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いじわるギツネ
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ほら穴の中にいる間は落ち込んでいるようだったが、狐の里に着いてしまえば、アオイは見る見るうちに明るくなっていった。
俺のいた世界と全然違う。人がいっぱいいてゴチャゴチャしているわけでもないし、すっごく静かで落ち着くところだね。ねえ、ニンゲンギツネってスゴイね、動物園や山にいる普通の狐とは違うの?と思ったことをどんどん口に出しては、ふふっ、とさも可笑しそうに笑う。
すれ違う他のニンゲンギツネどもが「おっ」という顔で、アオイと俺のことを見てくるのが、鬱陶しくて堪らなかった。
「甘い匂いがする!」と寄って来た里一番の食いしん坊にベシャベシャになった饅頭とワンカップの酒を売りつけることだけは忘れなかったものの、その他のニンゲンギツネからの「ホタルが連れているその人間は……?」という視線には気が付いていないフリをすることにした。
聞かれたことに答える前に、とりあえず「お兄さん」と呼ぶのはやめろ、と俺が言うと、「ホタルって呼んでもいいの?」とアオイはパッと顔を輝かせた。
それから、その後に「ホタルって狐なのに、ホタルなの?」ととぼけたことを言い出した。
「……人間だって、リュウだの、ヒバリだの、好き勝手に他の生き物の名前を自分の子供につけるじゃないか」
「……それもそうだね」
忘れてた、とアオイは肩をすくめた。
外にいるととにかく他のニンゲンギツネの視線が気になって仕方がない。
「おーい!」と声もかけられたけど、とにかく無視をして、さっさとアオイを家に押し込んだ。
寺の掃除でしょっちゅう里を離れるから、という理由でほら穴の近くに住み始めたものの、こういう時はすぐに身を隠せる、という意味でも有難い。
「あの、俺はこの家で何をすれば……?」
腕を掴まれたアオイはどことなく不安そうだった。
何をされるかわからなくて怖い、と言うよりは、言われたことを自分がキチンとやり遂げられるか、ということに対して自信がないようだった。
「本当はすっごく酷いことをするつもりだったけど……、今日来たばっかりの人間、ましてや子供にはちょっとね……。優しい俺に感謝しろよ」
「……はい」
こんなに弱々しい人間をいじめているのがバレたら人間愛護派の連中に何を言われるかわかったもんじゃない。
最近は人間の女との付き合い方にもグチグチグチグチ、口を挟んでくるからうるさくて堪らない……とついブツブツ言うのが止められなくなる。
「人間愛護派ってなに…?」と俺の後ろをチョロチョロしているアオイに、「ほら、さっさとやるよ」と側に来るように手招きした。
□
「赤いきつね……?」
トロくさいと思っていたものの、さすがのアオイもこの食べ物がなんなのかだけはすぐに理解出来たようだった。
「これを俺が作ればいいの……?」
「そうだよ。わかっているんなら、さっさとやって貰おうか」
「好きなの……?やっぱり狐だから?」
「赤いきつねは、里で暮らす連中の心を一番熱くする食べ物だよ」
「ええ~?」
赤いきつねが発売された当時は、狐の里中で大ブームになった。
あの頃は俺も、多い時で一日に6回も人間界と狐の里を往復して、あちこちのスーパーへ赤いきつねを買いに行った。
もちろん、自分で食べる分を買うためだけじゃなくて、他のニンゲンギツネに「赤いきつねを買ってきて」とおつかいを頼まれていたからだった。
アオイにはちゃんと規定量である410mlちょうどのお湯を準備させてから、待ち時間である5分をきっちり時計で計らせた。
本当は厄介者であるアオイには、一口も食べさせるつもりなんか無かった。
けれど、雨に打たれた後のべしゃべしゃな饅頭を「汚れがついていてもいいから食べたい」と言うほど腹ペコな人間を無視することは出来ないので、仕方なくアオイに自分自身の分も作らせた。
……俺は人間の前で「いいだろう」と赤いきつねを自慢しながら食べるのが昔から大好きだ。
人間が人間のために開発した赤いきつねを、人間の視線を感じながら食べていると、ただでさえ美味い赤いきつねが、何倍も美味く感じる。
これをやると、若い人間の女から「……ホタルって、意外と可愛いところもあるのね」とでも言いたげな顔をされるのが少し不満に感じられるが、こればっかりはやめられない。
人間愛護派からは「お前がやってることはグレーだからな」と何度か注意もされている。それでもやめようとは一度も思わなかった。
ボーッとしているアオイでも、これくらいのことでなら俺の役に立つだろうと思って連れてきた。
それなのに、アオイが痩せていて、腹ペコなせいで、結局はそれすらも出来ない。
アオイはそんな俺の気も知らずに「美味しい」と夢中で赤いきつねを食べている。
「……こんなに美味しいもの、久しぶりに食べた」
「えっ……。本当に?わかる?この良さが」
「うん……。ねえ、緑のたぬきも食べたりする?」
「……その話はやめようか」
「あっ、うん。ごめんなさい……」
フー、フー、と息を吹き掛けた後、ズルズルと麺を啜っては、たまにむせる。
アオイは箸の使い方が絶望的に下手くそで、いっそ手で食べた方がマシなんじゃないかと思えるような、ひどい食事の仕方だった。
「……君は大人なんだか、子供なんだかよくわからない生き物だね」
「……俺ですか?そんなこと言われたことない……。いつも本当の年より三歳くらい幼く見られるから……」
「ふうん……」
確かにアオイは痩せていて小さい。箸の持ち方は、ようやく人間の姿に化けられるようになった小さいニンゲンギツネと同じくらいヒドイ。
だけど、時々フラッと墓場へやって来る時、アオイの表情はいつも暗く沈んでいた。
ジュースや饅頭を口にした時だけ、ほんの一瞬口元を綻ばせてホッとした表情を浮かべているのは何度か見たことがある。
けれど、コソコソと食べものを探している間は常に怯えているようだったし、墓場を出ていく時は何かを諦めたような表情で、トボトボと帰っていく。
今まで何度かアオイと同じ年頃の子供達の集団が、墓場で悪さをしているのを目にしたことがある。
彼等はアオイと違って、大声で騒いだり、仲間どうし突っつきあったり、お供え物を触ったりしてはクスクス笑う。
アオイのように、一人でやって来て、墓石に供えられたものに手を伸ばして、それを食べたりはしない。
騒がしくて、よく笑う彼等のような人間を「子供」と言うのだと思っていたから、俺はアオイのことを「小さい大人」だと思っていた。
「……全く。子供ってだけでも気がひけるのに、細いときたら、俺だけが赤いきつねを食べてる姿を見せびらかすなんて、到底無理じゃないか……。ああ、損した……」
「……ごめんなさい。あの、俺の分のお揚げをあげるから、許してください……」
「いらないよ。バカにしてんの?」
「バカになんてしてない……」
もちろん本当はアオイの分のお揚げを取り上げて「ああ、美味しい」と食べてやりたかった。……俺は麺よりも、スープの染み込んだお揚げが大好きだからだ。
「……いいからさっさと食べろよ。……もっと太って貰わないといつまでも意地の悪いことが出来なくて、こっちが困るんだよ」
「うん……」
俺はなんて手のかかる人間を拾ってしまったんだろう、と頭を抱えたくなった。
連れて帰ってきてしまったのだから、しょうがない。
真面目な顔で赤いきつねを作る姿や、「美味しい」と大喜びで食べる様子を思い出して、アオイはきっと悪い奴では無いはずだ、と自分を無理やりに納得させた。
俺のいた世界と全然違う。人がいっぱいいてゴチャゴチャしているわけでもないし、すっごく静かで落ち着くところだね。ねえ、ニンゲンギツネってスゴイね、動物園や山にいる普通の狐とは違うの?と思ったことをどんどん口に出しては、ふふっ、とさも可笑しそうに笑う。
すれ違う他のニンゲンギツネどもが「おっ」という顔で、アオイと俺のことを見てくるのが、鬱陶しくて堪らなかった。
「甘い匂いがする!」と寄って来た里一番の食いしん坊にベシャベシャになった饅頭とワンカップの酒を売りつけることだけは忘れなかったものの、その他のニンゲンギツネからの「ホタルが連れているその人間は……?」という視線には気が付いていないフリをすることにした。
聞かれたことに答える前に、とりあえず「お兄さん」と呼ぶのはやめろ、と俺が言うと、「ホタルって呼んでもいいの?」とアオイはパッと顔を輝かせた。
それから、その後に「ホタルって狐なのに、ホタルなの?」ととぼけたことを言い出した。
「……人間だって、リュウだの、ヒバリだの、好き勝手に他の生き物の名前を自分の子供につけるじゃないか」
「……それもそうだね」
忘れてた、とアオイは肩をすくめた。
外にいるととにかく他のニンゲンギツネの視線が気になって仕方がない。
「おーい!」と声もかけられたけど、とにかく無視をして、さっさとアオイを家に押し込んだ。
寺の掃除でしょっちゅう里を離れるから、という理由でほら穴の近くに住み始めたものの、こういう時はすぐに身を隠せる、という意味でも有難い。
「あの、俺はこの家で何をすれば……?」
腕を掴まれたアオイはどことなく不安そうだった。
何をされるかわからなくて怖い、と言うよりは、言われたことを自分がキチンとやり遂げられるか、ということに対して自信がないようだった。
「本当はすっごく酷いことをするつもりだったけど……、今日来たばっかりの人間、ましてや子供にはちょっとね……。優しい俺に感謝しろよ」
「……はい」
こんなに弱々しい人間をいじめているのがバレたら人間愛護派の連中に何を言われるかわかったもんじゃない。
最近は人間の女との付き合い方にもグチグチグチグチ、口を挟んでくるからうるさくて堪らない……とついブツブツ言うのが止められなくなる。
「人間愛護派ってなに…?」と俺の後ろをチョロチョロしているアオイに、「ほら、さっさとやるよ」と側に来るように手招きした。
□
「赤いきつね……?」
トロくさいと思っていたものの、さすがのアオイもこの食べ物がなんなのかだけはすぐに理解出来たようだった。
「これを俺が作ればいいの……?」
「そうだよ。わかっているんなら、さっさとやって貰おうか」
「好きなの……?やっぱり狐だから?」
「赤いきつねは、里で暮らす連中の心を一番熱くする食べ物だよ」
「ええ~?」
赤いきつねが発売された当時は、狐の里中で大ブームになった。
あの頃は俺も、多い時で一日に6回も人間界と狐の里を往復して、あちこちのスーパーへ赤いきつねを買いに行った。
もちろん、自分で食べる分を買うためだけじゃなくて、他のニンゲンギツネに「赤いきつねを買ってきて」とおつかいを頼まれていたからだった。
アオイにはちゃんと規定量である410mlちょうどのお湯を準備させてから、待ち時間である5分をきっちり時計で計らせた。
本当は厄介者であるアオイには、一口も食べさせるつもりなんか無かった。
けれど、雨に打たれた後のべしゃべしゃな饅頭を「汚れがついていてもいいから食べたい」と言うほど腹ペコな人間を無視することは出来ないので、仕方なくアオイに自分自身の分も作らせた。
……俺は人間の前で「いいだろう」と赤いきつねを自慢しながら食べるのが昔から大好きだ。
人間が人間のために開発した赤いきつねを、人間の視線を感じながら食べていると、ただでさえ美味い赤いきつねが、何倍も美味く感じる。
これをやると、若い人間の女から「……ホタルって、意外と可愛いところもあるのね」とでも言いたげな顔をされるのが少し不満に感じられるが、こればっかりはやめられない。
人間愛護派からは「お前がやってることはグレーだからな」と何度か注意もされている。それでもやめようとは一度も思わなかった。
ボーッとしているアオイでも、これくらいのことでなら俺の役に立つだろうと思って連れてきた。
それなのに、アオイが痩せていて、腹ペコなせいで、結局はそれすらも出来ない。
アオイはそんな俺の気も知らずに「美味しい」と夢中で赤いきつねを食べている。
「……こんなに美味しいもの、久しぶりに食べた」
「えっ……。本当に?わかる?この良さが」
「うん……。ねえ、緑のたぬきも食べたりする?」
「……その話はやめようか」
「あっ、うん。ごめんなさい……」
フー、フー、と息を吹き掛けた後、ズルズルと麺を啜っては、たまにむせる。
アオイは箸の使い方が絶望的に下手くそで、いっそ手で食べた方がマシなんじゃないかと思えるような、ひどい食事の仕方だった。
「……君は大人なんだか、子供なんだかよくわからない生き物だね」
「……俺ですか?そんなこと言われたことない……。いつも本当の年より三歳くらい幼く見られるから……」
「ふうん……」
確かにアオイは痩せていて小さい。箸の持ち方は、ようやく人間の姿に化けられるようになった小さいニンゲンギツネと同じくらいヒドイ。
だけど、時々フラッと墓場へやって来る時、アオイの表情はいつも暗く沈んでいた。
ジュースや饅頭を口にした時だけ、ほんの一瞬口元を綻ばせてホッとした表情を浮かべているのは何度か見たことがある。
けれど、コソコソと食べものを探している間は常に怯えているようだったし、墓場を出ていく時は何かを諦めたような表情で、トボトボと帰っていく。
今まで何度かアオイと同じ年頃の子供達の集団が、墓場で悪さをしているのを目にしたことがある。
彼等はアオイと違って、大声で騒いだり、仲間どうし突っつきあったり、お供え物を触ったりしてはクスクス笑う。
アオイのように、一人でやって来て、墓石に供えられたものに手を伸ばして、それを食べたりはしない。
騒がしくて、よく笑う彼等のような人間を「子供」と言うのだと思っていたから、俺はアオイのことを「小さい大人」だと思っていた。
「……全く。子供ってだけでも気がひけるのに、細いときたら、俺だけが赤いきつねを食べてる姿を見せびらかすなんて、到底無理じゃないか……。ああ、損した……」
「……ごめんなさい。あの、俺の分のお揚げをあげるから、許してください……」
「いらないよ。バカにしてんの?」
「バカになんてしてない……」
もちろん本当はアオイの分のお揚げを取り上げて「ああ、美味しい」と食べてやりたかった。……俺は麺よりも、スープの染み込んだお揚げが大好きだからだ。
「……いいからさっさと食べろよ。……もっと太って貰わないといつまでも意地の悪いことが出来なくて、こっちが困るんだよ」
「うん……」
俺はなんて手のかかる人間を拾ってしまったんだろう、と頭を抱えたくなった。
連れて帰ってきてしまったのだから、しょうがない。
真面目な顔で赤いきつねを作る姿や、「美味しい」と大喜びで食べる様子を思い出して、アオイはきっと悪い奴では無いはずだ、と自分を無理やりに納得させた。
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