上 下
197 / 239

196.解放宣言①(8月18日)

しおりを挟む
収容されていた54人の被害者達の治療は深夜にまで及んだ。
アリシア達の魔力が尽きる前に、何とか治療を終える事ができたのである。時間を置いてスキャンしても、誰も澱んだ魔力反応を示す者はいなくなった。
ルイサとグロリアのちびっ子達、イザベルやアイダのような治癒魔法に秀でていない子達も、風魔法で換気をしながら被害者達の身体を拭き部屋の掃除をするなど献身的に働いてくれた。

一段落した頃には夜半過ぎになっていた。
室外で待機していたクレアルを招き入れる。
彼の身内は件の少年だったようだ。彼はまだ眠っている少年に取り縋り、声を上げて泣く。その姿にアリシアとルイサがもらい泣きしはじめる。この二人だけではない。イザベルもビビアナもアイダも相当に無理をしているのだ。

少年が収容された詳しい事情はわからない。少なくとも少年自身は相当窶れてはいたが発症していなかった。自ら進んで収容される事を選んだのか。とすれば何故。或いは父親の罪の責任を共に果たそうとしたのだろうか。

クレアルが落ち着くのを待って、朝からやらねばならない事を打ち合わせる。
事態は次のフェイズに移った。これから最優先とすべきは赤翼隊アラスロージャスへの対応だ。“人狩り”と恐れられてはいても、赤翼隊隊長シドニア伯ガスパールは正常な判断ができる男のように思う。いきなり街を包囲して火を放つような真似はしないだろう。それでも兵士達は暴走するかもしれない。暴走した集団心理への対応を誤れば危険なことは、十分承知している。

◇◇◇

翌朝、まだ日も登る前に、被害者達に掛けていた鎮静魔法を解いて順番に目覚めさせる。事情も分からず呆然としている被害者達に白湯を、次いで暖かい麦粥を食べさせる。治癒魔法の効果だろうか。数日から数週間は絶食していただろう胃腸にも、しっかりと食物は受け付けられたようだ。
皆に食事が行き渡り、置かれた状況についての疑問を口々に囁き出すのを待って、クレアルがゆっくりと話し出した。

「皆、よく今日まで耐えてくれた。皆の献身と自己犠牲、自らの命を賭して街の皆を守ろうとしたその勇気を、我が同胞は決して忘れないだろう。そして聞け!ここにアルカンダラから遣わされた魔物狩人カサドールとアルテミサ神殿の神官が在わす。こちらの方々こそが、我らの罪を濯いでくださったのだ。見よ!隣の友の、兄弟の、肉親の、そして我が同胞達の顔を。死を覚悟した我らが、すっかり癒えている。これこそが女神アルテミサの奇跡だ!」

クレアルの落ち着いた声が、被害者達の間に沁み渡っていく。

「助かった……のか?」

「本当に……もう魔物にならなくて済むのか……」

事態を把握し始めた者が呟き出す。
心得たとばかりにグロリアが演台に立ち上がった。

「我はアルテミサ神殿より遣わされたグロリア エンリケスじゃ!女神アルテミサの名において、汝らの受難が終わったことを宣言する!女神アルテミサを讃えよ!」

被害者達がドッと湧き立つ。
同時にイザベルが高周波ブレードを駆使して扉を開いた。
扉の外には多くの住民が集まっていた。あらかじめクレアルが呼び集めていたのだ。
その前にソフィアが進み出る。

「マルチェナの皆さん。収容されていた全ての怪我人は治癒しました。取り憑いていた魔物も全て浄化されました。もう心配いりません。女神アルテミサに賛美を!そして皆さんの愛する者を抱きしめてあげてください!この街は浄化されました!」

紺色の神官服を身に纏ったソフィアによる宣言は絶大な効果をもたらした。
名を呼びながら次々と室内に入っていくのは収容者の身内や家族だろう。
それ以外の住民達は、口々にアルテミサの名を呼びながらソフィアを付し拝む。

「皆さんにご紹介します。此度の奇跡をもたらしたアルテミサ神殿から遣わされたグロリア エンリケス様、そしてアルカンダラ王立魔物狩人養成所教官にして巡検師たるイトー カズヤ様です!お二人に感謝を!」

誓って言うが最後のクダリは筋書きにはないものだ。ソフィアが紹介するのはグロリアだけだったはずなのだ。
住民達の熱い視線が俺にまで向けられて、俺は天を仰ぐしかなかった。

◇◇◇

その夕方である。
赤翼隊がマルチェナに辿り着き、あっという間に街を包囲した。まったく見事な手並みだ。大慌てで俺達も配置に着く。皆の服も装備もいつもどおりだが、俺だけが正装、つまり黒のトラウザーズに薄いブルーのワイシャツ、黒のベルトにネクタイ、グレーのジャケット。黒の編み上げブーツ、肩章の縁取りと同じ赤いベレー帽を被り、白いガンベルトにはUSPハンドガンを装着したスタイルだ。何のことはない、オフ会のネタとして揃えたドイツ連邦軍の軍服である。

「さてと。ここまではカズヤの予想どおりだが、どう出てくると思う?」

門の両隣に併設された物見櫓の上で様子を窺いながらカミラが囁く。
ちなみにこちら側の櫓には俺とカミラ、マルチェナ衛兵隊副隊長のエウリコ クレアル、反対側にはソフィアとビビアナが陣取っている。アリシアとアイダ、イザベルとルイサ、それにグロリアとフェルは万一に備えて街の人々と一緒に広場にいる。仮に赤翼隊アラスロージャスが暴走し、門で食い止めることが出来なければ、彼女達が街の人々を守る最後の盾になる。

「そうだな。代表者が口上を述べるぐらいはするだろう。ガスパールが出張ってくると思うか?」

「彼奴ならいいが。私とソフィアでどうにでもなる」

伯爵の肩書きを持つ貴族様を“どうにでもなる”呼ばわりするのも如何かと思うが、どうやらこの3人の間には何やら曰くがあるらしい。
果たして、数名の大楯兵と副官のルイスを従えて進み出たのはシドニア伯ガスパールその人であった。
しおりを挟む
感想 230

あなたにおすすめの小説

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

処理中です...