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夜デートと××××(1)

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「内定者親睦会で初めてお前を見た時は、一人だけ気取ってるヤツがいて入社しても絶対コイツとは仲良くならないって思ったよな」
「……はあ」

 もうその話は何度も聞きましたが、と思いながら適当に返事をする。毎年恒例の新規採用者研修が無事終わり、自分の仕事もなんとか片付けてようやく帰ろうというところで、いつもの同期に捕まってしまった。
 べつに気取っていたことなんて今までの人生、一度も無いというのに毎年この季節になるとこうして絡まれる。そもそも仲良くなった覚えもないのに、「まさか、ここまでの付き合いになるなんてな」と肩を叩かれるし、同期の彼は何か誤解をしているのかもしれない。
 すれ違った他の社員に「二人とも本当に仲がいいですよね」と声をかけられることにも、それに対して同期が満更でもなさそうなことにも、両方に対してウンザリしながら早足で歩いた。



 結局、会社から出た瞬間に「じゃ、そういうことで」と強引に別れを告げて、しつこく飲みに誘ってくる同期をなんとか撒くことに成功した。
 予定がある、と断ったくらいでは「帰る? なんで? お前どうせ暇だろ?」と強引に居酒屋へ連れ込まれるため油断が出来ない。いい年をしていったい俺は何をやっているんだろう、と乱れた呼吸を整えながら歩いていった先には……。



「ユウイチさーん!」

 待ち合わせ場所のコンビニの前で大きく手を振っているマナトの姿を見ただけでホッとしてしまう。

「ごめん、いつもの人に捕まってしまって……」
「ううん、さっき着いて買い物をすませたところだから大丈夫だよ」

 行こ、とマナトは白いビニール袋を掲げてみせた。
 時間を作って時々迎えに来てくれるマナトとは、翌日が休みの時はコンビニでドリンクを買って遠回りをしながら短いドライブを楽しむ。一生懸命車のことを話すマナトの可愛い声を聞きながら助手席に座っていると仕事の疲れはすぐに吹き飛んでしまう。

 適当に流してもいい? と言うマナトに頷いて、二人でピカピカのジムニーに乗り込んだ。

◇◆◇

  朝夕の通勤時間と違って道が空いている夜は運転がしやすいらしく、マナトはそれだけで上機嫌だった。

「この時期は花粉と黄砂で汚れた車が目につくよね。季節によって、外を走ってる車の表情って、微妙に違うと俺思うんだよね。例えばなんだけど、年末はたいていの人が洗車に行くからかな? いつもよりピカピカの車が多くて、それがすごく気持ちがいい。今の季節の、明日にはまた汚れるかもしれないのに、しっかり洗ってある車もそれはそれで好きだけど……」

 えへへ、と笑いかけられて「しまった。これはラジオの公開収録じゃなくて、今、俺だけが話しかけられているのか」と慌てて相槌を打つ。
 柔らかい可愛い声で語られるマナトの車への思いは聞いているだけで耳と精神が癒されるので、「はたして俺だけが独占していていいのだろうか」と常々思っている。

 可愛い……。しかも、街を走っている車のボディを見て季節の移ろいを感じているなんて、自分にはないマナトの感性には相変わらず感心させられる。

 仮にラジオ放送の番組だったとしたら「マナト君は素晴らしい感受性の持ち主ですね」「車のことでヒートアップした時のマナト君の発言に、『これはもう、詩や自由律俳句の領域だろ』と毎週胸を打たれています」「マナト君の可愛い声も吐息も、余すことなく毎日使わせてもらっています」とパーソナリティーのマナトに毎日メールを送っていただろう。

「ユウイチさん眠い? ごめんね、俺、つい喋りすぎちゃって……」
「眠くない。あんまりマナトの声がかわ……、いや、マナトの話が興味深いから黙って聞いていただけだよ。さあ、もっと続けて」
「そう……?」

 嬉しそうにしているマナトの様子に、見ているこっちまで思わず頬がゆるむ。
 家にいるとつい、家事や休息を優先してしまう。特に繁忙期であるこの時期は帰ったらマナトが寝てしまっていることも多かった。
 忙しい日々のなかで、夜のドライブは純粋にただのんびりと会話を楽しむことが出来る貴重な時間だった。

 基本的にはマナトが気まぐれで車を走らせているものの、夜景や花火といった偶然出会った美しい光景に二人で純粋に感動したこともあったし、助手席でつい、うとうとして眠ってしまった時は「俺の運転でユウイチさんが寝てくれるの、すっごい嬉しい」とマナトは大喜びする。

「ユウイチさんと二人だとさー、ついはしゃいじゃうよね。だから、俺っていつまでも落ち着きがないのかな……」
「え? そんなことはないと思うけど……」

 可愛くて、元気がいっぱいなところは変わらないが、本人は気がついていなくても、マナトは少しずつ落ち着きと包容力のある男性になりつつある。
 
 少し前に、俺の実家の事を話した時もそうだった。

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