっ! リナは彼のこと、好きだったんじゃないのっ!?」
そう、そうだね。
前だったら飛んで会いに行ってたよ。
いろんな理由を付けたけど、結局私はヴァンから逃げているんだ。
「だからだよ。私はね、本当は弱虫なの」
「諦めないでよ、私は嫌だよ。何もしないまま見送れないし、平然と生きていけない」
「ジュンちゃん」
「私はリナが神様だって、ずっと友達だって思ってる」
私はなんて、幸せ者なんだろうね。
でもその幸せが今は痛くて、差す出してくれるその手を取る勇気も気力も、私には残っていない。せめて大好きなみんなを守れることが、今の唯一の希望なの。
「ありがとう、ジュンちゃん。でも、ごめんね」
「――っ、そんな顔してるくせに、本当に頑固なんだからっ!」
隙を突かれ、ジュンちゃんは私の横を抜け、振り向きもせず行ってしまう。
「ジュンちゃんっ!」
町の方へと走っていく背が、どんどんと小さくなって、もう会えないのにどうしてこうなっちゃったのかな……どうして、大切な人とのお別れは全部心残りになっちゃうんだろう。そもそも、そんなお別れの仕方なんてないのかな。
「……ダイヤ、私はここでミツカゲとトワを待たないといけないから、ジュンちゃんを代わりに追いかけてくれる?」
「なっ何言って、こんなのねぇだろっ! 本気なのかよっ!」
「本気だよ。私は行く」
「――っおまえなっ!」
強く肩を引かれ、強制的に前を向かされたかと思ったら、木の幹に押し倒される一連の動作は、どうしたの、っと尋ねる間さえなかった。
怖い。
鍛えられた腕が、私を釘付けでもするように顔の横に真っ直ぐに立てられ身動きが取れなくなり、見下ろす燃えるような赤い双眸は、いつもと違う炎の色を宿していた。
奥に潜む熱に粟ち、急いで顔を下げる。
……私の嫌いな目。
なんで、ダイヤはそんな目をするの。
ルゥレリアの記憶を体感して時に、影に思いを告げられた裏切りという絶望が、目の前にいる私の友達を友達に見えなくさせる。
それが、とても悔しかった。
ううん、違う、違うよ。
何を勘違いしてるの。目の前にいるのはあのダイヤなんだから、怖くない、大丈夫。
私はもう、これ以上ルゥレリアに振り回されたくないっ。
胸に手を当て顔をぐっと上げ、身を焼かれそうなほど燃える瞳を真っ直ぐ見つめ返す。
「ダイヤ」
「考え直せ」
「もう、決めたの」
「――っ、お前が自分より、他の奴を優先させるのは分かってる! だから俺がなんとかしてやるから、行くなっ!」
「そんなの、無理だよ」
ダイヤは、苦り切った表情をする。
ごめんね、ダイヤ。
これは、決して嫌味なんかじゃないよ。
ダイヤは強いよ。でもね、人が勝てる相手じゃないの。
「ごめんね、ダイヤがって訳じゃないよ。もう、その気持ちだけで十分だから」
「なんでっ、どうして分かってくれねぇんだっ!」
「分かってる……分かってるよっ。みんなの気持ちは分かってるよっ!」
早く終わらせてしまいたいと思うほどに、この身に痛いほど刻まれている。
自分が消えるって知った時よりも、今の方がすごく辛いよ。
「なら、俺たちに抗うチャンスをくれ」
「それで……みんなが傷ついたらどうするの。私は嫌だよ」
「そんなの構わねぇっ! お前のためなら、俺はっ」
出したい言葉を懸命に押し殺すように、ダイヤは薄い唇を噛む。そして、みるみると火が消えるように物悲しげな表情に変わる。
「ダイヤ?」
「俺は……ただお前のそばにいたかっただけだったのに、なのになんでっ」
口惜しそうに下を向くダイヤを、ぽかんとしてみる。まさかあのぶっきらぼうなダイヤが、こんなことを言うなんて。
「ふざけんなよ」
「……ごめんね。私はね、二人に会えて本当に良かったと思ってるよ。ダイヤそう思ってくれる?」
「馬鹿かお前っ! 思ってるに決まってんだろ。こうならなくても、いつだってなっ! ……だから俺は、お前よりも強くなりたいって思ったんだ」
いきなり腕を引かれ、固い胸に顔が当たったと思えば、太い腕に息が止まるほどきつく抱きしめられる。
きゅっ急に、どうしたのかな。
これは……友愛、っていうの?
ダイヤが私のこと、こんなに大切に思ってくれてるなんて知らなかったな。どっちかっていうと友達と思ってるのは、私だけだと思ってた。いつも怒ってて、当たりが強くて暴言魔で……でも、そうだね。本当は優しい人だもんね。
ありがとう、ありがとう、ダイヤ……でも、そろそろ離して……く、苦しいよぉ。
「……勝手に行ったら……許さねぇからな」
ぼそっと耳元でそう呟いたあと、ダイヤは私の体を解放し、こちらを一目もせず町の方へ走っていってしまう。
その背に言える言葉は、私には一つしかなかった。
ごめんね、ダイヤ。
幹に背を擦らせながら、糸が切れたようにすとんとその場に私は座り込む。
「……どういうこと」
ざぁと、木々の葉を揺らした風は、ジュンちゃんの声を霞ませるけど、この場に沈み出す重苦しさまでは追い払ってくれない。
「あのね」
もう一度お守りに触れた後、大きく息を吸いか細く吐く。
記憶を辿り確かめるように、言葉を並べる。
私が今まで隠してきた事、隠されていた事。
他の世界の存在、悪魔の存在、神の存在。
そして、私の存在全て。
自分が消えてしまうということ、今からそれをしにいくということを伝えた時は、二人の顔を見ることができなかった。
「何、言ってるの」
ヴァンがマリャの子供ということは勿論秘密で、それ以外はなるべく丁寧に説明したつもりだった。疑問を持たれないくらいに。声だって震えてしまいそうなのを懸命に押し殺して、汚い笑顔で話したよ。
だけど、ジュンちゃんは理解できないと言った顔で、私に尋ねてくる。
「ごめんね。急に聞かされてもって思うけど、でもこれは本当のことなの。信じてくれる?」
「いや……信じたくない」
そっか。ジュンちゃんが涙を流してしまうのは、信じてくれたからなんだよね。いつも適当にあしらうダイヤが、唖然としているのも。
ごめんね、ごめんね。
昨日から何度謝ったかな。でもこれを繰り返すことしか、私にはできない。
それを怒っているかのように、急にダイヤがずがすがと私に向かってくる。あまりの剣幕に、思わず背を向けて逃げそうになった。
「お前が行かなくても、悪魔の心臓って奴を倒せばいいだろっ!」
ダ、ダイヤ……。
「そう、そうだよっ! 心臓を倒せば、悪魔も消えるんでしょ? 迎えに来る神様にも、お願いしたらきっと」
駆け寄ってきたジュンちゃんも、必死に説得しようとしてくれるけど、その思いに応えることができないから、このやりとりが早く済むように私も二人に説得を試みる。
「それはできないと思う。ルゥレリアにはそんな余裕ないし、カルディアはヴァンの近くにいるってフォニは言ってだけど、誰かまでは」
「えっ!?」
「はっ!?」
二人が喫驚した声に胸が跳ね、何をそんなにも驚かせたのかと急いで振り返った自分の言葉に愕然とした。慌てて口元を抑えるけど、もう手遅れだって分かりきってる。
分かってもらいたさに、つい口を滑らせた。
カルディアのことは、ミツカゲとトワにも言っていなかったのに。
「お願い。今のことは、ミツカゲとトワには言わないで」
「なら、あの野郎の近くにいる奴を片っ端から斬ってけば」
「ダイヤ! そんなのダメに決まってるでしょっ!」
「どうして、ミツカゲ様とトワ様に言わないの」
「私が還れば、済むことだから。これ以上みんなを、ヴァンを危険に巻き込みたくないし、悲しい思いもさせたくない」
近くって、どう言う意味か分からない。
でもそれがもし、ヴァンの知ってる人だったら。
魂を食べられたその人は、もう死んでいる。
悪魔が神様と戦うことになればフォニと同じように、心臓も悪魔にきっと還る。それは、カルディアとなってしまった人も、いなくなってしまうということ。言わないのは、傷ついた彼を私がもう見たくないだけなのかもしれない。
「……それでも、伝えたほうがいいよ。ヴァンさんは全部知ってるんでしょ」
「そうだけど、それは嫌なの」
「リナ……なら、私が言ってくるっ! 絶対力になってくれるって!」
「えっ!? ちょっ待って、ジュンちゃんっ!」
走り出そうとするジュンちゃんを止めようと、慌てて腕を掴もうとしたけど、反応が一歩遅れ掴めなかった。
もうっ!
いつもならできるのに、体の動きが鈍い!
来た道を走るジュンちゃんを、本気で走ればすぐに追いつけるはずなのに、どうしてっもっと頑張って走ってよっ!
徐々に距離を詰め、森から出る前やっと立ちはだかることができた。
対峙し、視線を逸らさずお互い肩を跳ねさせる。
ちょっと走っただけで、こんなに息が上がって……それよりよかった、町には行きたくない。ヴァンと鉢合わせてしまうかもしれない、ってそうだ!
ジュンちゃんとヴァンが会ったら、さっきの話しをされてしまうかも。
どうしよう、どうしたらいいのかな。
とにかく内緒にしてって、お願いするしかない。
「リナ」
荒い呼吸をしながら、まるで私を敵でも見るような目でジュンちゃんは見てくる。
ちょっと遅れて来たダイヤも、やっぱり真紅の瞳を釣り上げていた。そう……悲しませる以外でも、怒らせてしまうんだね。やっぱり私は、浅はかだった。
「そこを、退いてよ」
「ダメ、ダメだよっ」
「どうして!?」
「……ヴァンがね、ここに来くるの」
「え!?」
「なっ、どういうことだっ!?」
「分からない。だけど迎えに来た使いの人と一緒にいるから、もしかしたら私のこと知られているかもしれない」
「なら、尚更話さないとっ!」
「私は話さないし、会わない」
「どうして、会わないの」
ごめんね、二人にも何でも話したい。
だけど、ヴァンとの思い出だけは秘密にさせて欲しいから、話せる気持ちだけ伝える。
「でももしまだ知られてないなら、そのまま何も知らないでいて欲しいの。だから、何を話せばいいのか分からない。ヴァンには嘘をつきたくない」
「なら、嘘をつかなきゃいいでしょ」
「バレないように、話せばいいってこと? そんな上手く私は話せないよ」
そんな器用なこと、私にできるわけないと苦笑する。だけどジュンちゃんの顔は、真剣そのものであったから私の顔からすっと笑みは消える。
「とにかく一度会おうよ」
「……会いたくない」
「リナっ! リナは彼のこと、好きだったんじゃないのっ!?」
そう、そうだね。
前だったら飛んで会いに行ってたよ。
いろんな理由を付けたけど、結局私はヴァンから逃げているんだ。
「だからだよ。私はね、本当は弱虫なの」
「諦めないでよ、私は嫌だよ。何もしないまま見送れないし、平然と生きていけない」
「ジュンちゃん」
「私はリナが神様だって、ずっと友達だって思ってる」
私はなんて、幸せ者なんだろうね。
でもその幸せが今は痛くて、差す出してくれるその手を取る勇気も気力も、私には残っていない。せめて大好きなみんなを守れることが、今の唯一の希望なの。
「ありがとう、ジュンちゃん。でも、ごめんね」
「――っ、そんな顔してるくせに、本当に頑固なんだからっ!」
隙を突かれ、ジュンちゃんは私の横を抜け、振り向きもせず行ってしまう。
「ジュンちゃんっ!」
町の方へと走っていく背が、どんどんと小さくなって、もう会えないのにどうしてこうなっちゃったのかな……どうして、大切な人とのお別れは全部心残りになっちゃうんだろう。そもそも、そんなお別れの仕方なんてないのかな。
「……ダイヤ、私はここでミツカゲとトワを待たないといけないから、ジュンちゃんを代わりに追いかけてくれる?」
「なっ何言って、こんなのねぇだろっ! 本気なのかよっ!」
「本気だよ。私は行く」
「――っおまえなっ!」
強く肩を引かれ、強制的に前を向かされたかと思ったら、木の幹に押し倒される一連の動作は、どうしたの、っと尋ねる間さえなかった。
怖い。
鍛えられた腕が、私を釘付けでもするように顔の横に真っ直ぐに立てられ身動きが取れなくなり、見下ろす燃えるような赤い双眸は、いつもと違う炎の色を宿していた。
奥に潜む熱に粟ち、急いで顔を下げる。
……私の嫌いな目。
なんで、ダイヤはそんな目をするの。
ルゥレリアの記憶を体感して時に、影に思いを告げられた裏切りという絶望が、目の前にいる私の友達を友達に見えなくさせる。
それが、とても悔しかった。
ううん、違う、違うよ。
何を勘違いしてるの。目の前にいるのはあのダイヤなんだから、怖くない、大丈夫。
私はもう、これ以上ルゥレリアに振り回されたくないっ。
胸に手を当て顔をぐっと上げ、身を焼かれそうなほど燃える瞳を真っ直ぐ見つめ返す。
「ダイヤ」
「考え直せ」
「もう、決めたの」
「――っ、お前が自分より、他の奴を優先させるのは分かってる! だから俺がなんとかしてやるから、行くなっ!」
「そんなの、無理だよ」
ダイヤは、苦り切った表情をする。
ごめんね、ダイヤ。
これは、決して嫌味なんかじゃないよ。
ダイヤは強いよ。でもね、人が勝てる相手じゃないの。
「ごめんね、ダイヤがって訳じゃないよ。もう、その気持ちだけで十分だから」
「なんでっ、どうして分かってくれねぇんだっ!」
「分かってる……分かってるよっ。みんなの気持ちは分かってるよっ!」
早く終わらせてしまいたいと思うほどに、この身に痛いほど刻まれている。
自分が消えるって知った時よりも、今の方がすごく辛いよ。
「なら、俺たちに抗うチャンスをくれ」
「それで……みんなが傷ついたらどうするの。私は嫌だよ」
「そんなの構わねぇっ! お前のためなら、俺はっ」
出したい言葉を懸命に押し殺すように、ダイヤは薄い唇を噛む。そして、みるみると火が消えるように物悲しげな表情に変わる。
「ダイヤ?」
「俺は……ただお前のそばにいたかっただけだったのに、なのになんでっ」
口惜しそうに下を向くダイヤを、ぽかんとしてみる。まさかあのぶっきらぼうなダイヤが、こんなことを言うなんて。
「ふざけんなよ」
「……ごめんね。私はね、二人に会えて本当に良かったと思ってるよ。ダイヤそう思ってくれる?」
「馬鹿かお前っ! 思ってるに決まってんだろ。こうならなくても、いつだってなっ! ……だから俺は、お前よりも強くなりたいって思ったんだ」
いきなり腕を引かれ、固い胸に顔が当たったと思えば、太い腕に息が止まるほどきつく抱きしめられる。
きゅっ急に、どうしたのかな。
これは……友愛、っていうの?
ダイヤが私のこと、こんなに大切に思ってくれてるなんて知らなかったな。どっちかっていうと友達と思ってるのは、私だけだと思ってた。いつも怒ってて、当たりが強くて暴言魔で……でも、そうだね。本当は優しい人だもんね。
ありがとう、ありがとう、ダイヤ……でも、そろそろ離して……く、苦しいよぉ。
「……勝手に行ったら……許さねぇからな」
ぼそっと耳元でそう呟いたあと、ダイヤは私の体を解放し、こちらを一目もせず町の方へ走っていってしまう。
その背に言える言葉は、私には一つしかなかった。
ごめんね、ダイヤ。
幹に背を擦らせながら、糸が切れたようにすとんとその場に私は座り込む。
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