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ポスト投函(1)
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犯罪者から「それって犯罪だよ」と注意をされるのが、どれだけ不愉快か、まともな人間なら容易に想像が出来るだろう。
一度気色の悪い手紙が送られてきた時に、「現金以外は二度と送って来るな」と怒鳴りつけて以来、ユウイチは現金書留に手紙を同封してくるようになった。
基本は夏と冬に一一回ずつ季節の挨拶と一緒に金を送るようにしているみたいだけど、タクミのバカが時々返事を書くせいで、興奮したユウイチからさらにその返事が届く。
現金はありがたい、けれど十枚以上の便箋に筆ペンで字がびっしり書かれた手紙は気色が悪い。もちろん中身だって、一つとしてマトモな話題はなくて、「マナトがこんなに可愛くて幸せです」という自慢と、あとはそれについて寒気がするようなキモイことしか書かれていない。
厄介なことにユウイチはちょっと電話で怒鳴りつけたくらいでは絶対に折れないメンタルを持っている。だから、俺からどれだけ罵倒されようと「自慢じゃないけど、俺は書道六段だから読めない字じゃないと思う」「便箋と封筒だって上品な色を選んで使ってる」とわけのわからない言い訳をするばかりで、手紙を書くことをやめようとしない。
手紙は読まずに破り捨てて、現金だけを抜けばいい。そうしようと思っていたのに、最近はそれも難しくなってきている。郵便屋から現金書留が届くと、いつも俺が受け取るようにしていたのに、「さっき、現金書留って聞こえたけど、あれはなんだ」とたまたま玄関の近くをウロウロしていたタクミにとうとうバレてしまったからだ。
「べつに。……クロスワードの答えを書いて送ったら三千円が当たっただけ。言っとくけど、これは俺の金だから」
どうやら「生田佑一様からの」という部分はよく聞こえていなかったらしい。タクミの前でクロスワードなんて一度も解いたことなんかないし、そもそも俺は机に座ってじっと何かを考えるのは大嫌いだ。でも、ユウイチから金を貰っていることが発覚すれば「返してこい」と怒鳴られるだろうし、最悪の場合その日のうちに軽トラに乗せられてユウイチに頭を下げにいく、なんてことになりかねない。
幸いタクミのバカは一応俺の言う事を信じたようだった。
「……クロスワード?」
「そう! 時給が安すぎてやっていけないから、地道にクイズを解いて小遣いを稼いでんだよ! わかったらあっちへ行きな」
まだタクミは何か言いたそうだったけど、無理やり居間から追い出すことには成功した。たぶん、「クイズが解けるような頭なんて持ってないだろ」と思っていたんだろうけど、送られてきた現金さえ守れればどうでもいい。小遣いは冬物のコートのポケットに隠しておいた。
◇◆◇
「……リンちゃん、現金書留以外の方法……例えば定形郵便やレターパックで現金を送るのは犯罪なんだ。だから、ポストに現金が届くようにすることは出来ないんだよ」
金が貰えなくなるのは困ると思い、「現金書留じゃなくて、ポストに届くようにしてくれ」とユウイチに電話をしたら、淡々とした口調で「郵便法」というものについて説明されて怒りで血管がぶち切れそうになった。
今まで「一口でいいから、その食べかけのアップルパイを俺に恵んで欲しい。金は払うから。もちろんリンちゃんが齧った断面の部分で。それだけは譲れないよ」と散々俺を不愉快にさせてきたくせに、こんな時には真っ当な人間ぶって説教をしてくるところに本気で腹が立つ。
普通の人間なら「こんなことを俺から言われればきっと怒るだろうなあ」と簡単に想像出来るようなことでも、ユウイチみたいな変態にはそれが出来ない。なぜなら俺が怒ったところで「怒ってる怒ってる」と喜ぶようなヤツだからだ。
本人は「まだ捕まるようなことはしていない」としらばっくれているけど、どうせ一緒に暮らしているマナトには犯罪まがいのことをいろいろやっているんだろう。マナトが惚けているから明るみになっていないだけに違いない。
「アプリで何かを売る時だって、郵便で現金を送る方法は認められてないと思うよ。リンちゃん、メルカリだってやっていたんだし、その辺はよくわかっているんじゃない?」
「……。でも! 現金書留だとタクミにユウイチからだってバレた時に取り上げられるんだってば! じゃあ、他にバレない方法ってないの?」
「うーん……。……例えば、銀行振込とか、アプリを利用した送金とか、そういうリンちゃんと直接やり取りが出来る方法なら、大丈夫だと思うけど」
ボソボソとした一本調子の口調ではあるものの、「リンちゃんと直接やり取り」の部分で、ユウイチの声が若干上擦ったのを俺は聞き逃さなかった。ついでに微かに聞こえた「んっふ」という笑い声も。
……これ以上話を続けていてもロクなことにならないと判断した俺は、迷わず電話を切った。今頃ユウイチは「ん……? リンちゃんどうしたんだろう?」とニヤニヤしているんだろう。想像しただけで腕に鳥肌がたつ。
現金が貰えなくなるのは困るけど、昔、口座番号を教える教えないのやり取りをした時に「俺の口座からリンちゃんの口座に金が吸い上げられていくのを見ていると、自分がリンちゃんの肉体の養分になっていくみたいで興奮出来る。通帳アプリにはずっとその記録が蓄積されるから現金手渡しにはないよさがある」と言われた。なんというか、俺とユウイチの双方に「繋がっている」という記録が残る方法はダメだ。その記録をナニに使われるかわからないから。
「はあ……」
変態の相手をした後はどっと疲れる。いくらタクミがバカでも「クロスワードで当たった」という言い訳はいつまで通用するだろうか。こんなくだらないことで俺を悩ませるなんて、と腹が立って、その日はなかなか眠れなかった。
当然翌朝はなかなか起きれなくて、タクミから「店が休みだからって、遅くまで寝ているからだ」と言われて「誰のせいだと思ってんだ」と余計にムカついた。
一度気色の悪い手紙が送られてきた時に、「現金以外は二度と送って来るな」と怒鳴りつけて以来、ユウイチは現金書留に手紙を同封してくるようになった。
基本は夏と冬に一一回ずつ季節の挨拶と一緒に金を送るようにしているみたいだけど、タクミのバカが時々返事を書くせいで、興奮したユウイチからさらにその返事が届く。
現金はありがたい、けれど十枚以上の便箋に筆ペンで字がびっしり書かれた手紙は気色が悪い。もちろん中身だって、一つとしてマトモな話題はなくて、「マナトがこんなに可愛くて幸せです」という自慢と、あとはそれについて寒気がするようなキモイことしか書かれていない。
厄介なことにユウイチはちょっと電話で怒鳴りつけたくらいでは絶対に折れないメンタルを持っている。だから、俺からどれだけ罵倒されようと「自慢じゃないけど、俺は書道六段だから読めない字じゃないと思う」「便箋と封筒だって上品な色を選んで使ってる」とわけのわからない言い訳をするばかりで、手紙を書くことをやめようとしない。
手紙は読まずに破り捨てて、現金だけを抜けばいい。そうしようと思っていたのに、最近はそれも難しくなってきている。郵便屋から現金書留が届くと、いつも俺が受け取るようにしていたのに、「さっき、現金書留って聞こえたけど、あれはなんだ」とたまたま玄関の近くをウロウロしていたタクミにとうとうバレてしまったからだ。
「べつに。……クロスワードの答えを書いて送ったら三千円が当たっただけ。言っとくけど、これは俺の金だから」
どうやら「生田佑一様からの」という部分はよく聞こえていなかったらしい。タクミの前でクロスワードなんて一度も解いたことなんかないし、そもそも俺は机に座ってじっと何かを考えるのは大嫌いだ。でも、ユウイチから金を貰っていることが発覚すれば「返してこい」と怒鳴られるだろうし、最悪の場合その日のうちに軽トラに乗せられてユウイチに頭を下げにいく、なんてことになりかねない。
幸いタクミのバカは一応俺の言う事を信じたようだった。
「……クロスワード?」
「そう! 時給が安すぎてやっていけないから、地道にクイズを解いて小遣いを稼いでんだよ! わかったらあっちへ行きな」
まだタクミは何か言いたそうだったけど、無理やり居間から追い出すことには成功した。たぶん、「クイズが解けるような頭なんて持ってないだろ」と思っていたんだろうけど、送られてきた現金さえ守れればどうでもいい。小遣いは冬物のコートのポケットに隠しておいた。
◇◆◇
「……リンちゃん、現金書留以外の方法……例えば定形郵便やレターパックで現金を送るのは犯罪なんだ。だから、ポストに現金が届くようにすることは出来ないんだよ」
金が貰えなくなるのは困ると思い、「現金書留じゃなくて、ポストに届くようにしてくれ」とユウイチに電話をしたら、淡々とした口調で「郵便法」というものについて説明されて怒りで血管がぶち切れそうになった。
今まで「一口でいいから、その食べかけのアップルパイを俺に恵んで欲しい。金は払うから。もちろんリンちゃんが齧った断面の部分で。それだけは譲れないよ」と散々俺を不愉快にさせてきたくせに、こんな時には真っ当な人間ぶって説教をしてくるところに本気で腹が立つ。
普通の人間なら「こんなことを俺から言われればきっと怒るだろうなあ」と簡単に想像出来るようなことでも、ユウイチみたいな変態にはそれが出来ない。なぜなら俺が怒ったところで「怒ってる怒ってる」と喜ぶようなヤツだからだ。
本人は「まだ捕まるようなことはしていない」としらばっくれているけど、どうせ一緒に暮らしているマナトには犯罪まがいのことをいろいろやっているんだろう。マナトが惚けているから明るみになっていないだけに違いない。
「アプリで何かを売る時だって、郵便で現金を送る方法は認められてないと思うよ。リンちゃん、メルカリだってやっていたんだし、その辺はよくわかっているんじゃない?」
「……。でも! 現金書留だとタクミにユウイチからだってバレた時に取り上げられるんだってば! じゃあ、他にバレない方法ってないの?」
「うーん……。……例えば、銀行振込とか、アプリを利用した送金とか、そういうリンちゃんと直接やり取りが出来る方法なら、大丈夫だと思うけど」
ボソボソとした一本調子の口調ではあるものの、「リンちゃんと直接やり取り」の部分で、ユウイチの声が若干上擦ったのを俺は聞き逃さなかった。ついでに微かに聞こえた「んっふ」という笑い声も。
……これ以上話を続けていてもロクなことにならないと判断した俺は、迷わず電話を切った。今頃ユウイチは「ん……? リンちゃんどうしたんだろう?」とニヤニヤしているんだろう。想像しただけで腕に鳥肌がたつ。
現金が貰えなくなるのは困るけど、昔、口座番号を教える教えないのやり取りをした時に「俺の口座からリンちゃんの口座に金が吸い上げられていくのを見ていると、自分がリンちゃんの肉体の養分になっていくみたいで興奮出来る。通帳アプリにはずっとその記録が蓄積されるから現金手渡しにはないよさがある」と言われた。なんというか、俺とユウイチの双方に「繋がっている」という記録が残る方法はダメだ。その記録をナニに使われるかわからないから。
「はあ……」
変態の相手をした後はどっと疲れる。いくらタクミがバカでも「クロスワードで当たった」という言い訳はいつまで通用するだろうか。こんなくだらないことで俺を悩ませるなんて、と腹が立って、その日はなかなか眠れなかった。
当然翌朝はなかなか起きれなくて、タクミから「店が休みだからって、遅くまで寝ているからだ」と言われて「誰のせいだと思ってんだ」と余計にムカついた。
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