上 下
39 / 176
開拓編

39.子供達を迎え入れる

しおりを挟む
村長が各家から選抜された子供達を連れてくる。

選抜されたと言えば聞こえがいいが、要は厄介払いでしかない。

集められた子供達は総勢14名。
最初に数えた子供達のうち、年上の子は残し、代わりに乳飲み子2名の母親が二人加わった。

「この二人は子供の父親がわからんのです。この集落の誰かなのは確かですが、口を割りません。申し訳ないが連れて行っていただきたい」

そう村長が言ってくる。

嫌はないが、二人ともまだ子供と言ってもいい年齢に見える。小夜よりは年上だろうが、紅よりはかなり幼い。
この世界での婚外子の扱いがどのようなものかは知らないが、この集落にとっては異端なのだろう。

とりあえず年上と思われる順に一人ずつ面接する。
とすると最初は乳飲み子を抱いた母親のうちの一人だ。
名前と年齢を言うように促すと、とんでもないことが判明した。

「名前……名前は無いです……」

虚ろな目でそう呟つぶやいたのだ。
俺は村長を睨みつけて問いただす。

「おい……さすがにその扱いは酷くないか?名前がないとはどういうことだ!」

名前とは単に個体識別のためだけにあるのではない。それなら記号で、例えばAとかBと呼べばいい。
名前とは個人の尊厳であり、アイデンティティの根幹でもある。まさか名前を奪ったのか。

「いえいえ!我が集落では、男は10歳、女は15歳になるまで名前はつけません。名前を与えられるということは一人前の証。ここにいる皆は名前を持たぬ者ばかりです」

そういえば聞いたことがある。7つに満たぬ子供は神様の物として扱い、名前を付けない風習。近代まで続いていた地域もあったはずだ。
この集落は更に徹底していたということか。

「この集落の風習ということなら仕方ないが、俺が引き受けるからには俺のやり方に合わせてもらう。構わないな?」

そう宣言してから、改めて子供達を見渡す。

宣言したからには名前を付けなければならない。
とはいえ俺のネーミングセンスは知れている。青や紅がいい例だ。
名前…名前…そういえば昔飼っていたペットには木や花の名前をつけていた。
こういう時の知恵袋は青だ。

「青よ……木や花の名前ではまずいと思うか?」

「旦那様のしもべとなるのですから、旦那様のご随意に。マツやウメなどという名前はありふれております。大人になって自分の名が気に入らなければ名乗りを変えればいいだけのこと。問題にはなりません」

そうか…そういえば時代劇を見ていると確かにオマツやオフネと言った名前は出てくる。

ちなみに「何月生まれ」というのは愚問らしい。皆一斉に新年で歳を増やすというのだ。季節の花で名付ける作戦は不発に終わった。

「よし、ではまずお前は桜だ。その子供は男か?女か?」
「女でございます」
「では八重と名付けることにする」
こんな調子で名付けていった。

纏めるとこうなる。年齢は全て数えだ。
 桜(サクラ)、女、14歳、八重の母
 梅(ウメ)、女、14歳、柚子の母
 椿(ツバキ)、女、9歳
 杉(スギ)、男、9歳
 桃(モモ)、女、8歳
 楓(カエデ)、女、8歳
 棗(ナツメ)、女、6歳
 松(マツ)、男、6歳
 柳(ヤナギ)、男、5歳
 杏(アンズ)、女、3歳
 樫(カシ)、男、2歳
 楠(クス)、男、2歳
 柚子(ユズ)、男、1歳
 八重(ヤエ)、女、1歳

男6名、女8名の総勢14名を俺達の里に受け入れることにする。

さて、この子供たちを連れて帰らなければならない。
約2㎞の道のり。大人の足でも45分はかかった。子供たちの衰弱した足では到底歩けそうにない。
しかも歩き出したばかりの乳幼児もいる。

多少時間を稼ぎ、大八車でも作ろう。
周辺を3Dスキャンすると、およそ500m先に立派な牡鹿が草を食べているのが見えた。

黒と白を呼ぶ。

「黒、あそこに牡鹿がいるのが見えるか?照準を頼む。白が狙撃してくれ」

『了解!』

黒が窓を開き、白が弓を構える。直接照準ではなく、曲射するようだ。
集落の住人たちは、そんな光景をぽかんと見ている。精霊が見えない者には白が空に向かって弓を引いているようにしか見えないだろう。

白が放った矢は、45°の放物線を描き、森の向こうの牡鹿の胸を斜め上方から貫いた。
紅を呼び、仕留めた獲物を回収に行ってもらう。

「青、黒、白、大八車ってわかるか?うちの納屋に小さな台車があったと思うが……」

そう尋ねると、黒と白は微妙な顔をするが、青はうなずく。

「旦那様の書物で見ました。わかります」

「じゃあ集落の入り口の外で、1台作ってきてくれ。素材は木、車輪の高さは俺の足の長さほど。荷台のサイズは俺のベッドぐらいで頼む。黒はできた大八車に、麦2俵と粟と稗を合わせて2俵、蕎麦を1俵積んでくれ。複製を使って構わない」

そう指示をする。複製に頼ると開拓などしなくてよくなるため、極力使わないようにしてきたが、今は事情が事情だ。一時解禁しよう。

皆が作業に取り掛かっている間に、小夜と二人で子供たちの健康状態を再度確認する。

幼い子供たちは立っていられないのか、その場に座り込んでいる。
泣く元気もない幼児が浮かべる虚ろな瞳には、改めてゾッとする。
この半年間の飢えと境遇が、子供達から子供らしさを奪っている。

子供達の母親だろうか。大人の女達が泣きながら男達に何かを訴えている。
母親にしてみれば、自分が生きるためとは言え、自分の腹を痛めて産んだ子供を見ず知らずの人間に託すなど耐えられないに違いない。

いや、そうであってもらわなければ困るのだ。男達はすぐにこの辛さを忘れる。
だが、女達が忘れなければ、きっと集落は立ち直るだろう。

見た感じ、手足の機能障害や重い疾患を抱えた子供はいなさそうだ。

桜、梅、椿の3人は、受け答えもしっかりしている。
小さな子供達の面倒もみれるだろう。

杉、桃、楓の3人は、きちんと会話ができるが、まだまだ幼い。

棗、松、柳の3人は、ようやく会話が成立するぐらい。これは年齢によるものというより、わずかに意識障害が起きているのかもしれない。

杏、樫、楠のチビ3人はようやく話し始めた程度だ。

柚子と八重は、母親二人に任せるしかない。俺には子育ての経験はないのだ。

小夜がチビ3人の相手をしているうちに、皆が戻ってきた。

紅が牡鹿を担いで帰ってきた。体重100Kg近くありそうな立派な牡鹿だ。
紅が担いでいた牡鹿を住人たちの前に投げ出す。

「お裾分けってことだ。血抜きはしてあるが、きっちり吊るさねえと不味くなるぞ」

紅がそう言うと、家長を失い新たに一家の長となった若い男を中心に、男達が集まってくる。

青が大八車を引きながら左右に黒と白を従えやってくる。
荷台の上には5つの俵。

「お待たせしました旦那様。麦2俵、粟1俵、稗1俵、蕎麦1俵です」

俺は荷台から俵を下ろし、村長の前に俵積みにする。

「全部で5俵、合わせて2石だ。これが約束の1回目の援助物資だ。受け取ってくれ」

住人たちが歓声を上げる。

俵を下ろして空いた荷台に、子供たちを積み込む。
10人は乗ったが、桜と梅は歩いていくという。
子供を抱いたままでは辛いと思うが、まあ皆で交代に抱っこするしかないだろう。
雑穀の俵に住民たちが気を取られているうちに、この集落を後にすることにした。

「では子供達は引き受ける。梅雨が明けるころまた来るから、それまでに復興を頑張ってくれ」

そう村長に別れを告げ、大八車を引きながら集落を出た。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

僕のおつかい

麻竹
ファンタジー
魔女が世界を統べる世界。 東の大地ウェストブレイ。赤の魔女のお膝元であるこの森に、足早に森を抜けようとする一人の少年の姿があった。 少年の名はマクレーンといって黒い髪に黒い瞳、腰まである髪を後ろで一つに束ねた少年は、真っ赤なマントのフードを目深に被り、明るいこの森を早く抜けようと必死だった。 彼は、母親から頼まれた『おつかい』を無事にやり遂げるべく、今まさに旅に出たばかりであった。 そして、その旅の途中で森で倒れていた人を助けたのだが・・・・・・。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※一話約1000文字前後に修正しました。 他サイト様にも投稿しています。

猫カフェを異世界で開くことにした

茜カナコ
ファンタジー
猫カフェを異世界で開くことにしたシンジ。猫様達のため、今日も奮闘中です。

僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~

SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。 ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。 『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』 『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』 そんな感じ。 『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。 隔週日曜日に更新予定。

転生した社畜は異世界でも無休で最強へ至る(旧題|剣は光より速い-社畜異世界転生)

丁鹿イノ
ファンタジー
【ファンタジア文庫にて1巻発売中!】 深夜の職場で人生を終えた青桐 恒(25)は、気づいたらファンタジーな異世界に転生していた。 前世の社畜人生のお陰で圧倒的な精神力を持ち、生後から持ち前の社畜精神で頑張りすぎて魔力と気力を異常に成長させてしまう。 そのうち元Sクラス冒険者である両親も自重しなくなり、魔術と剣術もとんでもないことに…… 異世界に転生しても働くのをやめられない! 剣と魔術が存在するファンタジーな異世界で持ち前の社畜精神で努力を積み重ね成り上がっていく、成長物語。 ■カクヨムでも連載中です■ 本作品をお読みいただき、また多く感想をいただき、誠にありがとうございます。 中々お返しできておりませんが、お寄せいただいたコメントは全て拝見し、執筆の糧にしています。 いつもありがとうございます。 ◆ 書籍化に伴いタイトルが変更となりました。 剣は光より速い - 社畜異世界転生 ~社畜は異世界でも無休で最強へ至る~ ↓ 転生した社畜は異世界でも無休で最強へ至る

能力『ゴミ箱』と言われ追放された僕はゴミ捨て町から自由に暮らすことにしました

御峰。
ファンタジー
十歳の時、貰えるギフトで能力『ゴミ箱』を授かったので、名門ハイリンス家から追放された僕は、ゴミの集まる町、ヴァレンに捨てられる。 でも本当に良かった!毎日勉強ばっかだった家より、このヴァレン町で僕は自由に生きるんだ! これは、ゴミ扱いされる能力を授かった僕が、ゴミ捨て町から幸せを掴む為、成り上がる物語だ――――。

異世界に転生した俺は元の世界に帰りたい……て思ってたけど気が付いたら世界最強になってました

ゆーき@書籍発売中
ファンタジー
ゲームが好きな俺、荒木優斗はある日、元クラスメイトの桜井幸太によって殺されてしまう。しかし、神のおかげで世界最高の力を持って別世界に転生することになる。ただ、神の未来視でも逮捕されないとでている桜井を逮捕させてあげるために元の世界に戻ることを決意する。元の世界に戻るため、〈転移〉の魔法を求めて異世界を無双する。ただ案外異世界ライフが楽しくてちょくちょくそのことを忘れてしまうが…… なろう、カクヨムでも投稿しています。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

どうも、賢者の後継者です~チートな魔導書×5で自由気ままな異世界生活~

ヒツキノドカ
ファンタジー
「異世界に転生してくれぇえええええええええ!」  事故で命を落としたアラサー社畜の俺は、真っ白な空間で謎の老人に土下座されていた。何でも老人は異世界の賢者で、自分の後継者になれそうな人間を死後千年も待ち続けていたらしい。  賢者の使命を代理で果たせばその後の人生は自由にしていいと言われ、人生に未練があった俺は、賢者の望み通り転生することに。  読めば賢者の力をそのまま使える魔導書を五冊もらい、俺は異世界へと降り立った。そしてすぐに気付く。この魔導書、一冊だけでも読めば人外クラスの強さを得られてしまう代物だったのだ。  賢者の友人だというもふもふフェニックスを案内役に、五冊のチート魔導書を携えて俺は異世界生活を始める。 ーーーーーー ーーー ※基本的に毎日正午ごろに一話更新の予定ですが、気まぐれで更新量が増えることがあります。その際はタイトルでお知らせします……忘れてなければ。 ※2023.9.30追記:HOTランキングに掲載されました! 読んでくださった皆様、ありがとうございます! ※2023.10.8追記:皆様のおかげでHOTランキング一位になりました! ご愛読感謝!

処理中です...