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マナトの悩み事(1)

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 最近、ユウイチさんは定期的に実家へ戻る。

 妹さんのお子さん……甥っ子と姪っ子の面倒を見に行っているのかなあ? と思っていたら「親が終活を始めたから、財産のことで、いろいろ」と実家から帰ってきたユウイチさんがサラッと言うからすごくビックリしてしまった。

「……もしかしてユウイチさんのお父さんかお母さんの、具合が悪いの?」
「いや、元気だけど。いずれ相続する時にいろいろ税金の問題が出てくるから……。あと、うちには妹がいるから、そっちとの分配とか、今から考えておいた方がいいだろうということで」
「へ~……」

 とりあえず、ユウイチさんのお父さんとお母さんが元気なら良かった。それにしても、ご両親がまだ六十歳とちょっとなのに、家族みんなで集合して話し合うだけの資産があることがスゴイ。俺の母さんに「うちも同じように話し合おう」って言ったら、「兄弟三人で分ける財産なんてあるわけないよ~! 借金作らないだけで精一杯!」って笑われてしまう。
 
 お土産、とユウイチさんが買ってきてくれたシュークリームを食べながら、ユウイチさんの家はスゴイなあ、と一度も会ったことのないユウイチさんのお父さんやお母さん、妹さん。それから、すごく大きな家を勝手に想像した。

 ユウイチさんは相変わらず、甘いものを一緒に食べてくれない。黙って俺がシュークリームを頬張るのをじっと見ている。油断すると、「マナトが食べているのを見ていたら食べたくなった」って俺の食べかけを持っていってしまうから、気を付けないといけない。

「……そういえば妹には、マナトとのことを話したよ」
「へ……」
「俺の持ってるものを全部あげたいと思える人が出来たから、悪いけどたとえ死んだとしても、俺の資産はその人に全部相続出来るようにするからって……」
「えっ……!」

 ユウイチさんから俺とのことを妹さんに話したと言われて、すごく驚きはしたけど嫌では無かった。
 なんとなくユウイチさんは、自分の家族には俺とのことをソッとしておいて欲しいと思っているように見えた。頻繁に実家に顔を出すようになって、妹さんに対して「話してみよう」と思えるキッカケが何かあったのかもしれない。

「妹さんはなんて……?」
「……『いいんじゃない。家族以外の人にお金をあげちゃいけないなんて決まりはどこにも無いし』って。それもそうだって……少し気が楽になった」
「そっかあ……」

 前々から「なぜか、アンパンマンのチョコを甥や姪に買い与えていることがバレてすぐ怒られる」とユウイチさんから妹さんのことを聞いていて、勝手にサバサバした女の人を想像していた。「いいんじゃない」という反応も、やっぱりすごくサッパリしている。
 こんなに優しくして貰っていいのかなー……って思っていた俺も「ダメなんて決まりはどこにも無い」って言って貰えたみたいだって、なんだか妹さんの言葉に少しだけホッとしてしまう。


 すでに俺の銀行口座にはユウイチさんから百万円が振り込まれている。お金を振り込んでくれた日の夜、通帳を眺めながらユウイチさんが静かにお酒を飲んでいたのを思い出した。

「何、やってるんですか!?」
「マナトに送金したという事実に酔いしれながら、酒を飲んでる」
「ええ~っ!?」

 その日の夜は「あまりに進みすぎた」という理由で、泥酔してしまったユウイチさんを介抱した。部屋まで連れていって布団をかけてあげたら、ユウイチさんは何かムニャムニャ言いながら寝てしまった。
……眺めている俺まで嬉しくなってしまうほど、幸せそうな顔だった。



 まだ一緒に暮らし始めたばかりだけど、ユウイチさんとはすごく上手くいっている、と思う。

 一人だと適当に済ませてしまいがちなご飯も、一緒に食べてくれる人がいるなら「作ろうかなー」と思えるし、ユウイチさんは面白いことをいっぱい言って俺を笑わせたりビックリさせたりする。
 飲みに誘ってくる同僚さんから逃げ回る、というジョークの切れ味はいつだって鋭いし、俺が料理を作れば「店ごと買い取らせて」と必ずボケてくれる。
 

 一緒に住んでいてもユウイチさんはやっぱりユウイチさんだって、感じることもある。
 最近、俺が職場の人に車で送ってもらった時は「……どっか行ってきた?」と、なぜか体臭が違う事にすぐ気が付いて、それで……俺のことを捕えて身体中の匂いを嗅ぎだした。

「ダメっ……! シャワーを浴びないと……! ユウイチさん、やめて、やだっ……!」
「なんだか良い匂いがするよ……」
「良い匂いは、職場の人の車の匂いですっ……!」
「なるほど、職場の人の車の匂いか……」
「いやだっ……嗅がないで、恥ずかしい……」
「……人の車の匂いとマナト本来の匂いが混ざると、なんて深みのある香りになるんだろう……興奮する……」

 深みのある香りって!? と混乱するばかりで、ユウイチさんの言いたいことはさっぱりわからなかった。
 ユウイチさんは俺の体の匂いをクンクンと嗅ぎまくった後「目覚めてはいけない何かに本格的に目覚めてしまいそう」と意味深なことを言ってトイレに消えていった。……目覚めてはいけない何か、もやっぱり意味不明で、唯一わかったことは絶対抜きに行ったんだってことだけだった。



 もうすぐ、二人で暮らすようになってから初めてのクリスマスがやって来る。
 ディーラーの定休日は毎週水曜日と決まっている。今年のクリスマスは土曜日だから「えー……仕事だ……」と落ち込んだ。それなのに、同じ整備士の先輩から「25日は代わりに出るから、休みを28日と交代してくれない?」と言われて迷わずオーケーした。

「ユウイチさん、今年はクリスマス当日に一緒に過ごせるんだよ! ちゃんとクリスマスの日にサンタの帽子をかぶせた俺にイタズラ出来ますよ!」

 良かったねー、と喜んでいると、ユウイチさんに笑われてしまった。

「えっ!? なんで、笑うの?」
「スゴイことをあんまり元気に宣言するから……ハハハ……」

……ちゃんと約束をしたんだからしょうがない。ユウイチさんは「無理をしなくてもいい」って遠慮をするけど、俺だってユウイチさんに喜んで欲しい。
 脱ぎたてのパンツを渡すのも、サンタの帽子をかぶるのも恥ずかしいけど……、でも、心のどこかでは「手を縛られて、何をされるんだろう」「バイブを使ったら、ユウイチさんに入れて貰っている時みたいに、気持ちよくなれるのかな」って期待してしまっている。


 せっかくクリスマスプレゼントだからと思って、すごく恥ずかしかったけどパンツは二人で選んで、ネット注文した。

「……ユウイチさん、こういうパンツは好き?」
「……好き」
「これは?」
「大好き」
「……これは?」
「これはパンツじゃない。ランジェリーとかショーツとかそういう分類」
「え!?」

 
 ユウイチさんはレース状のパンツは好みじゃないのか、「これはパンツじゃない」と見向きもしなかった。「なに、そのこだわり!?」と思ったけど、女の人が履くような白やピンクの薄いレースで出来たパンツは俺だって恥ずかしくて絶対に履けないから、むしろちょうど良かった。

 それでもユウイチさんが、「絶対マナトに似合うよ。履いてる所を見せて」と選んだのは、すごく小さなビキニパンツだ。通販ページにあるモデルの写真ですら、割れ目が見えてしまっているようなすごく小さいパンツだ。どうしよう、ってちょっとだけ迷った。
 でも……、ユウイチさんに喜んで欲しかったから、すごくドキドキしながら「いいよ」ってオーケーした。



 早く、ユウイチさんにクリスマスプレゼントをあげたい。
 そう思っていたのに……。


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