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1.ユーリちゃんの礼服姿

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 暇を持てあましたオレ、ウィルフレッド・ボウは、住居棟と図書館を繋ぐ外廊下の階段部分で日向ぼっこをしながらまどろんでいた。
 夜は深い眠りにつくことができないので、寝不足になってしまう。そんな時は昼間に外に出て、人気のない場所でうたた寝をしている。
 それでも、深い睡眠には至らず、ちょっとした気配で目が覚めてしまう。
 小さな広場を挟んだ向かい側の外廊下に、人の気配を感じて顔を上げた。
 唯一の親友であるユリシーズ・キャンベルが、図書館の方角に向かって慌てたように走っていた。普段はのんびりしている彼が走っている姿を見るのは初めてだ。遠くからでも分かる白金の髪がキラキラと輝いている。
 忙しそうなので声をかけるのは止めようと思ったけれど、彼が見慣れない恰好をしていたので、つい声をかけてしまう。

「ユーリちゃん! その恰好どうしたの?」

 高い建物に囲まれた外廊下は、ちょっとした声でも響き渡る。
 慌てた様に走っていたユーリちゃんが足を止めて、きょろきょろと辺りを見回した。

「こっちこっち!」

 立ち上がって大きく両腕を振ると、オレの姿に気が付いたユーリちゃんが、嬉しそうに顔を綻ばせた。
 相変わらず可愛い笑顔に、オレもつられて笑顔になる。
 ユーリちゃんが広場の中を横切り、オレの方に走ってきた。
 オレは慌ててユーリちゃんの元に駆け寄った。

「呼び止めてごめん。急いでたんじゃないの?」
「ま、まだ、時間……、ある……」

 ゼイゼイと息を切らしたユーリちゃんが、途切れ途切れに答えた。
 オレは、背中を撫でてやる。とても小さくて華奢な背中だ。

「ユーリちゃん、その恰好はどうしたの?」

 ユーリちゃんが落ち着いたのを見計らって、先ほどと同じ質問を繰り返す。
 初めて見る軍服姿。しかも、国王に謁見するときに着用する礼服だ。
 小柄で幼い顔立ちをしているユーリちゃんにはあまり似合っていない。
 似合っていないというのは語弊があるかもしれない。しっくりこなくて現実味を感じないのだ。

「国王陛下に会うために、ブロデリック王城へ行くんだ」

 少々自慢げに胸を張ったユーリちゃんに、聞き方を間違えたなと思った。
 礼服を着ているということは、国王に謁見しに行くことしか考えられない。礼服は必要な時以外に着用してはならないからだ。
 オレが聞きたいのは、なぜ国王に会いに行くのかと言うことだ。

「なんで王様に会うことになったの?」
「よく分からないんだが、アナトリー隊長と共に陛下から呼び出しを受けた」

 ユーリちゃんの説明が要領を得ないのはいつものことだが、知っていてわざとはぐらかしているということもあり得る。
 オメガは拠点としているこのコーネル城から簡単に出ることができない。わざわざ国王がオメガを呼び出すなど、余程のことなのだろう。
 オレは、探りを入れるようにユーリちゃんの顔を見つめた。

「アナトリー隊長は分かるけど、ユーリちゃんも一緒に? 今、エルモ国との関係が悪化していることと関係あるのかな?」
「分からないが、とりあえず行ってくる」

 嘘を付いているようには見えない。
 本当にユーリちゃんは何も聞かされていないらしい。

「うん。まあ、戻ってきたら詳しく話を聞かせてよ」
「分かった。また近いうちにお茶会をしよう」
「それいいね。楽しみにしてる」

 ふとユーリちゃんのツガイのことを思い出した。ツガイとは、オメガのパートナーのような存在である。
 ユーリちゃんのツガイは、グレゴリー・エヴァンズという、生真面目な青年だ。

「ね、その恰好、グレッグも見たの?」
「ああ。殆どグレゴリーが着せてくれた。……あ、その、着方が複雑で分からなくて……」

 人に着替えを手伝って貰ったことを自らばらしてしまったことに気が付いたユーリちゃんは、恥ずかしそうに言い訳を付け足した。
 確かに、不器用で要領の悪いユーリちゃんが礼服を着るには、少々手間取るかも知れない。見ていられなくて手助けをするグレッグの姿が目に浮かぶ。
 そして、そんな彼の心情を察することができた。

「グレッグは褒めてくれた? 可愛いよ、とか、――麗しいよ、とか」

 真っ先に出てきた感想は、「可愛い」だった。それ以外の言葉が出てこず、辛うじて「麗しい」という言葉をひねり出した。凜々しいとか、格好いいとか、お世辞にも思うことができない。
 しかし、ユーリちゃんの軍服姿は胸にぐっとくるものがある。
 不釣り合いだからこそ漂う、そこはかとないエロティックさと、愛おしさを兼ね備えているのだ。
 まあ、言い方は悪いけど、程よいコスプレ感がある。

「グレゴリーは何も言わなかったが? それに、この姿を見て可愛いというのは失礼だぞ」

 ユーリちゃんはムッとした顔をする。
 年齢に見合わず幼い顔立ちをしていることや、中性的で一見女性に間違われる容姿を酷く気にしている。
 可愛いという言葉に敏感で、そう言われると不満そうな顔をする。それがまた可愛らしくて、ついからかってしまいたくなるのだが。

「ふーん。グレッグがユーリちゃんのこの姿を見て何も言わなかったってことは、よっぽど自我を押し殺してたってことだね」

 オレの言葉に、ユーリちゃんはよく分からないと言ったように小首を傾げた。
 言葉の意味を聞きたそうにしているユーリちゃんに、

「もう行かなきゃいけないんじゃないの?」

 とわざと急かすように言った。走っていたのだから、それなりに急いでいたのだろう。
 ユーリちゃんは慌てた様に、ポケットの中の懐中時計を取り出して時間を確認する。

「ああ、そろそろ行かないと間に合わない。本の返却が今日までだから、先に返してこようと思って……」
「オレが返しておこうか?」
「本当か?  あ、いや、しかし……」

 一瞬、ユーリちゃんは嬉しそうな顔をしたが、図々しいと思ったのだろう。すぐに神妙な顔つきになって言葉を濁した。

「オレが呼び止めちゃったんだし、遅刻したらまずいでしょ」
「じゃあ、お願いできるだろうか?」

 遠慮がちに渡された二冊の本は、随分と分厚くてずっしりと重い。
 これを持って走っていたのか。
 ユーリちゃんって案外力持ち?

「ちゃんと返しておくよ」
「ありがとう。多分、二日くらいで帰れるから、その後また会おう」
「うん。行ってらっしゃい」
「行ってくる」

 せわしなく走り去るユーリちゃんの後ろ姿を見送って、オレは大きく伸びをした。

 軍服かぁ。今度軍服を着て、ルカとSMごっこをするっていうのも面白いかも。

 ふと、そんなことを思いながら、すっかり日陰になってしまった外廊下の階段に腰を下ろし、目を瞑った。
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