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220.報告(9月29日)
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午後になってしまったがサラ校長の元へ報告に向かう。いつもの控室に転移したのは目立つのを避けるためだ。赤翼隊への引き継ぎと帰還を宣言したのは昨日のこと。早馬が走ったとしてもバルバストロとルシタニアの間の中継地であるエルヴァスに伝わるのに二日、そこからアルカンダラまで伝わるのに二日は見ていいだろう。要するに転移魔法を使う前提でない限り俺達はまだ帰路の途中にあるはずなのだ。
サラ校長と寮母のダナさんはアリシア達を順に抱きしめて、無事の帰還を祝福してくれた。
その姿をグロリアが羨ましそうに見ている。
「ソフィア、神殿への報告はいいのか?」
「もちろんいたしますわ。グロリア様の凱旋なのですから。でも早馬が届いて、そうですね、一週間ぐらいは様子を見てからのほうが良いかと思います」
ソフィアは言外に口裏合わせの必要性を匂わせるが、ソフィアはともかくグロリアが少々可哀想に思えてきた。彼女の小さい背中をそっと押す。その仕草にダナさんが気付いて、彼女を抱いて輪の中に連れて行ってくれた。さすが寮母さんだ。
◇◇◇
祝福の時が一段落すると、いよいよ報告の番である。
本来なら上位者が座るべき議長席というか上座の位置には自然とルツが座った。ルツから見て左手側に俺達が、右手側にサラ校長達が着席する。ちなみに俺の隣はアリシア、その隣にイザベル、アイダ、ビビアナ、ルイサと続き、ルツの正面にはカミラとソフィアが座った。グロリアはなぜかダナさんに気に入られたらしく、彼女の隣にきちんと座っている。
教職員サイドにはサラ校長を始め寮母のダナさん、一つ飛ばして寮監のバルトロメ、養成所教官のモンロイと剣術教官のオドンネル、そして見慣れない人物が一人、サラ校長の背後に立っている。校長に付き人なぞはいなかったと思うのだが。
「こちらは近衛魔法師団、通称“王国魔法師”の副団長を務めるプラード。タルテトスとの連絡役として招聘しました」
サラ校長に紹介された男はゆったりとした濃い紫色のローブを纏ったまま一礼した。その顔は大きなフードに隠れて窺い知れないが、どうやら壮年の男のようだ。
「プラードであります。テレパティアを使って王宮でお仕えする我が妹と話すことができます」
テレパティア?聞き慣れない単語だ。
「ほう、テレパティティアンか。お主が意思を通わせられるのは妹だけかえ?」
「はい、大賢者様。我が固有魔法により、どんなに離れていても妹とだけは通じております」
「連絡役としては便利でしょう。もっとも任意の誰かではなく妹さんだけというのが玉に瑕だけれど」
ああ、念話か。トランシーバーの導入を真剣に検討していた俺としては非常に興味深い。魔道具化できれば無線ではなく魔法として再現できるかもしれない。どうやらプラードという男の固有魔法のようだが、ルツの反応を見るに同じような魔法は他にもあるようだ。今度聞いてみよう。
報告は滞りなく進んだ。
マグスニージャルの5名を引き渡した時にそれまでの経緯は報告済みだから、特段細かな話をする必要もなかったのだ。だが失われた人命の数に教職員サイドの誰もが絶句した。オリエンタリス伯デメトリオが治めていた領地の人口はおよそ七割減となり、相当する国土が無人となってしまったのである。その反応は当然だと思えた。
当然だと受け止められなかったのは、サラ校長とプラードの話のほうだった。
「さて、オリエンタリス伯はこの世を去り、辺り一帯が全く無防備となっているのは事実です。新たな守護者を配さなければ大襲撃は防ぎきれませんが、国内最強と謳われる赤翼隊ですらその任は重すぎるし、カサドールを配するにも数が足りない。王宮ではどのように考えてるか、プラード、説明してください」
「はい。新たな守護者として、かの地に辺境伯を封じます。辺境伯として推されているのはイトー カズヤなる巡検師殿です」
辺境伯だって?辺境伯といえば地方長官の地位ではないか。それを一介の、文字通り何処の馬の骨ともわからぬ者に任せるというのか。
「ちょっと待ってください。辺境伯というのは伯爵が務めるものではないのですか?そんな簡単に爵位、それも伯爵位を与えるものなのですか?」
俺がそう聞いたのは至極当然のことだと思う。
だが俺の疑問をルツが笑い飛ばすように答えた。
「そういうものだろう。貴族や爵位というものは王が気紛れ……というと語弊があるが、王が任命するものじゃ。貴族は世襲制ではあるものの、それはその者の先祖が立てた功績に王家として報いている証に過ぎん。新たな役回りに対して新たな者を指名するのに何の不思議もない。まぁ今回の件は……」
「sacó a la solterona」
小声で呟いたのはビビアナだろうか。
「そのとおりじゃ。老いた使用人を押し付けるか如くに、厄介ごとを我らに押し付けおったのじゃな。しかしプラードとやら、それだけではなかろう。正直に申してみよ」
「はい、大賢者様。彼の者、そして仲間達はそれぞれが国軍の大隊に匹敵する武力を有しており、これまでも魔物を撃退した多数の実績があります。そして更に“東の森の大賢者”を擁しており、これ以上の適任者はおりませぬ」
「つまり、儂を手に入れてしまったから、というわけじゃな。カズヤ、それにお前達、観念せい」
「観念しろって言われてもなあ」
「アイダさん、これはもう遅かれ早かれというものですわ。校長先生、一つ確認させていただきたいのですが、よろしいですか?」
「ええビビアナさん。聞きましょう」
「先程プラードさんは“仲間達”とおっしゃいました。つまり私達もカズヤさんとご一緒するということでよろしいのですね?」
「もちろんです。今更あなた達を引き離しても何ら良いことはありません。皆さんがご希望されるのなら、是非ご一緒にお願いします」
「それは是非もないのですが、カズヤ殿。カズヤ殿の御意志は?」
本音を言えば考える時間が欲しいところだが、先に娘達がリアクションしてくれたおかげで考える時間ができた。いや、考える必要もないのだ。
「放ってはおけないだろう。俺に何が出来るかわからないが、出来ることはしたいと思う。アイダ、アリシア、イザベル、ビビアナ、ルイサ、手伝ってくれるか?」
「もちろんですカズヤ殿!私はいつまでも御身と共にあります」
「私もです!」
「まぁお兄ちゃんには私がいないとね!」
「アイダ様がそうおっしゃるのなら仕方ありませんわ。私もお付き合いします」
「兄さんには私がいるから大丈夫です」
異口同音に賛同してくれる娘達の心強いことこの上ない。
「あのぅ、校長先生?」
カミラが遠いサイドからそっと手を上げた。最近の彼女の強気な雰囲気はすっかり影を潜め、最初に出会った頃の少しおどおどした感じになっている。
「カミラさん、どうしました?」
「あの……私もご一緒しても?」
「それを尋ねる相手は私ではないでしょう。あなた何のために教官を辞してまでカズヤさんについて行ったのですか」
「そうですね!そうですよね!ということで末永くよろしくお願いしますね!」
椅子から腰を浮かせて頭を下げるカミラの姿は、とても対人戦闘のスペシャリストには見えない。
「妾達はどうするのじゃ?ルイサ達と一緒に行けるのか?」
「グロリア様。グロリア様を遣わしたのはアルテミサ神殿です。神殿に戻って、更にお父様に報告してから身の振り方を考えればいいのではないでしょうか」
「そうか。そうじゃな。お父様なら悪いようにはせんじゃろう」
「ソフィアさん。あなたはどうされますの?」
「私?私は男爵家に雇われた身ではありますが、なんのしがらみもありませんし、何といってもカミラが心配なのでついて行きますわ」
「おい、ソフィア。私をダシにするな」
「あら、あなたと私の仲じゃありませんか」
一瞬でおどおどした感じが吹き飛んだカミラである。
だがそんな和やかな雰囲気も、次のサラ校長の言葉で凍りついた。
「ちなみに、今回の人選を強く推したのはオリバレス侯です。娘の選んだ者が無位無冠というわけにはいかないそうですよ」
サラ校長と寮母のダナさんはアリシア達を順に抱きしめて、無事の帰還を祝福してくれた。
その姿をグロリアが羨ましそうに見ている。
「ソフィア、神殿への報告はいいのか?」
「もちろんいたしますわ。グロリア様の凱旋なのですから。でも早馬が届いて、そうですね、一週間ぐらいは様子を見てからのほうが良いかと思います」
ソフィアは言外に口裏合わせの必要性を匂わせるが、ソフィアはともかくグロリアが少々可哀想に思えてきた。彼女の小さい背中をそっと押す。その仕草にダナさんが気付いて、彼女を抱いて輪の中に連れて行ってくれた。さすが寮母さんだ。
◇◇◇
祝福の時が一段落すると、いよいよ報告の番である。
本来なら上位者が座るべき議長席というか上座の位置には自然とルツが座った。ルツから見て左手側に俺達が、右手側にサラ校長達が着席する。ちなみに俺の隣はアリシア、その隣にイザベル、アイダ、ビビアナ、ルイサと続き、ルツの正面にはカミラとソフィアが座った。グロリアはなぜかダナさんに気に入られたらしく、彼女の隣にきちんと座っている。
教職員サイドにはサラ校長を始め寮母のダナさん、一つ飛ばして寮監のバルトロメ、養成所教官のモンロイと剣術教官のオドンネル、そして見慣れない人物が一人、サラ校長の背後に立っている。校長に付き人なぞはいなかったと思うのだが。
「こちらは近衛魔法師団、通称“王国魔法師”の副団長を務めるプラード。タルテトスとの連絡役として招聘しました」
サラ校長に紹介された男はゆったりとした濃い紫色のローブを纏ったまま一礼した。その顔は大きなフードに隠れて窺い知れないが、どうやら壮年の男のようだ。
「プラードであります。テレパティアを使って王宮でお仕えする我が妹と話すことができます」
テレパティア?聞き慣れない単語だ。
「ほう、テレパティティアンか。お主が意思を通わせられるのは妹だけかえ?」
「はい、大賢者様。我が固有魔法により、どんなに離れていても妹とだけは通じております」
「連絡役としては便利でしょう。もっとも任意の誰かではなく妹さんだけというのが玉に瑕だけれど」
ああ、念話か。トランシーバーの導入を真剣に検討していた俺としては非常に興味深い。魔道具化できれば無線ではなく魔法として再現できるかもしれない。どうやらプラードという男の固有魔法のようだが、ルツの反応を見るに同じような魔法は他にもあるようだ。今度聞いてみよう。
報告は滞りなく進んだ。
マグスニージャルの5名を引き渡した時にそれまでの経緯は報告済みだから、特段細かな話をする必要もなかったのだ。だが失われた人命の数に教職員サイドの誰もが絶句した。オリエンタリス伯デメトリオが治めていた領地の人口はおよそ七割減となり、相当する国土が無人となってしまったのである。その反応は当然だと思えた。
当然だと受け止められなかったのは、サラ校長とプラードの話のほうだった。
「さて、オリエンタリス伯はこの世を去り、辺り一帯が全く無防備となっているのは事実です。新たな守護者を配さなければ大襲撃は防ぎきれませんが、国内最強と謳われる赤翼隊ですらその任は重すぎるし、カサドールを配するにも数が足りない。王宮ではどのように考えてるか、プラード、説明してください」
「はい。新たな守護者として、かの地に辺境伯を封じます。辺境伯として推されているのはイトー カズヤなる巡検師殿です」
辺境伯だって?辺境伯といえば地方長官の地位ではないか。それを一介の、文字通り何処の馬の骨ともわからぬ者に任せるというのか。
「ちょっと待ってください。辺境伯というのは伯爵が務めるものではないのですか?そんな簡単に爵位、それも伯爵位を与えるものなのですか?」
俺がそう聞いたのは至極当然のことだと思う。
だが俺の疑問をルツが笑い飛ばすように答えた。
「そういうものだろう。貴族や爵位というものは王が気紛れ……というと語弊があるが、王が任命するものじゃ。貴族は世襲制ではあるものの、それはその者の先祖が立てた功績に王家として報いている証に過ぎん。新たな役回りに対して新たな者を指名するのに何の不思議もない。まぁ今回の件は……」
「sacó a la solterona」
小声で呟いたのはビビアナだろうか。
「そのとおりじゃ。老いた使用人を押し付けるか如くに、厄介ごとを我らに押し付けおったのじゃな。しかしプラードとやら、それだけではなかろう。正直に申してみよ」
「はい、大賢者様。彼の者、そして仲間達はそれぞれが国軍の大隊に匹敵する武力を有しており、これまでも魔物を撃退した多数の実績があります。そして更に“東の森の大賢者”を擁しており、これ以上の適任者はおりませぬ」
「つまり、儂を手に入れてしまったから、というわけじゃな。カズヤ、それにお前達、観念せい」
「観念しろって言われてもなあ」
「アイダさん、これはもう遅かれ早かれというものですわ。校長先生、一つ確認させていただきたいのですが、よろしいですか?」
「ええビビアナさん。聞きましょう」
「先程プラードさんは“仲間達”とおっしゃいました。つまり私達もカズヤさんとご一緒するということでよろしいのですね?」
「もちろんです。今更あなた達を引き離しても何ら良いことはありません。皆さんがご希望されるのなら、是非ご一緒にお願いします」
「それは是非もないのですが、カズヤ殿。カズヤ殿の御意志は?」
本音を言えば考える時間が欲しいところだが、先に娘達がリアクションしてくれたおかげで考える時間ができた。いや、考える必要もないのだ。
「放ってはおけないだろう。俺に何が出来るかわからないが、出来ることはしたいと思う。アイダ、アリシア、イザベル、ビビアナ、ルイサ、手伝ってくれるか?」
「もちろんですカズヤ殿!私はいつまでも御身と共にあります」
「私もです!」
「まぁお兄ちゃんには私がいないとね!」
「アイダ様がそうおっしゃるのなら仕方ありませんわ。私もお付き合いします」
「兄さんには私がいるから大丈夫です」
異口同音に賛同してくれる娘達の心強いことこの上ない。
「あのぅ、校長先生?」
カミラが遠いサイドからそっと手を上げた。最近の彼女の強気な雰囲気はすっかり影を潜め、最初に出会った頃の少しおどおどした感じになっている。
「カミラさん、どうしました?」
「あの……私もご一緒しても?」
「それを尋ねる相手は私ではないでしょう。あなた何のために教官を辞してまでカズヤさんについて行ったのですか」
「そうですね!そうですよね!ということで末永くよろしくお願いしますね!」
椅子から腰を浮かせて頭を下げるカミラの姿は、とても対人戦闘のスペシャリストには見えない。
「妾達はどうするのじゃ?ルイサ達と一緒に行けるのか?」
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「そうか。そうじゃな。お父様なら悪いようにはせんじゃろう」
「ソフィアさん。あなたはどうされますの?」
「私?私は男爵家に雇われた身ではありますが、なんのしがらみもありませんし、何といってもカミラが心配なのでついて行きますわ」
「おい、ソフィア。私をダシにするな」
「あら、あなたと私の仲じゃありませんか」
一瞬でおどおどした感じが吹き飛んだカミラである。
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