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鈴井さんへ(1)※同人誌より

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 生田さん好き、大好きと一生懸命伝えてくれた鈴井さんの可愛い声を俺はこの先ずっと忘れないだろう。


 鈴井さんとの初めてのセックスを終えて、心は経験したことのない幸福感で満たされていた。けれど、何がどう巡り巡って、こんなに可愛くて優しい鈴井さんが自分なんかと付き合っているのだろう、と信じられない気持ちの方がいまだに大きかった。
 なかなか寝つけないまま、クークーと寝息をたてる鈴井さんを眺めていると、今日までの出来事は全てが夢で、明日、目が覚めた時には何もかもが消えてしまっているかもしれない、とすら思えたほどだ。

「生田さん、コーヒー飲みますか? でも、この機械ってどうやって使うんだろう!?」

 翌朝になっても鈴井さんは変わらず側にいてくれた。起床時は多少恥ずかしそうにしていたものの、それぞれシャワーを浴びた後は元気いっぱいの明るい笑顔を見せてくれる。マシンの前でコーヒーカプセルを手にはしゃぐ姿がなんとも微笑ましい。

「コーヒー、好きなの?」

 今まで「美味しい」とコーラやサイダーをぐびぐび飲んでいる姿しか見たことがないため、鈴井さんとコーヒー、という組み合わせは新鮮だった。甘いお菓子を食べている所ばかりを見ているせいか、勝手に「苦いものは苦手だろう」とイメージが自分の中で出来上がってしまっている。

 鈴井さんは若くて流行りものをたくさん知っているだろうから、ホイップがたっぷり乗った冷たいドリンクを太めのストローで啜っている方が似合うような気がした。紙パックのカフェオレもいいかもしれない。

「そんなに飲まないですけど、一応、あるなら使ってみようかな~と思って。もったいないし……」

 生田さんの分を作ってみていいですか? と首を傾げた後、ニコニコしている鈴井さん。こんなに可愛い子が自分のために朝からコーヒーを……? という事実に動揺しながら、付属の説明書を手に鈴井さんへマシンの使い方を教えた。鈴井さん自身は「コーヒーは牛乳と砂糖がいっぱい入っている方がいい」という理由で紅茶のカプセルをセットして、すごいすごい、とはしゃいでいた。

「生田さん、美味しいですか?」
「……今までの人生で飲んだコーヒーの中で一番美味しいよ」
「え~! そうなんだ……このコーヒーマシンすごいですね……?」
「一杯いくら? 十万円でいい?」
「えっ! あの、無料です……。おかわりもあるんで……」

 代金を受け取ってもらえなかったのは残念だが、天の使いが自分のために入れてくれたありがたいコーヒーは格別だった。紅茶にふーふーと息を吹き掛ける可愛らしい仕草を観察しながら、ゆっくりコーヒーを味わっていると時々鈴井さんと目が合う。その度に、はにかんだ笑顔を向けられて確実にいくつかの記憶が失われたような気がするが仕方がない。

「あの、じっと見られると恥ずかしいです……」
「どうして? こんなに可愛いんだから何も恥ずかしがることなんかないのに」
「生田さんに見つめらると昨日のことを思い出してしまって……」

 そう呟く鈴井さんの声はずいぶんか細くて弱々しかった。鈴井さんはモジモジとするばかりで、それ以上言葉は続かない。心なしか元気がなくションボリしているようにも見える。夕べの行為の記憶がそうさせてしまっているのだろうかと、途端に鈴井さんのことが心配でたまらなくなった。
「どこも痛くない」「体は平気」と言ってくれてはいたし、最中はとにかく鈴井さんに痛い思いをさせないようにと尽くしたつもりだった。けれど、我慢をさせてしまった時もあっただろうし、不安に感じさせてしまった事もあっただろう。

 交際を開始したばかりで少しずつ関係を築いている最中だからなのか、いくら大丈夫かどうか尋ねてみても鈴井さんは「はい」としか答えようとしなかった。やはり無理をさせてしまったんだろうか。

「あの、違うんです違うんです! 嫌だったとかじゃないんです……。俺、セックスがよくなる薬が効いてるって思い込んでいたから、気持ちがよすぎて、変だった時もあったんじゃないかって、恥ずかしくなってしまって……」
「なんだって……!」

 どこを切り取っても可愛かったと言うのに、よっぽど恥ずかしかったのか鈴井さんは「お願いします、忘れてください」とオロオロしている。狼狽えている様子が可愛すぎて、「そんなこと言わないで」と宥めようにも肩を抱くことすら躊躇してしまう。

「……変なんかじゃない。可愛かったよ」
「え……。え~……?」

 そうかなあ、と首を傾げながら鈴井さんがはにかんだ。……朝からもう一度襲ってしまいたくなるような愛くるしさをしているのに、本人にその自覚が一切ないことがただただ恐ろしい。

「良かった~! ……安心したら、お腹が空いてきました」

 朝ごはんが食べたい、という鈴井さんの手を「行こう」とさりげなく握る。もちろん人目があるところで堂々と手を繋ぐわけにはいかないため、部屋を出るまでのごく僅かな時間だった。それでも、鈴井さんは「何を食べよう。楽しみですね」とぎゅっと手を握り返してくれた。

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