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大切な恋人(1)

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 少し前に、ユウイチさんという付き合っている人がいるのに、生まれて初めて浮気をしてしまった。

 浮気相手は知らない人のフリをしたユウイチさんだから、厳密には浮気とは言わないのかもしれないけど、正直言って「また、したいなー……」と時々思い出してしまうほど、すごくすごく良かった。
 本当はユウイチさんに「良かったよ、嬉しかったよ」と褒めて欲しかった。だけど、翌日の朝すぐに自分から「ねえねえ! どうだった!?」と評価を求めればせっかくの設定が台無しになってしまう気がして、名残惜しい気持ちを堪えながら「さようなら」とユウイチさんより先に帰ることにした。
 ここまで徹底していれば、きっといっぱい喜んでくれただろうなー、と呑気な気持ちのまま家でユウイチさんのことを待った。ユウイチさんは俺より二、三時間遅れて「ただいま」と家へ戻ってきた。

「おかえりなさい!」
「……はい、お土産」
「えっ……!?」

 ユウイチさんが手に持っていたのは、とある県の名物であるお菓子だった。この辺りでは買えないものだし、俺と別れた後に移動してアンテナショップかデパートかどこかでわざわざ入手してきたに違いない。
 まだ「出張と嘘をついて浮気している」という設定が続いてるってこと!? と愕然としながらお土産を受け取った。ユウイチさんのセックスに対して決して手を抜かない徹底した高い意識には完全に「負けた……」という気持ちになったし、褒めてもらうつもりでいた自分のことを恥ずかしく感じた。

 本当は、もう一度「知らない人どうし」という設定でセックスをしてみたい。「今日、彼氏が出張でいないから、俺の部屋に来ない?」と誘ってみたいし、もっと「いいの? こんなことして……」とじっくり責められてみたい。……でも、そんな提案をしたらせっかく大成功に終わった一夜を、自分で台無しにしてしまいそうで言えないままでいる。

「はあ……」

 毎日、すぐ側にユウイチさんがいるのに、時々少しだけ苦しい。お互い思い合っているのに、片想いもしているなんて知られたらきっとユウイチさんに笑われてしまうだろう。



 浮気という設定の「そういうプレイ」を経験した後にはいいこともあった。
 ユウイチさんが俺のことをすごく愛してくれているんだって、今まで以上に感じられる機会が増えたからだ。
 二人でテレビを見ているような何気無い瞬間でも、コマーシャル中に俺の額に唇で触れたり、「好きだよ」って伝えてきたり、セックスの時以外でも好意を示してくれる。……保釈保証金として受け取るように言われた300万円を断ってからは、「見てごらん、二人の資産だよ」と通帳の預金残高を時々見せつけられるのは困っているけど、ユウイチさんはぐふぐふと嬉しそうに笑う。
 二人が知り合ってから六年近くが経つ。付き合ってからももうじき四年になるうえに、一緒に住んでいるのに、こんなに甘やかされていいのかなって躊躇うこともあるけれど、「俺も好き」とユウイチさんの気持ちに応えるたびに、幸せを感じる。

 職場の人や友達には、恋人がいることも男の人と付き合っていることも言っていない。だから「フラフラ遊んでばかりいないで早くちゃんとした彼女を作れ」ってよく言われるけど……。どうかわすのが正解なのか、まだわからないまま「ちゃんと大事な人がいます」という意味で毎回笑って誤魔化している。



「ねー、遅いんだけどお」

 迎えに行く、と約束した時間ちょうどに待ち合わせ場所のコンビニへ着いたのに「遅い」と怒られるのは初めてだった。俺、時間を間違えて覚えてしまっていたのかな、と首を傾げながらも、プリプリ怒っているリンちゃんに「ごめんなさい」と謝った。

「待ちくたびれて、余計なものを買っちゃったし……」

 リンちゃんが持っているコンビニの白いレジ袋は確かに膨らんでいる。トイレを借りただけで出ていくのは気が引けるから、お茶やガムでも買おう……という量ではなくて、店内をぐるぐると回ってあれこれ買い物したようにしか見えなかった。
 ホットスナックの匂いもするし、買った雑誌の表紙がうっすら透けている。ずいぶん早く着いてしまって、俺のことを待っていてくれたのかな? というかリンちゃんってヤンマガを読むんだ……。じいっと目を凝らしてリンちゃんの買い物の成果を見つめていると、「さっさと行こ。で、車はどれ?」と信じられないことを言われて、俺は自分の耳を疑った。

「ジムニーを買ったって前から言ってるのに……!? あと、俺納車の時から写真だってリンちゃんにめちゃくちゃ送ったのに……!」
「だって、四角い車って全部同じに見えるし……。あの、後ろにタイヤがついてるヤツでしょ。さっさと行こ」
「ああ~! 待ってよ……!」

 出発する前にジムニーの良さを知って欲しくて、「この角度! まずはこの角度から見て!」と車に乗り込もうとするリンちゃんを必死で引き止めないといけなかった。

「出かける前から疲れた……」
「え? そうなの? 大丈夫?」
「はあ……」

 なぜかリンちゃんは疲れているみたいだったから、「着くまで寝ててもいいよ」と声をかけておいた。


 一週間程前に、「車を出してくれない?」とリンちゃんが連絡をくれた。すごく嬉しくて「いいよ!」ってすぐに返事をしてから、リンちゃんの方からドライブに誘ってくれるなんて、と一週間ずっと楽しみにしていた。既読無視どころか時々未読無視もされたけど、定期的にジムニーの写真を送り続けていたのが良かったのかもしれない。
 なぜか「二人で出掛ける事はユウイチに言わないで」と約束させられたから、仕事へ行くユウイチさんには「ドライブへ行ってきます」とだけ言って家を出て来た。

「……この車って飲食禁止だったりする?」
「ううん、全然! ご飯を食べても大丈夫だよ」
「じゃー、遠慮なく……」

 春巻きをムシャムシャ食べながらリンちゃんはヤンマガを読み始めた。俺の運転で寛いでもらえると、安心して全部を任せてくれているんだって感じられて嬉しい。そんなことを思いながら時々リンちゃんの様子を窺っていると、食べ物を欲しがっていると勘違いされたのか「はい」とハッシュポテトを差し出された。

「えっ!?」
「はい、あーん……」

 運転中だからという理由でリンちゃんが食べさせてくれたけど、ビックリしてしまってほんの少ししかかじれなかった。リンちゃんって、やっぱり綺麗な人だな、と俺がおたおたしている理由がわかるのか、リンちゃんが「んふ」と愉快そうに笑った。
 
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