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4.他人の噂話

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 これで何度目のあくびだろう。オレは隠しもせずに大口を開けた。結局、昨日は一睡もできなかった。
 相変わらず雨は降り続いていて、さらに精神的に落ち込ませていた。

「暇なのは分かりますが、あくびをするならこっそりとやりたまえ」

 オレが所属している二番隊の副隊長が、呆れたようにそう言って、オレの目の前に資料の束をどかりと置いた。

「これで最後です。終わったら帰ってよろしいですよ」
「……逆に、終わらなきゃ帰れないってことだよね」

 大きな溜息をついた。資料の束を掴んで窓から放り投げたい気分だ。

「昨日は休みだったのでしょう? なぜそんなに疲れているのです?」
「あ、もしかして、昨日は一日中お楽しみだったとか?」

 今まで死んだ目をしながら黙々と作業を続けていた先輩オメガのエリックが、とたんに精気を吹き返し、瞳を輝かせながら話に入ってくる。
 噂が大好きで、情報通。オレが二番隊で唯一仲良くしているオメガで、彼に色々と情報を流して貰っている手前、無下にはできない。しかし、余計な情報を彼に与えると、たちまち新聞に載ってしまうので要注意だ。

「お楽しみというか……、まあ、昨日は一日中ルカと一緒にいたけどね」
「お前ら、冷めているようで仲がいいよな」

 エリックの言葉に、自分たちが他人からどう見られているのか、ふと興味が湧いた。

「冷めてるように見える?」
「だって、お前ら、互いに他のオメガやアルファと平気でセックスしているだろう? 割り切った関係なんだとばかり思ってたよ」

 実際に、割り切った関係のはずだ。少なくとも、最初はそのはずだった。

「でも、一日中一緒にいられるっていいよな。俺なんて、半日も無理。これが俗に言う倦怠期って奴?」

 肩を竦めたエリックに、副隊長は呆れた顔をする。

「貴方達はまだ五年目でしょう」
「そうッスけど……。副隊長はどうなんッスか?」
「私ですか? 私は……、そうですね、出会って二十年ともなると、空気みたいな存在とでもいうのでしょうか。いてもいなくても同じです」
「それ、空気みたいな存在って、意味が違っているような気がするッス……。でも、二十年でそれかぁ。凄いなぁ。俺はそろそろうんざりしてきたかも。俺もたまには浮気しちゃおうっかなぁ」
「相手との関係がますます気まずくなっても良いなら、浮気も結構ですが」

 副隊長は、咎めるように言った。

「そうッスよね。その点、ウィルフレッドはいいなぁ。ルカ公認で浮気できて」
「別に、公認とかそういうわけじゃないし」

 羨ましそうに言われて、少々不愉快な気持ちになる。
 ルカは何も言わないが、公認というわけではない。見て見ぬ振りをしてくれているだけだ。
 眉をしかめて黙り込んだオレに気が付きもせず、エリックは続ける。

「俺たち最大の敵は、魔物じゃなくて、自分のツガイとのマンネリ化じゃないかと、最近思うんッスけど」
「そうですね。ツガイと険悪な関係になったアルファはある意味死と隣り合わせです」
「そういえば、ルークのところは室内別居中らしいッスよ。たった一年なのに。そのせいで、ツガイのアルファは他のオメガの所に入り浸りらしいッス。デビーのところは、室内別居中にアルファが死んで、新しい嫁ぎ先を探しているらしいッス。やっぱり、マンネリ化は恐ろしいッス」

 さすがは情報通のエリックだ。しかし、手に入れた情報をすぐに人に話したがるところは頂けない。

「自分のツガイと上手くやっていくのも、オメガの大切な努めです。アルファはオメガがいないと生きていけません。ルークやデビーのようになりたくなければ、どうやったら良好な関係を続けていけるか、互いにゆっくりと話し合った方がよろしいでしょう」

 副隊長に諭されて、エリックは、

「そうッスねぇ。最近ご無沙汰だったし、今日にでも誘ってみるかなぁ」

 と顔を赤らめた。

「その前に、この資料の山を片付けるのが先です」
「げぇ。折角忘れてたのに」
「現実逃避をしても無駄です。私も自分の分が終わったら、手伝って差し上げます」
「お願いします!」
「だからといって、サボったら許しません」
「うへぇ」

 二人のやりとりを尻目に、オレは上の空のまま、機械的に手を動かしていた。
 ルカと出会い、ツガイになって三年。
 一人とこんなに長く付き合ったことがないから、未知の世界だった。
 オレは、同じ男と一年以上関係を持ったことがない。
 しかし、ルカは違う。
 一度ツガイになったら、どちらかが死ぬまでは関係を絶つことができない。
 この先も、ずっとルカと一緒にいなければいけないのだ。

 ――もし、ルカがオレに飽きたらどうなるんだろう。
 
 自分のそばにルカがいない未来を想像して、ぶるりと体が震えた。
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