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★特別なチョコレート(3)

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 ユウイチさんと休みが合う日はレアだ。
 土日と祝祭日が休みと決まっているユウイチさんと違って、俺は定休日の水曜日とあとは他の人と交代で休みを取る。
 時々休みが合うとその前日の夜から「何をしようかな!?」といちいちはしゃいでしまう。帰りに待ち合わせて食事に行くこともあるし、二人とも急いで帰ってきて家でゆっくり過ごすこともある。

 今日はユウイチさんのことを迎えに行って、それから真っ直ぐ家へ戻った。
 ユウイチさんは車の中でも、帰ってきてから夕飯を一緒に食べている時も、俺の話に静かに耳を傾けながら、ポツポツと仕事の事や家族の事を話した。

「……そう言えばカノンから、バレンタインに作りました、ってチョコレートの写真が送られてきたよ」
「えっ!?」
「上手だったよ。彼氏が出来たから今年はずいぶん張り切っているみたいだったけど」
「彼氏!? 今年は!?」

 後片付けをしている時に「言うのを忘れてた」とユウイチさんから俺の妹の近況を知らされた時はビックリしてしまった。
 俺の妹とユウイチさんが直接連絡を取り合っているのは知っていたけど、そんな話までしているなんて知らなかった。俺には写真なんて送ってこないのに、どうやらユウイチさんにはずいぶん懐いてしまっていて、友達感覚で連絡をしているみたいだった。

「……すみません。本当にごめんなさい」
「どうして? 嬉しいのに?」
「それならいいんだけど……」

 と言いつつ、本当は少し恥ずかしかった。俺の事だけじゃなくて、妹の「ユウイチさん構ってー」というやり取りまで受け止めてもらっている事が嬉しいようで申し訳ないような複雑な気持ちになる。
 ユウイチさんが実家に顔を出すようになってからは、お互いの家族の話題が増えたような気がする。
 


 二人ともシャワーをすませて、寝る前の支度が完了した後も、ソファーに並んで腰掛けながら明日は鍋いっぱいにカレーを作ろう、といったのんびりした会話が続いた。
 もしかしてユウイチさんは俺の準備したチョコレートのことを忘れちゃったんじゃないかという気もした。

 よくよく思い出してみたら「媚薬入り」とは言っても俺の買ったチョコレートに入っているものは「……カレーか何かの隠し味?」と感じてしまうようなスパイスばっかりだ。口コミも「滑らかで美味しかったです」「香りがいい」といった味に関するものばかりで、誰も媚薬としての効果については評価していなかった。

「ユウイチさん、良かったら、どうぞ……!」

 どう考えても、このチョコレートのいう「媚薬」は、おまじないとか雰囲気とか、その程度に違いない。どうして俺はそんなことに気が付かずに「媚薬入り」なんて大袈裟に宣伝したんだろう!? と本気で後悔した。
 せめて滑って空気が悪くならないように、「美味しいよ、食べてみてよ!」と明るく振る舞いつつ、ユウイチさんにチョコレートを渡した。ユウイチさんが「お、待ってました」と笑ってくれたから、ずいぶんホッとした。


「……いろいろなものが入ってる」

 すぐに包装紙をビリビリと破いたりしないで、ユウイチさんは裏面の原材料表示を熱心に眺め始めた。「生姜、カルダモン」といった文字が目に入ってきて、やっぱり俺は「カレールーだなあ……」と思ってしまう。

「効果があるかはわからないけど、すごく高かったから、きっと美味しいよ……!」

 なにせ、値段はコンビニで売っている普通の板チョコの二十倍もした。食べて食べて、と促す俺の顔をじっと眺めてから「マナト」とユウイチさんは静かに口を開いた。

「……こういうのは、実際に効くか効かないかじゃない。効くと信じることが大切なんだ」
「へ……!?」
「ただの栄養ドリンクでも、効くと信じさえすれば、セックスが良くなるのと同じで……」
「嫌だ、そのことは言わないで……!」

 初めてセックスをした時のことを急に口にするから、慌ててユウイチさんの話を途中でやめさせないといけなかった。
 ユウイチさんから渡されたラベルを剥がしただけの栄養ドリンクを「セックスが良くなる薬」と信じ込んで、熱い、何をされてもなんだかいつもより気持ちがいい、と感じたうえに、「こんなに効き目のあるものが一般に流通しているんだ……!」と感動までした。
 
 それが全部気のせいだったと知らされた時は、ユウイチさんを「サイテーッ!」「生田さんのバカ!」と思わず罵倒してしまう程、恥ずかしくてたまらなかった。
 あの時と同じようにユウイチさんは「マナトは素直だから」と優しく笑うだけだった。

「じゃ、じゃあ、騙されたと思ってまずは食べてみてよ……!」
「もちろん大事に食べるよ」

 頷いた後も、ユウイチさんは板チョコにガブリと噛りついたりはしなかった。いただきます、と言ってからペリペリと丁寧に包装を剥がして、大きな手でパキンとチョコレートを割って一欠片だけ口にする。
 ユウイチさんのもともとの育ちの良さと、それから「貴重なチョコレート」「大事に食べる」と言っていたのは本当なんだと感じられるような、上品で丁寧な食べ方だった。

「美味しいよ」
「……うん」

 いつも甘いものを食べるのは俺で、それを眺めているのはユウイチさんなのに、今夜は逆だった。……する事は無いのに、不思議とそう悪くない時間だと感じられた。高校生の頃、「俺はいらない。食べてもいいよ」と甘いものもおかわりも妹や弟にみんな譲ってから、二人が美味しいものを食べているのを眺めている時とは似ているようで少しだけ違う。

 せっせとチョコレートを口にするユウイチさんを眺めていると、ユウイチさんと一緒に過ごす中で、自分の心も体もずいぶんと満たされていることに気が付く。全部搾り取るなんて出来ないんじゃないかって思うくらい、ユウイチさんはいっぱい愛情をくれる。

「……味見する?」
「え……。ううん! 大丈夫、ユウイチさん、食べて……」
「じっと見ているから食べたいのかと思って……」

 いっぱい愛してもらえて嬉しいって思っていただけ、とユウイチさんに伝えるのは照れ臭くて笑って誤魔化しておいた。



「お、なんだか効いてきた気がするな……」
「えっ!? 嘘でしょ!?」

 チョコレートを全部食べ終わった後、包装紙を小さく折り畳みながらユウイチさんが「早速媚薬の効果を感じる」なんてことを言い出した。

「まさか……! だって、あのチョコレートは……」

 どう見てもカレールーに入っているのと同じ材料、と俺が言ってもユウイチさんは「いや、違う。ちゃんと効果はあるよ」と言って聞かなかった。どうやら俺が媚薬入りのチョコレートを買ってきたことに、調子を合わせてくれているようだった。

「なんだかムラムラしてきたな……。今日はどんなパンツを履いてる? ちょっと見せてよ」
「えー、嫌だよ!」

 俺の体はユウイチさんの腕に捕まえられて、そのままぎゅっと抱き締められる。「また、ド派手なパンツを履いてるのかな? ん?」と尻を撫で回される。くすぐったさに俺が悶えているとユウイチさんがクスクス笑う。

「ユウイチさんってば! やめてよ~!」
「パンツ見せてよ」
「ヤダよ~!」

 ユウイチさんは「あっ、またエッチすぎるパンツを履いてるな……」と部屋着の上から俺の下着のラインをなぞった。指先と手のひらに全神経を集中させているかのような真剣な顔つきに俺が悲鳴をあげると、ユウイチさんは俺のことをくすぐった。それで「やめてよ!」とお腹が痛くなるくらいケラケラ笑った。
 ソファーから落ちかけた俺の体をもう一度強く抱き締めてから、ユウイチさんは「はー……可愛い」と呟いた。

 二人ともいい大人なのに、時々こうやってふざけすぎてしまう事がある。落ち着いてみると「あんなちょっとした事で、ここまで大笑いするなんて……」という気持ちになった。
 似たようなことを考えていたのか、ユウイチさんは少しだけ気まずそうな顔をした後、暴れてボサボサになった俺の髪を丁寧に直してくれた。

「ふふっ……笑いすぎて、お腹が痛い……」
「楽しくて、つい……」

 二人で「まあ、いっか。二人きりだし」と頷きあった。
 まだお互い心のどこかで緊張していて、遠慮しあっていた付き合いたての頃には無かった時間。一緒にいるうちにユウイチさんとの関係が、心地のいいものへと変わっていったんだって感じられて嬉しい。
 何も言わずにユウイチさんの体に抱き付くと、そのままそっとソファーに押し倒された。あ、と思った時には、ユウイチさんの唇が俺の唇に重ねられていた。
 二人だけにしか通じない冗談を言ったり、それにゲラゲラ笑ったりした時の、賑やかで楽しい空気が切り替わる瞬間はいつだってドキドキしてしまう。

「ん……」

 遊びの延長みたいな音を立てる軽いキスだけで終わらずに、長くて深いキスを繰り返した。気持ちいい、もっとしたい、と夢中で舌を伸ばしながら、腕と足両方でユウイチさんの体に絡み付くようにして抱きつく。今日はこのまま……と期待する気持ちが、止められなかった。
 ベッド行く? とユウイチさんに耳元で囁かれて、うっとりした気持ちで何度も頷いた。

「……媚薬の効果でさっきよりもスゴイ事になってるよ」
「本当に?」
「ほら、バキバキになってるから触ってみて」

 そう言ってユウイチさんは俺の右手を掴んで、自分の勃起した性器を触らせた。
 元々ユウイチさんのは大きいから、チョコレートの効果なのかはわからない。だけど触れていると、こんなに大きくて熱い、という事にため息が出そうだった。
 自分は一欠片も媚薬入りのチョコレートを食べていないのに「今日はコンドームをつけないでセックスするんだ」と思うだけで、興奮してどんどん身体中の血が熱くなっていくようだった。

 寝室に移動することさえももどかしくて、ベッドへ押し倒されてすぐに、自分から着ているものを脱いで下着だけしか身に付けていない格好になった。

「やっぱり、こんないやらしい下着を履いていたなんて……」
「ひゃっ……!」

 立てた膝をがばっと開かれる。すごく恥ずかしい格好なのに、ナノサイズのボクサーパンツの中では痛いくらいに性器が勃ち上がっていた。パンツの色は目の覚めるようなピンクだけど柄は無いからそこまで派手なデザインじゃないのに、ユウイチさんは「子犬みたいな顔をしているのに、脱がせるとこんなに派手な下着を履いているんだから、恐ろしい……」と言う。

「脱がせるのがもったいないな……」
「あっ……」

 内腿を撫でながら、ユウイチさんは俺の股間を凝視していた。恥ずかしいのに、くすぐったい場所を触られると腰が浮く。

「ユウイチさん、今日はすぐ欲しいよ……」
「……ダメだよ」
「あの、俺、今日はシャワーの時に、自分の指でよく準備して来たから、平気だよ……」
「なんだって!」
「わあっ……!?」

 ユウイチさんは怖いくらい真面目な顔で「ここに、マナトが自分の指を?」と、さっきから切なく疼いている場所に触れてきた。

「あっ……! 本当だよ、俺、自分の指ですごく頑張った……」
「なんてことだ……」
「ユウイチさん、もう欲しいよ……」

 今日はユウイチさんのために俺も頑張ってみようって決めていたから、自分でもちゃんと準備をしてきた。

 ユウイチさんが待ってるのに、と焦りながら、風呂場で声を殺してゆっくり指の抜き差しを繰り返した。
 自分の指では届かない場所までいつもユウイチさんにいっぱいにされていたんだ、と感じながら必死で指を動かしていると、穴の縁がヒクヒクと収縮した。一本だけ挿入された指を物足りなさそうに締め付けてくる体の反応が恥ずかしいのに、頭の中は「早く本物が欲しい」でいっぱいだった。

「ユウイチさん、つけないで一気に入れて……」
 
 
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