Cursed Heroes

コータ

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施設内最深部に囚われた少年

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 真夜中の病院は不気味なくらい静かで、幽霊でも出てくるんじゃないかと思う程気味の悪い雰囲気がある。

 影山と知らない医者に騙されていた俺は、一刻も早くこの得体の知れない場所から逃げなければいけないと思った。くそ! マジで騙されていたことに悔しくなってくる。

 まず俺はここが本当は何処なのかを知りたくて、高層ビルばかりの景色を目を皿にして見回していたが、結局のところ何も解らない。何処もかしこもビルだらけとは言っても、そんなところは日本中にいくつもあるワケで。もっと景色を確認したくて窓を開いた時だった。

「うわっ!? な、なんだよ今の」

 窓ガラスを静かにスライドした瞬間、高層ビル街と真っ黒な空がノイズが掛かったように霞んで、俺は思いきり後ずさった。

「まるで電気が走ったみたいじゃねえか」

 もう一度開ききった窓まで近寄り、ゆっくりと何もないはずの空間に手を伸ばす。右手の中指が微かに冷たく硬い物体に触れ、遠目に見えたビルに穴が空いて灰色の壁が姿を現わす。そのまま右に指を動かしてみる。灰色の壁は俺が指を動かした分だけ広がっていき、もう景色とは呼べないものになった。

 指が離れてしばらく経つと壁は姿を消し、さっきまで設定されていた通りの景色に戻る。これは以前めいぷるさんと行ったデジタル美術館の仕掛けに似てる。窓の外にはアスファルトの壁? あり得ねえだろこんなもん。

「この景色は偽物か。マジかよ。ここまでするなんて」

 もう疑いようがないくらいここはヤバイ場所だ。俺は出来る限り音を立てないようにスリッパを脱いで私服に着替え、静かにドアを開き辺りをうかがう。

 左右を確認してから俺は小さくため息をついた。部屋は丁度長い廊下の真ん中に位置していたが、どうやら見張りのような奴はいないらしい。

 でも妙だ。俺を拉致して何かをするつもりなら、どうして拘束しなかったんだろう。何故見張りの一人も配置していないのか。何故服や財布までそのまま置いてあったんだ。これじゃあ普通に逃げられちまうだろう。

 そっとクリーム色のドアを閉めると、出来る限り音を立てないように廊下を進んだ。

 どんな罠があるのか想像もつかない上に、俺は今アーチャーのデータをインストールすることができない。まともに戦えない以上、下手に攻撃するより逃げたほうがいい。そして逃げる以前に見つからないことが大切だと、ずっと脳内で反芻していた。

 とにかく出口を探さなくちゃいけない。俺は廊下の突き当たりを曲がると蛍光灯の眩しい光を見つけた。ナースステーションだ。壁には案内図が貼ってあり、どうやら向こうに見える茶色く大きなドアが出口に続いているらしい。良かった! 何とか出れそうだ。

 看護師さんに見つからないように、周囲の様子を見ながらドアまで歩みを進める。

「誰も……いないよ……な」

 ナースステーションは明かり自体は付いていたものの、どうやら無人だった。ホッとした俺が足早に去ろうとした時に、

「何処に行くんですか圭太さん」
「うわぁっ!? あ、あなたは……」

 すぐ後ろに立っていたのは、夕方俺の部屋にやってきた看護師のお姉さんだった。とにかく怪しまれちゃいけない。なんとか演技しないと。

「すいませんあの……トイレ何処かなって」
「あら、トイレの場所が解らなくなってしまったんですね。では私がご案内しますよ。こっちです」
「あ、大丈夫っすよ。場所なら知ってるんで」
「あなたは今日やっと目を覚ましたばかりだから心配なんです。どうしてお出かけするような格好なんですか?」
「あ、ああこれは……ちょっと寒くて」

 見え見えの嘘をついちまった。お姉さんは男なら誰でも惹かれてしまうような白衣の天使そのものの笑顔を向けてくる。一緒に歩いていても今までの化け物みたいな違和感も感じない。本当に普通の人間ってことだろうと思い、少しだけ心が安らぎつつ俺はトイレまで案内される。

「ありがとうございます。じゃあもう、ここで大丈夫ですから」
「はい。ごゆっくり休んで下さいね。明日の検査が終われば、圭太さんはちゃんと退院できるはずです。それと、後で羽織るものを持ってきますから、ちゃんと患者衣を着て下さい」

 俺は一礼をすると、とりあえずトイレに入って看護師さんが去って行くのを待つことにした。時間にして十分くらいして、もういないだろうとトイレを出ると、真っ暗な廊下の奥に誰かが立っている。俺の部屋の側にずっといる。

「圭太さん。まだトイレに行っていたんですね。心配していましたよ。さあ、早く部屋の中にお入り下さい。私はあなたが心配でたまらないんです。さあ、早くこちらへ」

 嫌な予感がする。真っ暗な影にしか見えないさっきの看護婦さんは、俺が知っている化け物達とおんなじ匂いを発しているようだった。どう見ても様子がおかしい。

「もう大丈夫ですって。あ……すいません俺ちょっと用事が、すぐ戻ります」

 俺はさっきの茶色い扉の方向へ早歩きを始めると、

「圭太さん? そっちはあなたの部屋ではありませんよ。圭太さん……圭……太……サン」

 背後から聞こえる看護師さんの声が、おっさんみたいに低い声色に変化したことに気がついて振り向くと、壊れた人形みたいに首を曲げながら猛然と走って来る。

「う、うわあああ!」

 俺はとにかく全速力で走り抜け、誰の部屋とも解らない病室に逃げ込んだ。直ぐに隠れるところを探すが、こんな時にすぐ見つかる隠れ場所は一つしか浮かばない。

「ケイタサン。ケイタサン。ケイタサン。ケイタサン」

 そいつは俺の名前を低い声で連呼しながらドアを開いて中に入ってくる。誰のか知らないベッドの下に潜り込んでいるこの状況は本当にヤバイ。多分見つかったら引きずり出されて殺される。

 少ししか見えないベッド下から、看護師のフリをしていた化け物の足が見える。そいつは部屋の中を一歩一歩、こっちを炙り出すように探していやがる。フラフラと揺れる背中が見えた時、急に振り返って近づいて来た。思わず声が出そうになって両手で口を塞ぐ。

「……ウウウ……アアアア……」

 奴は俺の頭があるすぐそばで立ち止まったが、やがてノロノロとドアを開いて去って行った。俺は心の底から大きな溜息をついて、一瞬の安息に浸りかけていた。そんな時、ベッドの上が軋んだことに気がついて、何かの気配を感じて上を向いたんだ。

 逆さになった爺さんの腐った顔が、こっちを睨んでる。

「う、うあああー!」
「アアウウ……アー」

 もうゾンビになっているであろうそいつは、俺の悲鳴と同じタイミングで細長い腕をバタバタ伸ばして捕まえようとしてくる。反対側から脱出して、奴が体を起こす前に部屋を飛び出た。

「ケイタサン、ダメジャナイ……コンナトコロニイチャ」
「う、うあああああ」

 さっきの看護師がすぐ目の前にいて、発狂寸前の俺は背中を向けて逃げ出した。
 変身さえできればこんな奴ら怖くも何ともないのに。そう思いつつも全身の震えと汗が止まらない。ワケも分からずに黒い世界をただただ必死に逃げ回っていた。



 あれからどれだけ逃げたんだろう。完全に道に迷っている。でも今は蛍光灯の灯りに照らされたフロアを歩き回っているから、まだ怖さは半減している。

 明るい通路をひたすら歩き回っていた俺は、やがて信じられないくらい趣味の悪い部屋の数々を眺めることになる。病院とか言ってやがったのに、ここはまるで刑務所かっていうくらい牢屋が並び、中には老人や子供、若いお姉さんや俺とタメくらいの男が地面に転がってる。

 床に流れてるおびただしい血で何となく分かった。ここにいる人達はみんな死んでいる。次に俺が見たのは沢山の拘束椅子に座らされている人間や、牢屋の中で暴れているゾンビ、カプセルのような物に収納されてる若い男達だった。

「し、信じられねえ。ここは地獄なのか。一体何でこんなことしてるんだよ」

 平坦な一本道が進んでいる。俺はやがて真っ暗な通路に辿り着いてしばらく闇の中を進んだ。この道が出口じゃなかったらどうする。不安と恐怖でいても立ってもいられないが、ゾンビ達が野放しになっているフロアには戻れないし、ここを進むしかない。

 白い光が見える。この奥に一体何があるんだ。俺が重厚感のあるドア近くまで来た時、いきなり白い光が体全身を覆うように広がった。自動ドアが開いたらしい。

「……は? な、何だよ。これ……」

 逃げるべきだったのかもしれないのに、俺は足が止まって心の中のサイレンまで静かになっちまった。目前に広がる光景はあまりにも非現実的で、どうしようもないくらいの狂気を滲ませている。

 メジャーバンドのライブ会場に使えるんじゃないかっていうくらい広い室内。真っ白な空間の中心に陣取っているのは魔法陣の床上に立てられた機械から、今まで戦った悪魔達の匂いがプンプン匂ってくるようだ。そして微かに既視感みたいなもんを感じた。

 そうだ。ここはあの場所にそっくりだった。ランスロットが俺に見せた動画の場所に。

『誰かいるの? ……そこに?』

 俺は一瞬足を止めて辺りを見回した。声の主は男の子だろうか。

「あ……ああ。いるぜ、何処にいるんだ?」
『僕はずっと奥にいるよ』

 デカイ機械の奥に得体の知れない小さな扉があって、近づいて手を掛けると簡単に開いた。

 クリーム色の壁に囲まれた長い通路の奥に、鉄格子が設置されている透明な扉が見える。ここまで厳重ならどんなにバットで叩こうと、鉄パイプで殴ろうと壊せないだろう。

 その子供は、どう頑張っても出ることができそうにない部屋の中に一人で座っていた。なんでこんな所に入っているのか。鉄格子の側まで近づくと向こうから話しかけて来た。

「お兄ちゃん。どうしてここに来たの?」
「それが解んねえんだ。いきなり変な女に拉致されちまったんだと思う。目の前が真っ暗になって、気がついたらここにいたんだよ」
「ふーん! じゃあ僕とおんなじだね。僕もいつの間にかここに入れられて、もうずーっと出れないの」

 俺の妹と同じくらいの歳に見える男の子は、そう言いながら透明なドアの近くまで駆け寄って笑った。

「おいおい! こんな所にずっと入れられてるなんて酷すぎるだろ。どうやったら開くんだ? これ」

 俺は鉄格子の奥にあるドアに腕を伸ばして色々やってみるが、どう考えても開きそうになかった。まず鉄格子の鍵から探さないといけないし。

「うん、早く僕はここから出たいんだけど、出れないの。ゲームしてるしかすることがないよ」

 男の子はそう言うと、Cursed Heroesのオープニング画面が映っているスマホを見せた。子供にしちゃあ珍しく首飾りなんて着けている。ギザギザの三日月みたいな妙なデザインだ。

「え? それ俺もやってるぜ! スマホ持って来てないけどな」
「お兄ちゃんもやってるの? じゃあ後で僕とフレンドになってよ! お姉ちゃん以外にchやってる人初めて見た」
「お姉ちゃん?」

 俺はどうしていいのか解らず辺りをキョロキョロ見回しながら、そいつの話を聞いている。

「うん! お姉ちゃんはねえ、すっごいんだよ! Cursed modeでも大活躍してるんだ。でもね、ずっとずっと会えてないの。僕も一緒に遊びたい」
「ま、マジかよ……Cursed modeに参加してるのか! そいつの名前はなんて、」

 言いかけた時、背後から近づいてくる足音に気がついた。ここに来るまで武器の一本も拾ってこれなかったし、今は隠れる場所もない。そいつはドアを開くと、絵に描いたような優しい笑顔で俺と少年を見つめた。

「おやおや、患者がこんな所まで来てはいけませんよ。即刻病室に戻ってもらわなくては」
「て、てめえは……」

 夕方俺に会いに来た医者だった。能面のように無表情な顔のまま、一歩一歩近づいて来る。

「ねえ! カイお兄ちゃん! いつになったら僕をここから出してくれるの!?」

 背後から聞こえる声に俺はハッとした。カイお兄ちゃんって言ったのか。じゃあこいつが、Cursed modeを作り出した張本人なのか。

「何だと!? じゃあお前が……」
「如何にも。この僕が雨風カイだよ。ありとあらゆるモンスターを呼び寄せる術を持ち、この世界全てを作り変える者」

 雨風って苗字だったのか。眼鏡を外した奴の顔は、胡散臭い欺瞞だらけの笑みでいっぱいだった。こんな奴とは絶対に友達になりたくないとか考えつつ、鉄格子にもたれて逃げ場のない空間に焦っていた。

「どうせ逃げれないのだから退屈しのぎに教えてあげるよ。君をさらった理由や、この施設の秘密。そして僕の功績もね」

 カイは喋りながらも、ずっと俺達を観察している様子だった。奴は胸ポケットに右手を入れると、中から一つのリモコンを取り出してスイッチを入れた。
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