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特別なチョコレート(1)
しおりを挟む季節もイベントも関係なく、ユウイチさんは俺に甘くて美味しい食べ物を買ってくれる。
少し前に俺が太ってしまった時は、蒟蒻ゼリーばかりになっていたけれど……。
ちょっと食事に気を付けたら、すぐに元の体重に戻ることが出来て、あまり体型のことは気にならなくなった。そうすると、また俺の好物の甘いものをユウイチさんは買ってくるようになった。
お正月が終わってしばらく経つと、コンビニやスーパーのバレンタインコーナーが目につくようになる。
俺は「もうそんな時期なんだ!」と時間が過ぎる早さにビックリしているのに、ユウイチさんはそんなことは全然気にしないでどんどんバレンタイン用のチョコレートを買ってしまう。
今年も、普段のお菓子コーナーには置いていない、大きな箱に入ったアルフォートや、きのこの山をバレンタイン当日でもない日にプレゼントして貰った。
「こんな、なんでもない普通の日に、いいの?」
「マナトが喜ぶ顔が見たくて、つい……」
もちろん普段スーパーで買えるお菓子だけじゃなくて、毎年バレンタイン当日にはすごく高いケーキやチョコレートを食べさせてくれる。
いまだにユウイチさんは一口も食べようとしないけど、自分だけ甘いものを口にすることにも、それをじいっと見られるのも、最近はずいぶん慣れてしまった。
◆
今年も、会社の人から貰った義理チョコレートを、ユウイチさんは全部俺にくれた。
「美味しい」とモグモグやっている俺を、ユウイチさんは眺めながら「ホワイトデーにお返しをしないとな……」とボソッと呟く。俺に話しかけている、というよりは、自分が忘れないよう、頭の中にメモをするために大事なことを言葉にしたみたいだった。
「俺の職場は、受付の人が、みんなに源氏パイをたくさん買ってきてくれました」
「もちろんマナトがたくさん食べた?」
「うん……」
職場の女の人はお返しに何を貰うと嬉しいのかなー、とユウイチさんに相談した。
ユウイチさんは マメだから、毎年必ずお返しのお菓子をたくさん買っている。そうすると、ホワイトデーのことをすっかり忘れていた同僚さんがひょっこりやって来て「俺とお前の連名って事にしよう」といつも言ってくるから、本当に迷惑してる……とユウイチさんは顔をしかめた。
相変わらずユウイチさんと同僚さんは仲がいいな、と思っていたら、ユウイチさんは「俺からのプレゼントも、どうぞ」と真っ白な箱を冷蔵庫から取り出してきた。
「わ……! すごい……! 美味しそう!」
ユウイチさんからは、フランス語の難しい名前をしたお店で売っている、高級エクレアをもらった。
チョコレートクリームがシュー生地でサンドされていて表面にはたっぷり粉砂糖がまぶされている。チョコレートがかかっているわけでも、砕いたナッツやキャラメルでデコレーションがされているわけでもない、シンプルなエクレアだけど、箱を開けた瞬間甘い、良い匂いがした。
「ユウイチさん、ありがとう……! 嬉しい……! 食べてもいい……?」
「……食べさせてあげるから、こっちに、おいで」
「……はい」
一応、さっきからソファーに並んで座っているのに、「こっち」ともっとユウイチさんの側に来るよう促される。ユウイチさんが何をしたいのか言葉にされなくてもわかっていたから、ぎゅっと体をくっつけてユウイチさんの体に腕を回した。
ユウイチさんは、なぜか自分の手で俺に甘いものを食べさせたがる。特にシュークリームやエクレアといった、フォークやスプーンを使わずに食べられるものの時は、俺がいくら「自分で食べます」と断っても絶対に聞いてくれない。
ジロジロ顔を見られながら、「あーん、して」とユウイチさんの言う通りに従って、素直に口を開けて、クリームたっぷりのデザートを食べるのはいつだって恥ずかしい。
「美味しいよ、もっとガブって食べてみて」
「ん……」
そんなことをしたら反対側からクリームが溢れてしまう、と躊躇していると、空いている方の手で腰を撫で回される。くすぐったさに耐えながら、少しだけシュー生地を齧った。
「美味しい……?」
「う……」
……服だって着ているけれど、すごく近い距離で体のあちこちを、さわさわと触られるとどうしても変な気持ちになってしまう。
「これって、そういうプレイなのかな……?」といつも疑問に感じているけれど、ユウイチさんは「え? ただ、食べさせているだけだよ」という態度を絶対に崩さない。自然な口調で「気に入った?」「おかわりも出そうか?」と聞いてくるから、結局は気にしている俺の方がおかしいのかな……って気持ちにさせられる。
「……もっと、こっちを見ながら食べて」
ヒソヒソと囁くように耳の側で話しかけられて、すごくくすぐったい。甘くて柔らかいクリームとシュー生地を頬張りながら、顔を上げると真面目な顔をしているユウイチさんと思いっきり目が合った。
ユウイチさんの真剣な表情にはすごく迫力がある。だから、恥ずかしい、食べにくいよ、と言えないまま、ユウイチさんの手を汚さないよう慎重にエクレアを食べた。それなのに。
「あっ……!」
結局は、今日も上手に食べることが出来なくて、びゅっと押し出されるようにしてチョコレートクリームがぼたりと、ユウイチさんの手に垂れてしまった。
「ご、ごめんなさい……!」
慌てて汚してしまった部分を丁寧に舌で舐めとる。いつも、ソースやクリームが溢れてしまった時にはそうするように言われていたから、ほとんど無意識だった。
必死で舌を伸ばして、ペロペロとユウイチさんの手を舐める。何の味もしなくなったところで「もういいかなあ?」とユウイチさんの様子をコッソリ窺うと、すごくすごく満足そうな顔でニヤニヤしていた。
「ひっ……!」
「……ん? まだ残ってるよ」
俺が思わず、喉から絞り出すような悲鳴をあげた瞬間には、何事も無かったように「どうかした?」と不思議そうな顔をされた。よくよく考えたら「舐めて」って言われてもいないのに、自分からユウイチさんの手を舐めて綺麗にするなんて、すごく恥ずかしいことをしてしまった。
「マナト」
耳まで真っ赤になってる、とユウイチさんの手が俺の頬に添えられる。もちろん、「残りは自分で食べる」と言う俺の訴えはやんわりと却下されて、最後までユウイチさんとベタベタしながら、エクレアを食べきった。
◆
ユウイチさんはお菓子を食べない。体型の維持に気を遣っているし、そもそも、甘いものもそんなに得意じゃないのだと言う。
だから俺は、ユウイチさんへバレンタインデーのチョコレートを贈ったことが一度も無い。自分はいっぱい貰っているのにすごく申し訳ないなあ、と感じているから、一応お返しで、「今日だけは特別。サービスです」と、思い出しただけでも恥ずかしくなるような事を、ユウイチさんにしている。
……何をしているのかと言うと「お願いだから」と必死でせがんでくるユウイチさんの股間を毎年踏んでいる。
去年は「素足だと物足りないから、靴を履いた状態で『イヤ! 汚い』と罵りながら股間を踏んで欲しい」と言われて本当に怖い思いをした。
ユウイチさんの股間を踏むのは二重の意味で怖いから、あんまりやりたくない。玉を潰してしまうかもしれないのも怖いし、最初は「乗せるだけでいいから!」と言っていたユウイチさんが、スゴイ力で俺の足を掴んで来るのも怖い。
だから、今度こそは「股間を踏む」以外のプレゼントをするんだって、今年はコッソリと準備をしている。
「……ユウイチさん、あの、実は俺もチョコレートを買ったんだけど……」
「えっ……。どうしてバレンタインにチョコレートを……?」
「えっ!? バレンタインだからだよ! ユウイチさん、何を言ってるの!?」
俺がそう言うと、今年も当然のように股間を踏んでもらう気でいたのか、ユウイチさんは本当にビックリしていた。
まだ、チョコレートを渡していないのに、ユウイチさんが変なことを言うから、ちょっとだけ動揺してしまう。……変わったチョコレートを買ったというのもあって、なんだかソワソワして落ち着かない。
今年は股間を踏んでもらえない、ということにションボリしているユウイチさんに、勢いで買ってしまったチョコレートについて、思いきって伝えることにした。
「ユウイチさん、媚薬が入ってるチョコレートって知ってる……?」
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