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152.ルイサ(7月16日)
しおりを挟む緑色の瞳に青みがかった髪の少女は、中庭のベンチに座った俺の右隣に腰掛けて話し始めた。
様子を伺うターンが過ぎれば、別に物怖じする性格ではないらしい。
少女の名前はルイサ。姓がないのは成人前に両親共に他界し、姓を受け継げなかったためらしい。
年齢はよくわからないが、恐らく10歳ぐらいだということだ。
「自分の年齢がわからないのか?」
「うん。お父さんとお母さんが死んだのは覚えてるんだけど、それが何歳の時だったのかがわかんないの」
「でも自分の祖先がどこかの島にいたって事は知っている」
「それは孤児院の院長先生が教えてくれたからね」
どうやら博学な人が院長をやっている孤児院だったようだ。
それにしても、ルイサの身の上話には幾つか疑問が生じる。
まず、養成所への入所金はどう融通したのだろう。イビッサ島のマルサの村の若者達は、養成所に納めるための金を稼ぐために、森に入り魔物を狩っていた。
そもそも養成所に入所できるのは13歳からではなかったか。年が入ってから入所する例はあるようだが、対象年齢に達していないのに入所する事もあるのだろうか。
「そうか。そういえば養成所に入るのにも金がいるんじゃないか?旅の途中で出会った若者は、養成所に入りたいからって、小物の魔物を狩りまくっていたぞ」
「ああ。それね。私は特別なの。見て」
そう言ってルイサが自分の両方の掌を差し出して俺に見せる。
あれか?特別な紋章が刻まれてるとかいうやつか?
いささか厨二チックな期待を込めて覗き込んだそこには、小さな掌しかなかった。
◇◇◇
はて。ここに何があるというのだろう。
見ていると紋様が浮かび上がってくる……というわけでもなさそうだ。
と、突然ルイサの掌がぼんやりと光った。
最初は赤く、次に黄色、緑、青の順は、あたかも虹のようである。
「凄いでしょう。Bendición del arco iris、虹の加護っていうの」
そう言ったルイサの緑色の瞳が、青みがかったグレーの長い前髪の下で笑っている。意外といたずら好きの側面もあるのだろうか。
「ああ、驚いた。それは神様の加護なのか?」
「そうよ。天空と虹の女神イリス。この光はイリスの加護を受けている証なの。だから私は養成所に入れた。入所金なし、年齢制限なしの特別扱いでね」
ほうほう。また知らない神様の名前が出てきた。
これまで聞いた神様は、何らかの魔法を司っていた。
女神イリスはどんな魔法を司る神なのだろう。
「その、イリスって女神様は、どんな御利益を与えてくれるんだ?」
「御利益?そうねえ……」
手を引っ込めたルイサは、そのまま自分の頬っぺたに人差し指を当てて考える様子を見せる。
「めっちゃ足が速くなる……かな?ほら、天空を駆ける女神だから。それに転移魔法ってあるでしょ?あの魔法を司るのが女神イリスじゃないかって言われてるの。だから私は養成所で修行するのを許されたのよ」
「女神イリスの加護を受けているから?」
「そうそう。お兄さんも知っているでしょう?転移魔法は“失われた魔法”なの。女神イリスの加護を受けた狩人は他にもいるらしいけど、私より足が速い人はいないんだって。だから転移魔法を発動できる可能性が1番高いのは私なんじゃないかって言われてるんだよ!」
なるほど。転移魔法は女神イリスからの“賜物”だったか。それは一度は拝んでおかねばならないだろう。
それはさておき、俺が転移魔法を使えると知ったら、この幼い少女はどういう反応をするだろうか。
いや、無闇に伝える必要はないだろう。
この少女にとっては、“転移魔法を使えるようになるかもしれない”という事はおそらく心の支えなのだ。俺の無用の一言で、その支えをへし折るような真似はすべきではない。
俺が口にしたのは、もっと別の事だった。
「なあルイサ。足が速いってのは、どれくらいなんだ?うちのパーティードにも足が速いのはいるが、どれぐらい違うんだろうな」
「えっ?神様の加護を疑うの?」
この罰当たりめが!そんな軽い怒りを緑色の瞳が纏う。
「いや、そんなつもりはないんだが、誰よりも足が速いと言われると気になってしまってな」
「ふ……まあいいわ。そうね……」
ルイサが辺りを見渡す。
「この中庭の端から端まで、5秒と掛からないわ。凄いでしょう!」
中庭の長辺の端を指差しながら、ルイサが胸を張る。
中庭の端から端まで、目測でおよそ30mか。
50mを5秒で走れば、相当に足が速い部類に入る。例えば一流のサッカー選手などが5秒台前半なのは有名な話だろう。
そう考えると“30mを5秒切る”というのは、例えば体育会系の大学生などならば、さほど足が速いほうではない。もちろん10歳そこそこの少女にしてはとんでもなく速い部類には入るのだろうが。
この距離、イザベルなら何秒で走るだろう。特に森の中などの不整地ならば、そこそこいい勝負になる気もする。
「そうか。それは凄いな。俺にはとても真似できない」
「そうでしょうそうでしょう。分かってくれればいいのよ」
ルイサが満足そうに笑った。
だが直後にその瞳が曇る。
「ただね。ちょっと欠点があるんだ……」
「欠点?」
「そう。欠点。狩人としては致命的な欠点だって言われたの」
狩人として致命的な欠点。
例えば俊敏なイザベルの例で考えてみる。彼女の欠点は何だろう。人見知りのくせに、慣れるとお調子者なところだろうか。いや、それは人格的な問題かもしれないが、狩人としての欠点ではない。彼女は立派に我がパーティードの斥候を務めている。
アリシアはどうだ。たまに口煩い事もあるが、いざ狩りとなると狩場の全域に目を配り、後衛の任を立派に果たしている。
アイダとビビアナの2人にも、特に欠点らしい欠点は思い浮かばない。
「なあルイサ。お前の欠点って何だ?」
そう問われたルイサは、伏せていた顔を上げて空を見上げた。中庭から見える夕暮れ時の空は、浮かんだ雲がオレンジ色に染まっている。
「それはねえ……」
しばらく沈黙が流れる。言いたくないのか、あるいは言葉を選んでいるのか。
いずれにせよ急かす必要もない。この子の欠点を聞いたところで、俺に何ができるでもないのだ。
養成所で孤立しているらしい幼い子供の愚痴を聞いてやるぐらいしか、俺にはできないだろう。
中庭の中央部からは、集まっていた学生達に解散を促す娘達とカミラ先生の声が聞こえる。
そうか。もうそんな時間か。すっかりルイサと話し込んでしまった。
「なあルイサ。話したくないことは誰にでもある。言いたくないのなら、無理に教えてくれなくてもいいさ」
思わずルイサの綺麗な青みがかった髪に包まれた小さな頭をを撫でたい衝動に駆られて手を伸ばす。
ルイサは一瞬首をすくめるが、危害を加えられるわけではないと悟ったのか大人しくしている。
俺の手がルイサの髪に触れる寸前。
「あ!お兄ちゃんが他の女の子に手を出してる!」
イザベルである。
すっ飛んできたイザベルが、俺の正面から飛び付いてきた。ベンチに座っていた俺は、ダイブしてきたイザベルに小柄な体を正面から受け止めることになった。まったく、さっきまで学生達の前で見せていたクールビューティーの姿が台無しである。
「こらイザベル!学校だぞ!カズヤ殿から離れなさい!」
追いついたアイダが、俺の膝の上に跨がったイザベルを背後から引き剥がす。
「お兄ちゃん??」
今度こそ本気で首をすくめていたルイサが、恐る恐るその縮めていた首を伸ばして、更には小首を傾げる仕草を見せる。その視線の先には羽交い締めにされたままのイザベルがいた。アリシアとビビアナ、それにカミラ先生もいる。
「そうよ!私のお兄ちゃんよ!邪魔しないでよね!」
邪魔したのはイザベルのほうな気もするが。
「お兄ちゃん??」
ルイサの発した問いかけは、今度は俺に向けて発せられたものだ。
「まあ、そう呼ばれている。紹介しよう。うちのパーティードの面々だ」
「あ、知ってます。ビビアナさん、アイダさん、アリシアさん。カミラ先生も同じパーティードなのは知りませんでした」
ルイサの声は僅かに震えている。緊張しているのか、あるいは……
「いやあ、有名人って辛いわね!下級生にまで名前が知れ渡っているなんて……あれ?」
ようやくアイダの腕から解放されたイザベルが腕を組んで高笑い仕掛けてピタッと止まる。
「ちょっとあんた!何で私の事は呼んでないのよ!」
“あんた”と呼ばれたルイサは、今度はさっきとは反対側に首を傾げた。
「さっきから変な声が聞こえませんか?ねえ、“カズヤ兄様”?」
わかった。このあざとい仕草は演技だ。しかもただ一人に向けられた小芝居なのだ。
「なんだか私はお邪魔みたいですね。そろそろ宿舎の門限ですし、また明日お会いしましょう。約束ですよ。カズヤ兄様!」
最後の部分だけ、俺の耳元で囁くように言ったルイサは、脱兎のごとく駆け出していった。
その姿を呆気に取られて一同が見送る。
「カズヤ君。顔、赤いわよ」
カミラ先生の言葉で我に帰るまでの数秒間の間に、ルイサの姿は見えなくなっていた。
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