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リンちゃんは忙しい(2)
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ポケットの中には一万円、という事実にすっかり気をよくした俺は「そんな所に突っ立ってないで、座ったら」とユウイチに声をかけた。
さっき、「俺に近付くなよ」と言ったのに加えて、金を貰っていた頃に「俺には指一本触れるんじゃない」とよーくしつけていた名残なのか、ユウイチは自分の家のソファーの端に、ずいぶん遠慮しながら腰掛けた。
「……なに、その座り方」
「え? いつも、こうだけど?」
「絶対嘘だろ……」
L字型の端と端に座っているせいで、変に距離が開いているものの、ユウイチは特に気にならないのか、「最近お店、忙しいの?」「マナトが、リンちゃんとタクミ君にご馳走を食べさせるんだって何日も前から張り切っちゃって……」とごくごくマトモな話を振ってきた。
「マナトって、料理出来るの?」
「……なんでも一生懸命作るよ。マナトの作るカレーは美味しいから、カレーにしたらって、俺は何度か勧めたんだけど……」
カレーは自信がない、それにテーブル映えしないからダメだって、とユウイチは困ったように笑う。
「テーブル映え? タクミにそんな料理を食べさせてどーすんだか……」
「マナトは一生懸命スマホで、見た目が華やかな料理を調べてメモをしてたよ」
ちょっと難しいものや準備に時間がかかるものもあったけど、たぶん味は大丈夫だとユウイチは言う。さっきからキッチンにいたのは、まだ調理が終わっていなかったからなのかと納得しつつ、なんでもソツなくこなすユウイチがマナトの事をそれとなく手伝ってやったんだろうな、となんとなく察した。
ユウイチの口調は決してウンザリしている、といった雰囲気ではなく、その時のマナトの様子を噛み締めるように思い出しているみたいだった。いちいち言葉にされなくても「可愛かった……」とマナトの事を思っているのがわかって、途中からは「ふーん、良かったね」で全部受け流しはしたものの、二人が一生懸命作ったご馳走を食べるのは楽しみだった。
「……そんな盛大にもてなされるなら、もっと洒落たものを買ってくれば良かった。タクミがどうしても農協のミカンを買うって聞かなくてさ」
「どうして? ちゃんと二人で食べるよ」
「それなら、いいけど……」
タクミはいつもこうだ。俺が時々ゲイ友と遊びに行こうとする時でも「持っていけよ」と何かしらを押し付けてくる。
一番最近は「いらない、本当にいらない」と断ったのに無理矢理イチゴのパックを持たされた。渋々それを持ってゲイバーに足を運んだら、もちろんゲイ友からは爆笑された。
「『リンの彼氏ってば、可愛い~!』だって……。どこが? って感じ……。だいたいタクミは彼氏じゃないって言うのに……」
会ったことのあるユウイチやマナトに果物をあげるのはわかるけど、なぜ見知らぬ俺の友人にまで土産を渡したがるのだろう。タクミのせいで、もちろんその日はずっといじられた。
「あーあ……。悪いヤツじゃないけど、いまだにアイツが何を考えてんのかわかんない……」
「かっ……」
「え? なんか言った?」
つい、タクミの事をベラベラと喋りすぎてしまった。ノロケとか、そういうふうに思われるのは、ゴメンだ、とユウイチの方を見ると、体をワナワナさせながらカッと見開いた目で俺のことをじっと見ていた。
「ぎゃっ! なに!? 気持ち悪いんだけど……!?」
「ダメだ、か、可愛すぎる……!」
ユウイチの発した言葉を正確に文字化するのだとしたら、「だ、ダメだ……はー、はー……か、かわいすぎる……、うっ、ううっ……ああっ……! はー……」だった。一応、「近付くな」という約束は忘れていないのか、ソファーの端からは動かずに「可愛すぎるだろ……!」と勝手に悶えている。
「やめろよ! 気色悪い……! タクミのことで大騒ぎするんじゃないっ……!」
「違うよリンちゃん。タクミ君だけじゃなくて、いまだに『彼氏じゃない』なんて言うリンちゃんのこともちゃんと可愛いと思ってるよ」
「なおさら気持ち悪いんだよ!」
可愛いね、これ貰ってよ、とブルブル震える手でユウイチから二万円を差し出される。本当に気味が悪かったけど、金に罪は無いから受け取った。
なるべく接近しないように、限界まで腕を伸ばしてユウイチの手から引ったくるようにして現金をもぎ取る。腕がつりそうになりながら、必死で手にした二枚の一万円札もすぐにポケットへしまった。……こんな所で、いったい俺は何をやっているんだろう。
「……さっき話した事、変な事に使うなよ」
「変な事って? リンちゃん俺は安全だよ」
信頼していいよ、セーフティーだよ、と真面目な顔で訴えてくるユウイチはやっぱり救いようの無い変態でバカだった。
◆
結局、マナトとタクミは三十分も戻って来なかった。聞けば「ちょっと動かすだけ」とドライブに行っていたと言う。
あんなにめんどくさそうにしていたタクミも、帰って来る頃には「ジムニーにボートキャリアをつけて、自分のボートでバス釣りに行けたら最高」という話でマナトと盛り上がっていた。
二人ともお互いが指す「最高」の行方が釣りと車、と微妙にズレている事には一切気が付かないまま「いいなあ~」と何度もため息をつく。側で聞いているだけで、どうして俺の周りは惚けた奴だらけなんだろう、とウンザリした。
ユウイチのキモさにも二人とも鈍すぎるし……とタクミとマナトに対して歯痒い気持ちのまま、食事をすることになった。
ローストチキンも小さいフライパンで作ったオムレツも、とろとろしたスープも、エビがたくさん入ったサラダも、トマトパスタも美味しい。料理をしたマナトが「すっごーい! 美味しいね!?」と誰よりも大喜びして、誰よりも食べていたのには、笑ってしまった。タクミも下を向いていたから、たぶん、ひそかにウケていたに違いない。
何よりも気になったのはタクミのことをじろじろ見ながら黙って酒を飲み続けるユウイチのことだった。
マナトから愛車の感想をしつこく聞かれて「……ステッカーを貼りすぎ」と素っ気なく返事をする時や、「食べろ」とポイポイ俺の皿へ食べ物を取り分ける時等、タクミのやる事に対して、何度も意味深に頷く。
タクミが「手紙の返事を出せなくて、すいませんでした」とユウイチに謝った時もキモかった。「何回も書き直したのに、全然ダメで……」とボソボソ喋るタクミにユウイチが「お小遣い……」と小声で呟いてから、ゴソゴソし始めたからだ。
金を渡す気だ、と不審な動きにすぐ気が付いた俺が「おい」と言ったから、一応止められたものの、もし見逃していれば、間違いなくタクミは無理矢理一万円札を握らされていただろう。
ユウイチの、食事、酒、タクミを見る、の動作の配分がそもそもおかしかった。タクミをじーっと眺めながら静かに酒を飲んで、それから思い出したかのように、料理を時々口に運ぶ。どう見ても料理じゃなくて、タクミで酒を飲んでいた。
顔つきだけは真面目だけれど、どうせ頭の中では「こんなにぶっきらぼうなのに、ミカンの効能を信じていて、手土産にするって可愛すぎるだろ……!?」「もっと、『ユウイチさん、小遣いちょうだい』と寄って来てくれればいいのにな~……あ~……!」「イチゴ……。んっふ……」といった、ろくでもない事を考えて興奮しているに決まっている。
キモイ……とユウイチのことを睨み付けていると何度も目が合った。そのたびに、ユウイチは優しく目を細める。まるで、「大丈夫……。リンちゃんも可愛いよ……」と言いたげな微笑みに、怒りで体が震えた。
ユウイチに気を取られている間に、食べすぎ飲みすぎで、いつの間にかマナトは完全に出来上がってしまっていた。
真っ赤な顔でぽーっとしながら、「リンちゃん、まだ帰らないでね。今日は泊まっていってよ」と絡んでくる。
「ねえ、いくら車を買ってもらったからってさ、あんまりユウイチのことは油断しない方がいいよ。アイツ、家の中で野放し状態なんでしょ? マナトのパンツや食べ残しも盗み放題じゃん」
しっかり調教しておくように、と酔っ払ってしまっているけれど、マナトには一応忠告しておくことにした。後片付け中のユウイチにバレないように耳打ちすると、「ああ!」とマナトはニコッと笑った。
「それなら、大丈夫」
「……そうなの?」
えへへ、とはにかむマナトは呑気で、どう見てもユウイチの躾が完了しているとは思えない。ただ、「平気だよー」と頷く様子は妙に自信満々だった。
「ユウイチさんが言ってたんだよね。『俺は、脱衣カゴからマナトの脱ぎたてパンツをコソコソ盗んだりしないから安心していい』って……」
「はあ?」
「俺が『イヤ、盗まないで!』って嫌がる所が見たいから、絶対に黙って盗ったりはしないって言ってた。だから、何も盗られてないよ。いつも普通に洗濯してくれる……」
「……。ねえ、それ一番関わっちゃダメな種類の人間が言うことだよ。わかってる?」
「え~?」
俺がそう言っても、マナトは首を傾げるばかりで、危機意識が完全に抜け落ちていた。それどころかユウイチのことを「パンツを盗まないなんて、紳士的だなー」とすら思っていそうだった。
「そもそも盗まないのが人として当たり前だろうが……!」と俺が指摘すると、「確かに!」と目を丸くする。ダメだ、と頭を抱えたくなった。
……どうやらマナトはユウイチにすっかり毒されてしまっていて、完全に手遅れのようだった。
「まったく……。良いようにされちゃって……」
「……そんなことないよ。俺、リンちゃんに会って、それで、勇気を出して良かったって思ってる。ありがとー」
「……あっそ。マナトがいいんならいいけど……」
確かに、初めて会った日の元気が無くてオドオドしていた様子に比べたら、今のマナトは明るくてのびのびしている。俺にはユウイチのどこが良いのかはさっぱりわからないけれど……。
マナトとユウイチが使っている食器はさりげなくペアで揃えられているし、「好きじゃないから」という理由でユウイチがほとんど口にしないお菓子の大袋も、キッチンのカウンターに置いてある。
インテリアに上手く溶け込んでいる「一緒に買いにいった」とマナトが言っていたランタンも、きっと二人の趣味だと言うキャンプで大活躍しているんだろう。
一個一個、お互いの気持ちを擦り合わせて、二人で選んだものが溢れている部屋でマナトが「お腹いっぱい」と幸せそうに、にへ、と笑うから、俺も「まあ、いいか」と思うことにした。
さっき、「俺に近付くなよ」と言ったのに加えて、金を貰っていた頃に「俺には指一本触れるんじゃない」とよーくしつけていた名残なのか、ユウイチは自分の家のソファーの端に、ずいぶん遠慮しながら腰掛けた。
「……なに、その座り方」
「え? いつも、こうだけど?」
「絶対嘘だろ……」
L字型の端と端に座っているせいで、変に距離が開いているものの、ユウイチは特に気にならないのか、「最近お店、忙しいの?」「マナトが、リンちゃんとタクミ君にご馳走を食べさせるんだって何日も前から張り切っちゃって……」とごくごくマトモな話を振ってきた。
「マナトって、料理出来るの?」
「……なんでも一生懸命作るよ。マナトの作るカレーは美味しいから、カレーにしたらって、俺は何度か勧めたんだけど……」
カレーは自信がない、それにテーブル映えしないからダメだって、とユウイチは困ったように笑う。
「テーブル映え? タクミにそんな料理を食べさせてどーすんだか……」
「マナトは一生懸命スマホで、見た目が華やかな料理を調べてメモをしてたよ」
ちょっと難しいものや準備に時間がかかるものもあったけど、たぶん味は大丈夫だとユウイチは言う。さっきからキッチンにいたのは、まだ調理が終わっていなかったからなのかと納得しつつ、なんでもソツなくこなすユウイチがマナトの事をそれとなく手伝ってやったんだろうな、となんとなく察した。
ユウイチの口調は決してウンザリしている、といった雰囲気ではなく、その時のマナトの様子を噛み締めるように思い出しているみたいだった。いちいち言葉にされなくても「可愛かった……」とマナトの事を思っているのがわかって、途中からは「ふーん、良かったね」で全部受け流しはしたものの、二人が一生懸命作ったご馳走を食べるのは楽しみだった。
「……そんな盛大にもてなされるなら、もっと洒落たものを買ってくれば良かった。タクミがどうしても農協のミカンを買うって聞かなくてさ」
「どうして? ちゃんと二人で食べるよ」
「それなら、いいけど……」
タクミはいつもこうだ。俺が時々ゲイ友と遊びに行こうとする時でも「持っていけよ」と何かしらを押し付けてくる。
一番最近は「いらない、本当にいらない」と断ったのに無理矢理イチゴのパックを持たされた。渋々それを持ってゲイバーに足を運んだら、もちろんゲイ友からは爆笑された。
「『リンの彼氏ってば、可愛い~!』だって……。どこが? って感じ……。だいたいタクミは彼氏じゃないって言うのに……」
会ったことのあるユウイチやマナトに果物をあげるのはわかるけど、なぜ見知らぬ俺の友人にまで土産を渡したがるのだろう。タクミのせいで、もちろんその日はずっといじられた。
「あーあ……。悪いヤツじゃないけど、いまだにアイツが何を考えてんのかわかんない……」
「かっ……」
「え? なんか言った?」
つい、タクミの事をベラベラと喋りすぎてしまった。ノロケとか、そういうふうに思われるのは、ゴメンだ、とユウイチの方を見ると、体をワナワナさせながらカッと見開いた目で俺のことをじっと見ていた。
「ぎゃっ! なに!? 気持ち悪いんだけど……!?」
「ダメだ、か、可愛すぎる……!」
ユウイチの発した言葉を正確に文字化するのだとしたら、「だ、ダメだ……はー、はー……か、かわいすぎる……、うっ、ううっ……ああっ……! はー……」だった。一応、「近付くな」という約束は忘れていないのか、ソファーの端からは動かずに「可愛すぎるだろ……!」と勝手に悶えている。
「やめろよ! 気色悪い……! タクミのことで大騒ぎするんじゃないっ……!」
「違うよリンちゃん。タクミ君だけじゃなくて、いまだに『彼氏じゃない』なんて言うリンちゃんのこともちゃんと可愛いと思ってるよ」
「なおさら気持ち悪いんだよ!」
可愛いね、これ貰ってよ、とブルブル震える手でユウイチから二万円を差し出される。本当に気味が悪かったけど、金に罪は無いから受け取った。
なるべく接近しないように、限界まで腕を伸ばしてユウイチの手から引ったくるようにして現金をもぎ取る。腕がつりそうになりながら、必死で手にした二枚の一万円札もすぐにポケットへしまった。……こんな所で、いったい俺は何をやっているんだろう。
「……さっき話した事、変な事に使うなよ」
「変な事って? リンちゃん俺は安全だよ」
信頼していいよ、セーフティーだよ、と真面目な顔で訴えてくるユウイチはやっぱり救いようの無い変態でバカだった。
◆
結局、マナトとタクミは三十分も戻って来なかった。聞けば「ちょっと動かすだけ」とドライブに行っていたと言う。
あんなにめんどくさそうにしていたタクミも、帰って来る頃には「ジムニーにボートキャリアをつけて、自分のボートでバス釣りに行けたら最高」という話でマナトと盛り上がっていた。
二人ともお互いが指す「最高」の行方が釣りと車、と微妙にズレている事には一切気が付かないまま「いいなあ~」と何度もため息をつく。側で聞いているだけで、どうして俺の周りは惚けた奴だらけなんだろう、とウンザリした。
ユウイチのキモさにも二人とも鈍すぎるし……とタクミとマナトに対して歯痒い気持ちのまま、食事をすることになった。
ローストチキンも小さいフライパンで作ったオムレツも、とろとろしたスープも、エビがたくさん入ったサラダも、トマトパスタも美味しい。料理をしたマナトが「すっごーい! 美味しいね!?」と誰よりも大喜びして、誰よりも食べていたのには、笑ってしまった。タクミも下を向いていたから、たぶん、ひそかにウケていたに違いない。
何よりも気になったのはタクミのことをじろじろ見ながら黙って酒を飲み続けるユウイチのことだった。
マナトから愛車の感想をしつこく聞かれて「……ステッカーを貼りすぎ」と素っ気なく返事をする時や、「食べろ」とポイポイ俺の皿へ食べ物を取り分ける時等、タクミのやる事に対して、何度も意味深に頷く。
タクミが「手紙の返事を出せなくて、すいませんでした」とユウイチに謝った時もキモかった。「何回も書き直したのに、全然ダメで……」とボソボソ喋るタクミにユウイチが「お小遣い……」と小声で呟いてから、ゴソゴソし始めたからだ。
金を渡す気だ、と不審な動きにすぐ気が付いた俺が「おい」と言ったから、一応止められたものの、もし見逃していれば、間違いなくタクミは無理矢理一万円札を握らされていただろう。
ユウイチの、食事、酒、タクミを見る、の動作の配分がそもそもおかしかった。タクミをじーっと眺めながら静かに酒を飲んで、それから思い出したかのように、料理を時々口に運ぶ。どう見ても料理じゃなくて、タクミで酒を飲んでいた。
顔つきだけは真面目だけれど、どうせ頭の中では「こんなにぶっきらぼうなのに、ミカンの効能を信じていて、手土産にするって可愛すぎるだろ……!?」「もっと、『ユウイチさん、小遣いちょうだい』と寄って来てくれればいいのにな~……あ~……!」「イチゴ……。んっふ……」といった、ろくでもない事を考えて興奮しているに決まっている。
キモイ……とユウイチのことを睨み付けていると何度も目が合った。そのたびに、ユウイチは優しく目を細める。まるで、「大丈夫……。リンちゃんも可愛いよ……」と言いたげな微笑みに、怒りで体が震えた。
ユウイチに気を取られている間に、食べすぎ飲みすぎで、いつの間にかマナトは完全に出来上がってしまっていた。
真っ赤な顔でぽーっとしながら、「リンちゃん、まだ帰らないでね。今日は泊まっていってよ」と絡んでくる。
「ねえ、いくら車を買ってもらったからってさ、あんまりユウイチのことは油断しない方がいいよ。アイツ、家の中で野放し状態なんでしょ? マナトのパンツや食べ残しも盗み放題じゃん」
しっかり調教しておくように、と酔っ払ってしまっているけれど、マナトには一応忠告しておくことにした。後片付け中のユウイチにバレないように耳打ちすると、「ああ!」とマナトはニコッと笑った。
「それなら、大丈夫」
「……そうなの?」
えへへ、とはにかむマナトは呑気で、どう見てもユウイチの躾が完了しているとは思えない。ただ、「平気だよー」と頷く様子は妙に自信満々だった。
「ユウイチさんが言ってたんだよね。『俺は、脱衣カゴからマナトの脱ぎたてパンツをコソコソ盗んだりしないから安心していい』って……」
「はあ?」
「俺が『イヤ、盗まないで!』って嫌がる所が見たいから、絶対に黙って盗ったりはしないって言ってた。だから、何も盗られてないよ。いつも普通に洗濯してくれる……」
「……。ねえ、それ一番関わっちゃダメな種類の人間が言うことだよ。わかってる?」
「え~?」
俺がそう言っても、マナトは首を傾げるばかりで、危機意識が完全に抜け落ちていた。それどころかユウイチのことを「パンツを盗まないなんて、紳士的だなー」とすら思っていそうだった。
「そもそも盗まないのが人として当たり前だろうが……!」と俺が指摘すると、「確かに!」と目を丸くする。ダメだ、と頭を抱えたくなった。
……どうやらマナトはユウイチにすっかり毒されてしまっていて、完全に手遅れのようだった。
「まったく……。良いようにされちゃって……」
「……そんなことないよ。俺、リンちゃんに会って、それで、勇気を出して良かったって思ってる。ありがとー」
「……あっそ。マナトがいいんならいいけど……」
確かに、初めて会った日の元気が無くてオドオドしていた様子に比べたら、今のマナトは明るくてのびのびしている。俺にはユウイチのどこが良いのかはさっぱりわからないけれど……。
マナトとユウイチが使っている食器はさりげなくペアで揃えられているし、「好きじゃないから」という理由でユウイチがほとんど口にしないお菓子の大袋も、キッチンのカウンターに置いてある。
インテリアに上手く溶け込んでいる「一緒に買いにいった」とマナトが言っていたランタンも、きっと二人の趣味だと言うキャンプで大活躍しているんだろう。
一個一個、お互いの気持ちを擦り合わせて、二人で選んだものが溢れている部屋でマナトが「お腹いっぱい」と幸せそうに、にへ、と笑うから、俺も「まあ、いいか」と思うことにした。
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