私は皇帝の

ゆっけ

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私めは皇帝の

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「あの少女は…」

「は?」

 その日、激務と苦手な女性陣に追い回されて疲労困憊していた我が君は城の奥まった位置に存在する洗い場で倒れられました。

 我が君を皇帝だと知らずに知らせてくれた少女は洗い立ての石鹸の香りを漂わせて心配そうに介抱していました。

 その場にはその少女しか居りません。おそらく少女とは彼女の事だろうと思いましたが、我が君から根掘り葉掘り聞き出し、確信に至りました。

 侍従である私めは我が君を幼い頃から知っております。幼少の頃から整った容姿の我が君はたくさんの女性や少女から言い寄られ、女性と言うものに辟易しておりました。欲望に染まった濁った瞳、媚びる態度、主張する強い香水の匂い。そのどれもが我が君に嫌悪感を与え、程無く女性と言うものを拒絶しました。

 そんな我が君が珍しく女性と言うには幼い少女に興味を持たれた。これは女性嫌悪を和らげる起爆剤になりはしないかと考え、次の日には少女達を我が君に謁見させました。

 見事に私めの睨んだ通りにあの少女ーミル様だと分かりました。

 ミル様は庶民であり、我が君が欲しても愛妾までにしかなれません。それでも我が君は彼女を手元に置く事に拘りました。我が君とミル様が恙無く過ごせるようにと不穏分子となる他の妃達を排除されるように我が君に促すと面白い程迅速に動かれ、瞬く間に全ての妃と離縁なされた。

 それから直ぐに本懐を遂げられたのか仲睦まじい姿を見る事が出来るようになりました。大体がミル様の後をちょこちょこと着いていく我が君の姿です。親鳥を追う雛のようです。

 たまに互いの手が触れてしまった時などは我が君が頬を染め、ミル様がそんな我が君の姿をキョトンと見ています。いつまでも初々しい恋人の様な関係に此方が癒されます。

 今まで女性と関係を持とうとなされなかった我が君にはおそらく最初で最後の妻なのでしょう。愛妾にしかできないのが今の決まり事ならば、我が君とミル様の為に矮小なる私めも頑張る所存ですよ。

 まずはミル様の身元をはっきりさせなくてはなりません。元々ミル様は孤児だと仰っていましたので孤児院に預けられた経緯から調べます。もし、貴族などの落胤ならばその家を調べなくてはなりません。これは皇帝に代々仕える影の一族を使います。

 調べるのに多少苦労するでしょうが、我が君とミル様の為に頑張って欲しいですね。

 次にミル様の身元が庶民だと証明された場合を考え、ミル様を養女にしていただける貴族を探します。

 我が国には皇帝派と貴族派と中立派とに分かれています。下手な所ですと後々派閥争いが起こりますから最初から中立派を選びます。その中でも穏和な一族かつ高位の貴族をリストアップします。

 私めが動いているのは気付かれていないようです。今日も我が君が真っ赤な顔を片手で覆ってミル様と手を繋いで中庭の庭園を散歩されています。仲睦まじいですね。

 いつも恥じらい照れていらっしゃるのは我が君ばかりです。ミル様は我が君の事をどう思っているのでしょう。我が君からは何も聞かされていないのでもしかしたら片想いなのでしょうか。

 我が君の片想いであってもミル様は我が君の事を大切に思っているのが見てとれます。公務で疲れた我が君に膝枕をされたり、執務室に籠ってばかりの我が君を部屋から連れ出したりと気遣っていらっしゃる。

「侍従長、調べて参りました」

「ご苦労様でした。これは私めからの労いです。また頼む事があるでしょうから暫く休んでいてください」

「はっ」

 影が消え、影が調べた事柄を纏めた書類に目を通す。

「これは…」

 影からの報告書片手に我が君に甘えるミル様とそれを愛しそうに抱き込む我が君。

 我が君が権力を使ってミル様を籠に閉じ込めてしまえば、見られなかった光景です。あくまで我が君は緩い柵で囲い、いつでも逃げ出せるようにしていました。欲しくて欲しくて仕方ない彼女ですが、無理強いをして嫌われたくなかったのでしょう。

 初恋を大切になさる我が君は平時の冷酷さが鳴りを潜め、ただ愛する人にベタ惚れのただの青年ですね。

「我が君の願いのためにも」

 愛するミル様だけを娶って、永遠に愛し、ミル様との子をたくさん育てたい。それが我が君の願い。

 私めの皇帝は我が君、お一人です。我が君の幸せは私めの幸せです。
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