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開拓編

45.稲刈りまでの過ごし方②

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翌日には稲は穂を垂れていた。
田の上を吹き抜ける風が、金色の絨毯を揺らしている。

明日には稲刈りができるだろう。

昨日狩ってきたイノシシは、程よく脂が乗っていた。皮下脂肪からラードを採ろう。
早速納屋の外に竈を据え、大鍋を掛ける。

鍋に湯を沸かし、昨日切り分けた脂肪を少しずつ加えていく。
焦げないように撹拌しながら、浮かんでくるアクを掬う、気の長い作業だ。
辺りには熱したラードの香りが立ち込め、食欲をそそる。

脂肪は全部で10Kgほどもある。130Kg近いイノシシの体重からは少なく感じるかもしれないが、家畜の豚でさえ体脂肪率は15%程度だ。野生のイノシシにしては太りすぎの部類だろう。

アクを掬いきったら、上層に浮かぶ脂を木綿の布で漉しながら別の鍋に移す。
移した脂を冷やし固めれば、ラードの完成だ。

一般的に牛脂の融点は50℃近いが、豚脂の融点は40℃以下だ。夏場は柔らかくなってしまうため、保管には気を遣うかもしれない。

なぜ早朝からわざわざラードを作ったかというと、昨日解体している最中に無性にカツ丼が食べたくなったからだ。
カツ丼には豚カツが必要だ。
豚カツのスタンダードな作り方は、ロース肉かひれ肉に小麦粉をまぶし、溶き卵をつけ、パン粉をまぶし油で揚げる。
しかし現時点でパン粉がない。麦粉はあるので、イースト菌か酵母で発酵させればパン粉は作れるが、それには時間がかかりすぎる。

仕方がないからパン粉抜きで豚カツを作る。

イノシシの肩から切り分けたロース肉を厚さ1㎝ほどに切り、塩コショウをして馴染ませる。
麦粉をまぶしてから卵にくぐらせ、更に粗挽きの麦粉をまぶし、出来立てのラードを熱した鉄鍋に投入する。

人数分のロース肉をじっくりと揚げ、一旦取り出し、食べやすい大きさにカットする。

醤油と味醂、適量の水で割り下を作り、薄切りにした玉ねぎを煮込む。
玉ねぎに火が通れば、豚カツを入れ、溶き卵で綴とじる。

あらかじめ青が炊いておいてくれた麦飯に乗せ、タレを回し入れる。
立派なカツ丼の完成だ。

匂いに釣られたのか、子供達が竈の周囲に集まっている。
子供達の家で車座になり、皆で朝兼昼食にする。

「いやあ猪肉といえば焼くか鍋かしか知らなかったが、この揚げるってのも旨いなあ!これならいくらでも米が喰えるぜ!」

丼を掻き込みながら、紅が絶賛する。

青と黒はあくまでお上品に、しかしかなりのスピードで食べている。

小夜と白も食べるのに忙しそうだ。
黙々と食べていた桜が、ふと食べるのを止めた。見ると薄っすらと涙を浮かべている。

「どうした?口に合わなかったか?」

「いえ……お粥ではないお米なんて、お祭りの時にしか食べたことがなかったものですから……」

同じく動きを止めていた梅が同調する。

「もし元の集落でも同じような生活ができていたら……私の妹は死なずに済んだかもしれないと思うと……」

そうか……もっと幼い子供達は里での生活に無邪気に順応しているが、中途半端に大人な、しかも一児の母親でもある桜と梅にとっては、やはり生まれ育った集落を後にするということには抵抗があったのだろう。
いや、幼い子供達にとっても、自分の両親や兄弟達と突然離れ離れになったことには相当のストレスがあるはずだ。
よし、今日は一日オフにして、子供達と遊ぼう。明日からは稲刈りと田植えで忙しくなる。

「今日は子供達を連れて川に遊びに行こうかと思うのだが…皆の都合はどうだ?」

「おう!俺はいいぜ!」

そう紅が即答する。

「私も行く!でも小夜ちゃんは蚕とかの世話があるよね?」

白が小夜を気遣う。

「ん~蚕の世話はさっき待っている間に済ませたし、大丈夫だよ!私も行く!黒ちゃんは?」

「私は小さい子供達の世話と洗濯と掃除、夕食の準備をして待ってる。桜と梅も手伝ってほしい。タケル、川に行くなら何か魚を獲ってきて?」

「私も明日からの刈り入れの準備がありますので、申し訳ありませんがご同行できません」

「わかった。釣り道具は持って行こう。では明日からの準備と家事全般は青と黒に任せる。桜と梅は小さい子供達の面倒を見てやってくれ。息抜きは別の機会にだ。椿は遊びに行く子供達を募ってくれ」

そう皆に伝える。

結局、遊びに行くメンバーは椿・杉・桃・楓・棗・松・柳の7名の子供達と、紅・小夜・白となった。

皆5歳から9歳の遊びたい盛りの子供達だ。間違っても溺れたりしないように気を付けないと。

川までのおよそ1㎞の道のりを、皆で連れ立って歩く。先頭はカーキ色のパーカーに赤いショートパンツの紅だ。足元は草鞋、護衛隊長らしく槍を背負い、腰には小太刀を履いているが、両手は松と柳の手を握っている。そのすぐ後ろで杉が紅のパーカーの裾を引っ張りながら歩いている。一見子供達の扱いが雑に見える紅だが、男の子からは慕われているようだ。

桃・楓・棗の女の子3人は、小夜と白の間をウロチョロしながら歩いている。

小夜と白はおそろいの白いTシャツ、黄緑色の短パンに草鞋履き。白は短弓と矢筒を背負っている。出かけるついでに子犬たちの餌を狩るつもりかもしれない。そういえば昨日紅が獲ったノウサギは、子犬2匹がペロッと平らげたらしい。
小夜は特に武器を手にしていないが、代わりに大きな竹筒の水筒を肩から掛けている。

そんな一行の後ろから、椿と俺が連れ立って歩く。普段ワンピースが多い椿も、今日はTシャツに短パンだ。
いつもの鹿革のポーチを下げているが、中身は気にしないほうがよさそうだ。

「なあ椿、やっぱり生活の違いに戸惑うか?」

そう俺が尋ねると、椿は少し首を傾げながら答える。

「そうですね……なんかすごいとは思いますけど、戸惑うって感じではないです。こんな綺麗な服を着て、美味しいご飯を食べて、ゆっくり寝られるなんて幸せですし、今日はどんなご飯なんだろう、明日は何ができるんだろうってわくわくしています。ただ、集落にいるお兄さんやお母さんのことを思うと、心配にはなります。ちゃんとご飯食べてるかな、ケガとかしてないかなって……」

「集落の様子は気になるか?梅雨が明けたら次の援助物資と獲物を届けに行くが、子供達も連れて行ったほうがいいだろうか?」

そう相談してみる。

「ん~私はいいですけど、杉とか桃なんかは連れて行かないほうがいいと思います。この里のことを集落の大人たちに言ったら、なんだか襲ってきそうですし!」

確かにそういう用心もしなければならないのだ。
白が絶えず風の結界と警戒網を張っているし、万が一数十人で攻められても里の板塀はピクリともしないだろう。それでも田畑の収穫は盗まれるかもしれないし、何より子供達が傷つくのは避けたい。

「そうか……わかった。次に集落に行くときにはどうするか、また皆で相談しよう」

そう椿に伝える。椿は満面の笑みで「はい」と答える。

そうこうしているうちに、河原についた。
紅以下男の子たちが早速川に入って水を掛け合っている。
女の子チームは河原で綺麗な石を拾っているようだ。
俺と椿は少し上流の瀬から淵に繋がる辺りで釣りを始める。

椿は渓流竿に玉ウキ、ミミズをつけた餌釣り、俺は瀬の辺りでフライフィッシングを試す。
手始めに小さなドライフライを10ftほどキャストし、水面を流す。一発でヒットした。

心地いい引きで上がってきたのは、手のひらサイズのカワムツ。虹色の魚体は繁殖期の雄。
少し水深が深くなる岩の陰を流すと、ヤマメが出た。パーマークが綺麗だ。
ここからカワムツとヤマメが交互に釣れる。

気付くと男の子達が集まってきた。紅も一緒だ。

杉にフライロッドを渡し、簡単にキャスティングを教える。といっても竿一本分も振り込めば、十分ポイントには届くのだ。早速1匹目をキャッチしている。
男の子達を紅に任せ、椿の様子を見に行く。
椿もヤマメやオイカワを釣り上げていた。餌釣りのほうが良型だ。

小夜たち女の子チームは石拾いに飽きたのか、川に入り石をひっくり返している。
どうやらエビやカニを捕まえているようだ。
結局皆で食料確保のようになったが、これも貴重な経験だろう。

皆で数時間遊び、日が傾く前に里に帰りはじめた。
思わぬ大漁になった。帰ったら早速魚を捌さばかなくてはいけない。

帰り道で白がノウサギを一羽狩った。子犬たちにも土産ができた。

杉がしきりに興奮している。目の前で狩りを見たのは初めてらしい。
そんな杉の姿を見て、紅が喜んでいる。どうやら本気で弟子にするつもりのようだ。

里に帰ると、獲ってきた獲物の捌き大会になってしまった。
手分けして子供達に魚の捌き方を教えながら、腹開きにしていく。数日後には食卓に干物が並ぶだろう。
白はノウサギの皮を剥ぎ、子犬たちに丸ごと与えている。

今夜の夕食は粥に野菜たっぷりの味噌汁、椿の釣ったヤマメの刺身になった。
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