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春が来た
147.爺さんとの密談
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その夜は小夜とエステルがベッドに潜り込んできた。
小夜と一緒に来るのは白と黒と決まっていたはずだが、最近は小夜とエステルの組み合わせが多い。
エステルは相変わらず“嫁にしてください!”などと言いながら潜り込んでくるが、今夜は違った。そのかわり、仕切りに顔を近づけては小夜に阻まれることをしばらく俺の上でやっていた。
小夜はいつも通り俺の脇に顔を埋めるように眠る。
まあ今はまだ暑くないからいいのだが……そういえば夏でもこの体勢で寝ていた。いつかは“お父さん臭い!”とか言うのだろうか。
それにしても爺さんの内密の話は重かった。
「お主、まだ嫁は娶らんのか?」
爺さんは宿泊所の板の間に胡座をかくなり、そう切り出した。
「嫁か。まだ早いな」
「そうか?お主のとこの上の嬢ちゃん、桜とかいったか。佐伯に嫁入りさせるのじゃろう?」
まったく……この情報も弥太郎か。
「これでお主の里も佐伯と、延いては佐伯が支える宗像と強固な姻戚関係になるわけだ。しかし、それだけでは到底足りん」
「おい爺さん。その言い方は桜を政略結婚させるかのように聞こえるが?」
「そうは言うとらん。お互い好き同士結ばれて結構なことじゃ。じゃがな、この結婚は結局のところそういう意味を持つ。お主が手塩に掛けた娘を嫁に出した。これは佐伯や宗像への強烈な信頼の証じゃ。これでお主は宗像には手を出せまい。その意思表示になったということじゃ」
まあ……事情を知らない連中にはそう見えるか。
「それでじゃ。お主は自分が、この筑豊国が置かれている状況がわかるか?西と東は少弐家の領地に挟まれ、南は筑後国のお家騒動が起きておる。お主らからすれば、左右と後ろが敵に回るかもしれん。今回の襲撃は無事に切り抜けたようじゃが、この襲撃が小野谷に、あるいは穂波の集落に向かっていたらば、お主は民を守ることが出来たか?」
そう言われると辛い。名越勢が真っ直ぐ里を目指したから、奴らを一網打尽にも出来たし、生き残った連中を引き込むことにも成功した。
だが爺さんの言う通り、もし襲撃対象が他の集落だったら、間違いなく人的被害が出ていた。
そうすると、襲撃者を一網打尽にしたからと言って、こちらに引き込むことは難しかっただろう。
どんな時代にせよ、自分の肉親を殺した奴を本当に許せる人間はいないのだ。
「まあ答えんでもよい。答えは分かっておるわ。しかしな、タケルよ。少弐家の立場で考えてみい。確かに年貢は佐伯経由で収められた。筑前国に別段支障は出ていない。じゃがな。お主の存在は少弐家の喉元に突き付けられた刃じゃ。ほんの一瞬で、当主はおろか家人全員を皆殺しにできるじゃろう。しかも事前に察知できるわけでもない。これは当人達が狂うには十分すぎる状況じゃ」
そんな気は無いのだがな。ただこちらに手を出しさえしなければいいのだ。
「それは他の国にも言える。筑後国は?ようやくお家騒動が治ったと思えば、負けた側を筑豊国が懐柔しおった。お主を後ろ盾にして、元章が討ち入ってくるやも知れん。連中もさぞかし眠れぬ日々を過ごしておるだろうて」
だから、俺にはそんな事に手を貸す気はないと……
「お主にその気があるか否かが問題なのではない。お主にその力があると思われる事が問題なのだ。正確には力など無くともよい。ただそう思えば、思いは疑心に変わる。疑心は策謀を呼び、第二、第三の襲撃が起きる」
あれだけ力の差を見せつけてもか。
「なに、要はお主がこの地に影響を及ぼさなければいいのだ。お主が最初に望んでいたように、この里に引き篭もり最小限しか外と接点を持てないようにすることなど簡単なことじゃ」
爺さんは俺の反応を見るかのように言葉を切る。
「例えば、穂波や鞍手の田畑に毒を投げ込む。その田畑で取れた作物を口にして苦しむ民に、彼奴の農法のせいだと囁いてやれば、この里はあっという間に怒り狂った民に取り囲まれるじゃろ」
そんな卑怯な手を使うのか。策謀とはそんなに非道な事なのか……
「何も戦さをするだけが戦いではないのだ。誰だって戦さは好まぬ。敵方の血が流れることよりも、味方の血が流れるほうが恐ろしいからの。お主が置かれておる立場が、ちったあ理解できたか?」
「ああ。よく分かった。それで、それらを解決する方法が政略結婚だと?」
「それも一つの手だということじゃ。少弐家は人質を取られておるし、あの子らが真っ当に育てば次の世代は問題ないじゃろう。目下危険なのは筑後国じゃ。北条氏の流れを汲む名門ゆえ、そうそう簡単な事では折れん。そこでじゃ。名越のお家騒動に巻き込まれた責を問うて、筑後国からも人質を取れ。確か直系の次女がお主の里の子らと同世代じゃ」
「そんな名門が大人しく人質など差し出すか?そして人質の存在を口実に、全面攻勢に出るのではないか?」
「まあそれは心配あるまい」
爺さんが禿げた頭をペチペチ叩きながら続ける。
「筑豊国とは筑前国の属領。実態はどうあれ、一応そういう事で通しておる。本来、元章らの襲撃は筑前国と筑後国の戦さに発展してもおかしくはなかった。しかしお主は独自の解決策を示し、全面対決を回避した。この采配は両国共に胸をなで下ろすべきじゃったのだ。ところが、お主は筑後国に何らの補償も要求もせん。だから奴らはお主を恐れる。いつか自分達に牙を剥くのではないかとな」
「つまり筑後国から人質を取れば、逆に火種が消えると?」
「少なくとも、お主が明日にも襲ってくるやも知れんなどという怯えは消えるだろうな。ついでに人質と子でも成せば、より安泰じゃ」
要するにそこか。青や紅にもしつこく後継ぎを作れと言われていた時期もあったが、そんなに俺に子を作らせたいか。
「姻戚関係を甘く見るでない。もちろん絶対ではないが、娘の嫁ぎ先に手を出すことを良しとする父親は、そう多くはない」
「わかった。嫁に話は一旦保留だが、人質の話は了解した」
「まあそう言うとは思っとったわ。では名越本家との交渉は儂が一任されるぞ?よいな?」
「ああ。よろしく頼む」
そんなやり取りがあったのだ。
結婚か……
結婚するとして、一体誰と?
爺さんが言うように、名越本家の次女か?
式神達は、俺が結婚しても側にいてくれるだろうか。
嫁になる人は、式神達や小夜の事を認めるだろうか。
小夜や子供達はどう思うだろう。
例えばだ。
高校生くらいの娘がいる仲の良い父子家庭があったとしよう。ある日父親が自分と同じぐらいのどこぞの娘を連れてきて、“今度この子と結婚する”なんて言った日には、一体どういう修羅場が巻き起こるやら知れない。
数日間口を利かないぐらいで済めば良い方だ。
家出して帰ってこないかもしれない。
家出中に事件に巻き込まれたり、悪い男に捕まってしまうかもしれない。
そんな事ぐらい、結婚経験がない俺でも想像はつく。
いっそのことエステルは?
子供達にも受け入れられているし、本人も希望している。こちらに地盤もないし、はっきり言えばあと腐れがない。
いや、そんな理由で選ばれても本人に失礼の極みだ。
この案は却下。
小夜か梅はどうだ。
恐らくこの二人なら、今までと何も変わらない。
子供達も“ああ、やっぱりね”といった感じで納得するだろう。
だが、爺さんの言った“姻戚関係を結んで外敵を減らす”策には繋がらない。むしろそういう機会を減らすだけだ。
ああ……めんどくさいものだ。
そんな事を考えているうちに、深い眠りに落ちていった。
小夜と一緒に来るのは白と黒と決まっていたはずだが、最近は小夜とエステルの組み合わせが多い。
エステルは相変わらず“嫁にしてください!”などと言いながら潜り込んでくるが、今夜は違った。そのかわり、仕切りに顔を近づけては小夜に阻まれることをしばらく俺の上でやっていた。
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そう言われると辛い。名越勢が真っ直ぐ里を目指したから、奴らを一網打尽にも出来たし、生き残った連中を引き込むことにも成功した。
だが爺さんの言う通り、もし襲撃対象が他の集落だったら、間違いなく人的被害が出ていた。
そうすると、襲撃者を一網打尽にしたからと言って、こちらに引き込むことは難しかっただろう。
どんな時代にせよ、自分の肉親を殺した奴を本当に許せる人間はいないのだ。
「まあ答えんでもよい。答えは分かっておるわ。しかしな、タケルよ。少弐家の立場で考えてみい。確かに年貢は佐伯経由で収められた。筑前国に別段支障は出ていない。じゃがな。お主の存在は少弐家の喉元に突き付けられた刃じゃ。ほんの一瞬で、当主はおろか家人全員を皆殺しにできるじゃろう。しかも事前に察知できるわけでもない。これは当人達が狂うには十分すぎる状況じゃ」
そんな気は無いのだがな。ただこちらに手を出しさえしなければいいのだ。
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だから、俺にはそんな事に手を貸す気はないと……
「お主にその気があるか否かが問題なのではない。お主にその力があると思われる事が問題なのだ。正確には力など無くともよい。ただそう思えば、思いは疑心に変わる。疑心は策謀を呼び、第二、第三の襲撃が起きる」
あれだけ力の差を見せつけてもか。
「なに、要はお主がこの地に影響を及ぼさなければいいのだ。お主が最初に望んでいたように、この里に引き篭もり最小限しか外と接点を持てないようにすることなど簡単なことじゃ」
爺さんは俺の反応を見るかのように言葉を切る。
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そんな卑怯な手を使うのか。策謀とはそんなに非道な事なのか……
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「ああ。よく分かった。それで、それらを解決する方法が政略結婚だと?」
「それも一つの手だということじゃ。少弐家は人質を取られておるし、あの子らが真っ当に育てば次の世代は問題ないじゃろう。目下危険なのは筑後国じゃ。北条氏の流れを汲む名門ゆえ、そうそう簡単な事では折れん。そこでじゃ。名越のお家騒動に巻き込まれた責を問うて、筑後国からも人質を取れ。確か直系の次女がお主の里の子らと同世代じゃ」
「そんな名門が大人しく人質など差し出すか?そして人質の存在を口実に、全面攻勢に出るのではないか?」
「まあそれは心配あるまい」
爺さんが禿げた頭をペチペチ叩きながら続ける。
「筑豊国とは筑前国の属領。実態はどうあれ、一応そういう事で通しておる。本来、元章らの襲撃は筑前国と筑後国の戦さに発展してもおかしくはなかった。しかしお主は独自の解決策を示し、全面対決を回避した。この采配は両国共に胸をなで下ろすべきじゃったのだ。ところが、お主は筑後国に何らの補償も要求もせん。だから奴らはお主を恐れる。いつか自分達に牙を剥くのではないかとな」
「つまり筑後国から人質を取れば、逆に火種が消えると?」
「少なくとも、お主が明日にも襲ってくるやも知れんなどという怯えは消えるだろうな。ついでに人質と子でも成せば、より安泰じゃ」
要するにそこか。青や紅にもしつこく後継ぎを作れと言われていた時期もあったが、そんなに俺に子を作らせたいか。
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「わかった。嫁に話は一旦保留だが、人質の話は了解した」
「まあそう言うとは思っとったわ。では名越本家との交渉は儂が一任されるぞ?よいな?」
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結婚か……
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例えばだ。
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いや、そんな理由で選ばれても本人に失礼の極みだ。
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