上 下
149 / 241

148.校長先生に報告する②(7月16日)

しおりを挟む
フェルが、賢くも幼い一角オオカミがどうして俺達に懐いたか。
せっかく俺が「フェルだって犬科の生き物だ。犬と同じように人に手懐けることができる」という方向に話を持っていこうとした矢先に、何故かイザベルが水の話を持ち出した。あまつさえ自分の腰に下げていたペットボトルをテーブルの上に置いたのだ。
当然、先生達の興味はそのペットボトルに注がれた。呆然とペットボトルを見つめる先生達の中で最初に行動したのは校長先生だった。校長先生はテーブルの上に身を乗り出し、イザベルの前に置かれたペットボトルに手を伸ばした。
だが彼女が目的を果たす前に、アリシアがスッとペットボトルを引き寄せたのである。

◇◇◇

「いやあ、これは関係ないんじゃないかなあイザベルちゃん。ほら、怯えてる小さな生き物に餌付けしただけってことで話がついたよね?ね?」

ナイスだアリシア。さすがは4人娘の中でいちばん俺と行動を共にしていない。俺の意図を読み取ってくれたか。
しかしこれは明らかに俺のミスだ。フェルのことをどう説明するか、もっと娘達とよく話し合っておくべきだった。あるいはフェルの存在をひた隠しにするという手もあったのだ。
だが俺はそうしなかった。
俺がそうだったように、フェルのことをさほど気にされる事はないだろう。そうたかを括っていたのだ。

「そ、そうだぞイザベル。ビビアナも言ってただろう。私の唾液と牙イノシシの干し肉、この2つのおかげで、フェルは私達に懐いたんだって」

「そうでしたよねアイダさん。そういう結論が出ました。ね!イザベルさん!」

すかさずアイダとビビアナがアリシアのフォローに入る。

「ふえ?3人ともどう……した……あ!!」

イザベルが大袈裟に口元を押さえ、俺の方を見た。
このおっちょこちょいのお調子者も、ここにきてようやく自分の行動の意味を悟ってくれたらしい。
だがな。昔から言うではないか。覆水盆に返らずと。
ぶち撒けてしまった話は無かった事にはできないのだ。
まあ後悔するのは後でもできる。とりあえずこの場を収めなければ。

思いを巡らす俺の機先を制して先に声を出したのは、やはり校長先生だった。

◇◇◇

「カズヤ君。いえ、巡検師イトー カズヤ殿。単刀直入に尋ねます。あなたが生み出す水は、かの“聖水”なのですか?」

やはりそうきたか。
聖水についてはノエさんから聞いてはいる。なんでも西方のテリュバン王国で信奉されている神に仕える聖職者が使う、霊験あらたかな水らしい。
その効能は魔物退治にとどまらず、病気や怪我を癒したり農作物の収量を上げたりと、それはもう万能らしいのだ。
そんないいモノなら世の中にもっと出回ってもよさそうなものだが、その聖水は信者にしか売ってはくれない。
値段はペットボトル1本で金貨1枚。
元の世界の価値でならちょっとお高いウイスキーや特別な日のワインといったところか。決して買えない値段ではないところに、なかなかの商売魂が垣間見える。

俺が水魔法で生み出した水。
その水に“聖水”と同じ効果があるのかどうかはわからない。
だが俺は特別な事をした覚えはないし、そもそもその水に“魔力を回復させる”以上の効果があるとは思えないのだが。

「あの……、聖水ってなんですか?」

アリシアが校長先生に尋ねる。

「聖水とは、西のテリュバン王国で広く信じられている神の加護が宿ったとされる水です。傷を癒し、魔物を倒す力があるとされています。実際にかの国では病人が街から消えたとか、商人の護衛の仕事がなくなったとか、いろんな噂は伝わってきています」

「う~ん……それは素晴らしい効果ですけど、なんかスッキリしませんね」

「誰でも魔法に頼らずに魔法師や魔導師のような事ができるということですよね。副作用はないのでしょうか」

「ビビアナさんの懸念ももっともです。私もその点を危惧してはいますが、今のところそういった話は聞こえませんね」

「まあ悪い話には蓋をするものだからの。それにしても校長の耳にも届いておったか。てっきり酒場の与太話と思っておったが」

「複数の情報筋からの話です。もっとも実物を手にしたわけではないので、真偽のほどは何とも言えませんが」

「それは入手する事はできないのですかな?いい研究対象になると思いますが」

「そうですねえモンロイ。ですが聖水の卸先は信者に限ると決まっているらしいのです。聖水を求める商人や貴族には改宗を迫り、その結果、周辺の国や街は次々とテリュバン王国の影響下に入っているとか」

「それは新たな火種になりかねないわね」

「ええ。現にオスタン公国は国境を固めているようです。それでも商人や旅人までをも閉め出すわけにもいかず、浸透は止められないようですが」

「やれやれですなあ。北のノルトハウゼン大公国に、西からはテリュバン王国。オスタン公国が壁になってくれるなら、西の脅威は当面考えずに済みますかな」

「だといいのですが。それはそうと、カズヤ君が水魔法で生み出す水は“聖水”とは別のものなのでしょうか。もし同じものだとしたら、テリュバン王国との間の火種なんてものでは済まなくなります」

「どうしてですか?西でも東でも同じ効果がある水が手に入るのなら、悪い事はなさそうですけど」

校長先生の懸念は理解できる。
だがアリシアを筆頭に娘達は、校長先生が何を心配しているか思い当たる節がないようだ。互いに顔を見合わせ首を傾げている。

ふぅっと大きく息を吐いて、ここまで沈黙していたカミラ先生が口を開いた。

「テリュバン王国で信奉されているジルバ神は唯一絶対神と聞いているわ。その加護の証たる聖水を異教のタルテトス王国でも生み出せるとなれば、寄って立つ信仰の証がなくなった聖職者達はどう感じると思う?アイダさん。あなたならどう?」

たまたま目が合ったのだろう。
指名されたアイダは、さほど迷いもせずに答えた。

「単純に許せないと思います。自分の信じるものが冒涜された。そんな感じです」

「そうね。私でもそう感じると思う。じゃあ具体的に行動を起こすとしたら、どうすると思う?聖職者達はテリュバン王国を意のままに操れるとして。イザベルさん。あなたが聖職者の立場だったら?」

「お兄ちゃんを捕まえて、二度と水魔法を使わないように約束させる?」

「悪くないわね。それを国と国が行うとしたら、まずはどうするかしら?ビビアナさん」

「まずは外交交渉で、カズヤ殿に聖水を生み出す力があるのかを確認します」

「そうね。という事は、タルテトス王国の中枢にカズヤ君の事が知れるということになるわね。もしタルテトス王国が国としての回答を拒んだり、協力を突っぱねたりしたらどうかしら?」

「あ……わかりました。テリュバン王国に開戦の口実を与えてしまう……ということですね」

今度はアリシアも納得できたようだ。
そのとおりである。
こと宗教が関わった紛争が起きたとき、その原因が純然たる教義や宗教的信条の違いによるものである例は少ない。
かの十字軍も、あるいは紛争の絶えない中東や東ヨーロッパも、元を正せば大国の思惑と民族主義が宗教の皮を被って争わせている結果なのだ。
仮に俺が生み出す水の効果がタルテトス王国に知られないとしても、かの国が布教による影響力増大を辞めない限り、遅かれ早かれ火種は燃え上がるのだろう。
だがわざわざ好んで導火線を短くする必要はない。

「校長先生。俺が生み出す水は、魔力を回復させる効果があります。ですがそれ以外の効果については試したことがありません。少しお分けしますので、研究していただくことは可能ですか?それこそ“聖水”だと言うことにしてもらえれば、さほど目立たずに研究できるのではないでしょうか」

「そうね……それなら問題ないでしょう。モンロイ。あなたに預けます。くれぐれも情報には注意してくださいね」

「承知しましたぞ。このモンロイ、その水に如何様な力があるか解き明かしてみせましょう。そうと決まればさっそく器などを……」

そう言ってモンロイ師が席を立つ。
微かに鐘の音が聞こえる。

「もうこんな時間ですか。今日はここまでにしましょう。繰り返しになりますが、カズヤ君の水の話は一切の口外を禁止します。特にイザベルさん、いいですね!?」

「ふぁい!わかりました!」

校長先生に名指しされたイザベルが、背筋をピンと伸ばして答えた。

「それと、皆さんがイビッサ島から帰還するのが余りにも早過ぎました。転移魔法のことを知られないためにも、しばらくは大人しくしていてくださいな」

それもそうだな。イビッサ島への往路はオンダロアで足止めされたのも含めて2週間ほどかかった。
にも関わらず復路はたった1日で、しかも途中の街には一切立ち寄らずに帰ってきたのだ。イビッサ島からアルカンダラまでの足取りを調べられたりすれば不自然極まりないことだろう。

「承知しました。ではモンロイ先生に試料を預けて引き上げます」

そういって娘達を促し、モンロイ先生と一緒に校長室を出ようと扉を開けた。
その先に見えたのは、校長室に詰めかけた大勢の生徒達に姿だった。
しおりを挟む
感想 230

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

転生チートは家族のために~ユニークスキルで、快適な異世界生活を送りたい!~

りーさん
ファンタジー
 ある日、異世界に転生したルイ。  前世では、両親が共働きの鍵っ子だったため、寂しい思いをしていたが、今世は優しい家族に囲まれた。  そんな家族と異世界でも楽しく過ごすために、ユニークスキルをいろいろと便利に使っていたら、様々なトラブルに巻き込まれていく。 「家族といたいからほっといてよ!」 ※スキルを本格的に使い出すのは二章からです。

処理中です...