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立国編

84.宗像にて

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数日かけて宗像に到着した。
まあ夜間は里に戻っていたし、頑張ったのは馬だから、特に疲れはない。

垂見峠から見る宗像は、東を四塚連山、西を対馬見山と許斐山、南は筑紫平野と筑豊盆地を仕切る三郡山地によって区切られ、海に向かって開けた土地だ。それぞれの山から流れ出た小川が釣川となり、玄界灘に注いでいる。
釣川に沿って田畑は開墾されているが、まだまだ余地はありそうだ。

とりあえず宗像大社に向かう。
博多の時もそうだったが、神域に近づけば誰かそれなりの者が感づいて相手をしてくれるだろう。

しかし佐伯はこの辺りが本拠地のはずだが、一体どこにいるのやら。
黒の精霊を貼りつかせているのだから、本来はわざわざ探す必要もない。
しかし緊急時でもないのに監視するのはいかがなものかと思い、この数日は監視を止めていた。

何はともあれ、お参りでも済ませよう。

とりあえず馬を降り、海側にある大鳥居をくぐって境内に入ろうとした時に声を掛けられた。

やっぱり気付く者はどこにでもいる。それもこの声は会いに来た当の本人だ。

「斎藤殿!斎藤殿ではないですか!」

佐伯がそこにいた。息子の次郎ともう一人、次郎より少し年長の若者を連れている。

「聞いておりますぞ!いよいよ一帯を治めることになりましたな!もちろん我が一族はお供しますからな!」

「佐伯殿。聞いているとおりだ。まずは領内を見て回ろうかと。よければ案内を頼みたいのだが」

「水臭いですなあ!」

そう言って佐伯が俺の背中を叩く。

「落ちついたら地頭交代の御触おふれを出すのと視察を兼ねて、ご一緒しましょうとお誘いに上がろうかと考えていたところです。まずは宗像氏を紹介しましょう。そのあとで、我が一族に会っていただきます」

そう言って佐伯はずんずんと境内の奥に進んでいく。
慌てて馬の手綱を纏めて次郎に渡す。馬屋のようなものがどこかにあるのだろう。

一緒にいた若者が何か言いたげな顔をしているが、次郎はあっさりと手綱を受け取ると、鳥居の右手のほうへ引いていった。

佐伯は境内の奥に進んでいく。
二つ目の鳥居をくぐり、瓢箪型の池に掛かるアーチ橋を渡る。
正面には本殿へと続く立派な門が見えるが、佐伯はそこには入らず、右手に折れる。

前方に見えるのは社務所だろう。瓦葺の平屋建てだが、屋根は高く2層構造になっている。通気性を考慮してのことか。

佐伯は中央にある引き戸をガラリと開け、中に声を掛ける。

「氏盛殿!斎藤殿を連れてまいりましたぞ!」

「おう!来たか!」

そう言って奥から現れたのは、年齢40代半ばぐらいの偉丈夫だ。
佐伯もなかなかの体格だが、勝るとも劣らない引き締まった体をしている。
手には太刀を持っている。
社務所にいるのだから神職だろうと思っていたが、どちらかといえば武家に近い。

「斎藤殿、ご紹介いたす。こちらが宗像氏現当主の宗像氏盛殿。氏盛殿はこの宗像の大宮司であるのと同時に、幕府の御家人でも在あらせられる」

やはり神職と武家を兼任しているらしい。

「儂が氏盛だ。お主が斎藤殿か。お主のことはこの元親から聞いておる。なんでも200人からなる軍勢を討ち果たしたらしいな。どうじゃ。一本仕合ってみらんか?」

そう言って氏盛が玄関を出て歩き出す。

「いやあ、やはりそうなるか。まあこれも仕方ないことですな!斎藤殿!我が死を覚悟した剛力を見せつけて差し上げるしかないですな!」

そう言って佐伯も後に続く。
まあいずれはそうなったのだろう。戦ではなく代表者同士で決着が着くなら、それが何よりだ。

氏盛はさっさと前方を歩いている。
社務所を出てすぐに右に折れ、本殿らしき敷地の横に拡がる森の小道を歩く。

「斎藤殿。宗像家はこの地域で昔から宗像大社の宮司を務められている家柄でしてな。宮司だけでなく、この宗像の守護として幕府から御家人にも任じられております。我が佐伯家はまあ間借りしている感じですな。少弐家との仲も悪くはありませぬ。立場上は少弐家と宗像家は対等ですが、規模が違いますからな」

こんな感じで佐伯がガイド役を買って出てくれた。

「ついでにこの境内を案内して差し上げよう。左に見える板塀で囲われた内側が、この宗像社の本殿。今歩いている小道が鎮守の杜の道」

鎮守の杜とは神域を常世を区切るために神社の周りに残された、あるいは育成された森だ。

小道を上ると、更に鳥居があり、まだ上に登っていく道が続いている。

「この山道を上ると、高宮祭場がある。はるか昔、天照大御神あまてらすおおみかみの御子神であらせられる三女神様が御降臨された場所だ」

「三女神?」

「なんだ。斎藤殿は三女神様を知らんか。この宗像大社は三つの宮から成る。沖津宮、中津宮、そしてここ辺津宮じゃ。沖津宮は田心姫神を、中津宮は田岐津姫神を、そしてここ辺津宮は市杵島姫神を、それぞれ祀っておる。中津宮はこの先の大島に、沖津宮は更に先の沖島にあるから、そう簡単には参られんからな。この辺津宮が三社を纏めておる。三女神様とも道中の安全を護っていただける、ありがたい神様じゃ。斎藤殿もこの先領内を巡る旅が無事に済むよう祈願せねばな」

なるほどなあ。
実は宗像大社には社会人になる前に参拝してはいるのだ。しばらく福岡には帰れないだろうから、一通り巡っておこう程度の軽いノリだったから、さすがにそこまでは記憶にはなかった。

そんな話をしているうちに、開けた場所に出た。
大きなクスノキに囲われた内側に玉石が敷かれ、石段で上がった先に、これまた石造りの祭壇がある。
鎮守の杜を抜けている間も感じていたが、ここはより一層空気が澄んでおり、引き締まった雰囲気を漂わせている。ここで氏盛が振り返る。

「ここなら邪魔も入らん。三女神様も御高覧いただけることだろう。ここまで付いてきたのじゃ。今更嫌はあるまいな」

そう言って氏盛が太刀を抜き、鞘を佐伯に渡す。そこいらに投げなかったのは感心だ。

「まあやるしかないのだろう?さっさと済ませよう」

俺も太刀を抜く。乱戦なら長巻か薙刀を選択するところだが、今は一対一だ。
しかし仕合だと思っていたが、死合いだったか。

「タケル、大丈夫か?俺がやったほうが…?」

紅が声を掛けてくる。

「いや、ここは俺じゃないと意味がない。万が一のことがあれば、その二人を頼む」

「タケル様!気を付けて」

「タケル……殺すなよ」

桜の声援はともかく、梅の言葉に氏盛が反応した。

「なんじゃ、殺す気で来ないつもりか?幼少の頃から可愛がっておった元親もとちかとその一門の仇討じゃ。こちらは殺す気で行くぞ」

そんなことは承知している。こちらも里の命運が掛かっているのだ。負けるわけにはいかない。
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