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★【同人誌より】真珠色のボタン
しおりを挟む陸ちゃん、駅に着いたらすぐに連絡してね、自分でなんとかしようとか、サプライズとか、そんなことを考えて駅から離れたりしたらダメだからね……。
昨日の夜、電話で葉月君に言われたことを思い出しながら、ぎゅっと手の中のスマートフォンを握りしめる。
夕べは「心配しすぎだよー」って葉月君のことを笑ったけど、初めて降りた知らない駅の前に一人で突っ立っているとなんだか心細くなる。「着いた」って連絡したらすぐ来るって言ってたのに、葉月君が全然来ないからだ……って心の中で拗ねていると、ポン、と肩に手が乗せられて飛び上がりそうになった。
「うわああっ……!?」
「久しぶり、陸ちゃん」
フフ、隙だらけだったね、と笑われてしまったのが恥ずかしくて悔しい。
だけど、ずっとずっと葉月君に会える日を待ち焦がれていたから、結局何も言い返せずに「葉月君……!」と名前を呼んだだけで、なんだか胸がいっぱいになってしまった。
「……なかなか会えなくてごめんね」
「ううん! いいよ! 葉月君、やっぱり毎日忙しいよね!? ご飯とかちゃんと食べてる? 休みの日は休めてる? あああっ……! 葉月君……!」
「ちょっと……。俺は大丈夫だよ、大丈夫だからちょっとは落ち着きなって」
行こ、と肩を叩かれて、どっちの方向へ向かえばいいのかもわからないまま、葉月君の後を着いて行く。
葉月君の服装は白いシャツに薄手のカーディガンというシンプルなものだった。
髪の毛の色を明るくしていた時は派手な柄物も身に付けていたのに、髪を黒くしてしまってからは、そういう服はほとんど着なくなってしまっている。
葉月君はスラッとしているから、パッと人目を引くような色や柄の服を着ていなくても、充分かっこいいし、遠くからでも目立つ。
ロングカーディガンの色はベージュで、履いているデニムとの相性がいい。裾をロールアップしても可愛くなるんだから葉月君はスゴイ。俺が同じようにすると、すごく田舎ものっぽくなってしまうのに。
葉月君の髪は、相変わらず襟足の部分はサッパリと短くて、色も黒のままだ。前髪だけはちょっとだけ伸ばしてサイドに流している。
葉月君が前に、「俺は目が離れてるからさ、目の上で直線を作っちゃうと、よりそれが強調されるんだよね……。だから、前髪を流して、見る人の視線を分散させる必要がある」と教えてくれた。よくわからないけど、やっぱり葉月君ってカッコイー……と見とれていたら、「陸ちゃん、ぼやっとしてたら危ないよ」って注意されてしまった。
「ゴメン……。久しぶりに会ったら、葉月君がかっこよくて、それで嬉しくて……!」
「……かっこよくないし」
「かっこいいよー」
「……陸はまだ、そのシャツ着てくれてるんだ?」
「うん! だって大好きな服だし!」
今日は何を着て葉月君に会いに行ったらいいんだろう? ってすごくすごく迷って、結局葉月君から初めて貰ったリバティプリントのシャツを選んだ。
もう何度も着ているけど、いい服だからなのかプリント部分の色が褪せることもなく、俺のこともお洒落に見せてくれる。
だけど、最近、大学で講義が終わった時に上から三つ目のボタンが急に取れてしまったことがあった。しかも、転がっていってしまったのか、足元を探してもなかなか見つからなくて「どうしよう! 大事なシャツなのに!」ってすごく焦った。
遠目からだとただの白いボタンだけど、よーく見ると、角度によって真珠やシャボン玉みたいに虹色に表面が輝く。代えのきかない特別なボタンが……! と必死で探していたら近くの席に座っていたグループの人達が「大丈夫?」って気にかけてくれて……。
「俺の一番大事な服だよ……。もちろん葉月君から貰った服は全部大事だけど」
胸元の柔らかくて控えめに輝くボタンに視線を移すと、「見つけてくれて本当に本当にありがとうございました!」って何度も頭を下げた時のことを思い出した。
「……そんなこと言われたら、また何かあげたくなるじゃん」
「ほんとー!? じゃあ、ちょうだい!」
外ではあまりベタベタしたらダメだから、「ねー」って甘えるのは我慢した。服が欲しいからじゃなくて、葉月君と会うのをずっと我慢していたから、たくさんくっつきたいし、たくさん話したい。早く二人きりになりたくて、気持ちだけが焦ってしまっていた。
◆
他の人よりもずいぶん遅くスタートした葉月君の就職活動は無事に終わりを迎えた。
最終的に葉月君は東京特別区の職員に合格した。
他にもあちこち受けてはいたみたいだけど、特別区がイケそうだって思った瞬間から、気が抜けて他の所の試験では力が発揮出来なくなったのだと言っていた。
すごいね、ってはしゃぐ俺を見て「採用人数が多くて、人気があまり無い所を受けたから……」と葉月君は照れ臭そうにしていた。
葉月君が家族と暮らす家から採用が決まった区役所までの移動時間は五十分くらいだ。だから、一人暮らしはしないで実家から通勤するのかな? と思っていたら、「家を出る」と宣言して、さっさと単身用の賃貸物件を契約してしまった。
葉月君は大学を卒業してしまうけど、電車に乗れば会える距離に住んでいるんだから大丈夫、きっと何も変わらないよね、と思っていた。
葉月君は慣れない生活で忙しいんだから「いつ遊べる?」と俺からは絶対聞いちゃダメだって、葉月君に余裕が出来て「会おうよ」って声をかけて貰えるのをずっと待っていた。
四月になって最初の土日は「疲れて起きられない。家も片付けないといけない」と言う葉月君に「おつかれさま。ゆっくり休んでね」と伝えるだけで充分だった。その次の休日は葉月君が熱を出した。高熱で苦しんでいる葉月君から届いた「身体中が痛い。でも、月曜日までに熱を下げなきゃ」というメッセージを見た時は、葉月君が、かわいそうでかわいそうで、思わず涙ぐんでしまった。その翌週は俺がバイトがあって会えなかった。
だから、前まではこうやって並んで歩くのなんて当たり前だったのに、今ではそれが、すごく特別なことのように感じられる。
「静かでいいところだね……。昔ながらのお店も残ってるし……」
オープンから四十年以上は経過していそうな年季の入った中華料理屋の看板を見ながら思わずそう呟くと、「昔は中の方なんかすごく汚くて、ここだけ高度経済成長期か、って感じだったよ。この十年くらいでずいぶん綺麗になったけど」と葉月君がダルそうな声で答えた。
「……住んでたことあるの?」
「俺のおばあさんがね。もう死んじゃったけど」
「そうなんだ……」
葉月君は合格した時も「当たり前だけど、ギリギリだったよね」と澄ましているばかりで、とりあえず安心はしているみたいだけど、喜んでいるのかそうじゃないのかはよくわからなかった。
そんな様子を見ていると、本当は別の区に行きたかったのかなあと感じることもあった。だけど、こうして葉月君と話していると縁のある場所で採用されたってことは良いことなのかな? と思えた。
葉月君の家は駅から歩いて十分くらいの場所にある三階建てのマンションだった。移動する間に高い建物の前をたくさん通ってきたせいなのか、ずいぶん小さく見える。ファミリーマートとイオンとセブンイレブンが近いし、築年数もまだ浅い、綺麗な物件だった。
一人暮らしのワンルームの部屋なんてお洒落をしようにも限界がある……と思っていたのに、葉月君は狭い部屋であろうと自分のスタイルを貫いている。
お気に入りのシャツはハンガーラックを活用し上手に「見せる収納」をしているうえに、曲線フレームの大きな姿見まで置いてあって、まるでアパレルショップみたいだった。
「すごい! 葉月君の部屋、すごくお洒落だね……!」
「そう? 無印とイケアのフル活用だよ。それに、引っ越してきたばかりの頃はもっとごちゃごちゃしてたし……最近になってようやく片付いた」
「もしかして間接照明だけで生活してたりする……!?」
「まあ……。普通に部屋で過ごす分には……」
「わあ……! すっごいねー……」
カーテンがピッタリと閉じられていて昼間なのになんだか薄暗い葉月君の部屋では、フロアスタンドの柔らかい明かりに家具が照らされて、全体が垢抜けて見える。
いいなあ、ってあちこち覗いているだけでも楽しかった。部屋の端から端までチョロチョロ歩き回る俺の側から葉月君は離れようとしなかった。たぶん、「これなに?」って勝手にあちこち開けられるのを警戒されているのかもしれない。……葉月君のセンスを参考にしたいだけなのに。
「ねー、葉月君、俺の部屋もプロデュースしてよ」
「……いいけど、ゲーセンで取ったぬいぐるみは全部処分するよ?」
「それは嫌だ……! せっかく葉月君の元バイト先で取ったのに……!」
「じゃあ、無理。諦めな」
「そんなあ……」
ガックリと肩を落とすと、「よしよし」って葉月君が俺の髪をグシャグシャにしてくる。せっかく早起きして寝癖を直したけれど、こんなふうに構って貰えるのも久しぶりだったから「うひ」って笑って、デレデレしてしまう。
「ね、陸……。この辺りは遊ぶところなんか何もないからさ、夕飯の時間までずっと部屋にいようよ」
「わかった! えっと、じゃあ何をする? 久しぶりだから、い、一緒にいるだけでも嬉しいね……」
俺の言葉に「うん」と頷いた後、座ろうよ、って葉月君はベッドに並んで腰かけるように促してきた。
「ベッド新しく買ったの? ……そっか、実家にも置いてないと帰った時に葉月君の寝床が無くて困るよね!」
「……そうだね」
「えっと、あのさ……」
聞いて欲しいことがたくさんあった気がするのに、言葉に詰まってしまう。せっかく二人きりになったのに……と自分で自分をもどかしく感じていた時だった。
「え? わ、葉月君……?」
「はー……。ごめん、久しぶりに会ったからさ、ずっとずっと陸に触りたくて……」
「うん……」
なんの前触れもなく、思いきり抱き締められてビックリしたのは一瞬のことで、すぐに「俺も」って葉月君の体に腕を回した。
俺の大好きな甘い良い香りがする。葉月君と同じ香水を買おうとお店に行ったものの、店頭に置いてあるサンプルの匂いをあれこれ嗅いでいたら気分が悪くなってしまったことがあった。きっと葉月君がつけてるから良い匂いになっているんだよね、ってバレないようにこっそりクンクン匂いを嗅いだ。
「陸、好きだよ……」
「うん……」
葉月君の手が俺の頬に触れる。キスして貰えるんだ、って言われなくてもわかった。ぎゅ、と目を閉じると唇に柔らかいものが触れた。
「ん、んぅ……」
いまだに舌を使うキスの正解はわからないけど、葉月君の舌を受け入れるのは気持ちがいい。時々、舌の先で上顎をくすぐられるとすごくくすぐったい。そのたびにモゾモゾ身を捩っていると、葉月君は俺の体を両腕でしっかり捕まえた。
葉月君の長い指が、俺のシャツのボタンを一つずつ外していく。インナーを着ているから体を見られているわけじゃないのに、これからする事への期待で心臓がバクバクとうるさい。
「あ……、あのさ、葉月君」
「うん……?」
「体、綺麗にしてきてもいい……?」
葉月君は黙ったままだった。キョトンとした後、何度かパチパチと瞬きをして、それから「いいの……?」と首を傾げた。
「うん……。今月は一度もしてないし、それに俺、ずっとしたかった……」
恥ずかしくて遠回しな言い方になってしまったけど、なんとか自分から「セックスしたい」って葉月君を誘えた。「怖い」って挿入されることを渋っていた時から考えると、自分でもちょっと「俺ってすごく進化してる……!」ってビックリしてしまう。
「俺もしたかったよ。……陸の体が大丈夫そうなら、今日は最後までしたいから、準備してきてくれる?」
「……はい」
ありがと、って優しく笑いかけられると、こうやって誘えるようになったのは、葉月君が優しいからだよね、って「進化」について誇らしく思っていた自分が恥ずかしい。
待っててね、ってコソコソとお風呂場へ向かった。そのまま勢いにまかせて……とはいかないのが不便で、ちょっぴり気まずい。
◆
葉月君の二十二歳の誕生日の日に、初めて最後までセックスをした。
ただ寝ているだけで、最初から最後まで葉月君に任せっきりではあったものの、終わった後は「出来た……! 俺、すごく頑張った!」って、嬉しい気持ちになった。
それからしばらくしてから、二回目をする前に「陸ちゃんの体に負担がかかるから、挿入までするのは月に一回だけにしよう」ということを葉月君が言い出した。
確かに事前の準備も大変だし、まだ挿入されている時の快感もよくわからない。正直言ってフェラをして貰って葉月君の口の中に射精する方が、挿入されている時よりも気持ちいい。
だけど……、これは本人に言ったら絶対怒られるから葉月君には言えないけど、俺に入れてる時の葉月君がすごく可愛かったから「また最後までしてみたいな」って思う。月に一回くらいだったら大丈夫かも、と思えたから「わかった」って葉月君の提案を受け入れることにした。
それからは、ちゃんと「挿入するのは月に一回だけ」という約束を守りながら、葉月君とセックスをした。挿入したらすぐに出したくなってしまうことについて葉月君は、「おかしいなー……」「本当にいつもはこうじゃないんだよ」といつも一人でブツブツ言っていた。
「ちょっとでも長くしたいのにさー……。全然ダメで嫌になるよ」
「なんで? 全然ダメなんかじゃないよ……!」
射精する直前、観念したような声を絞り出しながら「嫌だ、出したくない」としがみついてくる葉月君は可愛い。このまま葉月君のことを受け入れ続けていたらますます好きになってしまうことは確実だった。
葉月君に触れたり、触れて貰ったりするのことは大好きだから、最後までしない日でも……舐め合ったりとか、お互いのをくっつけて擦るとか、そういうことをたくさんした。月に一回のセックスの日は俺が怖い思いをしないようにって、葉月君はいつも気遣ってくれた。俺が少しずつ葉月君を受け入れることに慣れていくにつれて、葉月君も「入れた瞬間、出そう」ということはなくなってしまって、それが少し寂しい。
だけど葉月君の就職が目前に迫った三月だけは、二人で決めた約束を破って、一ヶ月に二回セックスしてしまった。
ホワイトデーの日にすでに一回していたのに、いよいよ葉月君が引っ越す、という月末にもした。その日は、二人ともほとんど喋らずに、着ていた服も床に脱ぎ散らかしたまま、時間も忘れて何度も交わった。
「あっ、あっ、待って……はげし……、だめ……! はづきくん……」
いつもの、優しく慎重に俺のことを扱う時とは別人みたいだった。
何度も早く激しく抜き挿しが繰り返される。葉月君はこれから始まる生活への不安を全部ぶつけるみたいにして、一度終わった後も俺のことを絶対に離さなかった。
葉月君に抱き締められながら、体を揺さぶられて、固くなった性器で奥の深い所をグリグリされると、頭がぼーっとしてきて何も考えられなくなる。
一回だけで終わりじゃない、というのはその日が初めてだったから、二回目の途中からはうつ伏せでヘロヘロになってしまった。「あれ……? 今、コンドームって、つけてくれてるのかな……?」って、そんなことさえもわからないまま、最後は寂しくて、切なくて、苦しくて「葉月君」って名前を呼びながらちょっとだけ泣いてしまった。
もう二度と会えなくなるわけでもないし、飛行機に乗らないと会えないような遠距離恋愛をするわけでもない。それでも、今までとはいろいろなことが変わってしまうことは確かで、それが悲しく感じられた。
……終わった後に確かめたら、葉月君はコンドームをちゃんとつけてくれていた。あんなふうに激しく求められたのは初めてだった。体はしんどかったし、葉月君は「ゴメンね」って何回も謝ってきたけど……ちっとも嫌なんかじゃなかった。
今日は久しぶりだから、また激しくされたりするのかなー……ってドキドキしながらシャワーを浴びた。
◆
体を綺麗にしたからもういいよね! と思ってシャワーの後に葉月君の所へ直行したら、「俺も体を洗うからまだだよ」ってスルッと逃げられてしまった。
葉月君は一度お風呂に入ると出てくるまでが長い。リンスなのかトリートメントなのかよくわからないけど、シャンプーの後には、さらに何かを使っているみたいだし、タオルで髪の毛をガシガシ拭きながら出てくるなんてこともしない。今日も時間かかるんだろうなー……と、葉月君を待つことを寂しく感じていたら、思っていたよりもずっと早く葉月君は戻って来た。
「えっ……!? 早いね? 忘れ物……?」
まさか、パンツでも忘れたんだろうか。勝手に寝転んでいたベッドから飛び起きて、葉月君の下半身をジロジロ見ていたら、「忘れ物じゃないよ」って葉月君がベッドに入ってきた。
「早くしたかったから……。すっごい急いで出てきた」
「えっ……!」
「……だから、髪がボサボサ」
良い匂いがする柔らかそうな髪のどこがボサボサなのか、俺にはさっぱりわからなかった。だけど、本人は気にしているみたいだったから、手櫛で直してあげようと、そうっと手を伸ばしたら、まだほんのり毛先が湿っていた。急いで出てきたって言うのは本当みたいだった。
「あの、葉月君、髪の毛は……」
いいの、って聞く前に唇が塞がれる。俺、待てるよ、だから髪の毛直してきていいよ、葉月君の髪柔らかいね、良い匂いがする……。
伝えようとしていたことは、何もかもどうでもよくなってしまって、夢中で葉月君にしがみついた。好き、大好き、会いたかった、と口にする代わりに何度もキスをした。
「ん……んんっ……」
俺の着ている服の裾が、葉月君の手でどんどんずり上げられる。電気は全部消しているのに、まだ昼過ぎだから部屋の中は夜に比べたらずっと明るい。このまま何もかもを見られてしまうのは恥ずかしいけれど、それよりも、葉月君に触って欲しくて堪らなかった。
「あっ……」
「ゴメンね。手が冷たい?」
「ううん……。ん、んぅ……」
葉月君の手で胸を撫で回されると、それだけのことで、性器へどんどん熱が集まっていく。葉月君となかなか会えないことをたくさん我慢していたから、その分だけ長く触れ合っていたい。それなのに体は焦るばかりで、「早く」って急かすみたいに足がモゾモゾ動いた。
「あっ、あ……、きもちいい……」
葉月君の唇が胸に触れる。片方の乳首を吸われながら、もう片方を指先で弾かれると気持ちがよくて、我慢したいのに声が漏れる。
「ん、く、ううっ……」
ペロペロと舌先で乳首を舐めまわされた後に、思いきり吸い付かれた。じん、と痺れるような痛みも、気持ちがいい。もっとして、って葉月君の頭を抱えるようにして、自分の胸を押し付けた。
「あっ……、きもちい……、葉月君すき……」
好き、に答えるように葉月君は俺の胸元に、ちゅっ、ちゅ、と何度も口付けた。
「陸ちゃんゴメン、痕残っちゃうかも……」
「ん……」
葉月君にそう言われて、自分の胸元を確認してみたものの、痕が残るのかどうかはぼんやりした頭ではよくわからなかった。噛まれたわけではないけど、確かに皮膚を唇で軽く挟まれたり、思いきり吸われたりはしていた。
「いいよ。いっぱいつけて……」
誰に見られるわけでもないし、葉月君がつけた痕なら、体のあちこちに残ってしまったとしても構わなかった。だから、開いた足を捕まえられて、内腿に何度も吸い付かれた時も、恥ずかしかったけど「いっぱい痕をつけて」って葉月君に自分からせがんだ。
◆
葉月君から「今日は陸が上に乗ってみる……?」と提案された時はビックリして、すぐにぶんぶん首を横に振った。
「む、無理だよ……! 俺、絶対出来ない……」
「なんで……? ここ、すっごく柔らかくなってるし、大丈夫だよ」
「あ、やめてよ……触っちゃ嫌だ……」
時間をかけて葉月君の指でほぐして貰った場所は、少し触られただけで、ひくりと反応する。
だけど、上に乗るなんてしたことが無いから、心の準備が出来ていない。「アナルセックス 騎乗位」でググってからじゃないと嫌だって必死で訴えた。そしたら、なぜか俺が一生懸命になればなるほど葉月君はクスクス笑った。
「笑わないでよ!」
「ゴメンゴメン……。陸が可愛いから……。陸、べつに難しいことじゃないよ。それに、上に乗って陸の好きなように動いたら、きっとすごーく気持ちいいよ」
「え……。そ、そうかな……」
「やってみて嫌だったらすぐにやめればいいだけだし。ね? 少しだけ試してみようよ。いつもよりずっと気持ちいいよ」
「いつもより気持ちいい……?」
絶対無理だって思っていたのに、優しい声で葉月君が誘惑してくる。それでも、二回くらいはダメって言ったけど、最終的には「はい」って頷いてしまった。「騎乗位はダメ……!」って確かに思っていたのに、葉月君の甘い囁きで「ちょっとならいいかも……」と心変わりさせられてしまった。「悪魔の囁き」ってこういうことを言うのかもしれない。
「ゆっくり乗ってみてよ」
「うーん……」
「恥ずかしいなら、上に着てるものはそのままでもいいよ?」
「じゃあ、そうする……」
葉月君だって上は着たままだから、俺だけ全部脱ぐのは恥ずかしい。下は全部脱いでいたけど、上は葉月君から借りたTシャツをずり上げていただけで、まだ脱いでない。とりあえず、全裸にはならないで、仰向けで寝ている葉月君の上に緊張しながら跨がった。
「支えててあげるから、ゆっくり……」
「うう……」
ローションをたくさん塗った葉月君の性器はヌルヌルしていて、腰を支えて貰えていなかったら、一気に入ってしまいそうだった。葉月君が「ゆっくりだよ、一気に入れたら痛いからね」って何度も言うのに、うんうん唸りながら、少しずつ少しずつ葉月君のを受け入れる。
「あ、あ、んぅっ……、入ってる……」
「大丈夫……? 嫌……?」
「だいじょぶ、嫌じゃない……」
好きなように動くって、どうしたらいいんだろう。いつも寝転がってるだけで、葉月君に任せっきりの俺にはハードルが高い。
「こう……? わかんな、あっ……」
「陸ちゃん上手だよ、もっとして……?」
「ん、んうっ……!」
いつもより気持ちいいかどうかはわからないけれど、葉月君が上手だって言ってくれてるのを信じて、ぎこちなく腰を前後に動かす。
「はづきくん、俺、いっぱい我慢した……」
「……ごめんね、なかなか会えなくて」
「ちが……、きょう、セックスするために、ずっと抜いてなくて……」
「えっ……」
そうだったの、と葉月君がまじまじと俺の性器を見つめてくる。さっき舐めて綺麗にして貰ったのに、先走りでたくさん濡れてしまっていた。
「本当だ……。いつも、挿入されてる時は萎えちゃってるもんね。触っていい……?」
「ん、んんっ……!」
「ゴメンね、いっぱい我慢させてゴメンね」
葉月君が気を遣って、今日は挿入はやめよう、しゃぶってあげるよ、なんて言い出したけど、嫌だってちゃんと断った。
「やだっ……葉月君と、セックスしたくて我慢したのに……抜いちゃ、いやだあ……」
「陸ちゃん……」
葉月君のが入ってくる時はまだ少し怖いし、前を触って貰えないと射精出来ない。だけど、やっぱり今日は葉月君とちゃんとセックスがしたい。
他の誰かとは出来ない、葉月君との大事な行為だって、離れてからより強く感じるようになった。抜かないでって、モゾモゾ腰を前後に動かすたびに、シーツが擦れる音がする。
「……かっわいいね、陸は本当に……」
「あっ! まって……動いちゃダメ……!」
「ちょっとだけ我慢して……」
「う……、はづきくん、好き……。もっとしたい、だから、待って、止まって……!」
動けなくなってしまった俺のことを葉月君は下から突き上げて揺さぶった。止まってよ、と情けない声をあげていると手首を捕まえられて、グイ、と引っ張られる。べたりと張り付くようにして、葉月君の体に倒れ込んだ。
「陸ちゃん……」
「あ、ん、んんっ……! まって……もっとしたい、もっとゆっくり……」
「……陸」
葉月君は何か言いたそうな顔をしてから、ぎゅうっと俺を抱き締めた。そして、「なんでもない」と言った。何か言いたいことがあるの? って聞きたかったけど、ナカをいっぱいにされた状態で性器を触られて、何も言えなくなってしまった。
葉月君大好き、も上手く言えないまま、気持ちいいことに抗えずにたくさん出してしまった。
◆
まだ夕御飯には早い時間だったけど、冷たい水をガブガブ飲んだ後、俺のお腹がぐーぐー鳴ってしまったから、二人で外へ出ることにした。
セックスの後はラーメンかそば、寿司は無理、と前に言っていたのはやっぱり本当みたいで、葉月君は俺を中華料理のお店に連れていった。
葉月君の家へ向かう途中で見かけた時から、古い看板と建物だな、と思っていたけど、お店の中も「昔ながらの」という言葉がピッタリな雰囲気だった。
壁に貼られているメニューは紙の色が薄茶色になっているし、テーブルも椅子も年季が入っている。お店のおばさんが、じーっと熱心に見上げている壁掛けのテレビだけは新しくてやけに大きかった。
葉月君は注文する時は、お店の人に何を聞かれたとしても「普通」としか答えてはいけない、と俺に何度も言い聞かせた。
「なんで?」
「大盛りって言うと、二人前の量が来るし、辛くしてって言うと、舌が痺れるくらい辛い麻婆豆腐や担々麺が出てくるから」
「え~っ……!」
すごくお腹が空いていたけど、ちゃんと葉月君の言いつけを守って、麻婆豆腐と豚カツが乗っているご飯の「普通」サイズを頼んだ。葉月君は、透き通ったスープの醤油ラーメンを選んだ。
葉月君は区役所内の、土木部施設管理課に配属されてからのことをポツポツと話した。毎日あちこちの施設を回っていること。緑の作業服を着せられるのが死ぬほど嫌なこと。一度、仕事をやり残して帰ってしまったことに気が付いて、夜中にもう一度職場に戻ってタクシーで帰ってきたこと……。
「……大変だけど、いろいろな人の気持ちがわかるから、それだけは良かったって思う」
「そうなの?」
「うん……。古い建物を回って、これくらいのスペース、俺ならギリギリ通れるなとかさ、これくらいの段差どうってことないじゃん、って今までなら気にも留めなかった場所も、車椅子とかベビーカーを押す人は困るだろうなあとかさ……。遊んでばかりで気にしてなかったことが俺には山程あるんだなーって、今、勉強中」
今日は勉強も休みだけどね、と葉月君は笑った。葉月君すっかり大人になったんだ、って当たり前のことに対して、なぜか上手く言葉が返せない。
スプーンでボロボロになった豆腐を集めていたら、「タバコをやめるキッカケを無くした」と葉月君が呟いた。
「そうだった! そういえば、禁煙しようとしてたよね……!」
「うん……。でも、タバコを吸ってるってことで、『なんだ! 仲間かよ』って可愛がってくれる先輩や上司がいてさ……。やめるにやめられなくなっちゃった。本当は仕事ぶりで良く思われるべきなのにさ……」
あーあ、と葉月君はため息をついた。
「すぐにみんな葉月君の良いところをわかってくれるよ……!」
「そうかなあ……」
「そうだよ!」
いつも澄ましていて、弱味を見せない人だけど、本当はとっても優しい心を持った人です! ということが葉月君の職場の人に伝わりますようにと祈らずにはいられなかった。
◆
お腹がいっぱいになった帰り道。近くのコンビニかイオンで飲み物とお菓子を買おう、と相談しながら二人で歩く。お店に向かっている途中、「……陸ちゃんって、卒業したらどうするの?」と葉月君から聞かれた。
「就職するよ?」
「そうじゃなくて……。あのさ……。卒業しても、島には帰らないで。俺、陸ちゃんと一緒にいたい。……ゴメン、それしか言えないけど」
「葉月君、俺、卒業しても帰らないよ?」
子供の頃から、「故郷で仕事がしたいと思ったとしても、一度は外に出ないとダメだよ。そうじゃないと、自分の生まれ育った場所の良いところも悪いところもわからなくなってしまうよ」とお父さんとお母さんから言われ続けてきたから、戻る気なんてちっともなかった。
お父さんとお母さんが「たった一人しかいない子供を県外に出すなんて、なんてバカなことをするんだ。二度と戻ってこなくなるに決まってる」って親戚のおじさんやおばさんから怒られているのを見た時は心がシクシクと痛んだし、俺が家からいなくなることに対して、お母さんがこっそり泣いているのも知っていた。だけど、それでも、子供の頃から教えられてきたことを信じたかった。
「……お父さんとお母さんとも、そういう約束をしてるから、俺、卒業しても帰らない」
「そうなの? 良かった……」
はー、と葉月君が大きなため息をついた。
「本当はセックスの時に、言いたかったんだけどさー……」
「へ!?」
「上は普通に服を着てるのにさ、下では繋がってるっていうのがエロいなーって思ったらそれどころじゃなくなった」
「言わないでよ、もう! 恥ずかしいよ……!」
「フフ……。それから、大事な事はああいう時に言うのは卑怯かなーと思って」
「うん……。あの時に言われたらどんなことでもオーケーしちゃうかも……」
やっぱりあの時、何か言いたそうだったのは気のせいじゃなかったんだ……。しかも、一緒にいたいとか、そんな事を考えていたなんて……。セックスのことも思い出してしまって、途端に恥ずかしくなる。
「やっぱり? ……だからさ、良い返事はちゃんと聞かせて欲しいなーと思って」
照れてキョロキョロと視線をさ迷わせる俺の顔を葉月君が覗き込んでくる。良い返事、を期待している自信に満ち溢れた明るい表情と声色だった。
初めて「一緒にいて」と言てくれた時、葉月君はボロボロ泣いていたけれど、今は全然違う。
「……俺も、葉月君とずっと一緒にいたい」
「サンキュー」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。子供の頃から両親にそう教えられたとか、やっぱり都会でまだまだ挑戦してみたいとか、そう言ったこととはべつで「大好きな人の側にいたい」という理由が出来てしまった。
きっと他の何かでは代わりがきかないような、俺の心を動かす力のあるものだってわかった。すごく大事な事を約束してしまったような気がして、顔が熱い。
視線を落とすと、胸元で真珠色のボタンが柔らかく光っていた。
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