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ユズルさん
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俺はユズルさんのことが、大大大大好きだ。
初めて知り合った日のユズルさんはピカピカだった。身に付けていた服も靴も、大学生になるために買い揃えた新しいものだって一目でわかったからだ。
留学するよりもずっと前から日本語の勉強をしていたから、正直、大学での日本語の授業は簡単すぎて退屈だった。日本の学生はどんなふうに中国語を学んでいるんだろう、と聴講に行った初級クラスにユズルさんはいた。
「……カードしか使わないから現金を持たない? もしかして金持ちか?」
「金持ちじゃないよー……」
学食も大学内のコンビニもカードが使えないということをすっかり忘れてしまっていた。それで、初めて知り合ったユズルさんに、財布を持っていないです、お腹が空きました、と助けを求めるとラーメンを食べさせてくれた。
若い時の苦労は買ってでもした方がいい、という故郷の両親の教育方針で、クレジットカードの限度額は中国で貰っていた小遣いの半分以下に引き下げられてしまっている。日本に着いたその日のうちに靴代で、二十二万円を使ってしまったというのに。
学生寮は信じられないくらい狭くて汚くて騒がしいうえに、大学にはまだ日本人の知り合いは一人もいない。
「中国に帰りたいねー……」
「えっ、なんで? 来たばっかりなのに?」
「ホームシックです……」
親切なユズルさんは「何かあったら連絡しろ」と連絡先を教えてくれた。その日の夜に、「ユズルさん、明日も面倒見て欲しいねー」とすぐに電話をかけた。ユズルさんは「こんな時間に何を考えてんだ!」ってプリプリ怒っていたけど、翌日の朝、ブスッとした顔で学生寮の前まで迎えに来てくれた。
次の日、そのまた次の日もユズルさんは時間が合えば俺を迎えに来た。いつの間にか一緒にいるのが当たり前になって、三歳年下のユズルさんは日本で最初で出来た、一番頼りになる、一番大好きな友人になった。
◆
ユズルさんと一緒に過ごす毎日は楽しい。
俺のクレジットカードの限度額がいくらに設定されているのかがバレた時は「お前、こんだけ貰っといて生活が苦しいって……舐めてんのか?」となぜかすごく怒られたし、「中国では餃子は主食だよー、ご飯やうどんと同じ」と何回言ってもユズルさんは信じてくれない。水餃子だけでお腹をいっぱいにする俺を見てユズルさんはいつも引いているけど、なにも問題ない。
正直言ってユズルさんが焼き餃子と白米を一緒に食べている時は「いやいやいや、それって、ざるそばをオカズに白米をモリモリ食べてるのと一緒ですから!」って、俺もドン引きするけど、ユズルさんがそうしたいのなら、文化の違いくらいどうってことない。俺はユズルさんより三歳も年長だし、何よりユズルさんのことが大好きなのだから。
ユズルさんは一緒にいて楽しいだけじゃなくて、なにせ顔がいい。アイドルを意識した見た目のチャラついている男性は大学にたくさんいるけど、ユズルさんは少年漫画の主人公みたいな顔をしている。
真っ黒な髪の毛は、毎朝鏡の前で頑張ってツンツンにセットしている。意志の強そうな目は、目頭から目尻までスッと平行な二重幅が印象的で、鼻は小さくて、笑った時も小鼻が膨らんだりしない。正面から眺めると目だけが印象に残る顔なのに、横から見るとちゃんと鼻は高いところが、漫画に出てくる男みたいだった。
あんまり愛想はよくなくて、ぶっきらぼうと見せかけて、面倒見がよくて優しい性格もキャラクターっぽくていい。それに加えて、「女? 今はべつに……。男と遊んでる方が楽しいし……」と言って、ガールフレンドも作らずに、バイクばっかりいじっている。硬派で友情を大切にしていて、顔もかっこいいなんて……。しかも、ちょっと煽ると100%本気で怒ってくる。アニメを見るのと同じくらい、ユズルさんにちょっかいを出すのは面白かった。
◆
ユズルさんは優しいから「お前、アニメが好きなのか?」って、秋葉原での買い物にも付き合ってくれた。俺が一番好きなアニメは二年前に二期の放送が終わって以来、まだ続編は作られていない。だから、どのショップにも今放送中のアニメのグッズしか並んでいなくて、いくら探しても俺の欲しいものは見つからなかった。
「ユズルさん、もう帰るね、きっとどこにも売ってないねー……」
「デカイ店ばっかり行くからダメなんだ」
もっと知る人ぞ知る、みたいな店に行けばあるだろ、とユズルさんがズカズカ入っていった店は、駅からちょっとは歩くもののそこそこ有名な店だった。だけど、黙ってユズルさんの後に続いた。
「……あった、リィ、お前の好きなのいた」
よかったな、とユズルさんが店の隅っこに追いやられた「今はあんまり人気が無いアニメだけど一応まとめてグッズを並べて置いてあるコーナー」から見つけ出してくれた寝そべりぬいぐるみは、俺の推しキャラとは似ても似つかなかった。
たくさん女のキャラクターが出てくるアニメを見ると、「全員同じ顔だろ」としか言わないユズルさんは、いつまでたっても俺の推しが覚えられない。だけど、「ども、ありがと」って迷わず買った。 「めんどくせーからメルカリで買え」と言ったって良かったのに、宝探しをするみたいに、ユズルさんが付き合ってくれたのが嬉しかったからだ。
「さすがにパンツの下はなんにもないねー」
「当たり前だろこのバカっ! 気色悪いこと言ってないでさっさと出るぞっ!」
「薄い本を枕の下に敷いて催眠音声流すといい夢見れるねーこれ日本式ねー」
「そんな話聞いたことないわ!」
寝そべりぬいぐるみを買ったら、ちょうどカードの限度額がいっぱいになってしまって、夕飯はユズルさんに奢って貰った。「バカヤロウ! 毎日毎日無駄遣いをするからだっ!」って、すごくすごく叱られた。
「ユズルさん、ごめんなさい。俺、もうしない」
「……騙されないからな」
お前の下手くそな日本語は全部演技だって、俺はわかっているんだからな、ってユズルさんは腹を立てていたみたいだけど、最終的には「一緒に帰るぞ」ってアパートに俺を連れて帰ってくれた。
数えきれないくらい怒らせてばかりだけど、ユズルさんはすごくすごく、俺に優しい。
初めて肌を合わせることになっても、それは変わらなかった。
初めて知り合った日のユズルさんはピカピカだった。身に付けていた服も靴も、大学生になるために買い揃えた新しいものだって一目でわかったからだ。
留学するよりもずっと前から日本語の勉強をしていたから、正直、大学での日本語の授業は簡単すぎて退屈だった。日本の学生はどんなふうに中国語を学んでいるんだろう、と聴講に行った初級クラスにユズルさんはいた。
「……カードしか使わないから現金を持たない? もしかして金持ちか?」
「金持ちじゃないよー……」
学食も大学内のコンビニもカードが使えないということをすっかり忘れてしまっていた。それで、初めて知り合ったユズルさんに、財布を持っていないです、お腹が空きました、と助けを求めるとラーメンを食べさせてくれた。
若い時の苦労は買ってでもした方がいい、という故郷の両親の教育方針で、クレジットカードの限度額は中国で貰っていた小遣いの半分以下に引き下げられてしまっている。日本に着いたその日のうちに靴代で、二十二万円を使ってしまったというのに。
学生寮は信じられないくらい狭くて汚くて騒がしいうえに、大学にはまだ日本人の知り合いは一人もいない。
「中国に帰りたいねー……」
「えっ、なんで? 来たばっかりなのに?」
「ホームシックです……」
親切なユズルさんは「何かあったら連絡しろ」と連絡先を教えてくれた。その日の夜に、「ユズルさん、明日も面倒見て欲しいねー」とすぐに電話をかけた。ユズルさんは「こんな時間に何を考えてんだ!」ってプリプリ怒っていたけど、翌日の朝、ブスッとした顔で学生寮の前まで迎えに来てくれた。
次の日、そのまた次の日もユズルさんは時間が合えば俺を迎えに来た。いつの間にか一緒にいるのが当たり前になって、三歳年下のユズルさんは日本で最初で出来た、一番頼りになる、一番大好きな友人になった。
◆
ユズルさんと一緒に過ごす毎日は楽しい。
俺のクレジットカードの限度額がいくらに設定されているのかがバレた時は「お前、こんだけ貰っといて生活が苦しいって……舐めてんのか?」となぜかすごく怒られたし、「中国では餃子は主食だよー、ご飯やうどんと同じ」と何回言ってもユズルさんは信じてくれない。水餃子だけでお腹をいっぱいにする俺を見てユズルさんはいつも引いているけど、なにも問題ない。
正直言ってユズルさんが焼き餃子と白米を一緒に食べている時は「いやいやいや、それって、ざるそばをオカズに白米をモリモリ食べてるのと一緒ですから!」って、俺もドン引きするけど、ユズルさんがそうしたいのなら、文化の違いくらいどうってことない。俺はユズルさんより三歳も年長だし、何よりユズルさんのことが大好きなのだから。
ユズルさんは一緒にいて楽しいだけじゃなくて、なにせ顔がいい。アイドルを意識した見た目のチャラついている男性は大学にたくさんいるけど、ユズルさんは少年漫画の主人公みたいな顔をしている。
真っ黒な髪の毛は、毎朝鏡の前で頑張ってツンツンにセットしている。意志の強そうな目は、目頭から目尻までスッと平行な二重幅が印象的で、鼻は小さくて、笑った時も小鼻が膨らんだりしない。正面から眺めると目だけが印象に残る顔なのに、横から見るとちゃんと鼻は高いところが、漫画に出てくる男みたいだった。
あんまり愛想はよくなくて、ぶっきらぼうと見せかけて、面倒見がよくて優しい性格もキャラクターっぽくていい。それに加えて、「女? 今はべつに……。男と遊んでる方が楽しいし……」と言って、ガールフレンドも作らずに、バイクばっかりいじっている。硬派で友情を大切にしていて、顔もかっこいいなんて……。しかも、ちょっと煽ると100%本気で怒ってくる。アニメを見るのと同じくらい、ユズルさんにちょっかいを出すのは面白かった。
◆
ユズルさんは優しいから「お前、アニメが好きなのか?」って、秋葉原での買い物にも付き合ってくれた。俺が一番好きなアニメは二年前に二期の放送が終わって以来、まだ続編は作られていない。だから、どのショップにも今放送中のアニメのグッズしか並んでいなくて、いくら探しても俺の欲しいものは見つからなかった。
「ユズルさん、もう帰るね、きっとどこにも売ってないねー……」
「デカイ店ばっかり行くからダメなんだ」
もっと知る人ぞ知る、みたいな店に行けばあるだろ、とユズルさんがズカズカ入っていった店は、駅からちょっとは歩くもののそこそこ有名な店だった。だけど、黙ってユズルさんの後に続いた。
「……あった、リィ、お前の好きなのいた」
よかったな、とユズルさんが店の隅っこに追いやられた「今はあんまり人気が無いアニメだけど一応まとめてグッズを並べて置いてあるコーナー」から見つけ出してくれた寝そべりぬいぐるみは、俺の推しキャラとは似ても似つかなかった。
たくさん女のキャラクターが出てくるアニメを見ると、「全員同じ顔だろ」としか言わないユズルさんは、いつまでたっても俺の推しが覚えられない。だけど、「ども、ありがと」って迷わず買った。 「めんどくせーからメルカリで買え」と言ったって良かったのに、宝探しをするみたいに、ユズルさんが付き合ってくれたのが嬉しかったからだ。
「さすがにパンツの下はなんにもないねー」
「当たり前だろこのバカっ! 気色悪いこと言ってないでさっさと出るぞっ!」
「薄い本を枕の下に敷いて催眠音声流すといい夢見れるねーこれ日本式ねー」
「そんな話聞いたことないわ!」
寝そべりぬいぐるみを買ったら、ちょうどカードの限度額がいっぱいになってしまって、夕飯はユズルさんに奢って貰った。「バカヤロウ! 毎日毎日無駄遣いをするからだっ!」って、すごくすごく叱られた。
「ユズルさん、ごめんなさい。俺、もうしない」
「……騙されないからな」
お前の下手くそな日本語は全部演技だって、俺はわかっているんだからな、ってユズルさんは腹を立てていたみたいだけど、最終的には「一緒に帰るぞ」ってアパートに俺を連れて帰ってくれた。
数えきれないくらい怒らせてばかりだけど、ユズルさんはすごくすごく、俺に優しい。
初めて肌を合わせることになっても、それは変わらなかった。
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