上 下
25 / 40
望んだ"平穏"の先に

酷い話

しおりを挟む
「私が欲しいのは国の隆盛とかじゃなくて、平穏なのよ。いい?間違ってもガイル王子に私だけを愛してほしいとか、私だけを見ていてなんて夢見がちな少女のようなことが言いたいわけじゃないの。ただ、期待を裏切られず、約束を破られることのない平穏な暮らしなの……。あなた、聞いているの?」
「はい」

今お話ししているのは私の婚約者であるガイル王子の弟のリュート王子よ。
今日は王宮で開かれる夜会の日。
珍しくともに出席してほしいとガイル王子から伝えられた私は、望まれるままに衣装やアクセサリーを選び、お肌を整え、化粧もして臨んだ。

臨んだのよ。
彼は来なかったわ。

もちろん、ガイル王子が大変忙しくしていることは理解している。
なにせ彼は騎士団長であり、今は隣国との戦争中だ。
そんな時に夜会などしている場合か?とは思ったものの、この戦争は5年に及んでいるし、小康状態になってもいる。
だからこそあえて国の重鎮たるラスティネリ公爵が主催した夜会が催されたの。

騎士団長として戦場と王都を行き来しているガイル王子はとても忙しい。
本来、王族が就く騎士団長という職務はお飾りに近いが、彼はなんとか戦争に勝利するために頑張っている。
だから私も支えてあげたい。
わがままを言うつもりはない。

これは将来、王妃となる私の責務だし、ガイル王子がしっかりと責務を果たせるように、私も支援したいと思っている。
それなのに弱音を吐いてしまったのは、今日、王子が欠席したのは責務を果たすためではないと知っているから。

一昨日帰還した彼が今、愛人の家にいることを知っている。
戦いの中で怪我をした部下を見舞う。そう言って行った先がその家。つまり部下の家族に手を出しているのだ。

私は高位貴族の娘として、決して可愛げがある性格だとは自分でも思っていない。
疲れた男性を癒してあげられるかと言えば、やったこともないし自信はない。
それでも、そうあれるように努力はしようと思っていたのに、ふたを開けてみれば初めて顔を合わせたときには既に愛人を作られていた。

仕方ない。
そうやって飲み込むしかないのはわかっている。
なにせ相手は将来の国王だ。

私は知らぬ顔をして彼の斜め後ろに立ち、王城の奥を差配すればいい。
わかっている。

そのための王妃教育は欠かさず受け続けている。
騎士団の仕事を優先している王子をお見掛けすることはないし、誰からも褒めても貰えないし、讃えても貰えないけど、毎日真面目に受けている。
ただ、ほんの少し、ほんの一言でも『よく頑張っているな』と言って頂ければもっと頑張れると、そう思うのは悪いことでしょうか?

ただ、残念ながら本日の夜会は欠席するとすでに連絡を受けてしまった。
私は準備万端だったけど。

さらに酷いことに、その連絡は今目の前にいるリュート王子を通じてもたらされた。
例え婚約者様の兄弟だとしても、別の男性に見られたのよ?
準備万端で整えたものが、静かに崩れ落ちる様を。

それでもリュート王子に怒っても仕方ありません。
彼はガイル王子の2つ年下の王子様です。幼少期に病弱だったため、次期国王候補とはみなされていませんが、とても頭の良い方なのを私は知っています。
今日も『兄が申し訳ない』と、そう仰ってくださいました。

「兄が代役として僕を指名したので、夜会には僕が出席します。そして、大変失礼ながら僕には婚約者がおりませんので、その……」
「私に相手役を務めるるようにと?」
「はい……酷い話です。断っていただいて結構ですので……」

本当に酷い話。
人の感情を何だと思っているの?
大変なのはわかるけど、自分は愛人の家で楽しんでる最中。それなのに、婚約者と弟の両方の心を抉ってくるなんて。

しかしここで私が断ったらさらに問題が起きるのは明白だ。
リュート王子の相手役が不在になる。
戦争の重い雰囲気を少しでも緩めるために開催される夜会なのに、王家が協力しないという風に取られかねないのだ。

「いえ、ご一緒させていただきます。私と一緒など、リュート王子にとって嬉しい話ではないでしょうが」
「そんな。嬉しいですよ!ぜひご一緒頂けたら心強いです!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王族に婚約破棄させたらそりゃそうなるよね? ……って話

ノ木瀬 優
恋愛
ぽっと出のヒロインが王族に婚約破棄させたらこうなるんじゃないかなって話を書いてみました。 完全に勢いで書いた話ですので、お気軽に読んで頂けたらなと思います。

そんな事も分からないから婚約破棄になるんです。仕方無いですよね?

ノ木瀬 優
恋愛
事あるごとに人前で私を追及するリチャード殿下。 「私は何もしておりません! 信じてください!」 婚約者を信じられなかった者の末路は……

高慢な王族なんてごめんです! 自分の道は自分で切り開きますからお気遣いなく。

恋愛
よくある断罪に「婚約でしたら、一週間程前にそちらの有責で破棄されている筈ですが……」と返した公爵令嬢ヴィクトワール・シャネル。 婚約者「だった」シレンス国の第一王子であるアルベール・コルニアックは困惑するが……。 ※小説家になろう、カクヨム、pixivにも同じものを投稿しております。

父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました

四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。 だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!

ブチ切れ公爵令嬢

Ryo-k
恋愛
突然の婚約破棄宣言に、公爵令嬢アレクサンドラ・ベルナールは、画面の限界に達した。 「うっさいな!! 少し黙れ! アホ王子!」 ※完結まで執筆済み

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

皇太女の暇つぶし

Ruhuna
恋愛
ウスタリ王国の学園に留学しているルミリア・ターセンは1年間の留学が終わる卒園パーティーの場で見に覚えのない罪でウスタリ王国第2王子のマルク・ウスタリに婚約破棄を言いつけられた。 「貴方とは婚約した覚えはありませんが?」 *よくある婚約破棄ものです *初投稿なので寛容な気持ちで見ていただけると嬉しいです

私が妻です!

ミカン♬
恋愛
幼い頃のトラウマで男性が怖いエルシーは夫のヴァルと結婚して2年、まだ本当の夫婦には成っていない。 王都で一人暮らす夫から連絡が途絶えて2か月、エルシーは弟のような護衛レノを連れて夫の家に向かうと、愛人と赤子と暮らしていた。失意のエルシーを狙う従兄妹のオリバーに王都でも襲われる。その時に助けてくれた侯爵夫人にお世話になってエルシーは生まれ変わろうと決心する。 侯爵家に離婚届けにサインを求めて夫がやってきた。 そこに王宮騎士団の副団長エイダンが追いかけてきて、夫の様子がおかしくなるのだった。 世界観など全てフワっと設定です。サクっと終わります。 5/23 完結に状況の説明を書き足しました。申し訳ありません。 ★★★なろう様では最後に閑話をいれています。 脱字報告、応援して下さった皆様本当に有難うございました。 他のサイトにも投稿しています。

処理中です...