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襲撃

73.大隈と交流を始める

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結局そんな感じで、なし崩し的に大隈の集落と関わりを持ってしまった。
腹痛というのは地味に辛いし、それを半月も耐えていたというなら本当に危険な状態だったはずだ。

とりあえず全員の健康診断を試みるが、特に異常はない。
共通した症状は腹痛、下痢、嘔吐、発熱。
ただの風邪が腹に来たようにも思えるが、それにしても期間が長い。細菌やウイルスというより、寄生虫……というより原虫のようなものに感染したか、あるいはヒ素のような鉱毒の中毒か。

一過性のものか、再発するものか、経過観察は必要だ。

「治ったようで良かった。じゃあ達者でな!」

とフェードアウトしようとした手をむんずと捕まれ、引き止められる。

「少々お待ちください!まだお礼が出来ておりません!」

「いや礼などいいから、また炭なんか持ってきたら、よろしくしてやってくれ」

「はい!それはもちろん!それと、タケル様。少々ご相談したいことがありまして……家に寄ってはいただけませんか?」

この男が村長らしい。住人達を解散させて、村長の家に向かう。そんなに広い家ではないが、板張のシンプルな家に案内される。

「相談というのはですな……タケル様の集落との交流を、今後定期的に持ちたいのです」

「何故だ?」

「タケル様の話は、小野谷から聞いております。こちらの村にも何度も救援を求められましたが、うちも苦しかったので……それでですな……今回もそうですが、この村だけでは解決できないことも今後あると思われますので……」

村長が言いにくそうにモジモジしている。いい年こいたおっさんのモジモジなんぞ見るものじゃない。

「あちらの集落を救ったように、こっちの集落で困ったことがあったら助けて欲しい…ということか?」

「はい!そのとおりです!」

「それで?その対価として、こっちの集落は俺に何を支払う?」

「はい??対価……でございますか?」

そう心外そうに聞き返さないでくれ。
こちらは善意の第三者のつもりだが、タダで助ける事を約束するほど愚かでもない。

「そう、対価だ。ついさっき、村長自身が『お礼』と言ったな。ただの施しなら対価は不要だ。施しなら俺の自己満足だからな。ただし俺が気が向いたらって前提になるから、この村が助けて欲しい時に助けるかは約束できない」

「それは道理ですな…しかし対価と言われましても……小野谷の連中はいったい何を?」

「秋の収穫までの間、月に2石、合計10石の雑穀と引き換えに、14人の子供を労働力として差し出した」

村長は目を見開いて驚く。

「まことでございますか!しかしそれでは間尺に合わないでしょう。あの集落はもう口減らしするしかないところまで追い込まれていたはずです。14人も子供が減って、しかも雑穀とはいえ月に2石も援助があれば秋までは十分暮らせます。その間に村を立て直すことができる。しかしタケル様は子供を抱えて、月に2石も雑穀を失うだけではありませんか。明らかにタケル様が損をされているのではないですか」

「ああ。それはわかっている。だが目の前で飢えている子供達を見捨てるわけにもいかんだろう。それに子供達はしっかり労働力になっているぞ。対価に普遍的な価値があるかどうかは関係ない。他の者にとっては大した価値がなくても、お互いにとって価値があり、その価値に釣り合いがとれればいいのではないか」

「そういうものですかなあ……しかしタケル様に支払える対価と言われましても……」

村長は腕を組み、首を傾げる。ふと村長が着ている小袖の色合いが気になった。

「なあ、そう言えばこの集落の連中は皆似たような色合いの着物を着ているが、流行りなのか?」

「ああ、藍染めでございますな。実は大隈には藍染めを生業にしている者たちがおります。村の連中の着物は、彼らが作ったものです。実は行商人達も彼らが作る藍染めの反物を欲しがっているのですが、藍も綿も作物ですので、収量も安定しませんし、村の外まで出せるほどには作れません」

藍染めか。この世界の技術で作られた、行商人が欲しがる製品。これはいいネタかもしれない。

「ところで、タケル様がお召しになっている着物も大層変わっておりますな」

「ああ、これはうちの里で作ったものだ。少々大陸風に拵えているがな。うちの里では綿花を栽培しているし、生糸も生産している。素材には困らない」

「なんと!綿花や生糸が採れるのですか!」

「ああ。しかし作り方が特殊なので、俺が着ているような服の製法や染色技術は外には出したくないし、綿や生糸も素材としては出したくない。そこで提案だ。うちの里から綿や生糸を提供するから、大隈で染色してみないか?藍が足りないなら、藍の栽培もこっちで請け負ってもいい。その代わり、こちらに藍染めの技術を教えてくれ。どうだ?」

「つまり、当方としては提供していただいた素材で藍染めの反物を作り街に売る……ということですか?」

「そういうことだ。その代わり、反物の代価で素材である綿や生糸をうちの里から買ってもらう。俺は綿や生糸を提供するだけで、藍染めの技術と対価が手に入る。こちらの集落は、藍染めの技術で反物を作り、外に売ることができる。更に俺と強力な繋がりができる。どうだ?誰も損はしないと思うが」

村長はしばらく考えたあとで、大きく首を縦に振った。

「いいでしょう。その話乗りましょう!さっそく藍染めを生業にする者たちに紹介いたします」

あとはトントンと話が進んだ。


藍染めの技術を持つ者たちは2家族ほどだった。普通の農作業の傍らで春から夏にかけて藍を育て、夏から秋にかけて藍染めを行う。藍染めの染料を保存する技術が確立していないから、季節性のある作業になっているのだ。
確か、藍染めの染料は発酵させることで保存ができたはずだ。技術提供を受けたら、試してみよう。

とりあえずお試し用に生糸を1括渡す。
藍染めの生地に青がものすごく興味を示している。

話も付いたことだし、そろそろ里に帰ることにする。
集落の外まで送ってくれていた村長が、言いにくそうに切り出す。

「タケル様、これは噂なのですが……」

また噂か。だいたい良い噂だったためしがない。

「実は、この近くに悪党どもが住み着いたらしく、博多から衛士達が討伐に向かったのです。ですが、先日返り討ちにあい、すごすごと引き返していきました。次は大規模な討伐があるやもしれません。巻き込まれぬよう用心されたがよいかと」

ああ……すまん。それはうちの里を襲いに来るんだ。などといって怯えさせる必要もない。

「その悪党に襲われた連中はいるのか?」

「いえ……穂波、田川、飯塚など主だった村には連絡が取れていますが、特に被害はありません。出入りする行商人達も、特に被害は聞いていないようです。それで妙だと」

さすがに自作自演まではやらなかったか。仮に俺達を陥れるために他の集落を襲ったりしたら、直ちに少弐家に攻め込んでやる。

「その悪党が住み着いた場所は分かっているのか?」

「いえ……野営をしていた衛士達の姿が見えなくなった翌日には、ボロボロで戻ってきていたので、そう遠くはないと思うのですが」

「そうか。注意するとしよう。大隈の村も用心するようにな」

そう言って俺達一行は大隈を後にした。
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