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第一部 纏まる秘訣は形から

十八話 薬草採取vs薬草採取②

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 朝4時に目覚めると、私は直ぐに身支度を整えて部屋を出る。
 手には鉄の棒を持って。
 勿論毎日欠かさず行っている素振りだ。
 5時までの1時間を素振りにだけ没頭する。  探索者となった日よりも前から行っていた事だが、探索者となった日からの方が上達は早い気がした。

 やはりステータスに拘りのある事をすればそれだけでも違うようだ。
 メイン装備は短刀ではあるが、こうして刀と同じ長さで倍以上の重りを付けて振り回せば、それだけでも筋力は付いて行く。
 しかし、剣術も伸ばせるだけ伸ばせれば、拍車を掛けた様に剣筋も上達していくようだ。 短刀の場合でも短剣術とは少し違うのが忍者刀なので、長さも脇差しよりも長く、刀よりは短いと言う中途半端な長さではあるが、より近いのは刀に成るのだろう。

 ニ十分ほど鉄の棒を振り回したら、次は忍者刀を握る。

 重り付きの鉄の棒だけを振り回しても、短刀である忍者刀を振るには力加減が全く違うので、いざという時に使えなくなってしまうからだ。
 三分の二の時間を忍者刀にだけ使うのだ。
 勿論素早く振るだけなら目にも止まらぬ速さで振り抜けるが、意味の無い動作はしない。
 最初はゆっくりとした動きで、重さと長さを意識しながら振っていく。
 重さに馴染んできたら、剣筋がブレない速さでなるべく速く振り、少しブレたら修正してを繰り返す。

 最後の十分では居合抜きの様に素早く抜いて素早く逆袈裟で振りそのまま返して袈裟斬りにした後、納刀する。 これを何度か行って終わりにする。
 良い汗はかけたが、最近はもう少し時間を掛けるべきではないかなと、思い始めている。 
 1時間に詰め込みすぎなのと、もう少し時間掛けて行いたいという欲求からだろうか。 錘付きの鉄棒はそろそろ辞めても良いかも知れない。
 それか、朝だけ夜だけとどちらかの時間に一つの事に集中した方が良いだろうか。

 実際我流の様な物なので、正しい鍛錬方法を知らずに殆ど見様見真似で行ってきた事なので、正直どれが正しいのかは分からない。 この場には私以外にも素振りに時間を割く者達も居る。というより、全員居る。 朝の鍛錬の時間は思い思いに素振りをしてる者達で、一杯ではあるが無駄口を叩く者は居ない。
 社長ですら剣を振る時は真剣そのものなのだ。
 最近この鍛錬に参加しているお嬢もまた、無言で行い1時間は真剣に振るっている。

 部屋には個別にシャワールームも有るので軽く汗だけ流して着替えた後は、5時半から始まる全員で行う鍛錬に入る。

 適当に挨拶だけしてラジオ体操の後アキレス腱等の筋肉を動かし、前と後ろに砂を20キロづつ詰めたリュックを背負い、お嬢の合図で一度二階層へと上がったあと、14階層まで走り抜け、また二階層に戻るという事をしている。

 体力向上、肉体強化、素早さを意識しながら上げていく。

 各自で目標を定め、一時間以内に何往復出来るか等を競い合いながら行っている。

 その鍛錬が終われば、次は筋トレだ。
 最初の頃は腹筋背筋共に50回行ったすぐ後にスクワット50回やってワンセットとして居たが、皆の力がどんどん付いていったので、今は背中と前で背負っていたリュックを付けたまま、各百回づつをワンセットに一時間程やり、30分掛けてストレッチを熟し、汗を流した後に朝食としていた。

 お嬢は普段、この後に学校に登校する為素早く着替えて朝食を食べに行くのだが、祝日らしく三連休なので、ゆっくりとしていたようで、中々部屋から出て来なかった。

 私は話をしたかったのでずっと待ち、その間に田中とサンタから訝しげにも見られたが、特に何も言われずに去ってった。

 佐藤は社長と薬草の種別と取り方を叩き込み中なので、朝食を口に詰め込んだあとは、社長を引き摺って視聴覚室に閉じ篭っている。

 十数分くらい経ってからお嬢が部屋から出てきたので、声を掛けるが

 一瞬ビクッとしたあと、少し小さな声で私と挨拶をした。

 ──やはり、私を少し怖がっている……か。

 如何しょうもないただの身から出た錆であるが、私はこれを良しとは思っていないので、頭を深々と下げて謝った。

 「申し訳なかった」と。

 すると返って来る言葉は無く、無言でこのまま通り過ぎるかもと考えていたが、焦った感じで頭を上げてくれるように頼んで来た。

 どうやら彼女は私に謝られた事に対して何故?と、思っているようだった。

 なので最近の私のおかしな行動に言及して再び頭を下げたのだが、「謝るような事はしていないのだから、頭を上げてください」と、必死になっている。

 ──私はまた間違ったのだろうか?

 だが、自分としては先に謝るべきだと思っての行動なので、引きはしない。

 ついでに、昨日使った青い紙は破り捨てて燃やしたので効力は無いと説明をする。

 すると、大事そうにポケットから三枚の写しを取り出して、確認をし始めたのだが、動揺もしているらしく何枚か床に落ちていく。

 それを見て、私はここでは何だからと部屋に招くと、大人しく付いてきてくれた。

 机に三枚の契約書の写しを並べるお嬢。
 最初の白い紙は既に実行されてしまっている為少しぼんやりと光っているのが見て取れた。
 暗がりならもっとよく分かりやすいだろう。

 社長は借金奴隷になっているので、定めた金額分を支払えば、その写しの紙の光は収まり消え去るのだと説明する。

 すると、あからさまにホッとした表情を見せる。
 そして、昨日書いた青い契約書の写しには、何も書かれていない事も確認させた。

 原本が執行役によって破かれて燃やされた場合に限り、効力は失われる事も説明した。 他の誰かが奪って燃したとしても効力は失われない事も説明していく。

 最後の青い紙は、申し訳無いが破れない事も説明した。 私の暴走で国家機密に触れる物を見せてしまった事で書いて貰った物だが、こればかりは私でもおいそれと捨てる訳には行かなかったからだ。

 一通りの説明をして再び謝ろうとしたのだが、察せられてしまい止められた。

 「何故……色々と話して下さったのかは私には分かりませんが、谷川さんは何も悪い事はしていませんよ? だから謝らないでください」

 そう言われてしまっては私には何も出来ない、が。
 まるで独白をするかの如く、彼女に私の過去を普通に話せる部分だけを話し始めていた。

 贖罪としか思えなかったし、話聞かせた所で罪は許されないとも思っているが、私はつらつらと話しをしていた。



 私が軍に入ったのはまだ十代だった。
 ダンジョンが出来て10年くらいで漸く落ち着き始めていたが、大勢亡くなり働く場所も限られていた、そこで募集されていたのが自衛隊特殊部隊の一般公募だった。
 
 その頃は出世欲も強く頑張れば誰でも出世出来ると教わり、何か有れば即実行出来る様に黒い紙も常に持ち歩いていた。
 偶々偶然井道武長さんと知り合い、彼の異質な能力に触れる機会にも遭遇した私は、出世という言葉に踊らされたままに行動して、彼を貶めてしまった。

 其れが間違っていたとも思わずに居たが、井道正一という彼の兄に問い詰められて、殴られて漸く間違っていたことを知ったが、既に手遅れだった。
 私は確かに出世はしたが、それからの私には犯罪者に執行する事さえ罪悪感を覚え始めた。 が、それで許される立場に私は既に居なかった。 何人も何百人も時には言葉を知らぬ外国人も私の手で容赦なく奴隷に落ちていく中で、私は人間を辞めて心を守ろうとしていた様だ。 そして付いた二つ名が【悪夢の種を撒く者】や【無慈悲な鉄仮面】だった。 五十近くなってから、私は偶然井道さんに出会った。 出会った頃と変わらない態度で私に接する彼を私は直視出来ず、初めて私は人間に戻りたいと思い始めた、私だけで逃げるのは忍びなかったが、いても立っても居られずに私は一人で逃げ出し、そのまま軍から抜けた。
 辞めた理由は伝えられなかった。が、ひょんな事から再び彼と出逢い、彼の拘束を解く鍵を探し始めて、黒の紙の綻びを見付けて、ある程度の自由を彼に与える事が叶ったが、開放はできなかった。 
 だが彼は喜んでくれた、私にはそれが……

 「谷川さん!」

 そう声を掛けられて我にかえり、やり過ぎたのだろうかと、また間違えたのかと考えていると、目の前にハンカチが出されていた。

 ──何故、ハンカチ?


 「涙をふいて下さい」

 そう言われて初めて自分の目から涙が溢れていた事に気が付いた。

 「もう分かりましたから! 辛い過去を思い出さないでください!」

 そう言って私に微笑んでくれた。

 私はそれだけで許されたのか?と、思ったが、多分気を使ってくれたのだろう。
 大の大人で老人に片足と片手も入ってる様な爺が、メソメソと泣いていれば同情よりも気持ち悪さが勝るだろうし。

 だが、私はその行為に甘えさせて貰った。

 そしてふとぎった事を特に何も考えずに口走っていた。

 「買い物に……行きませんか?」
 「買い物、ですか?」

 なぜ突然買い物なのか分からずにお嬢は聞き返し、焦りながら私が言い訳をしながら服を買いたいと言い出すと、どんな服が欲しいのかと聞いてきた。

 「忍者服を……皆とお揃いの忍者服が欲しくないですか?」

 そう言うと、欲しいですと答えてくれた。

 それからの私の行動は早かった。
 お嬢が何か言う前に全員のサイズを調べてくると言って部屋から飛び出した。

 「って事で服のサイズを言え田中」
 「……何が『って事で』なのか分からんが、何の服を買う気だ?」
 「忍者服、欲しいだろ?」
 「ああ、まぁそりゃ欲しいが……」
 「買ってきてやるからサイズを教えろ」
 「…………いや、そう言う事なら俺も行くわ」
 「む……」
 「嫌なのかよ……それでも自分で着る服なら選びたいから付いてくわ」
 「そうか……分かった」

 そういう感じで、主語と動詞など目茶苦茶な私の質問にまともに答えられる者達は居らず、話しながら説明する度に「付いて行く」という返事を貰う。

 佐藤と社長を探して視聴覚室に突入し、同じ説明を繰り返すと、社長が

 「わし、赤いの欲しい」

 と、言い出した。
 あるか如何か分からんと答えると、やはり皆と同じ様に付いてくると言うので、結局全員で買い物に出かける事になった。

 二階層にある防具等を売っている店に着くと、カラフルなコスプレ衣装みたいな忍者服があった。

 一番目立つ色は蛍光色で目がチカチカしたが、社長は飛び付いて蛍光色の赤を手に取り「これが良い」と、一言云ってお嬢に手渡す。

 「社長が赤なら私はピンクかな」と、サンタも蛍光色のピンクを手に取り渡す。
 田中は蛍光色の黄色を持ってきた。
 佐藤は蛍光色の緑だった。
 私は──蛍光色の青にして、お嬢に手渡す。

 「わ、私は目立ちたくないので漆黒にします!」
 「え、こっちの白とかいいと思うよ?」
 「いや、こっちの紫が」
 「いやいや、お嬢ならオレンジでも似合う筈だ」と、皆が皆蛍光色の色を手に取り勧めるが、「絶対嫌です! 黒にします!」と、頑なに嫌がりそのまま会計へと行ってしまった。

 靴は如何するかと悩んだが、カラフルな地下足袋も売っていたのでそれを買う。
 黒の忍者服を選んだお嬢にも黒い普通の地下足袋を勧めて全て購入した後、足早に拠点へと戻ると、各自部屋に戻って着替えてるのか、暫くすると歓声が各部屋から響く。 勿論私も忍者服を着て青い地下足袋を履いて、鏡に映る自分に歓声を上げた一人だ。

 何となくだが、これが切っ掛けで漸く私達は、一つのパーティに成れたと感じた。

 「早速見せに行こう!」

 私は喜びで気色ばんだ顔をこれでもかと表したまま、部屋を出ると皆同じ顔で集まっていた。

 その後、照れ笑いしながら、初めて集合写真を撮った。
 皆一様に割れんばかりの笑顔で笑っていた。
 社長だけは真顔だったが、いつか必ず借金が失くなるから、その時にはまたこうして写真を撮ろうと、お嬢と約束も出来た。

 ────そして、勝負の朝がやって来た。
 
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